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レベッカの腕から滴り落ちる血。いまだ嚙みついたままの、ダフの胴体より太い蟒蛇型の魔獣。
さすがのレベッカも脂汗を浮かべているが、その表情は冷静だ。
「メリッサ。私の腕にヒールをかける準備しておいて。ダフとリアナはアデルを後ろから羽交い絞めにでもして拘束して」
次々と的確に指示を出していく。その間もレベッカの視線は魔獣に固定されている。禁猟エリアの魔獣を統べる主であるこの魔獣は恐ろしい存在なはずなのに、アデルたち四人はなぜかレベッカから発せられる怒気のほうが恐ろしく感じられた。
「いい子だから、その口を外しなさい」
優しい声音だが、緊張感をはらむレベッカの声は、魔獣にも届いているかのように思えたが、魔獣が身を引くよりも先に業を煮やしたアデルが動いてしまった。
「レベッカから、離れろ、このくそ魔獣!」
レベッカに対して常に反抗的な態度をとっていたアデルがまさかそのレベッカのために起こるとは思わず、ダフとリアナはつい手を放してしまった。呪いの魔法はすでに効果が消えていたようだが、暴れた影響か足元がおぼつかないアデル。ふらつきながらもナイフを振りかぶる。
いつも通りの身のこなしができなかったせいか、それとも単純にこの蟒蛇型の魔獣が素早かったせいか。レベッカの腕から身を引いた魔獣はそのままアデルに襲い掛かる。鋭い牙がアデルの右肩にかすめた瞬間、
「止まりなさいっ!」
その掛け声で、そこにいる全員が動きを止めた。
「もう。みんな私の言うことをちゃんと聞きなさい。アデル。おとなしくしていなさい。メリッサ、ヒールを。ダフとリアナはアデルを支えて」
勇者御一行はテイムの影響で、レベッカの指示に従ってしまうのはわかる。しかし、この禁猟エリアの主ですら止まっているのが、四人には不思議でならなかった。
「魔獣が……レベッカの言うことを聞いている」
アデルがつぶやいた横で、レベッカはすたすたと魔獣に近づき、「あなたはやりすぎよ。反省しなさい」
と言って、完治した右手で蛇の頬を叩く。
バチーンといい音が、谷間に響いた。
「レベッカさん、あの蛇の魔獣、別にテイムしてないんっすよね」
魔獣を平手打ちで制するレベッカにとうとう敬語になったアデル。不運にも牙がかすった時に毒も少量回ってしまったようで、メリッサのヒールによる治療にも時間がかかっていた。
「テイムはしていないわよ。私がテイムに成功したのはあなたたちが初めてだもの。あの子は幼馴染なのよ。普段はおとなしくていい子なんだけど、喧嘩している子とかを見ると張り切っちゃって、仲裁に行くの。正義感が強い子なのね」
魔獣に対しての話としては聞きなれないワードがいくつも出てきて、頭が追い付かなかったアデルは、頭を振って話題を変えることにした。
「それより、いいんすか。今日中にあの魔女の石を持って帰らないと、俺たち上級になれないですよ。そうしたらレベッカさんもハンターになるのを親父さんに許してもらえないんっすよね?」
「……そうね。でも、いいのよ。だって、私はテイマーになるためにハンターになりたかったの。ハンターになるためにテイムしている子たちを放っておくなんて、テイマー失格じゃない」
そういいながらメリッサの治療を手助けするレベッカ。日は落ちてきていてあたりは夕焼けの優しい色がつつんでいる。このままアデルの治療をせずに魔女の石をもって帰れば、アデルの言う通り間に合うはずだ。しかし、レベッカはアデルの治療をとった。
アデルの治療を見守るレベッカの眼は、暖かかった。
「このまま大人しく家業を継ぐことにするわ」
ギルドへ向かう道で、夕日も落ちて月明かりのみに照らされたレベッカは、静かにそう言った。足元にはいつのまにか合流した黒狼もついてきていた。蟒蛇とは仲が悪いのだそうだ。
「家業では、魔獣と触れ合えないんすか?」
アデルが気まずそうにそっぽ向きながら聞く。
「触れ合えないってことはないけど……。人と接しなくてはいけないし、荒っぽい職場なの」
「そう、なんすか。レベッカさんは人の上にたつのはやっぱ向いてないと思うんすよ。常識ないし。でも、悪い人ではないってのはわかったから。応援しますよ、テイマーになる夢」
アデルの宣言に、勇者御一行はそろってうなずく。
「お父様と話してくるわね。ここまでありがとう」
そしてそのままアデルたち勇者御一行とは別れて一人ギルドへ帰っていった。
「……望み通り、レベッカをハンターにするのは阻止できそうだな」
「ああ」
ダフが励ますようにアデルの肩を組む。その後ろでは、リアナがメリッサを慰めていた。
「でも、なんだかすっきりしねえな」
「ああ」
「まあ、俺たちもなんだかんだレベッカに絆されていたってわけだ。ハンターになったあいつがほかのハンターたちをテイムしまくるところなんか見たくはないが、テイマーとして平穏に生きていけたらいいな」
「そうだな。人の上に立つのは、まあ、向いてない。魔獣とたわむれていればいいんだ。禁猟エリアの管理人なんてのもいいな」
そんなことをのんきに話しながら歩いて帰っていた。
『このたび家業を継ぐことになりました。新、ギルドマスターのレベッカです』
――そんな挨拶が、翌日ギルドで行われるとも知らずに。




