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異世界恋愛(要素を含む)の短編

わがまま王子は首振り令嬢と、チョコレート色の夢が見たい

作者: 有沢楓

 思い付きで書きました、ふんわりすぎる設定の習作です。

 何も考えずにお読みくだされば幸いです。 

 とある小さな王国に、三人の王子様がおりました。

 類まれなる美貌とカリスマ、そして知性を備えた第一王子。

 武勇と軍略に優れ、他国を退けてきた第二王子。


「今年はチョコレートが欲しいから、作ってくれない? ものすごく苦いやつ」


 王様、お妃様の美点を上のお二人に絞り取られて、残りカスでおまけだと貴族の間で囁かれております、思い付きで動く浪費家の第三王子ラッセル様。


 それからこの国には。


「まあ、それは良いのではないでしょうか」


 ただただそんな王子様を肯定する、政略結婚相手の侯爵令嬢――誰もが嫌がる婚約者の座に、親の打算だけで据えられて。

 はいはい言うことを聞き流すための首振り人形にされたこの私、こげ茶の髪と瞳の令嬢・ルイーズがおりました。




 冬の穏やかな昼下がり。

 王城の中庭にある温室には陽光が、私も気に入っている、周囲に咲き乱れる白い薔薇と中央に据えられたテーブルに降り注いでいます。

 素敵なシチュエーションではありますが。

 高級ティーセットと、珍しい茶葉と、高価なドレス――そう、ラッセル様から贈られた「衣装」を着せられた私たちは茶番を演じているようです。


 控えている従者の視線が泳いでいます。また変なことを言い出した、と思っていらっしゃるのでしょう。

 私もそう思います。

 だって少しでも彼のことを知っているなら、ラッセル様は、さらさらの金髪とアクアマリンのような透明な瞳、そして甘い顔立ちに似合わず、辛党だということも知っているからです。


 もう少しすると訪れる、甘いチョコレートを意中の人に贈る「愛の日」。

 双方が7歳で婚約してから12年――その間、チョコレートはいらない、とずっと拒否されてきたのでした。

 そんなことをすれば婚約が失敗だったと周囲に触れ回っているようなものなのに、です。


 ラッセル様といったら昔から振る舞いが、王子にしてはとっても奔放でいらして、わがままで浪費家という評判です。

 王子という役目を果たす気がないようで、人目や評判など気にしません。 


 今までお茶会の場所も、温室で育てる花も、お菓子も椅子もテーブルクロスもクッションも、花瓶も、お召し物も、私にくださるプレゼントも。

 私が訪れるたびに様々な国から取り寄せ、入れ替え、作らせてきたくらい新しいもの好きで、気分によってコロコロ変える方なのです。


 そんな奔放な方でしたが、それでもお仕事――国史の研究や調査だとか――はきちんとされているようで、末っ子ということもあって王家のご家族はみな、ラッセル様にお甘いのでした。




「本当に解っているの、ルイーズ? 君が作るんだよ」

「勿論ですわ。今までもお作りしてきましたでしょう」

「自分で豆から。チョコレートは手作りが重要だからね?」

「ええ、何とかなりますわ」


 私はラッセル様のわがままに、ためらわず頷きます。

 少々困った方ですが、本気で私を困らせるようなことを仰ったことはありません。

 チョコレートは一度溶かしてから冷やし固めるだけと聞くので、質は――味はともかく、できなくはないでしょう。砂糖を入れなければ多分苦いですし。


 去年までの私は、お好きな辛いお菓子や料理を作ったりして、お渡ししていました。

 勿論、淑女がするには品位に欠ける行為だと両親にきつく叱られるのは分かっていましたから、夜中にこっそり手作りしてみたり、シェフにこっそり頼み込んでのことです。


 ――でも、そこで何か聞き逃した気がしまして、つい問い返してしまいました。


「あの、豆から……ですか?」

「うん」


 チョコレートといえば、原料はカカオ豆のはずです。

 王都からずっと南方の、飛び地のようになった島々で栽培されております。


「婚約した時に南方の島のカカオ農園をひとつ買って、品種改良に出資して、新種を植えてもらったんだ」

「はい」

「カカオ豆が採集可能になるまで数年なんだそうだけど、実際に美味しいチョコレートにできるような良い品質の豆ができるまで10年以上。今年ようやく満足のいく豆が採れたんだよ」

「まあ、すごいですわね」

「カカオ豆の名前は『麗しのルイーズ』」

「……私の名前と同じ気がいたしますわね……?」


 ろくでもないことを思い付く時の、キラキラ輝く瞳をこちらに向けて満面の笑顔を向けられましたので、私はうんうん頷いていた首を、危うく止めてしまうところでした。

 ……実は私は、このお顔に弱いのです。

 たいてい思い付き――急な観劇や、視察や実験や、ダンスの練習やら雪合戦やら――に私を巻き込むのですが。そうされているときは子供の付き合いの延長のようで、政略結婚だとか、打算とか実家のしがらみだとかをつい忘れてしまえるからです。


「それは勿論、ルイーズの名前からとったからね。嫌じゃないといいんだけど?」

「その、あの、……驚いていますわ」


 私がまた頷けばラッセル様は満足そうに頷かれました。


「実はねルイーズ。国の歴史や文化をまとめていて気付いたんだけど、そもそも『愛の日』の由来っていうのが不明だったんだよね。最近喧伝されてる、愛の聖人という存在がどこにも確認できなくてね」

「言われてみますと、そうですわね」


 いつ頃から『愛の日』と呼ばれるのかについて教わった覚えはありません。確か十数年前だったような気がしますが……。


「カカオには健康増進効果やドキドキさせる効果があるっていうのも間違ってはいないけど、うちの国では、カカオ農園を持つ、とある伯爵家とあるお菓子工房が組んで流行らせたっていう疑いが濃厚で……」

「そうですの」

「そんなチョコレートで愛を告げられても嬉しくないからね。打算的な偽の歴史より、今世の中に必要なのは『真実の愛』の物語じゃないかな」

「そうですわね」


 何を言い出そうとしているのかちょっとよく分かりませんが、とりあえず頷きます。

 それから、ラッセル様が私にしっかりと視線を合わせられましたので。

 ……いえ、豆からという言葉に引っかかりを覚えましたので。

 私はつい、淑女として口答えや疑問を差し挟むなという家訓に背いてしまいました。


「……あの、それは私に、チョコレートの開発に携わるようにというご命令でしょうか……?」

「カカオ豆からチョコレートを作る方法は大分調べたからね。ロースト具合と、ミルクと砂糖の分量を変えて……」


 ラッセル様が侍従に目配せをすると、銀のトレイに乗ったチョコレートたちが現れました。

 おそらく試作品です。色も形も香りも様々な――お菓子屋さんに並んでいるものより少し不格好でしたけれど、それが数十個。


「とりあえず今日はこれだけ試食してくれる? それからルイーズが好きな甘いチョコレートと、俺好みの苦いチョコレートを本格的に作って……」


 それが『真実の愛』とどのようなご関係が? と目で問いかけてしまいます。


「完成したら、二種類セットにして『大切な人と一緒に食べるチョコレート』って広告を大々的に打って市販する。

 売れたら、好きな味のチョコを詰め合わせて選べるようにするつもり」

「……あの、……僭越ながら……そんなに、うまくいくとは、思えませんが……」

「大丈夫、受けなくても、当たりがでるまで味とデザインは試行錯誤すればいいんだよ。

 カカオ豆作るのに待った12年分の試作品は出来てるし……ただ、どれも君が一番に満足するものじゃないといけないなと思ってる。全部味見してくれるよね?」


 残念ながら、そういう意味ではありません。

 チョコレート事業を思い付きで行うことが、あからさまな浪費が、ラッセル様や王家に及ぼす影響を考えているのですが……。


「勿論お望みでしたら味見はいたしますが、……その、私が好きなチョコレートを多くの人々が喜ぶとは、とても……」


 そう言いながらも視線で促されてひと粒、カカオ豆を模したかたちの、淡いキャラメル色のチョコレートを口に運びますと、甘いものが舌の上でほどけて香ばしい匂いが鼻から抜けて行きました。

 不思議なことにミルクチョコレートも、真っ白いホワイトチョコレートも、ラッセル様がお好きそうな殆どカカオでできた苦みの強いそれも。

 どれもそれぞれに違う味わいで、それぞれにとても美味しいです。


「……どう?」

「あの、とても、美味しいですわ」

「良かった。俺って顔に出にくいらしいんだけど、結構緊張してたから」


 自ら味の感想を言うなどはしたないけれど、本当に美味しいチョコレートでした。


「機械も取り寄せて作る工程も完璧に頭に入ってたけど、自分で料理したの初めてだったからね」

「あの、ラ、ラッセル様が……ですか?」

「だって今までずっと作ってもらってたし。……何度も失敗したし、ちょっとばかりシェフに手伝ってもらったけどね」


 ラッセル様は頬を何故だか赤く染められますと、


「もしこれが今、国民に気に入られなくても。今の『愛の日』と同じように、いつの間にか習慣になっちゃってると思うんだよね。

 ――そうだなあ、孫ができるころには『第三王子夫妻の愛のチョコレート』で定番化してるんじゃないかな」

「あの、とても気が長いお話ですわね」

「実現してからの方が長いんじゃないかな。100年以上続く伝統になればいいなって思ってるから。

 君の名を冠した豆と、君と俺が作った、君の大好きなチョコレートをこの国のすべてに流通させるんだ」

「あの、それにどんな意味が……」


 ラッセル様の手が、私の手の上に何故か重ねられました。


「そうだなあ、ルイーズ。政略結婚だって周囲に思われるのは癪じゃない?」

「……いいえ」

「そう? 俺は周囲に期待されてないでしょ? 国を導く才能や守護する能力がないし結婚する旨味が薄い。……だから逆にね、俺と相性が悪そうな人たちは婚約を辞退してくれて、君が来てくれたのはラッキーだなあって思うんだけど」


 ラッセル様の言葉に、私は顔を無作法にも見返しました。


「あの、私がラッセル様と相性が悪いという説は」

「辛いお菓子とか、今まで手作りしてくれてたんだから嫌われてるってことはないと思ったけど?」


 ……私はうっかり、俯いてしまいました。その通りです。


「それから、子供が生まれた時に、周囲にあんな家に生まれて可哀そうだなって思われるのはごめんだからね」

「……あの、はい、その通りです」

「だからそろそろ、ほら、いい年齢になったし。

 政略結婚の縛りが強い兄上たちじゃなくて、平凡でも暖かい家族を築くことができるっていうことを国民に示すっていうか」


 ラッセル様の片手がチョコレートをひと粒摘まみ、私の口元まで運んできました。


「ルイーズは、お菓子の中でチョコレートが一番好きだよね」

「私、今までこちらでは、何でも美味しく頂いたと思います」

「それは嘘だね」


 何故か自信満々に言われて、私は口を思わず尖らせてしまいました。


「何故お分かりになるのです」

「君は実家の監視が強くて、気に入られて来いって言われてる。だから本心をなかなか言わないでしょ?」


 頷くわけにいかず黙っていると、ラッセル様は続けました。


「気に入らないことでもそうですわね、で頷いて済ませてしまう。

 苦手な味のスコーンを誤魔化して飲み込んでたし、俺の贈ったドレスが趣味じゃなくても、素敵ですわって褒める。

 でも本当に、気に入ったお菓子や花、色や場所があるときは『あの……』とか『その』で口ごもるから、分かりやすい」

「あの、そんなことは」

「ほらまた。

 言っておくけど、誤魔化してもダメだよ。知ってた? 俺、記憶力だけは家族の中で一番なんだよね。目に入ったものと聞いたものは全部覚えてるから」


 ああ、だから歴史などまとめる仕事をされて、重要な公務でも交渉の場でも、オマケなんて言われても陛下やお兄様方とご一緒しているのだと、私は納得し――それで。


 もうひとつ、理解しました。

 理解してしまって、頬が熱くなります。

 お花も、椅子も、お菓子もコロコロ変えていたのは、ラッセル様が私の好みを把握するためにされていたことなのだと。

 それからいつの間にか、この場所が私が居心地の良いように整えられていたのだと。


「あの、浪費だなんて思っていて……申し訳ありません」

「別にいいよ。隠してたのは、そう思われた方が好都合だったんだから」


 それに浪費はしてるけど採算は取れてるから安心して、と。

 チョコレートが唇の前に差し出されてじっと見つめられれば、私はどうしてか口を開いてしまいました。

 これは今までと同じ、ラッセル様の、思い付きで、わがままで……。


「俺なんかと結婚させられるって周りに思われてる寂しい目をした女の子と、本気で家族になりたいんだって理解してもらうために12年かけたんだけど、分かってくれた?」

「その……はい」

「今までずっと我慢してきたんだろうけど、もう俺の前ではわがままを言っていいんだからね」

「……はい」


 優しく押し込まれたチョコレートはとろりと溶けて、甘く広がって体中を満たしていきます。


「あの、でも……こんなに、食べきれないです」

「食べきれるまで、何日でもお茶会を続ければいいよ。

 一粒食べるたびに、君の好きなところを一個ずつ挙げてくから――チョコレートブラウンの髪とか、長い睫毛とか、話を細部まで聞いているとか――時間がかかる予定だし。

 それで今日からしばらく侯爵家に帰らなくていいから――王子のわがままに付きあわされてますって伝えておくから」

「あの、はい……」


 何となく今までの付き合いで、私はラッセル様が言わんとしていることが理解できてしまうのでした。

 半分は本当に、今までの距離感を取り戻すおつもりで。

 もう半分は本当に、チョコレートの開発に付き合わされるのでしょう。

 それから、それとは別に手作りの苦くて美味しいチョコレートを、ラッセル様に差し上げることにもなりそうです。

 大分苦労しそうなわがままでしたが――悪くはありません。


「……今後は国の『愛の日』を永遠に、俺たちの日にしてしまうんだよ。もし失敗したって、ルイーズの名を冠した豆でチョコをつくった馬鹿な王子がいたって、記録に残るし……俺が残すし」


 ふふん、とわがまま王子らしく笑ったラッセル様がとても楽しそうなので。


「それは、楽しそうですね」


 私は笑みを――作り物でない笑みを浮かべて頷きました。

 今度こそ、心から。


「……私もわがままを言っても宜しいでしょうか?」

「なに? ルイーズから言ってくれるなら、できるだけのことはする」

「孫などと仰らず、その日がもう少し早く来るようにいたしませんか? ですから、その、ええと、式はおいておいて、『愛の日』に結婚してしまいましょう」

「……ずるいなあ、プロポーズはこっちからするつもりだったのに」


 ラッセル様が苦笑されるので、私は代わりにトレイから摘まんだ一番苦いチョコを、そのお口に差し出しました。




 その後、チョコレートは無事に、慌ただしい結婚と同時に発売されました。

 売れ行きは、初年度にしてはまずまずだったでしょうか。

 ラッセル様はそちらの方面の商才もおありだったようで、私とラッセル様が好きな花や宝石をモチーフにしたり、一緒に出掛けた島の海塩入りだとか、限定商法を行うことになりました。

 おかげでいつしか毎年恒例の人気商品になったのですが。

 後年、これがラッセル様と私の、のろけの押し付けであることに気付いて困り果てたのは、国民の皆さんではなく、年頃になった子供たちだったのでした。

 2/7 容姿について、細部を少しだけ付け足しました。

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