第1話 春休みの出来事
例の騒動から2ヶ月。4月を迎え季節も気分も春爛漫・・・とはいかなかった。
ここは彼の住んでいた地域とはやや気候や勝手が違うからだ。
何せここは、北海道なのだから。
「ふぅ・・・・・・持ってきた荷物類はこれで全部か」
アパートの一室、その玄関に置いてあった最後のダンボール箱を部屋に運び込み、潤は一息ついた。
竹澤 潤(16)は育て親である黒田 文弥(35)の勧めで、北海道の私立翠宵高校に転入した。転入に関してのややこしい手続き等は、全て文弥の妻である由乃(34)が行なってくれた。
あの騒動は結局“1ヶ月の自宅謹慎”で済んだのだが、謹慎が解けた後の学校では彼の居場所はきっと無くなっているだろう。そのことを考慮し、文弥は潤にこの転校話を勧めたのだ。
学力の低くなかった潤にとって、転入試験は楽なものだった。元々、育て親である二人に迷惑を掛けないために地道に勉強をしてきたのだ。
「にしても、4月なのに結構肌寒いな・・・・・・懐かしい」
自分以外誰もいない部屋で、彼はぼそっと呟く。
このアパートの管理人は文弥の大学時代の友人で1階に住んでいる。遠からずまた文弥に世話を掛けてしまった、と潤は仕切りに考えてしまう。
(そうだ、ここには文弥サンや由乃サンはいないんだ)
久々に感じる孤独感。気に懸けはするものの、引きずるわけにもいかない。そう思い、潤は気分転換として外の空気を吸いに部屋を出た。
北海道は潤にとって忘れられない、因縁染みた場所だ。
潤の両親が亡くなるまで、その両親と過ごした場所が北海道の中のこの町だ。死別から6年、直接的な関わりを避けてきたが、今回の騒動をきっかけに正面から向き合う覚悟を決めた。
(こんなに良くしてくれているのに、俺に出来ることはここの高校に通うことしかないなんてな・・・・・・)
潤が今まで出来なかった親孝行。高校に通うことが黒田夫妻への親孝行となっている・・・そのことを彼が知るのはまだ先の話である。
先も話したが、ここは以前彼が過ごした町。そこを歩けば、良いも悪いも思い出だらけなのだ。
(あの公園でよく遊んだっけな・・・・・・まだあん時の遊具残ってんのな)
さして広いわけではない児童公園、かろうじて潰れてないでいる駄菓子屋、落書きの格好の対象だった少し整ったアスファルト。6年経った今でも、変わらずにそこに存在していた。
そんな訳も無いことでさえ、今の潤を心温まる気持ちにさせてくれた。
ただ、その思い出の中にぽっかりと一ヵ所穴が開いていた。一体何のことだろうか、と彼は思った。その穴を埋められるかは分からないものの、彼はもうしばらく町をぶらつくことにした。
6年の間変わらないものがある。しかし、それはごく一部のことであって、実際は町全体が新しく生まれ変わろうとしていた。
6年前までは少なかったコンビニが点在し、駅前には大型ショッピングセンターが堂々と居座り、マンションなどの高い建物も以前と比べるとやはり多くなった。
いつの間にかこの町は、どうしようもなく変わってしまったのだ。
利便性を考えた場合、これほどありがたいことはそう無いだろう。しかし、町が個性を失い普遍的なものとなってしまったことに、潤は驚愕を通り越して唖然とするしかなかった。
思い出のままでじっとしていてくれたら、どれほど心は楽にしていられたのだろうか。
そう考えれば考えるほど思考が泥沼にはまってしまいそうなので、潤は高台に位置する翠宵高校へ足を運んだ。
校門までの長い坂道・・・潤は転入試験の時に登ったことがある。ただ、その時はタクシーだったため、自分の足でこの坂を登るのは初めてだった。
(明日からこんな坂を毎日登るんだとなると・・・・・・憂鬱だな)
函館の八幡坂にも匹敵するのではなかろうかという傾斜の坂を登り切り、校門の前に立ち目の前の校舎をを眺める。
6年前から変わらずにそこにあるものの一つ。潤との接点は無かったが、窓から見えていた校舎が今こうして存在している。
春休みだけあって、正午にも関わらず人の気配がほとんどない。部活動の生徒がいくらかいると踏んでいた潤は、思わず拍子抜けしてしまった。
転入前の下見気分で校舎周りを歩いてみる。どの部活も使っていないグラウンド、何が棲んでいるんだか分からない濁った池だったりと、転入生が心惹かれるような特徴たる特徴が見当たらなかった。連邦の汎用量産型M○のように、特徴の無いのが特徴なのかもしれない。
(こんなにも見所の無い学校だったんだな・・・・・・・・・・・・てか、学校に見所なんて求めないか)
変に納得したところで、お次は校舎内見学でも・・・と生徒玄関から校内へ入った。何故だか玄関が開いていたことは、この時潤はさして考えなかった。
「失礼しまーす・・・・・・って誰もいないか」
静かでひんやりとした空気が廊下の端から端まで張り詰めているようだ。私服で来ているせいなのか、はたまたまだ新学期を迎えていないせいなのか、潤は学校自体に認められていないような感覚がそれなんだろう、と解釈する。
それならば、やはり外に面している中庭のようなところが居心地良さそうだ、とこれまた勝手に解釈し、外靴を手に持って廊下を歩く。
「中庭中庭っと・・・・・・・・・・・・お」
校内地図を見ると、目当ての場所は結構な面積を占めているのですぐに分かった。潤は玄関に面した廊下を直進し、新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下にその出入口があった。潤は外へと続く扉を開けた。そこで彼はあまりの眩しさに目を細めた。
陽の光をほぼ真上から浴びて、中庭自体が光源であるかのように神々しく光り輝いていた。そしてその中心には“日○の樹”で有名なモンキーポッドほどではないものの、そんじょそこらではお目にかかれない大樹がどっかりと聳えていた。その景観はさながら世界樹を中心に展開される聖域のようであった。
「で、デケェ・・・・・・何の樹なんだ? コレ」
近寄ってその大樹を見上げた。緑の葉がざわざわとそよいでいる。だが、風に吹かれている揺れ方ではなく、どこか不自然だった。潤が素朴な疑問を懐いたその時―――
「化け物桜よ、不良クン」
潤の頭上からそんなハキハキした女の子の声が聞こえた。彼はすぐに2~4階の窓を見渡した。だが、その声の主は見えなかった。
「一体どこから・・・・・・」
「アンタの目の前よ!」
「何ッ!?」
言われて再び大樹を見据える。
「もしかして・・・・・・この樹が? まさか・・・デ○の樹サマなのか・・・・・・?」
「違うに決まってるじゃないの!! 上よ、上っ!!」
「上・・・・・・?」
目線をそのまま上に向ける。そこに・・・・・・彼女はいた。
「全く・・・・・・とんだ天然なのね、アンタ」
腰辺りまであるストレートの長髪をなびかせ、腕を組みながら身体を大樹の幹に預けている。翠宵高校の制服を着ていることから、ここの生徒であることはたしかだろう。左腕には緑色の腕章を付けていた。
「しかも勝手に校舎に入ってくるなんて、常識がなってないわ」
「あのな・・・・・・とりあえず、俺はここの生徒なんだが」
「冗談でしょ? そんな不良チックな生徒、この学校にはいないわよ」
「あー・・・明日からここに通う予定なんだ。転入生として」
「転入?」
「ああ。2年の竹澤 潤だ」
「じゅ、潤!?」
潤の名前を聞いた瞬間、彼女が驚きの声をあげた。もう騒動のことが噂になってるのか・・・、と潤は溜め息をついた。だが、彼の予想とは違った答えが返ってきた。
「もしかして・・・・・・あの潤?」
「は?」
「昔この町に住んでた、あの潤なの・・・・・・?」
どうして知っているんだ、と彼が聞く前に彼女が樹から飛び降りてきた。スタッと着地した様子は、未来から送り込まれた殺人アンドロイドのように決まっていた。
「あたしよ! 憶えてない!?」
自分自身を指差し、彼女は潤に訴えかけるように尋ねる。
「んなこと訊かれても・・・・・・」
「いいから・・・思い出しなさい!!」
「え・・・・・・あたっ!」
身長差をもろともしないデコピンが、正確に潤の額にヒットした。大した威力は無かったはずなのに、彼の視界が揺らぐ。それと同時に彼の頭の中に、あるビジョンが再生された。
*
「・・・・・・痛い・・・・・・」
先程も見た児童公園。そこに膝から血を流し、涙を必死に堪えている少年がいた。それは8年前の潤その人だった。
しばらくすると、その少年に近寄る人影が見えた。
「泣かないの! 男の子でしょ? アンタ」
雰囲気がどことなくさっきの女子生徒に似ている少女が、腕を組みながら少年を見下ろしていた。
「泣いて・・・ないし・・・・・・」
「ころんだくらいで情けないわよ」
「う゛・・・・・・」
「それに今にも泣きそうな顔してるんだもん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
簡単に見透かされてしまい、ばつが悪そうにうつむく。少女はそんな少年の額に手を添え・・・
「いたいの~いたいの~・・・飛んでけーっ!」
「痛っ!!」
その額にデコピンを食らわした。
「何すんのさ!?」
「おまじない。よわよわなアンタのためにね」
「えっ・・・・・・?」
「もう痛くないでしょ? その傷」
少年は言われて気づいた。今まで痛くて仕方がなかった痛みが、何事もなかったかのように消えていたのだ。
「あれ・・・・・・どうして・・・・・・?」
「でも、ちゃんとお母さんに手当てしてもらわないとダメだからね? それじゃ、あたしはもう帰ろっかな」
少女はそう言うと、駆け足で公園をあとにした。
「ひぃちゃん・・・・・・」
少年のその一言で、潤の視界は再び揺らぎだした。
*
「・・・・・・ッ!!」
潤の思い出に開いていた穴。そこにピタッとジグソーパズルのピースが嵌まるように、彼の頭はクリアになった。
「どう? 思い出した?」
デコピンをした指をそのまま引いて、彼女は尋ねる。
「・・・・・・ああ」
「じゃあ、あたしの名前を言ってみなさい」
そう・・・彼女の名は・・・・・・
「瀬野・・・仁美・・・・・・」
説明は本当にむつかしい・・・・・・
まだ理解するのはキツイかもしれないです。
ネタバレですが・・・瀬野 仁美はツンデレ要員です!