遅れてきた高校生活
入学式は、結局欠席になった。
打撲と軽い脳震盪で一泊入院。命に別状はなかったのが不幸中の幸いだったけれど、初日から病院スタートというのは、なんとも情けない。
「お兄ちゃん、ほんとに気をつけてよね。入学式から事故なんて、どんなスタートなの」
朝の食卓で妹の咲良に呆れられながら、俺は制服のネクタイを締める。
母はおにぎりを包みながら、「無理しないでね」と優しく微笑んでくれた。父はもう会社に出ていて、今頃は事務所でコーヒーを淹れているはずだ。
家業の“天城企画”は、小さな広告制作会社だ。従業員は十数人。みんな家族のような温かい雰囲気だけれど、経営はギリギリ。
そして今、その会社に“救いの手”を差し伸べてくれているらしい人物がいる。
「鷲尾さん、だっけ? お父さん、けっこう信頼してるみたいだったな……」
病室で聞いた父の言葉を思い出す。
新しく提案してきた営業手法や助成金の制度。すごく親切に説明してくれるらしい。
けど――俺の中で、何かが引っかかっていた。
記憶を取り戻した今、そして“鑑定”の目を持つ俺なら、きっと見抜ける。
通学路の桜はまだ花を残していた。数日遅れの登校初日。新しいクラス、新しい出会い、そして――新しい人生の始まり。
教室に入ると、ざわっと空気が動いた。
事故の噂はすでに広がっているらしい。ちらちらと視線が集まる中、ひとりの男子が、にこっと笑って手を振ってきた。
「おーっ、おまえが“事故で伝説になった男”か? 天城蓮くんだっけ?」
チャラそうな笑顔。でもその目には、妙に澄んだ光があった。