皇子二人、懐かし記憶に触れる
石造りの重厚な壁と、高い天井に囲まれた静かな廊下。
幼き日の『自分』にとって余りに広く、何処をどう進めば良いのか分からないまま、不安が募るばかり。
更に進むごとに視界には大きな鎧や、重々しい絵画が飾られており、ひとつひとつが圧迫感を感じさせていた。
あの日、彼もまた一人震えていた。
実母が亡くなった直後、彼は哀しみと不安に苛まれ、夜になると何度も泣き出していた。
そんな彼を優しく抱きしめ、涙を拭ってくれたのは、父の側室だった女性。
彼女は彼の実母の妹であり、母を失ったアルデールを深く気遣い、まるで実の息子のように優しく接してくれたのだ。
『アルデール様、哀しみを我慢しなくてもよいのですよ』
そう囁きながら彼を抱きしめ、彼女は哀しみが癒えるまで、何度もそっと頭を撫でてくれた。
彼女の優しい笑顔が、幼いアルデールにとって大きな救いだった。
彼女はいつも微笑みを絶やさず、少しでもアルデールの心が安らぐようにと寄り添ってくれた存在。
幼いアルデールは、彼女を『母』と呼ぶ事はなかったけれど、それと同じくらいに信頼を寄せていたのは確かだ。
アルデールが太后に頼ろうとする一方で、エルヴィンは彼女の実の息子である。
自然とその愛情を一身に受ける立場にあった。
状況は少しずつ変わっていった。
太后がエルヴィンに微笑みかけたり、優しい言葉をかける姿を見る度に、アルデールは心の奥で小さな痛みを感じた。
『なぜ俺には、あの笑顔を向けてくれないのだろう』
『やはり俺は、母を失った哀れな子どもに過ぎないのか』
それでもアルデールは、自分の嫉妬を認めようとはしなかった。
エルヴィンに対して冷たくなり、次第に距離を取るようになっていった。
一方で、エルヴィンは母の愛情を受けながらも、兄アルデールが次第に自分に冷たくなっていくことに戸惑いを覚えていた。
『兄上、どうして最近僕と話してくれないの?』
『兄上は僕のこと、嫌いになったの?』
エルヴィンの問いかけに、アルデールは答える事が出来なかった。
自分の嫉妬や劣等感が、エルヴィンとの絆を壊している事に気付きながらも、気付かない振りをするしなかなかった。
『俺がこの国を守る為には、感情に流されてはいけない』
そう自分に言い聞かせる度に、彼は弟との距離をさらに広げていった。
エルヴィンもまた、兄が自分を遠ざける理由を理解出来なかった。
『兄上は僕を嫌っているんだ。僕が弱いから…』
そう思い込むようになったエルヴィンは、兄と対等になる為に、魔法の腕を磨く事に注力するようになった。
太后の厳しい言葉や冷たい態度、そしてエルヴィンとの関係に苦しみながらも、アルデールは心の中でこう思い続けていた。
『俺はこの国の為に必要な存在だろうか』
『もし俺が弱いままなら、この国を守れない』
だから彼は剣の腕を磨き、強くなる事に全てを捧げた。
それは自分の価値を証明する為でもあり、太后に認められたいという幼い願望の現れでもあった。
けれど、努力を重ねても太后の態度は変わらず、その思いは報われることはなかった。
大人になったアルデールは、過去の傷を隠しながら生きていた。
今でも、その記憶は彼の心に深く刻まれている。
彼は強くあろうとしながらも、時折自分の弱さに気付かされる瞬間がある。
そして、その度に母の最後の言葉を思い出した。
『優しさは強さでもあるのよ』
その言葉を胸に、彼は自分の弱さを受け入れながらも、前へ進むことを選び続けている。
けれど、その道の先には、まだ解決されない家族の絆の課題が残されていた。
「…アルデール皇子様」
静かな声に、アルデールはゆっくりと目を開けた。
部屋の中は薄暗く、夢の温もりが消えた現実が広がっていた。
視界にはディーネが穏やかな微笑みを浮かべて立っている。
その隣には、腕を組んだまま無言で立つウォルターの姿もあった。
「…いつからそこに?」
アルデールはやや困惑した様子で上体を起こしながら問いかけた。
「お目覚めになったのですね。わたし達はずっと、皇子様が起きるのを待っておりました」
ディーネの口調は軽やかだが、その奥には少し心配そうな響きが含まれている。
「随分とお疲れのようですね。珍しく無防備な姿を見せられていましたよ」
ディーネの冗談めいた言葉に、アルデールは眉を顰める。
「…そんな姿を見せたつもりはない」
「いや、見えたさ」
ウォルターが短く答えた。
彼が珍しく皮肉っぽく笑う様子に、アルデールは少しだけ気まずそうに視線を外した。
「お疲れなのは事実でしょう。少し休まれたほうがよろしいかと…」
ディーネは柔らかく進言するが、アルデールは首を横に振る。
「そんな暇はない」
その答えに、ディーネは少し困った顔を見せる。
するとウォルターが、次いで口を開いた。
「では、ご無理はなさらないよう。アルデール殿下が倒れてしまえば、この国を支える人がいなくなってしまいます」
その言葉には少しの皮肉が込められているようにも感じられたが、彼の本心から来る優しさも垣間見えた。
ウォルターは、じっとアルデールを見つめている。
その視線には、彼が言葉にせずともアルデールを案じている様子がありありと表れていた。
「俺が倒れることはない」
そう言い切るアルデールだったが、その胸中には夢で見た母の言葉が強く残っていた。
守りたい、という想い。
それは幼い頃の純粋な願いであり、今も彼を支える信念だった。
「剣の稽古に出る。…そうだ、今日は貴方が相手をしてくれ」
「いや、しかし…俺では役不足ではありませんか?」
「そんな事はないだろう。シリウスを相手にあの打ち合いを見せたのだから」
「頑張って下さい、ウォルターさんっ!」
アルデールが立ち上がると、ディーネとウォルターはすぐにそれに従い、彼を見守るように控える。
夢の余韻を胸に抱えながら、アルデールは再び重責を背負った現実へと歩みを進めていった。
いつも冷静で感情を表に出さない皇子は、孤独を抱えながら、今日も王国の為に剣を振るい続けている。
◇◆◇
静かな居室には、暖炉の火が静かに揺れている。
重厚な家具と絢爛たる装飾が、部屋にどこか冷たい威厳を与えていた。
けれど、その中に座る母――太后の姿は、炎を受けてもなお冷たい光を放っているように見える。
エルヴィンはその場に腰掛けていたが、心は落ち着かなかった。
向かいのソファに優雅に座る母が、微笑みを浮かべながらじっとこちらを見つめている。
沈黙が流れ、時間の経過が恐ろしく長く感じられた。
「(…昔は、こんな事がよくあったっけ)」
ふとエルヴィンの脳裏に、幼き日の記憶が蘇る。
母の様子が『おかしい』と感じたのは、まだ自分が10にも満たない頃だったと思う。
あの頃の母も、同じように微笑みを浮かべて自分を見ていた。
蹴れど其処に在ったおは、優しさではなく、厳しさ。
『エルヴィン、もっと努力しなさい』
普段は優しい母も、兄の事になると、途端に人が変わった様に糾弾した。
昔も今も、天才的な兄には何一つ敵わなくて、母を失望させていたのだろう。
実子である自分に対して、とても厳しい態度を取るようになった。
まるで、彼女の内に生まれた『嫉妬』の感情を、増幅させたようだった。
『アルデールはあれほど優秀なのに、貴方は何をしているの?』
『ごめんなさい…っ』
『謝罪の言葉など不要です。貴方はこの国の王になるのですっよ。兄を超えられなくてどうするのです?』
こうした言葉は、エルヴィンの心に深い傷を与えた。
努力しても努力しても認められない現実は、彼の自信を奪い取っていった。
『王になるのは兄だ』とは、口答えをする事すら許されなかった。
しかし、エルヴィンに宿る魔法の力が突如として開花すると、母の眼がまた変わった様に自分を見た。
『素晴らしい! 流石、私のエルヴィンだわ!』
『母上…!』
母にようやく認められたのは嬉しかった。
『これで、王への道に一歩近づきましたね』
『…は、はい』
でも、その期待は重圧となり、ますます重荷になっていった。
母が王になれと言うから頑張った
母に、そして兄に認めて貰いたかったから――
『おそいぞ、エルヴィンっ』
『ま、まってください、あにうえ…!』
ふと、エルヴィンの顔に小さな笑みが零れた。
それは、アルデールと共に駆け回っていた日々の回想。
――無邪気で、ただただ幸せだった頃の記憶が呼び起こされたからだった。
けれど、その刹那の微笑みを見逃す太后ではない。
「…まあ、エルヴィン。何か面白いことでもあったのかしら?」
その冷たい一言に、エルヴィンの表情が一瞬で凍りつく。
心臓が跳ね、冷や汗が首筋を伝った。
エルヴィンは、はっとした様子で母を見る。
「い、いえ…何も。」
太后は目を細め、笑顔のまま言った。
「何も? そう…けれど、先程のその顔は、何か思い出し笑いをしているように見えたわ」
彼女の声音は柔らかいが、その言葉の裏に潜む冷たい威圧感は、エルヴィンを緊張で縛りつける。
エルヴィンはぐっと拳を握った。
昔から、母と二人きりでいる時間には、心が休まることはない。
母でありながらも、彼女に対して向けられるのは、今となっては最早警戒心しかなかった。
太后の眼差しは、まるで全てを見透かすようにこちらを射抜き、その笑顔の裏には何か別の意図があるように思えてならない。
エルヴィンは、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「…少し疲れているだけです。母上、何かご用があって僕をお呼びになったのでしょうか?」
太后は一瞬、エルヴィンの言葉を吟味するかのように沈黙した後、微笑みを深くした。
「ええ、そうよ。貴方に少し話しておきたいことがあってね」
その笑みの向こう側に何があるのか、エルヴィンには解らなかった。
ただ確かなのは、彼女が何かを企んでいるという事だ。
兄・アルデールの事。
度重なる不審な事件…
全てに、母――太后が関わっているのではないかと言う疑念が、胸を離れない。
「何でしょう?」
部屋に広がるのは、暖炉の火が燃える音だけ。
まるで時が止まったかのような静寂が、エルヴィンの心に重く圧し掛かる。
「兄のアルデールは、貴方の事を嫌っています。彼が王位を継げば、たちまち国は傾くでしょう」
「…兄が僕を嫌っているのは、昔からそうだったでしょう。何度も言わなくても解っていますよ」
「解っているのなら、もう兄の後ろをついて回るのもおやめなさい――とも言ったのも、忘れてないでしょう?」
「…えぇ」
――アルデールは貴方を嫌っている。貴方の力が恐ろしいから。
――アルデールは貴方を妬んでいる。貴方には母が居るから。
そんな言葉を、エルヴィンは昔から聞かされ続けていた。
幼い自分にとって、母は全てであり、疑う余地のない絶対的な存在。
だからこそ、その言葉を素直に受け入れてしまう自分が居た。
そう『吹き込む』事で、僕達兄弟が自然と対立するよう仕向けているなんて、露ほども知らずに。
しかし、幼かった自分は、信じまいとしつつも、兄の冷たい態度を見る度に心が揺らぎ、次第に『兄に嫌われている』という疑念を拭えなくなっていた。
今思うと。
それは、母の策略の一つだったのではないかと、考えさせられてしまう。
太后はエルヴィンに、心理的な支配を強めていた。
母の愛情を一心に向けられるエルヴィンは、『王位はお前のものであり、兄はお前の敵だ』と囁かれる。
その度に自分の運命を背負わされ、プレッシャーと罪悪感を抱えた。
エルヴィンは、それを思う度に胸を痛め、時にはその思いが強くなりすぎて、咳き込むほどのストレスを抱える事もあった。
その影響が、今日まで自分が『病弱』だと言われていた所以である。
「(母は、いつからこんなにも、王位に固執するようになったのだろう…)」
伯母様が生きていた頃の母は、こんな風じゃなかった…と思う。
エルヴィンは自身の曖昧な記憶を必至に呼び起こしたが、浮かび上がるのは彼女から与えられる重すぎる期待の言葉だけ。
「…継承式はもう間もなくですね」
「えぇ、あと数日と言った所です」
「王を選別するのは、父上ですよね。母上はもう聞いているのですか?」
「母は知りませんが、貴方にも王位継承権は確かにあるのです。きっと、良い方向に事が運びますよ。貴方が王に選ばれる様、母も応援していますよ」」
母の言葉が正しいのか疑念を抱き始めるが、それを表に出す事も出来ず、葛藤を抱え込んでいた。
「(兄上の話と合わせれば、確かに…)」
表面的な笑顔や愛情深い言動を演じる大后に対し、エルヴィンは違和感を覚える事もあるが、表向きはその『家族らしい姿』に従うしかなかった。
エルヴィンもまた、そうした『家族の表面』と『内面の疑惑』に苦しんでいた。
「貴方は賢い子。これからも母の言う事をよく聞いて、しっかりと成長していきなさい。貴方がどれほど大切な存在か、解るでしょう?」
エルヴィンは答えなかった。
何を言っても、すべてが裏目に出そうな気がしたからだ。
ただ一つだけ、彼は胸に誓う。
――この人を信じてはいけない、と。
母上…
僕は、もう貴女に従うつもりはありません。
兄上を守る為にも、貴女の本当の顔を暴いてみせる…!
エルヴィンの瞳に浮かんだ決意の光を、太后が何処まで見抜いているのか――
彼女は依然として、微笑みながら静かに紅茶を啜るだけだった。
「失礼致します。太后様、エルヴィン皇子。国王様がお越しになられました」
その時、部屋に控えていた侍女の一人がそう言った。
同時に扉が開かれると、国王が入って来る。
「父上」
「おお、エルヴィン。此処に居たのだな。母と話でもしていたのか?」
「え、えぇ。明日の継承式を前に、少し緊張をしていました」
部屋の中は、微かな灯りに照らされた重厚な家具と、幾重にも掛けられた絢爛なカーテンで包まれていた。
静かな時間が流れ、国王と太后は向かい合って座っている。
「うむ。明日はいよいよ継承式だな…」
国王は、王冠を外し、疲れた様子で深く息をついた。
その表情には、明日の継承式に対する重圧と、今後の王国をどう導くかという決意が感じられる。
太后は静かに、だが鋭い眼差しで国王を見つめていた。
彼女の表情には、一見して無表情でありながら、どこか影を落とすようなものがあった。
「アルデールとエルヴィンも、いくつかの心配事を抱えているようだが、何とかして二人にうまく事を運ばせなければならない」
国王は少し声を落として、続ける。
「だが、この国の未来を託すには、もっとしっかりとした覚悟が必要だ。」
太后はじっと聞いていたが、国王の言葉が続くと、微かに口元を引き締めた。
「貴方は、どうお考えですの?」
「アルデールは、この国にとって大きな力を持つ者だ。だが、若干感情に流されるところがあるから心配だ。しかし、彼には父親としてのわしの思いを受け継いで欲しい。エルヴィンもまた、素晴らしい能力を持っている。しかし、彼には少し未熟なところがあって…」
国王は言葉を切り、重く溜息を吐く。
「…そんな目で見るでない。エルヴィンを貶している訳ではない」
「あら、失礼」
太后は静かにそう言って微笑する。
彼女がエルヴィンを眼にかけ、溺愛している事は国王も周知だった。
自分にしてみれば、どちらも大切な息子に変わりはない。
しかし、太后の『愛』はエルヴィンに偏りを見せている事は明らかだ。
「アルデールもエルヴィンも、わしにとっては大切な息子だ。だからこそ、この度の『王位継承問題』には酷く頭を悩ませた…あの二人が、ああも仲違いするとは思わなんだ」
その言葉の端々から、二人に対する父親としての深い想いと、王としての冷徹な視点が交錯していることが分かる。
「その件について、国王様はどうお考えでしょう?」
「最終的に王位を継ぐのは、アルデールであろう。彼の剣の腕、意志の強さを見れば、国を守るのは彼しかいないと確信している」
国王の言葉に、太后は少しだけ瞳を細めた。
その微細な変化に、国王は気づかなかったが、太后の心中には別の思惑が渦巻いていることを察知していた。
「国王様。アルデール様が王位を継ぐ事に異論はありませんが…」
太后は言葉を続ける前に、一度言葉を区切った。
「でも、エルヴィンもまた、今後の国の為に非常に重要な役割を担うべきだと思いませんか?」
その言葉に、国王は驚いたように顔を上げる。
彼の目には、エルヴィンの優れた魔力に対する深い信頼とともに、長年の父親としての意識が滲み出ていた。
「エルヴィンも重要な存在だ。だが、エルヴィンはまだ心が揺れている」
国王は、少し不安げな表情を浮かべる。
「兄弟の問題、ですか…。」
太后は微かに口元を歪ませると、静かに言った。
「私も感じております。エルヴィンにはまだ迷いがあるようですが、アルデール様は何もかも抱えすぎて、時にその重さに耐えかねているように見えます」
「確かに、あの子は内心、非常に多くの責任を感じている。だが、私にはアルデールが適任だと信じているよ」
「…えぇ。私もその通りだと思います。」
太后はゆっくりと、しかし深い意図を込めた声で答える。
「でも、王様…」
彼女は視線を少し外し、言葉を選びながら続ける。
「私は、エルヴィンが王位を継ぐことで、きっと新しい風を吹き込むと思うのです」
国王は、その言葉に眉を顰める。
彼は太后の意図を完全には理解していないようだが、何かを察している様子だった。
「エルヴィンが…? だが、エルヴィンはまだ未熟だ」
「いいえ。あの子は確かに未熟ですが、アルデール様にはない、優れた魔力を持っています。今後、国の安定を保つためには、その力を活かすべき時が来るかもしれません」
太后は少し笑みを浮かべながら、国王を見つめる。
「それならば、アルデール様が王となった後、エルヴィンは補佐として支える事が出来る。二人が力を合わせてこそ、この国をさらに強くすることが出来る」
「…補佐?」
太后はその言葉を考え込みながら聞いた。
「あの子が…私の可愛いエルヴィンが、補佐ですって…?」
「アルデール一人では抱えきれない問題も、エルヴィンの知識があればきっと乗り越えて行ける事だろう?」
「…っ」
頭を悩ませて思案する国王は、太后の表情に気付く事はない。
「いやまて。それでは二人の間に、また壁が出来るやもしれんな…」
すると、太后はその言葉に、自信を持った微笑みを浮かべる。
「心配しないで下さい国王様。私が二人の間をうまく繋ぎます」
「…太后?」
「明日の継承式では、全てが整い、全て決まることでしょう」
「そうだな…明日が楽しみだ。お前も、あの子達を支えてやってくれ」
国王は太后に向けて深く頷く。
「明日が終われば、この国は新たな時代を迎える」
太后は一瞬、微かに目を細めると、再び静かに笑った。
彼女の心中には、すでに次なる計画が広がっている事だろう。
国王はその気配を感じることなく、ただ静かな夜を迎えた。
太后は国王に、表面上は忠実に従うように見せかけながら、心の中で一つの計画を進めていた。
アルデールが王位を継げば、彼はその強さでこの国を守るだろう。
しかし、太后はその後に控えるエルヴィンとの関係性に注目し、ある種の『支配』を目論んでいた。
彼女の心の中で、エルヴィンの力をどうにか活かし、最終的には自らの立場を強固なものにしようとしていた。
明日の継承式が終わった後、国の未来は確かに変わるだろう。
しかし、その変化がどのように起こるか、それは誰にも分からない。
「…では、僕はそろそろ部屋に戻ります。おやすみなさい、父上、母上」
「あぁ。おやすみ」
「ゆっくりお休みなさい、エルヴィン」
太后の言葉には具体的な企みは示されなかった。
だが、その笑みの裏に隠された真意をエルヴィンは感じ取っていた。
そしてその警戒心こそが、彼を兄アルデールの元へと急がせる理由となるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
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