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覗き見る異世界観測録  作者: 石の上にも三年
《ゴブリン戦記》ダーク×SF×ファンタジー
3/8

S階位目撃談


【記録書 20-θ】


筆記:都市新聞局・噂情報班

証言者:ドレック在住・名義不詳(職業:B階位傭兵)

目撃場所:ドレック下層第三区クルガン・マート



---


あれは間違いなく例のあいつだった。

俺は名前こそ知らなかったが、奴の通称だけはどこからも聞こえてくる。要するに「触れちゃいけねえ」ってやつだ。



場所はドレック下層第三区のクルガン・マート。時間は昼くらいだったか?

安物の弾薬と違法義肢の露天が並ぶ闇市場通りだ。

そこで俺は“薬”が切れかかってたから買いに来てた。

傭兵どもが喚き、売人が怒鳴り、そこらのスラムのガキが爆薬の空箱を蹴飛ばしてた。



で、そこに奴が歩いてきたんだよ。



一目で“おかしい”とわかった。

肩を落としてて、足なんて引きずって歩いてるのに、周囲の奴らは誰も近づこうとしなかった。

誰も言葉をかけず、ぶつかろうともせず、

むしろ道が開いていった。



あの感覚は初めてだったな。

いつも喧騒で誰が喋ってんのか分かりゃしねえのに、その時だけは無音だった。そいつの足音が妙に響くこと以外は。



そんで背中には剣。いやあれは“剣”ってより“鉄の塊”だな

うちの隊長が使ってる旧式三連大砲“砂嚙すなかみ”なんて目じねぇ大きさと重さだろうに、軽々しく背負ってやかった。


顔は見えなかった。

そもそも目を合わせる勇気もねえよ。

どんな顔してたなんて見なくても分かる。「こいつは“戦いにしか興味がない”」って顔だ。


なぜって?そんなん傭兵の勘ってやつだよ。


市場の誰も止めなかった。大抵誰かしらがからかって喧嘩にでもなんのによ。うるせえガキですら遠巻きに黙って見てただけだ。

まあそりゃそうだ。止めたところで、死体が一つ増えるだけだろうからな。


奴は何も買わず、誰にも話しかけず、

市場を貫いて通り過ぎていった。


俺の後ろにいた老婆が、ぽつりと呟いたよ。

「あれ、八咫烏の……クロウじゃろ」ってな。


ああ、今は“歩く敵性区域アンブラクルム・ホスティルム”だっけか?誰が考えたか知らねえけど異名通りだな。ハハッ











---


──ここはヴァラノス下層居住区の東側にある酒場。

夜半を過ぎ疲れた男が一人、助けてくれたある男について私に語ってくれた。


---




まず俺は元C階位だ。腕にはそれなりに自信があったよ。2年ぐらい正規兵の一員としてやってたし実戦経験もそこそこだ。と言っても今はD階位に降級さ。理由は実力不足だっけか?

まあ俺の身の上話は置いといてだ。俺が今もここで酒飲めてんのは……あの人が通ったからだ。



場所は廃棄ビル一帯──地図で説明すれば大陸北部の廃棄ビルだ。ほらあのガラクタの森を抜けた先だよ。その日は夜遅く霧が辺りを覆い隠してた。


斥候班として目的の場所まで向かってる最中だった。敵が鹵獲してた電磁パルスにより通信遮断。一般型ゴブリンの一撃によって班長はやられた。数は多分三十体だったか。

突然の襲撃と班長の死亡によって仲間たちは散開し、俺と隣にいたリーゲルは置いてかれた。


追ってきた敵は一般型ゴブリン八体。いつもの俺なら一般型程度敵じゃねえが、どこで手に入れたのか分からんがツァスカ装研の装備を使ってやがった。ゴブリンのくせに加速装置で追いかけてくる。


俺たちは迎撃態勢を取るためにビルに逃げ込もうとした──がその時に俺よりも前にいたリーゲルの喉元に投げナイフが突き刺さった。

リーゲルは声を出す暇もなくやられ気づけば周囲にはゴブリンだらけ。

仲間もやられて弾も替えの刃も、無くなりかけてた。つまり絶体絶命の瞬間だった


そのときだよ

“風”が変わったのは。

周りの空気の質が重く歪んだ気がした。

誰も言葉を発さなかったのに俺には分かったんだ。


──何か来る、と。


最初の音は、刃が空を裂く音”だった。

重く、短く、鋭い。

次の瞬間、視界の右側がごっそり“消えた”。


ゴブリンが一体、いや三体。“何か”に薙ぎ飛ばされて、木の枝のように折れていた。ありえるか?一般型とは言えツァスカの装備をしてた奴らだぞ。


姿が見えたのは、その後だった。

黒銀の装甲、闇に紛れるための外套

手に構えたのはかの有名な断裂式機槍──〈フラクチュラ〉

そう、S階位・ヴェイル・クラルドだ。


だが、俺は一声を上げられなかった。

口が動かなかったんじゃない。

「下手に動いたら巻き込まれる」と本能が警告していた。


槍が回る。突きが放たれる。

俺からは“ただの踏み込み”に見えた動きで、ゴブリンの頭部が炸裂弾を食らったかのように弾ける。

霧すら晴れるような一撃。

あまりにも速すぎて敵が死ぬ痕跡しか見えなかった。


そして気づいたんだ。

あの人は、俺のことを視界に入れてない

敵のことしか目に入れてない。


「視界に入ったすべてを、ただ“制圧”している」──彼の通称通りだったよ。


残り2体のゴブリン共は逃げようとした。加速装置を使うつもりだったんだろう。

だが、後ろを向く前に一閃。

既に奴の“視界に入ってる”。終わりだ。


気がつけば、霧が晴れていた。

そこにいたのは、今しがたゴブリンを殲滅し終えたのに、血に濡れてない槍を構えたヴェイル。


一言も喋らず、彼はビル群のの向こうに消えていった。

俺は思わず座り込み、自分が生きてることを確かめるように呼吸をした

──あの夜、もし彼がいなかったら?

簡単さ。

「俺はここにいない」


そういう存在なんだよ。

あの人は、命を“救わない”。

ただ、“失わせもしない”。


それが、S階位ヴェイル・クラルド。通称”視界内制圧ドミヌス

ヴァラノスが誇る絶対戦力、戦場が沈黙する男さ。



ああ、そうそう俺以外に生存者は無しだったよ。




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