B級剣士、襲撃される
夜の闇が深まる頃、ビセクトブルクの王宮は静まり返っていた。
月明かりが微かに廊下を照らし、衛兵達の足音が規則正しく響いている。
そんな中、影のように姿を消しながら忍び寄る一人の人物。
その姿は、音もなくターゲットの居室へと向かっていた。
影は、柔らかな忍び足で廊下を進み、ターゲットの部屋に続く扉の前に到着する、
鍵はかかっておらず、警備も最小限の部屋。
影は武器を手にし、無駄のない動作で扉を開き、一つの影として部屋の中へ滑り込んだ。
部屋の中は暗く、壁には一つの燭台が微かに揺らめいている。
その中で、ターゲットはベッドに横たわり、穏やかな寝息を立てていた。
影が武器を構え、一歩ずつターゲットのベッドに近づいて行く。
「…っ」
その姿を見た瞬間、影は一瞬だが息を呑んだ。
ターゲットをじっと見つめ、僅かに心の奥底で葛藤を感じながらも、任務を遂行すべく足を進めた。
緊張が張り詰める中、影は強く武器を握り締める。
その手は微かに震えているようだったが、影は歩みを止めない.
自分が今すべき事を最優先に考えていた。
だが、次の瞬間。
ターゲットが突然目を見開き、鋭い目つきで影を見据えていた。
「…其処にいるのは誰だ?」
静かな男の声が低く響く。
影は一瞬動揺を見せたが、すぐに武器を構え直し、ターゲットの――アルデールの胸元を狙って襲いかかった。
アルデールはその攻撃を素早く躱し、枕元に置かれていた二本の愛剣を手に取ると、暗殺者と対峙する構えを見せた。
「皇子を狙うとは、随分と度胸があるな」
アルデールは冷静さを保ちながらも、目に鋭い光を宿しています。
暗殺者もまた、闇の中でその視線を受け止めつつ、無言で応じていた。
二人は一瞬、互いの出方を見計らい、その場に静寂が訪れる。
先に動いたのはアルデールだった。
鋭い剣が闇を裂き、暗殺者の腕を掠める。
影は素早く後退し、再びアルデールに向かって一撃を見舞うが、アルデールもまたその動きを読んで躱していた。
「貴様、何者だ? 誰に依頼された?」
「…」
「黙るのか。そうだろうな」
アルデールが問いかけるが、影は沈黙を貫いている。
しかし、暗殺者が自分の素性をペラペラと喋る筈がないと思っていた為、期待はしていない。
だが、影が自分を殺そうとする暗殺者であり、何者かの依頼を請けて此処に居ると言う事は、間違いないのだろう。
「ならば、強引にでも喋らせるまでだ」
◇◆◇
夜の静寂を破る物音に驚き、レンははっと目を覚ます。
傍ではスライムとマオがぐっすりと眠っていた。
隣のベッドではディーネがすやすやと眠っており、不思議な物音に気付いた気配はない。
今日が初めての護衛だったからか、とても緊張して物音にも敏感になっているのかも知れない。
宿屋の時と同様、この城にも多くの人の気配がある。
たまたまその中の一つに耳が敏感に反応しただけ――だと思ったのだが、どうにも胸騒ぎがする。
「…気のせいかな」
夜はウォルターが、騎士達と後退で見張りに出ると聞いていた。
流石にレン達に其処まではさせられないと、シリウスにやんわりと断られたのは少しほっとした部分もあるが。
再びベッドに潜り込むものの、やはり何かの気配と胸騒ぎは収まらず、とうとうレンはベッドから静かに降りた。
気分が落ち着くまで、少し散歩に出て見るのもいいかも知れない。
日付は塔に代わっていたが、城内には人や物が動く音が何処かからしている。
昼夜問わず、此処の騎士達は交代で見張りに立っているのだろう。
だからレンが聞いた物音も、彼らの日常的な一部として捉えていた。
「ウォルター?」
「レン!」
ところが、レンが部屋を出て少し歩ていたところで、ウォルターが走って来るのが見えた。
その様子は何処か焦っているようにも見える。
「お前も騒ぎを聞きつけたのか?」
「騒ぎ? 何の事?」
「違うのか。いや、今はそんな事を言っている場合じゃない…!」
「え、ウォルター!?」
即座に走り出したウォルターを、レンも慌てたように走り出す。
どうしたのかと声を掛ければ、警備の最中、怪しい影を目撃したとの事。
影は夜の闇を駆け、城の内部へと侵入して行くのを見て、嫌な予感がすると追いかけた。
そして案の定、城の一角からは大きな物音が聞こえて来た、と言う話だ。
「影は、アルデール殿下の居室に入った。皇子が危ない」
廊下を急ぎ足で進み、音のした方向に近づく。
行き着いた先は第一皇子アルデールの居室。
まだ誰も騒ぎに気付いていないのか、扉の前には誰の姿もなかった。
しかし中からは、激しい金属音が聞こえている。
アルデールが戦っているのだと認識すると、ウォルターが扉を勢いよく蹴破った。
「皇子!」
其処には抜き身の剣を持ち、闇の中で対峙するアルデールと暗殺者の影が浮かび上がっている。
薄暗がりの中で視認しづらいながらも、アルデールは鋭い目つきで目の前の敵をじっと見据え、剣を構えた姿勢を崩さない。
「アルデール殿下! ご無事ですか!?」
ウォルターは声を張り上げ、彼の無事を確認した。
「逃がすな。こいつは暗殺者だ」
アルデールは振り返りもせず、低く言葉を返す。
視線は鋭く、その状況に焦る事無く冷静さを保っていた。
レンは、その異様な光景に息を飲んだ。
「あれが、暗殺者…!?」
暗殺者の姿は全身黒装束に包まれており、顔も覆われている為、その正体は不明。
しかしその暗殺者の動きには、熟練の気配が漂っていた。
暗殺者もまた、レン達が駆けつけた事を認識し、一瞬だけ驚きの表情を見せる。
ウォルターは大剣を抜き、構えを取りながらアルデールの前に飛び出した.
静かに暗殺者を睨みつけ、彼は盾のように身体を寄せている。
レンはもまた、アルデールを護るようにの前に躍り出ていた。
それに気付いた彼は、怪訝そうな顔をして見せた。
「どけ。お前は丸腰だろう」
「で、でもっ。貴方を護らないと!」
レンは焦っていた。
今、自分は丸腰で武器を持っていない。
スライムはベッドで寝ているし、こんな状況で自分に出来る事なんて何一つない。
それでも、自分が護るべきアルデール皇子が、危機的状況に晒されている事には違いない。
彼女の本能が、目の前の大切な命を守ろうとさせていた。
暗殺者が振り下ろす刃の光が、月明かりに反射しながらウォルターの前に迫る。
刃が彼らの間を通り過ぎる寸前。
ウォルターの瞬発力が優先され、彼はしっかりと大剣を構えて防御の体勢を取った。
鋭くも高い金属音が響いた。
レンはその背中を見つめ、彼が果敢に立ち向かう姿に、自分がこの瞬間にいかに重要な役割を果たすべきかを痛感する。
「お前は何者だ? 皇子を手にかけようとするとは、覚悟は出来ているんだろうな」
それは威圧的な声だった。
暗殺者はその言葉に応える事なく、冷静に距離を取り始めた。
すると、何処からか強く笛の音が鳴り響き、次第に迫って来る人の足音や声がした。
それが『賊』の襲来を告げているのだと、レンは瞬時に理解した。
すぐに状況を理解したのは、暗殺者の方も同じだった。
状況の不利を察知したのだろう。
レンやウォルターと言った対峙する人数の多さに、次第に警戒心が増して行く。
そして、一瞬の隙をついて何かを床に叩きつける。
途端に白煙が瞬く間に室内を覆い尽くし、視界が遮られてしまった。
「煙玉か…っ!?」
アルデールは即座に鼻と口を覆い、身を引いた。
煙の中で暗殺者の気配が遠ざかって行くのを感じ取っていた。
「逃がすか…!」
アルデールは素早く煙の中を突き進むが、暗殺者は窓を開け放ち、屋根の上へと身軽に飛び移って行く。
その軽やかな身のこなしに、レンは驚きの表情を見せていた。
アルデールが窓際に辿り着いた時には、暗殺者の影は既に、王宮の屋根に駆け抜けて姿を消していた。
―ー失敗した。
相手が皇子だなんて聞いていない。
次は、もっと上手くやらないと…
『とある男の手記より抜粋』
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