D級テイマー、休暇を過ごす
「城の方はどうだ?」
「毎日毎日、マモンちゃんが頑張ってる姿をよう見るで」
マモンは小さくなった魔王の代わりに、今は魔王城の管理をほぼ任されている。
その中には魔王の仕事を強制的に押し付けられている事もあり、彼は涼しい顔をしつつ、その溜息の数は日に日に増えて言っている模様。
「魔王様のお仕事を一人でこなしててなぁ。こないだなんか差し入れにドーナツ持って行ったんやけど、食べる暇がなさそうやったからウチが代わりに食したった」
「何してるんだお前」
てへっ、と笑うフーディーの顔は可愛い。
だが、マモンが不憫だと思った。
「見てたらお腹空いてもうてなぁ。今度はプリンを持って行ったんやけど、マモンちゃんに届ける前に消えてたわ」
「お前が食ったんじゃないのか?」
「当たりやで。魔王様!」
相変わらずだな、と呟くマオの顔はとても楽しげである。
彼女は離しながらも食事をする手を一切止めず、料理の殆どが口の中に消えて行った。
テーブルを埋め尽くすほどの量を、この細い身体の何処に入るのだろうかと、ディーネは驚きに目を見張っている。
「あの…お腹とか痛くならないんですか?」
「全然? 寧ろまだまだ入るで!」
「ひぇ…っ」
「何つーか、噂通りの人だな。元気だし」
フーディーの取柄は明るく大食いな所だと、誰もが理解していた。
しかし、彼女の食べる姿はとても幸せそうで、見ているこっちも笑顔になってしまうほど。
これが悪魔だと言われなければ、本当に何処にでも居る女性なんだろうなと、レンは思った。
「これ食べたら、今度は次の店に行く予定やねん」
「ま、まだ食べるのか…!?」
「こんなん序の口やで。あと二軒は店の予約をしとるもん」
そう言った彼女は、またも笑顔でハンバーグを口にした。
「レンちゃんら、ちょっとしか食べてへんけど大丈夫なん?」
「十分一人前を頂いていたよ…?」
「あー、ごめんなぁ! つい自分量で考えてまうわー!」
お店を出たフーディーは、満足げな表情で頷く。
結局彼女はレン達が驚いた様子の中、一人でテーブルの上に料理を平らげてしまった。
あれが『おやつ』と言うのだから、本当に末恐ろしい。
「もう二軒目に行くのか?」
「当然! 今度はラーメンを食べに行くんよ」
しかも直ぐに二軒目に行こうとしている。
彼女の胃袋は底なしか?
「あんまり食べ過ぎて、国ごと潰すなよ」
「あっは! 気を付けますぅ~」
「く、国ごと…!?」
傾国の美女ならぬ、傾国の暴食。
流石『暴食』を司る悪魔だけはある。
「魔王様もたまには城に戻って来てな! あっちはつまらんくて、ついついこっちに遊びに来てしまうんや」
魔王城では、今でも『魔王』の跡目争いが頻繁に起こっていると言う。
マモンはその事を懸念して城に戻っているが、特にそれを鎮静化させる事もなく、ただただ傍観している。
書類整理なんかで、其処まで手が回らないのかも知れないが。
「その内な。今はレン達と居るのが楽しいんだ」
「マオちゃん…」
それを聞き、レンは何だか心が温かくなる。
無邪気な笑顔で言う彼が、本当に楽しいと思ってくれているなら自分も嬉しかった。
「魔王様見てたら、そんな感じしてるわ!」
フーディーもまた、屈託のない笑みを浮かべて頷く。
すると彼女は、徐にレンの手をぎゅっと握った。
「レンちゃん」
「はい?」
突然の事に驚きつつもフーディーを見つめる。
彼女もまた花の様な笑顔でレンに笑いかけていた。
「魔王様の事、よろしくなっ」
「フーディー…」
「しっかり食べさせんと、その内マモンちゃんが、物凄い顔で飛んで来るからなっ!」
「それは困る」
あの強欲の悪魔が来た日には、私はきっと裸足で逃げ出す勢いだろう。
そうならない為にも、彼の食生活やら色々と、今からでももっとよく気を遣わなければ…!
とりあえず、朝寝坊した時の為に、朝食は前もって何か用意しておこう。
そう意気込むレンに、朝をもっと早く起きると言う選択肢はなかった。
それから宣言通り、フーディーは二軒目のお店に行くと言ってレン達とは別れた。
彼女の後を追うようにして、何人かの人の姿が続々と後をついて行っている。
どうやら、二軒目のフードファイトをしかと眼に焼きつけるつもりらしい。
流石にレン達はついて行く事をせず、一先ずその場は落ち着く事になる。
まるで、嵐が過ぎ去った後みたいの様だった。
「フーディーさん。見ている此方の方が気持ちいいくらいの食べっぷりでしたね」
「うん、本当に。あの細い身体の何処に入ってるんだろうね…」
「見た目も全然変わらないし、何だか羨ましいです」
レンとディーネの女子トークが炸裂する中、マオがきょとんとした様子で首を傾げる。
「フーディーの胃袋は底なしだぞ?」
「えっ」
「食べた傍から消化して行くんだ、あいつ」
「何それ凄い」
「う、羨ましい。わたしなんて、さっきの食べたケーキのカロリーですら、気にしてるのに…!」
ディーネはもうちょっと食べた方がいいくらいな気はする。
しかしレンは、口にする事はなかった。
本人が気にしていると言うのだから、余計な事は言わないでおこう。
でもケーキも美味しかったよね、本当に。
「飯も食った事だし。この後はどうするんだ?」
時間的にはまだお昼を過ぎた頃。
今頃は二人の皇子も昼食を食べている事だろうか。
ふとした拍子に、レンは一日のスケジュールを頭の中に思い浮かべている事に気付く。
これも護衛としての役目を果たしている証拠だろうかと、レンは密かに苦笑した。
するとウォルターが、何か思い悩むように顎に手を添えている事に気付いた。
「ちょっといいだろうか」
「ウォルター。何処か行きたい所でもあるの?」
「あぁ。実は冒険者ギルドに行こうと思っててな」
「ギルドに?」
「何か御用なのですか?」
「用があるにはあるんだが…その、『B級昇格クエスト』を請けようと思って。な」
ウォルターは何処か言いにくそうにそう言った。
それを聞いたレン達は、勿論驚く。
「B級!? 凄いねウォルター!」
「また一つランクが上がるんですね!」
「まだ昇格した訳じゃないんだが…」
「あ、そうか。でもウォルターならクリア出来るよっ」
何せ、彼はあのアルデール皇子がこっそりと褒めるくらいの剣の腕を持っている。
騎士達やシリウスとの打ち合い後、彼は自分にはまだ伸びしろがあると感じたようで、自ら昇格クエストに挑む事を思い立ったそうだ。
丁度今日一日、休暇を貰ったのはいい機会だと彼は言う。
明日からはまた護衛で忙しい日々が続くだろうし、ウォルターがクエストを請けるのは今日くらいしかない。
「シリウスからアルデール殿下がB級だと聞いたのでな。護るべき方よりもランクが下では、護衛として示しがつかないと思って…」
「「D級ですみません…」」
ウォルターの言葉にがっくりと肩をを落とす、レンとディーネ。
自分達はBどころか、Cにも上がれていない冒険者だ。
「…ま、まあ。俺一人でもB級に上がれば、お前達が戦いやすくなるだろうと思ったまでだ」
「正直にこの二人じゃ頼りねーって言ってやれよ、おっさん」
「流石に其処までは言ってない…それにフウマ。レン達も頑張ってるんだぞ」
精一杯のフォローは有り難いものの、今のレン達には大した慰めにもなっていないと言う事を、彼は気付いていない。
「B級と言うと、ウォルターさんがお一人で挑む形になってしまいますね?」
「あ、そうか」
レンやディーネはD級冒険者。
B級への昇格クエストには同行する事が出来ないし、それはフウマも同じだった。
「大丈夫なの?」
「ギルドに行けば、同じように昇級クエストを請けている冒険者が、居るかも知れないからな。まずは行って尋ねてみるさ」
ウォルターはB級に上がる為、昇格クエストを請けに行く。
するとディーネが、おずおずとした様子で言った。
「あの、それでしたらわたしも…」
「えっ。ディーネ、まさかC級を受けに!?」
「い、いいえっ。それはまたの機会で!」
ぶんぶんと手を振る彼女に、レンは何処かほっと安堵の息を漏らす。
つい最近D級になったばかりの冒険者が、すぐにC級になると言うのも性急な話だ。
本来ならばスライムと共に戦うのが理想的な戦闘スタイルなのだが、レンはまだまだ自分が未熟である事を理解している。
「よかった、ディーネまでC級を受けだすとか言い出したら、どうしようかと思った」
「何だよ。受けてきちまえばいいだろ?」
「いや、心の準備が…」
「何の準備だよ」
最近は漸くダガーの使い方に慣れて来たと言う、遅すぎた成長振りだ。
それに比べてスライムは新たなスキルを手に入れたり、盾を使って自分の身を守ると言った術を徐々に体現している。
最近じゃ戦闘中、自分は何も出来ていない事を酷く痛感する事も多い。
スライムが成長して新しいスキルを覚えたりしているのに、レンに至っては、テイマースキルが殆ど『補助』の役割しかなしていない事を感づいていた。
どうしたら、私ももっと上手く戦えるようになるのかな…
「わたしは、この街にある礼拝堂に訪れてみたいと思うんです。由緒正しい場所だと司祭様から聞いていましたし、おばあちゃんも一度は見ておきなさいって…」
「礼拝堂~? あんなつまんねーとこ、よく行く気に…ぐふっ!?」
「いいと思うよっ、ディーネっ!」
「あ。あの。大丈夫ですか、フウマさん…?」
フウマが余計な事を口にしないよう、鳩尾に肘鉄を喰らわしたら何か涙目になってた。
そんなに強くした覚えはないんだけどなと、素知らぬ顔をしていたら、フウマがジト目で此方を睨んでくるではないか。
私は、何も、悪くない。
「てめぇ、レン…!」
「気をつけて行ってらっしゃい、ディーネ!」
「は、はい。行ってきます」
彼女は最後までフウマを心配そうにしていた。
本当にディーネは優しい子だ。
そして残されたのは私とフウマだけになった。
「フウマはこの後どうするの?」
「別に。特に何も決めてねー」
「私もなんだよね。こう言う時ってどうしたらいいんだろうって思っちゃう」
「普段通りでいいだろ」
「それだと私、ソファでゴロゴロするしかなくなっちゃうよ」
「お前…しっかりしてるように見えて、怠け者なんだな」
これでも仕事の時はバリバリ働いていたつもりだが、冒険者になって日々を過ごすとなると勝手が違う。
特にあのロイヤル・ハウスに居ると、もう完全にだらけたくなる。
優秀な主夫が居てくれるから、尚更私は家事も何もしなくなったよ。
とは言っても、自分の事は自分でと言われてしまうので、思い出したようにやるしかないのだが。
「まあ、俺も特にやりたい事があるって訳でもねーし、お前に付き合ってやっても――…」
其処まで言いかけたところで、フウマが突然口を紡ぐ。
どうしたのかとフウマを見やれば、彼は首を横に振りだした。
「…いや。俺も用事を思い出した」
「え、そうなんだ。残念」
「悪いな」
「ううん、大丈夫」
てっきり一緒に行動してくれるのかと思ったが、そうではないらしい。
まあ、フウマにも行きたいところややりたい事があるだろうし、無理に付き合わせるのも悪い気がした。
「夜までに城に戻っていたらいいんだろ?」
「うん。また明日から護衛の仕事だから、頑張ろうね」
「あぁ。それじゃあまた後で」
フウマはそう言って、人混みの中へ紛れるように去って行く。
ウォルターはB級に上がる為の昇格クエストへ。
ディーネは街の礼拝堂へ。
フウマは解らないけれど、やりたい事があるのだろう。
その後ろ姿を手を振って見送った所で、レンはゆっくりとその手を下げた。
「皆、やりたい事があっていいな…」
無意識に出ていた言葉だった
気が付けば、そんな事を呟いていた。
ただ単に、今日一日をどう過ごすかと言うだけじゃない。
その先を見据えるように、ウォルターもディーネも目標を掲げている。
「そんな風に言ってると、ジェリーみたいな根暗になっちまうぞ?」
「うぅ…気を付ける」
人を羨望に満ちた目で見ていると、ジェリーになるなんて言われれば口を噤むしかない。
ジェリーには失礼な話だが。
「やりたい事なんて、今すぐに見つからなくてもいいだろ」
「え?」
「ちょっと足を止めて、辺りの景色を見るくらいのんびりしたっていいんだ。休んだっていい。そしたらやりたい事だっていつかは見つかるさ」
「やりたい事かぁ…」
「とりあえず、C級に上がっといたらどうだ?」
「それはまだいいかな…D級から成長してるとも思えないし」
さっきもフウマに言った事を口にする。
自分が成長しているとは思えないし、何なら今では寧ろ、スライムの方が頼りになるくらいだ。
最初こそ二人で一緒に戦っていたのに、最近の自分と来たら、ただダガーを握っているだけである。
レンが徐々に表情を曇らせていると、マオがにぱっと笑顔を見せた。
「大丈夫だ! ウォルターも言ってただろ。レンだってちゃんと成長してるんだ」
レンはウォルターの言葉を思い返しながら、小さく溜息を吐いた。
成長していると言われても、それを自分では感じられない事がもどかしい。
そんなレンの様子に気づいたマオは、少しばかり不機嫌そうに言った。
「オレもスライムもちゃんと解ってる。それだけじゃ不服か?」
マオの言葉に驚きつつも、レンは思わず目を丸くした。
「そうだよっ。レンは頑張ってるよ!」
「え…」
「この前だって、いっぱいボクに指示を出してくれたもんっ。レンが一緒に戦ってくれてるから、ボクも勇気を出して戦えるんだよ!」
スライムの真っ直ぐな気持ちが、レンの胸に温かく響く。
「何も剣を振るうだけが戦いじゃないんだ。お前にはお前にしか出来ない事がある。それが解ればレンも戦い方ってのが解るだろうさ」
「私の戦い方かぁ…」
「それが解らない内は手探りでもいい。今のレンに足りないのは『経験』だからな」
「経験…確かにそうかも」
彼の言葉には説得力がある。
経験不足と言われれば、それはストンと腑に落ちていた。
確かに、仲間達は自分の成長を信じて見てくれている
「…うん。私なりに頑張ってみる」
自分は成長出来ているのかは解らない、
それでも、ゆっくりと。
歩くような速さで。
私は、前に進んで行こう――
こうして励ましてくれる言葉が、何もよりも嬉しいのだと、レンの心はじんわりと温かくなっていくのを感じた。
お読み頂きありがとうございました。
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