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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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皇子二人、懐かし記憶に触れる




石造りの重厚な壁と、高い天井に囲まれた静かな廊下。


幼き日の『自分』にとって余りに広く、何処をどう進めば良いのか分からないまま、不安が募るばかり。

更に進むごとに視界には大きな鎧や、重々しい絵画が飾られており、ひとつひとつが圧迫感を感じさせていた。



あの日、彼もまた一人震えていた。

実母が亡くなった直後、彼は哀しみと不安に苛まれ、夜になると何度も泣き出していた。

そんな彼を優しく抱きしめ、涙を拭ってくれたのは、父の側室だった女性。

彼女は彼の実母の妹であり、母を失ったアルデールを深く気遣い、まるで実の息子のように優しく接してくれたのだ。




『アルデール様、哀しみを我慢しなくてもよいのですよ』




そう囁きながら彼を抱きしめ、彼女は哀しみが癒えるまで、何度もそっと頭を撫でてくれた。


彼女の優しい笑顔が、幼いアルデールにとって大きな救いだった。

彼女はいつも微笑みを絶やさず、少しでもアルデールの心が安らぐようにと寄り添ってくれた存在。

幼いアルデールは、彼女を『母』と呼ぶ事はなかったけれど、それと同じくらいに信頼を寄せていたのは確かだ。



アルデールが太后に頼ろうとする一方で、エルヴィンは彼女の実の息子である。

自然とその愛情を一身に受ける立場にあった。


状況は少しずつ変わっていった。



太后がエルヴィンに微笑みかけたり、優しい言葉をかける姿を見る度に、アルデールは心の奥で小さな痛みを感じた。




『なぜ俺には、あの笑顔を向けてくれないのだろう』


『やはり俺は、母を失った哀れな子どもに過ぎないのか』




それでもアルデールは、自分の嫉妬を認めようとはしなかった。

エルヴィンに対して冷たくなり、次第に距離を取るようになっていった。



一方で、エルヴィンは母の愛情を受けながらも、兄アルデールが次第に自分に冷たくなっていくことに戸惑いを覚えていた。




『兄上、どうして最近僕と話してくれないの?』


『兄上は僕のこと、嫌いになったの?』




エルヴィンの問いかけに、アルデールは答える事が出来なかった。

自分の嫉妬や劣等感が、エルヴィンとの絆を壊している事に気付きながらも、気付かない振りをするしなかなかった。




『俺がこの国を守る為には、感情に流されてはいけない』




そう自分に言い聞かせる度に、彼は弟との距離をさらに広げていった。

エルヴィンもまた、兄が自分を遠ざける理由を理解出来なかった。




『兄上は僕を嫌っているんだ。僕が弱いから…』




そう思い込むようになったエルヴィンは、兄と対等になる為に、魔法の腕を磨く事に注力するようになった。





太后の厳しい言葉や冷たい態度、そしてエルヴィンとの関係に苦しみながらも、アルデールは心の中でこう思い続けていた。




『俺はこの国の為に必要な存在だろうか』


『もし俺が弱いままなら、この国を守れない』




だから彼は剣の腕を磨き、強くなる事に全てを捧げた。

それは自分の価値を証明する為でもあり、太后に認められたいという幼い願望の現れでもあった。


けれど、努力を重ねても太后の態度は変わらず、その思いは報われることはなかった。





大人になったアルデールは、過去の傷を隠しながら生きていた。

今でも、その記憶は彼の心に深く刻まれている。


彼は強くあろうとしながらも、時折自分の弱さに気付かされる瞬間がある。


そして、その度に母の最後の言葉を思い出した。




『優しさは強さでもあるのよ』




その言葉を胸に、彼は自分の弱さを受け入れながらも、前へ進むことを選び続けている。



けれど、その道の先には、まだ解決されない家族の絆の課題が残されていた。











「…アルデール皇子様」




静かな声に、アルデールはゆっくりと目を開けた。

部屋の中は薄暗く、夢の温もりが消えた現実が広がっていた。


視界にはディーネが穏やかな微笑みを浮かべて立っている。

その隣には、腕を組んだまま無言で立つウォルターの姿もあった。




「…いつからそこに?」




アルデールはやや困惑した様子で上体を起こしながら問いかけた。




「お目覚めになったのですね。わたし達はずっと、皇子様が起きるのを待っておりました」




ディーネの口調は軽やかだが、その奥には少し心配そうな響きが含まれている。




「随分とお疲れのようですね。珍しく無防備な姿を見せられていましたよ」




ディーネの冗談めいた言葉に、アルデールは眉を顰める。




「…そんな姿を見せたつもりはない」

「いや、見えたさ」




ウォルターが短く答えた。

彼が珍しく皮肉っぽく笑う様子に、アルデールは少しだけ気まずそうに視線を外した。




「お疲れなのは事実でしょう。少し休まれたほうがよろしいかと…」




ディーネは柔らかく進言するが、アルデールは首を横に振る。




「そんな暇はない」




その答えに、ディーネは少し困った顔を見せる。

するとウォルターが、次いで口を開いた。





「では、ご無理はなさらないよう。アルデール殿下が倒れてしまえば、この国を支える人がいなくなってしまいます」




その言葉には少しの皮肉が込められているようにも感じられたが、彼の本心から来る優しさも垣間見えた。


ウォルターは、じっとアルデールを見つめている。

その視線には、彼が言葉にせずともアルデールを案じている様子がありありと表れていた。




「俺が倒れることはない」




そう言い切るアルデールだったが、その胸中には夢で見た母の言葉が強く残っていた。


守りたい、という想い。

それは幼い頃の純粋な願いであり、今も彼を支える信念だった。




「剣の稽古に出る。…そうだ、今日は貴方が相手をしてくれ」

「いや、しかし…俺では役不足ではありませんか?」

「そんな事はないだろう。シリウスを相手にあの打ち合いを見せたのだから」

「頑張って下さい、ウォルターさんっ!」




アルデールが立ち上がると、ディーネとウォルターはすぐにそれに従い、彼を見守るように控える。



夢の余韻を胸に抱えながら、アルデールは再び重責を背負った現実へと歩みを進めていった。




いつも冷静で感情を表に出さない皇子は、孤独を抱えながら、今日も王国の為に剣を振るい続けている。







◇◆◇






静かな居室には、暖炉の火が静かに揺れている。


重厚な家具と絢爛たる装飾が、部屋にどこか冷たい威厳を与えていた。

けれど、その中に座る母――太后の姿は、炎を受けてもなお冷たい光を放っているように見える。


エルヴィンはその場に腰掛けていたが、心は落ち着かなかった。

向かいのソファに優雅に座る母が、微笑みを浮かべながらじっとこちらを見つめている。


沈黙が流れ、時間の経過が恐ろしく長く感じられた。




「(…昔は、こんな事がよくあったっけ)」




ふとエルヴィンの脳裏に、幼き日の記憶が蘇る。



母の様子が『おかしい』と感じたのは、まだ自分が10にも満たない頃だったと思う。

あの頃の母も、同じように微笑みを浮かべて自分を見ていた。


蹴れど其処に在ったおは、優しさではなく、厳しさ。




『エルヴィン、もっと努力しなさい』



普段は優しい母も、兄の事になると、途端に人が変わった様に糾弾した。

昔も今も、天才的な兄には何一つ敵わなくて、母を失望させていたのだろう。


実子である自分に対して、とても厳しい態度を取るようになった。

まるで、彼女の内に生まれた『嫉妬』の感情を、増幅させたようだった。




『アルデールはあれほど優秀なのに、貴方は何をしているの?』


『ごめんなさい…っ』


『謝罪の言葉など不要です。貴方はこの国の王になるのですっよ。兄を超えられなくてどうするのです?』




こうした言葉は、エルヴィンの心に深い傷を与えた。

努力しても努力しても認められない現実は、彼の自信を奪い取っていった。



『王になるのは兄だ』とは、口答えをする事すら許されなかった。



しかし、エルヴィンに宿る魔法の力が突如として開花すると、母の眼がまた変わった様に自分を見た。




『素晴らしい! 流石、私のエルヴィンだわ!』


『母上…!』




母にようやく認められたのは嬉しかった。




『これで、王への道に一歩近づきましたね』


『…は、はい』




でも、その期待は重圧となり、ますます重荷になっていった。



母が王になれと言うから頑張った




母に、そして兄に認めて貰いたかったから――








『おそいぞ、エルヴィンっ』

『ま、まってください、あにうえ…!』




ふと、エルヴィンの顔に小さな笑みが零れた。



それは、アルデールと共に駆け回っていた日々の回想。




――無邪気で、ただただ幸せだった頃の記憶が呼び起こされたからだった。




けれど、その刹那の微笑みを見逃す太后ではない。




「…まあ、エルヴィン。何か面白いことでもあったのかしら?」




その冷たい一言に、エルヴィンの表情が一瞬で凍りつく。

心臓が跳ね、冷や汗が首筋を伝った。


エルヴィンは、はっとした様子で母を見る。




「い、いえ…何も。」




太后は目を細め、笑顔のまま言った。




「何も? そう…けれど、先程のその顔は、何か思い出し笑いをしているように見えたわ」




彼女の声音は柔らかいが、その言葉の裏に潜む冷たい威圧感は、エルヴィンを緊張で縛りつける。


エルヴィンはぐっと拳を握った。

昔から、母と二人きりでいる時間には、心が休まることはない。

母でありながらも、彼女に対して向けられるのは、今となっては最早警戒心しかなかった。



太后の眼差しは、まるで全てを見透かすようにこちらを射抜き、その笑顔の裏には何か別の意図があるように思えてならない。


エルヴィンは、慎重に言葉を選びながら口を開く。




「…少し疲れているだけです。母上、何かご用があって僕をお呼びになったのでしょうか?」




太后は一瞬、エルヴィンの言葉を吟味するかのように沈黙した後、微笑みを深くした。




「ええ、そうよ。貴方に少し話しておきたいことがあってね」




その笑みの向こう側に何があるのか、エルヴィンには解らなかった。

ただ確かなのは、彼女が何かを企んでいるという事だ。



兄・アルデールの事。


度重なる不審な事件…


全てに、母――太后が関わっているのではないかと言う疑念が、胸を離れない。





「何でしょう?」




部屋に広がるのは、暖炉の火が燃える音だけ。

まるで時が止まったかのような静寂が、エルヴィンの心に重く圧し掛かる。




「兄のアルデールは、貴方の事を嫌っています。彼が王位を継げば、たちまち国は傾くでしょう」

「…兄が僕を嫌っているのは、昔からそうだったでしょう。何度も言わなくても解っていますよ」

「解っているのなら、もう兄の後ろをついて回るのもおやめなさい――とも言ったのも、忘れてないでしょう?」

「…えぇ」




――アルデールは貴方を嫌っている。貴方の力が恐ろしいから。



――アルデールは貴方を妬んでいる。貴方には母が居るから。




そんな言葉を、エルヴィンは昔から聞かされ続けていた。

幼い自分にとって、母は全てであり、疑う余地のない絶対的な存在。


だからこそ、その言葉を素直に受け入れてしまう自分が居た。



そう『吹き込む』事で、僕達兄弟が自然と対立するよう仕向けているなんて、露ほども知らずに。


しかし、幼かった自分は、信じまいとしつつも、兄の冷たい態度を見る度に心が揺らぎ、次第に『兄に嫌われている』という疑念を拭えなくなっていた。




今思うと。


それは、母の策略の一つだったのではないかと、考えさせられてしまう。




太后はエルヴィンに、心理的な支配を強めていた。


母の愛情を一心に向けられるエルヴィンは、『王位はお前のものであり、兄はお前の敵だ』と囁かれる。

その度に自分の運命を背負わされ、プレッシャーと罪悪感を抱えた。


エルヴィンは、それを思う度に胸を痛め、時にはその思いが強くなりすぎて、咳き込むほどのストレスを抱える事もあった。

その影響が、今日まで自分が『病弱』だと言われていた所以である。




「(母は、いつからこんなにも、王位に固執するようになったのだろう…)」




伯母様が生きていた頃の母は、こんな風じゃなかった…と思う。

エルヴィンは自身の曖昧な記憶を必至に呼び起こしたが、浮かび上がるのは彼女から与えられる重すぎる期待の言葉だけ。




「…継承式はもう間もなくですね」

「えぇ、あと数日と言った所です」

「王を選別するのは、父上ですよね。母上はもう聞いているのですか?」

「母は知りませんが、貴方にも王位継承権は確かにあるのです。きっと、良い方向に事が運びますよ。貴方が王に選ばれる様、母も応援していますよ」」




母の言葉が正しいのか疑念を抱き始めるが、それを表に出す事も出来ず、葛藤を抱え込んでいた。




「(兄上の話と合わせれば、確かに…)」




表面的な笑顔や愛情深い言動を演じる大后に対し、エルヴィンは違和感を覚える事もあるが、表向きはその『家族らしい姿』に従うしかなかった。

エルヴィンもまた、そうした『家族の表面』と『内面の疑惑』に苦しんでいた。




「貴方は賢い子。これからも母の言う事をよく聞いて、しっかりと成長していきなさい。貴方がどれほど大切な存在か、解るでしょう?」




エルヴィンは答えなかった。

何を言っても、すべてが裏目に出そうな気がしたからだ。


ただ一つだけ、彼は胸に誓う。




――この人を信じてはいけない、と。





母上…



僕は、もう貴女に従うつもりはありません。



兄上を守る為にも、貴女の本当の顔を暴いてみせる…!




エルヴィンの瞳に浮かんだ決意の光を、太后が何処まで見抜いているのか――


彼女は依然として、微笑みながら静かに紅茶を啜るだけだった。





「失礼致します。太后様、エルヴィン皇子。国王様がお越しになられました」




その時、部屋に控えていた侍女の一人がそう言った。

同時に扉が開かれると、国王が入って来る。




「父上」

「おお、エルヴィン。此処に居たのだな。母と話でもしていたのか?」

「え、えぇ。明日の継承式を前に、少し緊張をしていました」




部屋の中は、微かな灯りに照らされた重厚な家具と、幾重にも掛けられた絢爛なカーテンで包まれていた。

静かな時間が流れ、国王と太后は向かい合って座っている。




「うむ。明日はいよいよ継承式だな…」




国王は、王冠を外し、疲れた様子で深く息をついた。

その表情には、明日の継承式に対する重圧と、今後の王国をどう導くかという決意が感じられる。


太后は静かに、だが鋭い眼差しで国王を見つめていた。

彼女の表情には、一見して無表情でありながら、どこか影を落とすようなものがあった。




「アルデールとエルヴィンも、いくつかの心配事を抱えているようだが、何とかして二人にうまく事を運ばせなければならない」




国王は少し声を落として、続ける。




「だが、この国の未来を託すには、もっとしっかりとした覚悟が必要だ。」




太后はじっと聞いていたが、国王の言葉が続くと、微かに口元を引き締めた。




「貴方は、どうお考えですの?」


「アルデールは、この国にとって大きな力を持つ者だ。だが、若干感情に流されるところがあるから心配だ。しかし、彼には父親としてのわしの思いを受け継いで欲しい。エルヴィンもまた、素晴らしい能力を持っている。しかし、彼には少し未熟なところがあって…」





国王は言葉を切り、重く溜息を吐く。




「…そんな目で見るでない。エルヴィンを貶している訳ではない」

「あら、失礼」




太后は静かにそう言って微笑する。

彼女がエルヴィンを眼にかけ、溺愛している事は国王も周知だった。

自分にしてみれば、どちらも大切な息子に変わりはない。


しかし、太后の『愛』はエルヴィンに偏りを見せている事は明らかだ。





「アルデールもエルヴィンも、わしにとっては大切な息子だ。だからこそ、この度の『王位継承問題』には酷く頭を悩ませた…あの二人が、ああも仲違いするとは思わなんだ」




その言葉の端々から、二人に対する父親としての深い想いと、王としての冷徹な視点が交錯していることが分かる。




「その件について、国王様はどうお考えでしょう?」


「最終的に王位を継ぐのは、アルデールであろう。彼の剣の腕、意志の強さを見れば、国を守るのは彼しかいないと確信している」




国王の言葉に、太后は少しだけ瞳を細めた。

その微細な変化に、国王は気づかなかったが、太后の心中には別の思惑が渦巻いていることを察知していた。




「国王様。アルデール様が王位を継ぐ事に異論はありませんが…」




太后は言葉を続ける前に、一度言葉を区切った。




「でも、エルヴィンもまた、今後の国の為に非常に重要な役割を担うべきだと思いませんか?」




その言葉に、国王は驚いたように顔を上げる。

彼の目には、エルヴィンの優れた魔力に対する深い信頼とともに、長年の父親としての意識が滲み出ていた。




「エルヴィンも重要な存在だ。だが、エルヴィンはまだ心が揺れている」




国王は、少し不安げな表情を浮かべる。




「兄弟の問題、ですか…。」




太后は微かに口元を歪ませると、静かに言った。




「私も感じております。エルヴィンにはまだ迷いがあるようですが、アルデール様は何もかも抱えすぎて、時にその重さに耐えかねているように見えます」


「確かに、あの子は内心、非常に多くの責任を感じている。だが、私にはアルデールが適任だと信じているよ」


「…えぇ。私もその通りだと思います。」




太后はゆっくりと、しかし深い意図を込めた声で答える。




「でも、王様…」




彼女は視線を少し外し、言葉を選びながら続ける。




「私は、エルヴィンが王位を継ぐことで、きっと新しい風を吹き込むと思うのです」




国王は、その言葉に眉を顰める。

彼は太后の意図を完全には理解していないようだが、何かを察している様子だった。




「エルヴィンが…? だが、エルヴィンはまだ未熟だ」


「いいえ。あの子は確かに未熟ですが、アルデール様にはない、優れた魔力を持っています。今後、国の安定を保つためには、その力を活かすべき時が来るかもしれません」




太后は少し笑みを浮かべながら、国王を見つめる。




「それならば、アルデール様が王となった後、エルヴィンは補佐として支える事が出来る。二人が力を合わせてこそ、この国をさらに強くすることが出来る」


「…補佐?」



太后はその言葉を考え込みながら聞いた。




「あの子が…私の可愛いエルヴィンが、補佐ですって…?」

「アルデール一人では抱えきれない問題も、エルヴィンの知識があればきっと乗り越えて行ける事だろう?」

「…っ」




頭を悩ませて思案する国王は、太后の表情に気付く事はない。





「いやまて。それでは二人の間に、また壁が出来るやもしれんな…」





すると、太后はその言葉に、自信を持った微笑みを浮かべる。




「心配しないで下さい国王様。私が二人の間をうまく繋ぎます」

「…太后?」

「明日の継承式では、全てが整い、全て決まることでしょう」


「そうだな…明日が楽しみだ。お前も、あの子達を支えてやってくれ」




国王は太后に向けて深く頷く。




「明日が終われば、この国は新たな時代を迎える」




太后は一瞬、微かに目を細めると、再び静かに笑った。


彼女の心中には、すでに次なる計画が広がっている事だろう。

国王はその気配を感じることなく、ただ静かな夜を迎えた。



太后は国王に、表面上は忠実に従うように見せかけながら、心の中で一つの計画を進めていた。

アルデールが王位を継げば、彼はその強さでこの国を守るだろう。

しかし、太后はその後に控えるエルヴィンとの関係性に注目し、ある種の『支配』を目論んでいた。

彼女の心の中で、エルヴィンの力をどうにか活かし、最終的には自らの立場を強固なものにしようとしていた。


明日の継承式が終わった後、国の未来は確かに変わるだろう。


しかし、その変化がどのように起こるか、それは誰にも分からない。




「…では、僕はそろそろ部屋に戻ります。おやすみなさい、父上、母上」

「あぁ。おやすみ」

「ゆっくりお休みなさい、エルヴィン」




太后の言葉には具体的な企みは示されなかった。

だが、その笑みの裏に隠された真意をエルヴィンは感じ取っていた。


そしてその警戒心こそが、彼を兄アルデールの元へと急がせる理由となるのだった。






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