D級テイマー、青い薔薇の願いを知る
継承式が迫っている事もあり、王位継承問題や二人の皇子についての噂話が、絶えず広がっている。
アルデール皇子襲撃事件後、警備は異様なまでに厳戒態勢が敷かれていた。
歩く騎士達の鎧の音が廊下に響き、侍女や使用人達も、その緊張感に当てられたように忙しなく動き回っている。
彼らの顔には、見えない不安が色濃く表れているようだった。
レンは、スライムやマオと共に城内を歩きながら、耳に飛び込んでくる噂話に耳を傾けていた。
数人の侍女が廊下の片隅で立ち止まり、小声で話し合っているのが聞こえてくる。
「聞いた? アルデール皇子様が襲われたんですって」
「あの高潔なアルデール様が、何者かに命を狙われるなんて…」
「本当に恐ろしいわ。でも、誰がそんな事を? もしかして、エルヴィン皇子様派の者が何か…」
「やめてよ、そんなこと言うの」
侍女たちは周囲を見回しながら話し続けている。
近くには数人の騎士が、警戒するような眼でちらりと彼女達の方を見やった。
「そうよね…。アルデール皇子様もエルヴィン皇子様も、二人共この国の事を大事に思っていらっしゃる。でも…」
侍女の一人が声を潜めた。
「どちらが王位につくかで、国がどれだけ変わるのかしらね」
そんな侍女たちの居る廊下を通り過ぎた先では、二人の若い騎士が真剣な表情で話し合っていた。
「アルデール様を狙った犯人、未だに捕まっていないらしいな。まさか、こんな時に襲撃事件なんて起きるとは思わなかった」
「いや、こんな時だからこそ…じゃないのか。王国の未来がかかっているこの時期だ、誰だって神経質になるさ」
「特に継承式が近いとなると、警備の責任も重大だな。シリウス団長が改めて城の警備体制を練り直すって、執務室で頭を捻ってるらしい
「俺達もだけど、団長も大変だよな…」
城の中に侵入者が現れた事で、城内の警備が一層厳しさを増した。
いとも簡単に侵入を許してしまった事に対し、王国騎士団の名折れだと国王は激怒した。
普段こそ厳格な国王の表情が更に怒りの色に染まっていた為、王国騎士団長をはじめとする全ての騎士達に、再度徹底した警備体制を整えるようにと命令を下す。
『あんな国王の姿、二度と見たくはない』
シリウスが表情を引き締めて言っていたのを、レンはウォルターからこっそり聞いた。
それは、国王がアルデール皇子の事を心配しているのだと言う気持ちの表れなのだと思う。
「それにしても、どちらの皇子が王位を継ぐのかで、俺達の仕事も変わってくるだろう。エルヴィン様は外交に力を入れる方針だと聞くし、アルデール様は国の防衛を強化しようとしているらしい」
「いずれにせよ、俺達にとっても大きな転機になることは間違いない。俺はどちらの主君も尊敬しているが、それでも選ばれるのはただ一人か…」
彼らの話を耳にしながら、レンはそのそばを通り過ぎて行く。
すると城の一角で、何人かの侍女や使用人たちが、物資の運搬に慌ただしく動いているのを目にした。
シーツなどのリネンを重そうに運んでいるのを見ると、ベッドメイキングの時間なのだろう。
護衛として宛がわれた部屋もそうだったが、ベッドやカーテンなど、毎日毎日新品同様と言っていいくらいの清潔さが見て取れる。
それはきっと彼らのお陰なのだろう。
使用人の一人がふと、仲間に話しかけました。
「継承式の準備、終わりそうにないですね。国王様も、よほど気を張っているのでしょうか?」
「最近はずっと厳しい表情をされていますね…」
「王位継承にあたって、どんな結果になるにせよ、この国にとって大きな変化が訪れるわね。アルデール様の実直さも魅力的だし、エルヴィン様の柔和な姿勢も素晴らしい。どちらが王になっても、この国は大丈夫…だといいけど」
「うん。でも正直、どちらが王位に就くかで、私達の生活も変わるかもね。例えばアルデール様が即位すれば、この国はもっと防衛強化に力を入れることになるかもしれないし、エルヴィン様なら外交が重視されて、他国との交流が増えるかもしれない…」
「それもあるけど、やっぱり私は、アルデール様とエルヴィン様が仲良くいて下さるといいな。二人が争わずにこの国を支えてくれたら、どれだけ安心出来るか」
「そうですね…」
使用人の言葉には、かつて兄弟仲の良かった頃を知る者だけが抱く、郷愁の色が滲んでいた。
レンは彼らの会話を耳にしながら、改めてアルデールとエルヴィン、二人の皇子がそれぞれの方法で国を思っていることを思い出し、複雑な気持ちになった。
いがみ合っているように見える二人も、実は同じ国への想いを抱えている。
城中の人々もそのことを理解しているが、未来への不安から、些細な噂や憶測が尽きない。
城内がそんな様子だからか、スライムも何処か不安な顔をしている。
ぴたっとレンの顔に身体を摺り寄せ、スライムは小さく呟いた。
『みんな幸せになって欲しいねー…』
「そうだね」
それを聞いたレンは微笑み、スライムをそっと撫でた。
母親が違えど国王にとって、アルデールとエルヴィンは実の息子だ。
二人共分け隔てなく接しているし、愛情を注いで可愛がっていると言う話も聞く。
順当に行けば王位は第一皇子のアルデールに継承されるのだが、先日あんな襲撃事件があったばかりだ。
アルデール皇子を亡き者にし、王位継承権を弟のエルヴィン皇子へ――なんて事を考える輩も出て来る訳で。
そう考えると、王位継承問題はとても闇深いと思った。
そんな時、廊下の向こうから第二皇子であるエルヴィンがやって来た。
「あ、レンさん!」
エルヴィンはレンの姿を確認するなり、いつもの様に爽やかな笑顔を見せた。
「エルヴィン皇子。城の方達が話しているのを聞いたんですが、継承式まであと二週間なんですね?」
レンが声をかけると、エルヴィンは微笑みを返しながら軽く頷く。
「えぇ。式の準備も着々と進んでいるようです。暫くは城内ももっと騒がしくなると思いますよ」
「じゃあ、エルヴィン皇子もますます忙しくなるのでは?」
「一日のスケジュールに、少しだけ継承式の準備が増えるくらいです。当日の衣装合わせなんかもそうですね」
「そんなのもあるんですね…」
継承式と言う晴れの舞台では、一体どんな豪華な衣装で登場するのだろうか。
普段から彼が着ている衣装は気品高く、細部にまで装飾が整えられている。
この一着だけで一体どれくらいの根が張るのだろうかと、ついつい値踏みをしてしまうくらいだ。
「…その。王位継承問題については、どうなっているんでしょうか?」
彼はレンの言葉に少しだけ驚いた表情を見せたものの、直ぐに苦笑した。
「それも、城の者達が話しているのを聞いたんですね?」
「すみません…余所者が口を出していいお話じゃないですよね」
「いいえ。寧ろ気に掛けて下さってありがとうございます。そうですよね、こんなに慌ただしいんですから…」
この国を揺るがしている問題は、詰まる所『王位継承問題』についてだ。
まるで国を二分するかのように意見が分かれ、どちらの皇子が次期国王になるのかで争われている。
当然、件の当人であるエルヴィンにも、その話は耳に入っている事だろう。
「僕にも王位継承権があると父上は仰っていますが、順当に行けば兄上が次期国王になるでしょう」
「では、エルヴィン皇子は辞退を…?」
「その予定です、ね…」
それは、どうにも歯切れの悪い言い方だった。
不思議そうにレンが見ていると、エルヴィンは辺りを見渡して少しだけ声を潜めた。
「…実は、その件に関して母上が色々と難色を示していましてね。余り大きな声では言えませんが、僕に王位を譲らせるために裏で誰かと繋がっている――だなんて噂もあるくらいです」
「え…」
「本当かなんて解りませんがね。兄上の元に暗殺者が現れた事もあるし、このまま無事に継承式を迎えられるといいんですが…」
そう口にした瞬間、エルヴィンは小さく咳き込んだ。
「エルヴィン皇子! 大丈夫ですか!?」
レンは慌てて駆け寄り、彼の背中にそっと手を添える。
「すみません。少し疲れているだけです…」
「私の方こそごめんなさい!」
エルヴィンがこうして時折咳き込む姿は、実は何度かある事だった。
元々身体が弱い体質なのか、少しの運動でも息切れをして強い舞うらしい。
その所為で彼は剣を握る事が出来ず、代わりに魔法を使って戦う事を選んだ。
ただ安静に、日常生活を過ごすだけならばそれほど重くはないのだが、ここ最近は王位継承問題やアルデール皇子襲撃の剣で、酷く心労が絶えない。
エルヴィンは少し息を整えると、気まずそうに笑った。
「これでは、兄上に『病弱』だなんて言われるのも当然ですよね」
「エルヴィン皇子…」
その時、廊下の奥から慌ただしく近づく足音が聞こえて来た。
「エルヴィン!!」
レンが振り返ると、其処にはエルヴィンの母である太后が立っていた。
気品溢れる佇まいと豪華な衣装を身に纏い、物静かな美しさを漂わせたその姿。
しかしレンは、彼女の何処か冷たい威圧感を感じていた。
「エルヴィン、大丈夫なの? また無理をしているのではないかしら?」
太后は柔らかな声で問いかけ、エルヴィンに歩み寄る。
「…母上、大丈夫ですよ。ほんの少し咳き込んだだけですから」
エルヴィンはそう言いながらも、母の手をそっと避けるようにして一歩下がった。
太后はその様子を見て一瞬だけ眉を顰めたものの、すぐに微笑みを浮かべる。
「大丈夫ですか? どうして部屋を出たりしたのです」
「今日は体調がよかったので、散歩にでもと思ったのですよ」
「そう。でも今日も安静にしてお部屋で過ごしなさい。継承式の日も近いのですから、倒れたりでもしたら大変です」
その様子は、我が子を心配する母親の顔をしていた。
少しだけ過保護な気もしなくはないが、この国の未来を背負う大事な皇子でもあるのだ。
エルヴィンの身に何か遭っては困ると、、太后も気が気ではないのだろう。
すると太后の眼が、隣に居るレンに視線を向けた。
その目は冷たくも鋭く、彼女の優雅な笑顔と不釣り合いに何処か感じらなくもない。
「貴女は…確かシリウスが連れて来た護衛でしたね」
太后が低い声でそう言うと、レンは背筋を正して頷いた。
「はい、護衛としてエルヴィン様とアルデール様のお傍に仕えさせて頂いております」
太后は微笑みながらレンに近づき、その言葉に更に重ねるように続けた。
「エルヴィンの傍に仕えると言うのであれば、部屋からは一歩も出さないように見張りなさい」
「は…? しかしそれでは、エルヴィン皇子も窮屈な思いをされるのでは…」
「この子は昔から病弱で、外に出るなど以ての外! それにこの国を未来を背負う子なのですから、大切に育てなければ…アルデール皇子とは違うのですよ」
「…は、はぁ」
「エルヴィンにもし何かあれば、すぐに知らせて頂戴ね…それが貴女の役目でしょう?」
彼女は本当にエルヴィンを心から心配して、このような事を言っているんだろう。
そうは思うのだが、レンは言葉の節々に奇妙な違和感を感じえずにはいられない。
「…はい、心得ております」
レンは冷静に答えたが、心の中には何処か不安が渦巻いていた。
太后はエルヴィンに向き直り、彼の頬にそっと手を添えながら優しく微笑む。
「貴方がどれだけ大事な存在か…分かっているでしょう? 母として、エルヴィンに何かあってはならないの」
その言葉は優しい母の愛情そのものだったが、孤児院の院母さんの様な安心感がない。
寧ろ、エルヴィン皇子への異様なまでの執着が感じられた気がした。
「ええ、母上」
エルヴィンは静かに返事をしたが、その目には僅かな疲労と気まずさが滲んでいる。
小さく彼の口からはまた咳が零れると、太后の表情はますます心配の色を露わにした。
「御覧なさい。さあ、母と一緒にお部屋まで戻りましょう」
「大丈夫です、母上。この者と一緒に戻りますので」
「…そうですか。では宜しくお願いしますね」
「はい。お任せ下さい」
太后に深々と一礼をするレン。
彼女が去った後、レンはエルヴィンに小さく声を掛けた。
「太后様は、エルヴィン皇子の事をとても心配されているのですね」
すると、エルヴィンは苦笑しながら肩を竦めた。
「そうだね。母上は僕に多くを期待してくれている…でも、時々それが重く感じることもあるんだ」
エルヴィンの表情に、彼が抱える複雑な感情が浮かび上がった。
レンは胸が締め付けられるような思いで彼を見つめる。
「エルヴィン皇子…」
「大丈夫です。昔からそうでしたから…もう慣れました」
エルヴィンは、穏やかな微笑みでそう言いながらレンに視線を向けた。
其処には、何処か諦めのような雰囲気が感じられている。
それを見て、レンは思わず口にしていた。
「エルヴィン皇子。辛い時は辛いって、ちゃんと言わないと駄目です」
「え…」
「私は親が居ないので、『親の期待』と言うのがよく解らないのですが…他の誰かに期待されるのって、嬉しくもあり辛いですよね」
果たして、親の期待と別の誰かからの期待を一緒にしていいものかは、甚だ疑問ではある。
しかし、期待される事で当人が笑顔ではなく、苦しい表情をしているのは、何だか違う気もした。
エルヴィン皇子が太后を会話をしている姿は、まさしく『苦しい』の感情でいっぱいだとレンは思ったのだ。
それこそ、最初から最後まで一貫してそんな表情を見せていた事で、レンは疑問に思う。
これが、親子の会話なのだろうか…と。
これならまだ、二人の皇子が会話をしている姿の方が、兄の方は冷たさはあるものの、まだ和やかさはあった。
「それでは、貴方が壊れてしまうだけですよ。辛いと言えない人が、国なんて背負える筈もない」
「レンさん…」
エルヴィン皇子は、驚いた表情でレンを見つめた。
…しまった。
相手は皇子なのに、つい年上目線で物を語ってしまった。
「あ、あのっ。すみません! エルヴィン皇子に大層な口を叩いて…!」
深々と頭を下げるレン。
するとその頭上からは、エルヴィン皇子が小さく笑う声が漏れ聞こえて来た。
「ふ、ふふ…っ。そうですね、貴女の言う通りかも知れません」
「エ、エルヴィン皇子?」
「…レンさん。ちょっと一緒に来て頂けますか?」
「はい。お部屋にお戻りになられるんですか?」
「いいえ。少し行きたい場所があるのです」
行きたい場所――?
レンとスライムは、同時に顔を見合わせた。
◇◆◇
青い薔薇が咲く静かな庭園で、エルヴィンは一際落ち着いた様子で佇んでいた。
「いいんですか、私が此処に入っても…?」
「うん。構わないよ」
其処は『王族以外は立入禁止』とされている場所。
その筈なのだが、今こうしてレンとスライムは、エルヴィンに連れられてこの場所に立っている。
「此処は、僕が時々一人になりたい時に訪れるんだ」
「はい。そう仰ってましたね」
庭園のあちこちからは、甘く華やかな香りが漂っていた。
気付けば彼を襲う咳も止まっている。
リラックスし、心穏やかに落ち着いているのだと、それは彼の笑顔を見れば一目瞭然だった。
「けど、理由はそれだけじゃなくてね。僕が此処に来るのは、もう一つ目的があるんだ」
「目的…と言うと?」
「うん。この薔薇を見て」
そう言ってエルヴィンが示したのは、青い薔薇だった。
庭園に咲く薔薇達の中で、何故かこれだけが眼にを引くような気がするのは、単にそれが小さな植木鉢に入っているだけと言う訳ではないのだろう。
他の薔薇とは違い、これだけが大切な意味がある様な気がしてならなかった。
「この薔薇は昔、兄上と一緒に植えた花なんです」
「アルデール皇子と?」
「はい。まだ幼き日に『いつか二人で立派な王になろう』と此処で誓い合ったんです。幼かった僕らは、どちらかしか王になれないと言う事を知らずいましたので…でもそれ以来、僕はずっとこの薔薇を大事に育てて来ました。…兄は、もうそんな事を忘れているのかも知れませんが」
「幼い日の思い出を、そんな風に忘れられるものなんですかね?」
「…どうでしょう。でも兄は、いつしかこの庭園には近づかなくなりました。それどころか僕達は、王位を巡って争い合ってしまっているんです。…本当は、兄上と争いたくなんてないんだよ…」
ふとエルヴィンは誰にともなく呟いた。
そよ風に揺れる薔薇を見つめながら、彼の口から静かに本音が零れた。
彼の表情には、優しい兄との思い出や、共に過ごした日々が浮かんでいるようだった。
王位の話が持ち上がる度、エルヴィンは心の何処かで違和感を抱いている。
彼にとって、兄アルデールは尊敬する存在であり、争うべき相手ではない。
「母上が僕に期待している事は、分かっているけど…王になる事に興味なんて、実は余りないんだ」
エルヴィンの声は少し悲しげで、けれども確固たるものが感じられた。
「それじゃあ、太后様が言うからって事…?」
「そう。僕はただ、母の言いなりに過ぎないんだよ」
彼は王位継承を望んでいる訳ではなく、ただ母の願いに応えなければならないというプレッシャーを感じているだけだった。
太后の期待に応えようとすることが、エルヴィンにとっては大きな負担となっていた。
彼にとって、親からの期待とはどれほど重い責務なのだろうか。
親の居ない自分からしてみるとそれは想像の域でしかないが――
少なくとも、親が子供の選択に必要以上に干渉したり、行動を制限したりする事は過干渉過ぎるとは思う。
昔からそうだと言うのであれば、ある種彼の人生は太后に握られていると言っても過言ではない。
「…見学ツアーの時、庭園で二人が言い争っているのを見ました」
「あぁ、あれはレンさんだったんですね…」
恥ずかしい所を見られました、とエルヴィンは苦笑する。
「あの時、二人は王位継承についてを言い合っているように見えました。このままアルデール皇子が王になったとして、エルヴィン皇子は何か心配事があるのでは?」
「…僕達の思想は、真逆なんですよ」
「真逆?」
「兄上の考えは『剣と信念でこの国を守る』と言う思想なのです。このビセクトブルクは『剣の王国』と呼ばれ、歴代の王は皆、剣士としての誇りと使命感を強く持っています。騎士道と伝統を重んじ『力』と『名誉』で国を導くべきだと考えています。兄上が目指すのは、周囲の脅威から民を護る為に国を鎖国し、圧倒的な力を以て『剣の王国』を築く事です」
アルデールは幼少期から、王としての教育と共に、剣士としての鍛錬を徹底的に受けてきた。
剣の技術に優れ、実戦経験も豊富で、彼にとって国王とは『民を守る盾であり矛』であると考えている。
この為、剣の王国に相応しい王は、強い剣を持ち、民に安全と安心を提供出来る存在であるべきだと考えている。
それはきっと、実父である国王の背中を見て来た経験からとも、言えるのだろう。
「力は解るけど、それって、国を鎖国してまでする事ですかね…?」
「そうですよね。寧ろ閉鎖的になるのはよくないと思うのです。確かに国を脅威から備える軍備の強化や、騎士団の精鋭化に尽力するのはとてもいい事だ。しかしそれでは、剣の王国だけの中に留まってしまう。民の声に耳を傾け、時には自ら先頭に立って危険に立ち向かう王像を掲げるのであれば、兄上はもっと民の声をよく知るべきだ」
アルデールは、国王として強くある事が全ての民の平和に繋がると信じており、妥協なく己を鍛え続ける姿勢が特徴だった。
その姿勢は彼の訓練を見ていたレンも理解しており、多くの臣下や騎士たちから尊敬を集めている。
だがその一方で、その生真面目さゆえに、他者の意見を柔軟に受け入れることが難しい場面もあった。
護衛をしている時、何と無しにレンが弟であるエルヴィンに対し、もっと優しく接しては上げられないのかと、つい零してしまった事がある。
それを聞いたアルデールは、『王族である以上、甘やかしてはならない』と意見を述べていた。
最早『兄』としての意見ではないように思えた。
「エルヴィン皇子は、これからをどう在るべきだとお考えですか?」
「僕は…魔法と知恵で新しい未来を切り開きたいんです」
一方のエルヴィンは、母である太后から受け継いだ『魔法王国』の文化に影響を受けて育った。
エルヴィンはアルデールとは異なる形で、国を強くする事を目指しており、剣の王国に『新たな知恵』と『魔法の技術』を取り入れ、現代的で多様な国家を築こうと考えている。
彼は、剣に頼るだけでは限界があると考えており、柔軟で広い視野を持つ事こそが、国の未来を切り開くと信じていた。
エルヴィンにとっての国王とは、力で国を守る存在であると同時に、民の生活を豊かにし、平和と繁栄をもたらす指導者。
彼は戦う事よりも知恵を用いて交渉や同盟を組み、国を支えていく道を選んでいた。
剣と魔法、両方を活かしながら発展していく国家が、彼の理想だと言う。
剣を振るうだけでなく、知恵を持って周辺国と連携し、同盟を築く事で国民の幸福を重視する政策だ。
生活の質を向上させる施策や、魔法の利便性を生かした都市の発展など、彼の思想は何処までも民に寄り添った考え方である。
エルヴィンの理念には、母から受け継いだ魔法王国の思想が深く根付いているが、それが剣の王国の伝統とは相容れない部分もあった。
彼はアルデールほどの軍事力や武力を誇りにはしていないが、『知識と魔法で民の未来を豊かにする王でありたい』と言う考えを持っている。
エルヴィンのこうした思想は、革新的で自由な国を望む一部の臣下や民衆に支持されているようだ。
「僕達の思想が正反対だから、話し合いを設けても、ああやって反発し合ってしまうんだ」
その二人の思想の違いが衝突し、剣の王国がこれからどのように発展していくべきかと言う『道の違い』を示している。
アルデールは剣士としての誇りを持ち、剣と力で国を守ることに使命を感じている。
しかしエルヴィンは、魔法や知恵を活用し、現代的で柔軟な国家を目指していた。
「兄のやり方が全て間違っているとは言いません。確かに理に適うところだってあります。しかし…ただ厳しいだけでは、民はついて来ないのです。もっと人に寄り添った政策を…と進言するのですが、どうやら僕の考えは甘いらしい」
兄弟として互いの考えを理解しているものの、剣の王国が伝統を重んじる国である以上、アルデールはエルヴィンの『異端』とも言える思想に疑念を抱いていた。
また、エルヴィンも自らが王位についた場合、伝統を重視するアルデール派からの反発を予期している。
その事が、余計な『心労』を生んでいるのだと、エルヴィンは言った。
周囲の期待と降りかかるストレスに、彼が体調を崩しやすいのは決して体質だけの問題ではないと思った。
しかし、どちらの思想にも正義があり、最終的には二人のどちらかが王に即位する事でしか決着がつかないだろう。
「剣の王国の伝統を重んじるのなら、やはり兄上が王になるべきなのでしょう。剣を握れない僕では不可能ですから…」
そう言って、エルヴィンは小さく微笑んだ。
お読み頂きありがとうございました。
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