あるC階位傭兵の買い物
D階位からC階位に昇格した俺は、ドレック中層第一地区のウェールズ市場で装備品を買いに来ていた。ここでは三流品から一流品まで多種多様なものが並んでいる。C階位の俺なら下層ではなく中層がお似合いだと考えたからだ。
前から2人組の傭兵たちが歩いてきた。俺とは住む世界が違う、全身を強化骨格スーツで固めた俗に言う企業傭兵たちだ。
「なあカーディス、知ってるか?“猟犬部隊”が壊滅したって話」
「いや知らねえな。それ本当の情報か?隊長はB階位上位のモンドだろ?」
「それが特殊型が現れたらしい。巨人みてえなデカさのやつがゴブリン共を引き連れてきてそのままやられたってさ。傭兵組合に情報が張り出されてたから間違いねえよ」
今の俺にとって雲の上のような話をしてる、2人組は俺の全身を一瞬で見回すが、興味が失せたのかすぐにまた会話をしながら隣を過ぎていった。
「はぁ...」
あれは明らかに使えない落第者に見せる顔だった。
彼らの装備してる強化骨格スーツだけで数百万クレジット相当はくだらない。そんなエリート様に比べ俺は合成布を繋ぎ合わせただけの迷彩外套だ。
俺の持ち金は──18万ちょっと。
日頃の行いが良かったのか最近傭兵組合が始めたC階位支度金抽選って奴に当選したんだ。そのおかげで10万クレジットも臨時収入を得た。
そのことを思い出し下がっていた気分から立ち直ったら、
「よう、新顔。ウェールズストリートにようこそ」
声をかけてきた露店の武器商は、義手の左手でガトリングを磨いていた。どうやら中層に慣れてないのが一目で分かったらしい。
「あんたにゃこれは早いぜ。B階位様用の“電磁投射式”ってヤツだ。」
俺は無言で通り過ぎる。目に入るのは、0がひとつ多いものばかりだ。
俺が欲しいのはそんなもんじゃない。
生き延びるのに“必要なだけ”の装備だ。
だがここ、中層市場で売られてる物はどれも俺には高すぎた。
《Z-17軍用カスタムライフル》:385,000C
《簡易反応装甲〈ギアスキンⅡ〉》:248,000C
《AI診断型医療パック》:78,000C
……笑わせんな。これ全部揃えるだけで、武器一つすら全く手が届かない。
C階位の俺にそんな余裕はない。
──やはり、“あっち”に行くしかないのか。
俺は視線を横にずらした。
市場の裏通り、《クラッグの抜け道》と呼ばれる、下層のある闇商人の入り口に繋がってるらしい。
その通りには腕を一本失った者、違法薬物で笑いが止まらなくなった者。
全てを抱え込んだ連中が、黙って列を成していた。
「俺らには中層なんて不似合いなんだよ。婆さんの店は出所不明のジャンク兵装が二束三文で売ってる。あそこが中途半端もんの居場所さ」
誰かがそう言っていた。
C階位の俺には、選ぶ余地などない。
命を担保にした買い物だ。本当ならお得意の店に行けばいい。でも今の俺は最高に打ちのめされて絶好調だ。流れに身を任せるのも悪くない。
──そして俺は、ひとつ息を吐いて、抜道に足を踏み入れた。
いつか、中層を胸張って歩けるために。
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──クラッグの抜け道。
中層市場の裏通りの奥にぽっかりと開いた、黒ずんだ金属製の非常扉があった。
その扉の向こうには、雑然とゴミくずが落ちている路地が広がっていた。
床は湿っていて、天井配管からは冷却水か薬品か、濁った雫がぽたぽたと音を立てる。
照明の代わりに、蛍光塗料と不正接続の電飾コードが天井を這い、青緑の光が血管のように揺れていた。
「……いらっしゃい。新入りさんだね?」
腰をかがめた老婆のような売人が、巨大なカートの上に積まれた銃器に指を這わせる。
どれも型落ちか、何十年も前の旧式兵装。中にはグリップが返り血で染まったままのナイフもある。とりあえず使えそうなものだけに目を向けた。
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《MG-13廃型短機関銃》︰20年前の旧式モデル。弾詰まり注意。15,000C
《リワイヤード・ブレード》︰電気が流れるナイフ。感電リスクあり。12,000C
《中古ベストα》︰製造元不明。中空構造のため一発目は耐える。10,000C
《自己注射式スチム:赤》︰興奮作用+視界拡張。副作用で震え止まらず。3,000C
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「保証はないよ、ただね。どの装備にも、誰かの跡が残っている。ヒヒヒ思い出の品ばかりだ」
老婆は笑っているが目は死んでいる。
俺は《MG-13廃型短機関銃》を手に取る。
グリップにはまだ、前の持ち主の血の跡が残っていた。
安全装置は壊れているし整備が必要だが撃てる。多分、五マガジン分くらいは。
「……このナイフ、電流走るんですか?」
「そっちの赤いボタン。押しっぱなしにしないようにね。感電死するよ。」
まさに“ジャンク兵装”だ。だが結局は使い手によって物は如何様にも変わる。玩具のナイフですら暗殺のブロから見れば立派な武器だ。
整備が必要なジャンク短機関銃と使い方を間違えればお陀仏の電気ナイフを電子決済した。
装備一式をまとめた俺に老婆は目を細めて言った。
「あんた……戻ってこれるといいね。三日前に来た子はもう来てない。代わりに銃だけ戻ってきたけど。」
黙って頭を下げた。
血の染み込んだの短機関銃を背負い俺にとっての居場所、スラム区への帰路についた。
これが、C階位傭兵記念一発目の“最初の装備”だ