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絆と生き様〜『ティアムーン帝国物語〜断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー』


「こうして、ミーアさまの御世話をさせていただいたのは、ただ、放っておけなかったってだけだから。特に理由なんてありませんよ」


作品:ティアムーン帝国物語~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー/作者:餅月望/第一部:断頭台の姫君/第五話「忠義のメイド」より



革命政権に処刑されて断頭台に散った残念皇女ミーアは目覚めてみればまだ12歳。何としても未来の処刑エンドを避けたい保身最優先の行動が、結果的に歴史を変えるフラグとなって、気がつけば帝国の叡智と讃えられる姫君に。ミーアの残念な中身はそのままで、結果オーライが楽しい人生やりなおしストーリー。これも広義の悪役令嬢ものになるのかな?


報われなかった前世、処刑の直前まで地下牢のミーアに寄り添ったアンヌは忠義のメイドというより、ダメなあるじを捨て置けない、素朴な人間味がきらめく木漏れ日のようなキャラだった。だからこそ転生ミーアの恩返しは心のこもった「ありがとう」の体現になっているし、作品を通じてもっとも祝福されているのが、この二人の絆でもある。


そういう意味では「やりなおせてよかったね」というハッピーエンドというか、リスタートというか、転生で報われるシナリオの面白さが詰まっているのだが、よくみればミーアとアンヌの関係は複雑でもある。というのは、転生ミーアの「ありがとう」は、最後までそばに居てくれた前世アンヌに向けられた感謝で、初めからミーアに愛され忠臣となったアンヌにはミーアの「ありがとう」を受けとめる自分がない。要するに、何でこんなに大事にされるんだろうと疑問を抱いたまま、ミーアが寄せてくる絶大な信頼に応えるべくひたすら忠誠を返す──という、奇妙なズレが生まれている。


確かに転生ミーアと忠臣アンヌの絆はとても強い。でもその絆以上に、召使い風情ふぜいとメイドを見下しアンヌにも平気で当たり散らしていた前世ミーアと、それでも「他に世話する人もいないし」で最後までミーアに寄り添ったアンヌの繋がりの方が、純粋で尊くみえてしまうのは何故なのだろう。


同じことがミーアとルードヴィッヒについてもいえる。結果オーライの偉業(?)で帝国の叡智と讃えられる転生ミーアと、そんなミーアを崇拝する忠臣ルードヴィッヒよりも、残念皇女として軽蔑されシカトされ、手遅れになってから民衆に訴えて石を投げられ、それでもあがきつづけた17歳の前世ミーアと、「くそメガネ」「バカ王女」と互いに悪態をつきながらも最後までミーアを見捨てなかった人間ルードヴィッヒ──遅きに失した努力など何一つ報われることなく、歴史の濁流に呑み込まれて行った二人の生き様の方が、やりなおしの成功よりも尊く美しく、繋がりも力強くみえてしまうのは何故か。


ここではその答えは出さずにおこう。受けとめ方は人それぞれだし短い感想文の仕事でもない。前回の感想文で、転生ものは「やりなおせばうまくいく」という安易なリセットを描きながら、結果として「命は一度きり」「やりなおしはきかない」という逆説的な主題に向かっているのではないか──という趣旨の文章を書いた。この『ティアムーン物語』も、結果オーライの華麗なサクセス・ストーリーが進めば進むほど、報われずに終わった前世の不器用な生き様が尊く美しくみえてくる──そんなふうに私は読んでしまったけれど、ぶっちゃけ長い物語で、第三部以降は未読のため、根本的に見当外れのことを言っているかもしれない。


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