C級大剣使い、夢を再び追い求める
訓練場に集う騎士達が激しい稽古を続ける中。
アルデールは相変わらず無表情で、静かにその姿をじっと見つめていた。
彼の冷静で静かな佇まいは一見すると無関心にも見えるが、その眼差しの奥には騎士達の力量を真剣に測る意図が宿っていた。
その横に立つシリウスが、少しだけ驚きの色を浮かべて声をかける。
「殿下が訓練を見守られるとは、意外ですね」
「ただ、確かめているだけだ。彼らの力量と、自分の剣がどれほどのものかをな」
アルデールは視線を外さないまま、小さく答えた。
その言葉にシリウスが少し微笑む中、傍らのレンとウォルターも騎士達の稽古を静かに見守っていた。
「此処の兵士達は本当に強いな…腕を試したくなる」
少年時代の夢が蘇り、ウォルターの胸が高鳴る
剣の王国で騎士となる事を夢見ていたあの頃、剣の打ちあう音や騎士達の誇り高き姿、そして父の姿が彼の憧れだった。
「ウォルターが騎士を目指してたのは聞いてたけど、シリウスさんも一緒だったんだね」
レンがふと、ウォルターの昔話を持ち出す。
ウォルターは苦笑いしながら肩を竦めた。
「ああ、シリウスとは同郷で、一緒に剣の腕を磨いてたさ。俺も騎士になるのが夢だった」
「お前がこの王国を去ると聞いた時は、本当に驚いたな」
「あれは…しょうがない。フィオナの為だ」
その話を耳にしたアルデールが彼らを一瞥する。
「貴方はこの国に居たのか」
「えぇ、まあ…とは言っても昔の話です」
「ウォルターは騎士になるのが夢だったのですよ、皇子」
「シリウス…!」
「ほう。そうなのか」
騎士としての資質がありながら、護衛として自分に仕える彼の姿に、少しの好奇心が芽生えたのかも知れない。
彼はウォルターに向かって顎を上げ、小さく命じた。
「なら、行ってこい」
「…は?」
「腕を試してみたいのだろう? 彼らに相手をして貰ういい機会だ」
「えっ…!」
ウォルターは驚き、レンに視線を送る、
レンも面食らって目を見開いていた。
「し、しかし。それは…」
「何だ。躊躇う必要はないだろう」
何の気なしに言った言葉をアルデールが拾い上げる。
まさか彼の口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。
レンやウォルターは勿論驚いていたし、シリウスもそれは同じだった。
「その剣技を俺に見せて見ろ。護衛と称しているが、その実力をまだ目にしていない」
「それは…確かにそうですが」
「見せてあげたら?」
「レンっ!?」
驚いたウォルターは一瞬レンに視線を送るが、レンも戸惑いつつ、期待するように微笑んで見返した。
「それはいい考えだ。直ぐに騎士達を集めよう」
するとアルデールの提案に乗ったシリウスが、訓練する騎士達に集合を掛けた。
「おい、シリウスっ。俺はまだやると言った訳では…!」
「もう逃げられないぞ?」
「…む、むぅ」
その表情はにやりと笑っており、ウォルターはそれが何かを企んでいるのだと、旧知の間柄で理解する。
「仕方がない…」
ウォルターは少しだけ気を引き締めると、訓練場の中央へと足を踏み出した。
その様子にスライムが、興味津々でレンの肩で見つめている。
『何が始まるの―?』
「ウォルターが騎士達と手合わせするんだって」
「わー! おじちゃん、すごーい!」
まずは周囲の騎士達と手合わせをすることになり、数人の騎士がウォルターに立ち向かう。
訓練用の剣を互いに構え、距離を詰めた途端、ウォルターは一瞬で鋭い一太刀を繰り出し、相手の剣を一撃で払いのけた。
観客達が息を飲む中、彼の動きは流れるように続き、迫りくる敵の剣撃を巧みに躱しながら、時には力強く防御を崩していく。
「…流石だな。騎士団の連中にも引けを取らない腕だ」
シリウスが感嘆を漏らした。
ウォルターの動きには、長年の鍛錬が刻まれていた。
彼の剣はただ力を見せるだけでなく、素早く鋭く、時には相手を圧倒する威圧感すら感じさせる。
まるで相手の動きを見透かすように、次々と繰り出される打撃を寸分違わず防ぎ、僅かな隙間に切り込んでいく。
騎士達は一人、また一人と打ち負かされ、やがて観衆の中にどよめきが広がった。
「ほう…やるな」
それを見ていたアルデールは、感心した様子で頷いている。
どうやらウォルターの腕は、この国の騎士達に引けを取らない実力を持っているらしい。
レンは、ウォルターの剣が認められているのを目の当たりにし、嬉しそうに微笑んでいた。
そんな時だった。
「ウォルター、久しぶりに俺と手合わせをしないか?」
シリウスがにやりと笑い、剣を手にして訓練場に降り立って行く。
しかもその剣は真剣だ。訓練用に誂えた騎士達のそれではない。
当然ウォルターもそれに気付いている。
「お前と?」
その姿にウォルターは一瞬戸惑いを見せながらも、すぐに表情を引き締めた。
訓練用の剣を傍に居る騎士に手渡すと、背中に背負う己の大剣を引き抜く。
「望むところだ」
二人が向き合うと、場の空気が一瞬にして緊迫感を増し、周囲の騎士たちが息を飲んで見守る。
やがて、シリウスが先手を打つように駆け出し、その剣が風を切る音を立ててウォルターに迫った。
シリウスの攻撃は鋭く、そして速い。
その一撃一撃が鋼鉄の如き重みを持ち、ウォルターは全身の力を使ってそれを受け止めていく。
激しい衝撃音が響く中、ウォルターは後退せず、一歩一歩と前に進むようにシリウスと渡り合った。
「くっ…!」
一瞬の隙を突いてウォルターが反撃に出た。
彼の剣が閃光のようにシリウスの側面を狙うが、シリウスはそれを予測していたかのように身をひねり、剣を払いのける。
二人の剣が交差し、鋭い金属音が場を支配した。
「さすがだな、ウォルター。その剣筋、俺達が共に鍛えた日々を思い出すよ」
シリウスが息を弾ませながらも笑みを浮かべる。
ウォルターもまた笑みを返しつつ、再び構えを取り直した。
「お前こそ、昔よりも強くなっている」
「当然だ。お前と道を分かれてから何年経ったと思ってるんだ」
「そうだな…だが、俺も簡単には引かないぞ!」
更に激しい打ち合いが続く中、シリウスの剣が再び鋭く突き出され、ウォルターは全力で受け止める
その一瞬の重圧に、彼は僅かに足元を崩された。
シリウスはその隙を見逃さず、一撃を放ち、ウォルターの剣を外へと弾き飛ばす。
剣が弧を描いて地面に落ち、ウォルターはついに膝をついた。
「俺の負けだ…流石だな、シリウス。国の英雄と呼ばれるだけはあるよ」
シリウスは勝利の余韻を感じさせるように、満足げに剣を納めた。
「いや、お前もよくやったぞウォルター。やはりあの頃のまま、騎士の夢は忘れていなかった様だ」
「騎士の夢、か…そんなの当の昔に捨てたと思っていたが」
「夢は完全には捨てられないものさ。どうだ? 今からでも遅くない。俺と一緒に騎士の道を目指さないか?」
その言葉にウォルターは胸を打たれるものの、やんわりと首を振る。
「いや…遠慮しておこう。俺が居なくなったら、あいつがまた独りになってしまうからな」
「またフィオナか…」
「あいつは、あれでも寂しがりやなんだぞ?」
「あぁ、知っているさ。彼女がどれだけお前を頼りにしていたのかもな」
一度は諦めた騎士への道。
この国で成り上がるのが夢だった。
自分の生き方はこれでよかったのか――
今でも時々、その答えに迷う事はある。
その度に思い出すのは、目の前の親友。
そして、泣きじゃくる若き日の『彼女』の姿だ。
「気が変わったら、いつでも言え。俺は待っているぞ」
「はは…まあ、夢を追うのも悪くないかもな…」
」
その二人のやり取りを静かに見守っていたアルデールは、口元にわずかな微笑みを浮かべた。
そして彼は小さな声で呟くように言った。
「…悪くないな」
その一言に、レンとスライムは驚きと共に少しの感動を覚えた。
アルデールの心の扉が、ほんの少し開かれた瞬間だった。
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