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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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D級テイマー、継承式の日を迎える




夜明け前。


薄明かりが城の尖塔に差し込み、厳かに鐘が鳴り響いた。

この鐘の音は、国中に継承式の始まりを告げるものだった。


城下町では、既に人々が集まり出し、祝いの旗や装飾が彩りを添えている。


一方、城内では早朝から大勢の従者たちが忙しく立ち回り、騎士達は警備の最終確認を行っていた。

廊下を行き交う足音、衣装の布擦れの音。

そして侍女達が慎重に運ぶ、銀食器が立てる微かな音が交錯する中、緊張感が漂っていた。




アルデールの部屋では、専属の従者達が王族の正装の準備を進めていた。

彼は鏡の前に立ち、王位継承者としての威厳を示す為の深紅の衣装に袖を通していた。


従者の男は、慎重に衣装を整えながら満足げに頷く。




「皇子。この衣装は、国王様もご使用になられた伝統の品です。とてもよくお似合いですよ」




アルデールはその言葉に微かに頷きながら、静かに鏡越しに自分の姿を見つめていた。

その目には不安や動揺はなく、ただ静かな決意が宿っていた。




「この国を護る。それが母上や父上の願いであり、今の私の使命だ。」




エルヴィンがその背後から現れ、嬉しそうに兄の横に立った。




「兄上。今日の貴方は、何だか少しだけ父上に似て見えます」




アルデールは、その言葉に苦笑しながら振り返る。




「それは褒め言葉だと受け取っておこう。だがエルヴィン、今日はお前も、この国の新たな一歩に誇りを持って立つ日だ。決して怯むな」

「はいっ!」




エルヴィンはその言葉に少し驚きながらも頷き、心に静かな決意を宿した。




準備を終えた二人が部屋を出ると、其処には既ににレン、スライム、マオ、ディーネ、ウォルター、フウマが揃って待機していた。

彼らはいつもの護衛の姿だが、その表情からは緊張に色が窺える。




「おはようございます。お二人共、準備は万全のようですね」

「お前達はそのままなのか」

「生憎、式典に来て行く様な衣装は、持ち合わせておりませんので…」




少しだけ苦笑するウォルター。

深く息を吸い込み、アルデールの前で真剣な目を向ける。




「殿下、護衛の立場である以上、我々は貴方の為に出来る限りの事をします。例えこの命をかけてでも」




アルデールはその言葉に少し驚いたような表情を見せたが、すぐに頷いた。




「あぁ。よろしく頼む」

「いいなっ。俺もあんな格好いい服が着たいぞっ!」

「高そうだから駄目だよ、マオちゃん…」




少し眠たそうな声でレンが言う。

結局のところ、昨日は夜が明けようとする頃に眠りに就いてしまった。




「眠そうだな?」

「あはは…緊張して寝付けなくて」

「レンはディーネに叩き起こされたんだぞっ」




良くて一時間の睡眠だろうか。

ディーネに激しく叩き起こされたのは、いい想い出である。




「そ、そんな事ないですよっ。ただ引っぺがしただけじゃないですか…っ」

「いや、あれは鬼気迫る勢いだったよ…?」

「だ、だってっ。レンさんが幾ら起こしても起きないから、つい…」




申し訳なさそうに頭を下げるディーネ。

悪いのは寝付けなかった自分であり、彼女の所為ではない。


途中、厨房のあるパントリーの前を通りかかった。




「これほど多くの来客を迎える式典は久しぶりだ。ミスのないよう、全ての料理を完璧に仕上げるぞ!」


「「はいっ!!」」




料理人は、少し嬉しそうに厨房スタッフに話しかけている。

その意気込みと共に厨房内は、まるで戦場の様に慌ただしくなることを予感させた。






式典会場の大広間へ行くと、シリウスが警備の最終確認を行っていた。


来賓達を迎える為に準備された広間は、豪華な装飾が施され、煌びやかなシャンデリアの光が会場全体を照らしていた。

金箔が施された壁面には王家の紋章が飾られ、広い空間に高級感と格式を感じさせる雰囲気が漂っている。


中央には、豪華な立食形式のテーブルが並べられ、大皿には色とりどりの料理が美しく盛り付けられていた。

ローストされた肉料理、色鮮やかなサラダ、新鮮な魚介の盛り合わせ、そしてデザートには煌めくゼリーや芸術的に飾られたケーキが並ぶ。

ワインやシャンパンのサービスも行き届き、既に到着している来賓達は、それぞれのグラスを手に早くも談笑していた。




「会場内は一見平穏だが、念には念を入れろ。特に来賓の中に不審な動きをする者がいないか、徹底的に見張れ」




シリウスは険しい表情で、騎士達に指示を出している。

あと数時間もしない内に、この場には多くの来賓の姿でごった返すだろう。

そんな緊張感もあってか、誰一人としてにこやかに笑う者はおらず、各々が指示された配置場所へと移動して行くのが見えた。




「シリウス」

「おぉっ。皇子様方! いよいよですな!」

「警備の方はどうだ?」

「概ね順調…ですな。しかし、不審者を見つけるのは容易じゃないでしょう」

「そうか」




警備人数を増員したとはいえ、来賓の数に比べると、少しばかり心許ないと考えたのだろう。

アルデールの表情には若干の曇りが見えたが、シリウスはそれを払拭するように、首を振った。




「ご安心を。何か起きる前に察知するのが我々の役目です」

「頼りにしている」




その言葉に、シリウスは少し驚いた表情を見せた。

未だかつて、アルデールがこんな風に、誰かを頼った事があっただろうか――?




「…アルデール皇子は、本当に立派に成長されましたね」

「何だ急に」

「いえ。ふとそう思っただけです」




戸惑うアルデールに、シリウスはそっと微笑む。




「皇子様方。どうぞこちらへ」

「まもなく来賓の皆様が入場されます」


「王都イーグレアより、侯爵ヘルバート家のご一行、到着されました!」




その声に呼応するように、騎士達が敬礼を行い、来客を城内へと案内する。

来賓達はタキシードやドレスなど、それぞれ豪華な衣装を身に纏い、華やかさと共に圧倒的な威厳を漂わせていた。




「この王城も随分と立派だが、今日の式典でどれほどの力を見せるつもりなのか、見ものだな」

「次代の王の実力が試される日でもある。我々も目を光らせておくべきだ」




さらに、大商人や各国の外交官たちも到着し、貴族だけでなく幅広い来賓が揃っていた。

周囲には式典を見守る城下町の民衆の姿もあり、人々は次代の王の登場に、期待と緊張を抱いている様子だった。


鐘が再び鳴り響き、大広間には要人や来賓達が次々と集まっていく。




「人が多くなってきましたね」

「うん。注意して警戒しよう」

「レンっ。あそこにご馳走があるぞっ!」

「あれはお客さんの為のものであって、マオちゃんのじゃないよ?」


『えーっ! こんな美味しそうなニオイがするのにー?」


「スライムまで…」




会場の隅では、マオとスライムが豪華な料理を前に、興味津々な様子だった。

マオは、用意して貰った子供用の小さなフォークを片手に嬉々としている。




「こんなに美味そうな料理、どれから食べていいか迷うなっ!」




もう既に、彼は料理に目が釘付けだ。

スライムも彼の頭の上で、だらーっと涎を垂らしている。


気持ちは解るけれど、スライムまでそっちに行かれると、有事の際どうしたらいいいんだろうね?



「魔王様っ。どれでも好きなもん言うてくれたら、ウチが取ったるでぇ!」

「って、フーディーまで!?」

「あっ。レンちゃーん! また会うたなぁ!!」




その隣には、何と来賓に紛れてフーディーの姿があった。

ぶんぶんと大手を振って笑う彼女につられ、レンもまた手を振り返すものの、直ぐにはっとした。




「な、何でフーディーが此処に居るのっ?」

「今日はパーティーがあるって言うやん? ちゅー事は、美味しいもんがぎょーさん食べられるって事やんっ!?」


「「もう、バレたらどうするの?」

「大丈夫やで。食べたら直ぐに帰るし! それにこう見えて、ウチも『お祝い』に来たつもりなんやで~」


「お祝いって…招待で儲けているの?」

「いや? こっそり紛れ込んだった!」




招待どころか、不法侵入じゃないか。

これは護衛として、追い出すべきなんだろうか、うーん。


すると、マオは肉料理を一口頬張りながら、嬉しそうに笑った。




「フーディーは何もしねぇし、オレがさせないから大丈夫だぞ。継承式の邪魔をしなければいいいだろ?」

「マオちゃんがそう言うなら…?」

「まあ、食うにしても。ほどほどにしておけよ、フーディー」

「はいなっ。魔王様!」




彼女は片手に皿を二枚持ちながら、力強く頷く。

もしかして、彼女はその二枚分をぺろりと平らげてしまうのだろうか。




「レン。俺達も配置につくぞ」

「あ、うん」

「何を見ているんだ? …フーディー?」

「えぇと…何か来ちゃったみたい」




ウォルターも、来賓に紛れるフーディーの姿に気付いた様だ。




「こっそり紛れ込んだのか? あの格好では目立つんじゃないのか…」

「だよね…」




良くも悪くも、フーディーの格好は、露出度の高い小悪魔スタイル。

まるでパーティーのTPOなど気にするつもりもない様子で、盛大に料理を楽しんでいた。


目の前に並ぶローストビーフ、オマール海老、豪華なデザートの数々。

そのどれもが瞬く間に彼女の手に取り込まれ、皿の上から姿を消していく。


隣にはマオが座り、子ども用の小さなフォークでパスタをくるくると巻いている。

彼の顔には満足げな表情が浮かび、目の前の料理を堪能することに夢中だった。


加えて彼女はよく食べるものだから、注目を浴びるのは時間の問題である…のだが、来賓の殆どはそんなフーディーの姿に見向きもせず、楽しそうに談笑をしていた。





「魔王様。そっちのパイも美味しそうやな。分けてくれへん?」




フーディーがフォークを持ったまま、ニヤリと笑う。




「嫌だ。これは全部オレのだ」




マオが子どもらしく頬を膨らませる。




「なんや、ケチやなぁ」

「また来るだろ」

「せやな!」




フーディーは頷くと、自分の皿に盛られた肉料理をまた一口、満足そうに頬張った。




「…何故、あれが目立たないんだ?」

「さ、さあ…」




ウォルターとレンが、この状況を奇妙に感じるのは当然だ。


来賓達は相変わらず、洗練された会話を楽しみながら、優雅にグラスを傾けている。

その横で、フーディーは食べたい放題の料理を次々と手に取っていた。


彼女は豪快にナプキンで口元を拭いながら、目の前のローストビーフをさらりと平らげる。

その様子は注目を集めてもおかしくない筈だった。


だが、フーディーの姿は、来賓達にはまるで見えていないようだった。




「あ、あの…多分、結界を張ってるんだと思います」




ふと、ディーネが後ろでそんな事を言い出した。




「結界?」

「フーディーさんの周りに、バリアのような物が見えるんです。薄っすらとですけど…」




ディーネが言うには、そのバリアの様な『結界』のお陰で、周りの来賓には姿も気配も感じさせないらしい。

ただし、効果があるのはただの人間――所謂『一般人』である。


ディーネの様な駆け出しの聖職者や、ある程度視認出来るほどの力がある者であれば、フーディーの姿は見えるのだと言う。

現に魔法の力はないものの、ウォルターはフーディーの姿を確認する事が出来ていた。




「あっ。丁度いい所にシャンパンが来たわぁっ。魔王様も飲むやろ?」




その時、シャンパングラスを運ぶ使用人がフーディーの横を通り過ぎた。

彼女は片手でさっとグラスを掴むと、満足げに目を細めた。

だが、使用人は一切気付くことなく、そのままスムーズに歩き去っていった。




「レンがジュースじゃないと怒るんだ」

「お堅いんやなぁ、レンちゃんは~!」




しかしマオは首を振り、テーブルに置かれた子ども用のジュースを手に取った。




「ふふん、ええ感じやな。この国の料理はやっぱ最高や!」




フーディーが満足げに言うと、マオが小さな声でぼそりと呟いた。




「そんな国がどうにかなれば、この料理も今日で食い収めだな」

「あー。そら困るなぁ。ウチ、結構この国は気に入っとんねん」

「お前が入れ込むぐらいだから、相当なんだろうな」

「今度、魔王様にもっと美味い店紹介したるで?」

「今度があればいいんだけどな」




その様子を見ていたレンは、心の中で小さな疑問を抱いていた。


何故フーディーが、此処まで料理に執着するのか。

それはレンがまだ知らない、彼女の根本的な欲望が関係しているのだろう――



『暴食』を司る悪魔。


食べることこそが、彼女の力の源であり、存在理由なのだから。



フーディーとマオが会話を交わす中、他の来賓達の喧騒が遠くに感じられた。

何処か別次元での出来事のように、繰り広げられる彼らのやり取りは、まるで別世界のようだった。




「まぁええやん。今日ははお祝いやし、食べられる内に食べとかなな」




フーディーは、そう言ってグラスを持ち上げた。





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