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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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D級テイマー、任務を開始する




朝早く、ウォルターは第一皇子アルデールの居室に訪れる。

皇子は身支度を整えている最中だった。




「おはようございます、アルデール殿下」

「…護衛など必要ないと言っているのだがな」

「そう仰らずに。国王陛下のご命令ですから」




ウォルターは少しだけ困った様に笑った。

彼が護衛が不要だと言う事は聞いているが、直ぐに了承出来る訳がなかった。

アルデールは少し不機嫌そうにしながらも、特に追い払う事もなく身支度を続ける。




「…護衛は貴方一人なのか?」

「はい。本日は俺――いえ、私が務めさせて頂きます!」

「好きにしたらいい」




アルデールがそう吐き捨て、部屋を出て行く。


これは信頼を得られるまで、相当時間が掛かりそうだな…



ウォルターはそんな事を思いながら、彼の後を追いかけて行った。






一方でレン達は、エルヴィン皇子の護衛を任されて彼の居室へ訪れていた。




「おはようございます。確か、貴女がレンさんで其方がディーネさんでしたね」


「はいっ。今日一日宜しくお願い致します!」

「此方こそ…ふふ、どうぞ楽に。そんなに畏まらないで下さい」

「い、いえっ。貴方は王族の方ですので…!」




レンとディーネは、互いに顔を見合わせて頷く。

今日から皇子達の護衛に当たると言う事になり、ウォルターはアルデール皇子を。

そしてレンとディーネはエルヴィン皇子の護衛に着く事になった。




「オレ達も居るぞ!」

『頑張っておーじ様を護るよー!』




そしてマオとスライムもまた、皇子達の護衛任務に気合を入れている。

エルヴィンは、最初こそスライムの存在に驚きはしたものの、その愛らしい姿に自然と笑みが零れていた。




「えぇ。あなた方もよろしくお願いします」

「シリウス団長から、朝は一日のスケジュールを確認する様にと、言われているんですが…」




レン達の一日は、皇子達のスケジュールの把握から始まる。

今日一日、何処で何をするかの行動を前もって知っておく事で、護衛に付く際の情報になるからだ。

本来なら護衛側のレン達が既に抑えておくべき内容だが、今日は初日と言う事もあり、皇子から直接お聞きする様にとシリウスからは聞いている。


そう言う理由もあって尋ねてみると、エルヴィンは頷いて快く教えてくれた。




「今日は確か、午前中が座学と教養。午後は魔法の訓練がある筈です」

「魔法? エルヴィン皇子は魔法を嗜まれるのですか?」


「えぇ。ビセクトブルク家の多くは剣を握るのですが、僕は少し身体が弱く体力も余りない。母には魔法の心得があり、その血を僕は受け継いでいるのです。と言っても、本当に嗜む程度なのですが」




『剣の王国』と言うからには、剣を手にして戦う姿しか思い浮かばなかった。

兄のアルデールは確かに剣を携えていたが、弟のエルヴィンは何も持っていない。

それは彼の戦闘スタイルが、魔法を駆使した戦い方だと言うのを聞けば、納得だった。




「今日も忙しくなりそうですかね? …兄上の所にも行けたらいいな」

「え。アルデール皇子と一緒に、お勉強するんじゃないんですか?」


「小さい頃は一緒に机を並べて、そうしていたんですけどね。いつからか兄上が僕を避ける様になってしまい、スケジュールも殆ど組み合わなくなりました。たまに兄上の剣の訓練を遠くから眺めるくらいです…




そう言ったエルヴィンの表情は少し悲しく、兄弟としての仲に寂しさを感じているようだった。

ディーネはそんな彼に心を痛めるように、きゅっと胸の前で手を握る。




「お、お兄様との時間も取れるといいですねっ」

「うん、兄上は僕を避けるかも知れないけれど…そうだったら嬉しいな」




エルヴィンは、準備が整うとすぐにやる気満々の表情に変わり、笑顔で部屋を出る。


廊下を歩いていると、反対側からアルデールとウォルターがやって来た。

早くも兄弟の邂逅である。


二人はお互いの姿に一瞬目を留めるものの、アルデールは表情を変えず、歩みを止めない。




「あっ、おはようございます、兄上!」

「…」




アルデールはエルヴィンを一瞥するだけで、すぐに視線を外した。

その冷ややかな態度に、エルヴィンは少し落胆したような顔をするものの、すぐに顔を上げてにっこりと微笑む。




「えっと。ウォルター殿…ですねっ。兄上の事をよろしくお願い致します」

「此方の方こそ。うちの者は頼りないかも知れませんが、一生懸命な子達なのです」




ウォルターはを和ませる為に言ってくれたのかも知れないが、レンは苦笑いだった。




「はは、ウォルター…」

「間違ってないだろう? お前達はガチガチになり過ぎだ。そんな事ではエルヴィン皇子も不安になる」

「は、はいっ。気を付けます…!」




アルデールが立ち去った後、レンはそっとエルヴィンに声をかけた。




「アルデール皇子も、お忙しいんですよ」

「…そうですね」



エルヴィンの表情には寂しさが一瞬浮かぶものの、すぐにまた前向きな笑顔が戻っていた。

兄弟の間にある微妙な距離と、エルヴィンの無邪気な敬愛が感じられるとレンは思った。



エルヴィンが座学や教養などを学ぶ時間になると、彼は楽しそうにしているが、兄が参加しない事には何処か寂しそうだ。




「兄上は優秀な方。こう言った勉学はもう修了しているので、あんまり一緒に居られないんですよね。せめて訓練だけっでも共にと思ったのですが、僕は剣の腕はからっきしなので…」


「エルヴィン皇子…」

「でも、いつかまた兄上と一緒に剣の訓練がしたいんです」




エルヴィンは心から兄を尊敬し、また一緒に過ごす事を望んでいることが、レンにも伝わってくる。

彼が座学を学んでいる間、レンとディーネは直立のまま部屋の外で待機をする。

誰も見ていないからと、マオは退屈そうに欠伸をしていた。




「護衛って言うのも退屈なんだな…」

「退屈じゃないよ。こっちはいつ何が起こるかハラハラしてるんだから…!」

「マオさん、そう言えば護られる側ですもんね」

「マモンはいつも涼しい顔で傍に居たぞ?」

「マモンさんは、何でもそつなくこなしそうだね…」




魔王を崇拝する強欲の悪魔は、常に魔王様第一・魔王様優先。

そんな彼は小さな魔王に危険が及ぼうものなら、即刻排除と言う意思の元、行動をしている。

例えマオが道端で転倒しようものなら、身を挺してサッと拾い上げる有能ぶり。

あの瞬発力と洞察力は、本当に見習いたいものである。




午前中の座学と教養を終えたエルヴィン皇子は、城内の食堂で昼食を取る事に。


皇子達の昼食は、見学ツアーで見た王族のダイニングテーブルで行われる。

レンはマオが、またあの豪華な椅子に座ろうとするのを食い止めようと思っていた。

流石に王族の前でそんな粗相をすれば、首が飛ぶ。

だから、しっかりとマオの手を握り締めている離さなかった。


だが彼は、もうあの食卓テーブルには興味を示さないようで、小さく『腹減ったぁ…』と呟いてる。




「昼食の時間は、お二人も何処かで取られるのですか?」

「そう言えば、其処の所は何も考えてませんでしたね?」

「ウォルターの方はどうするんだろう」




其処で、アルデールはウォルターと共に少し遅れて到着し、既に席についているエルヴィンが嬉しそうに声を掛ける。




「兄上、今日は同じ時間に昼食をとれるんですね! 嬉しいです!」

「エルヴィン…余計な時間を使わずに食事を済ませろ」

「…はい」


「レン、ディーネ。この時間は俺達も交代で食事をとる。先にお前達が行け」




そっとウォルターが囁くように言うと、レンとディーネは頷いた。

食事はシリウスが厨房に掛け合って、隣の個室に用意してくれているそうだ。

朝は自分達で用意していた物を食べたが、昼や夜はこうして厨房の方で用意してくれる手筈になっている。


しかし、皇子達の食事時間に合わせて食べ終えなければならない為、いつもよりのんびりはしていられなかった。

レン達は頷くと、皇子達に一礼をして隣の部屋へと向かう。




『飯だー!』

『わーい!』

『ちょっとマオちゃん、先に手を洗ってから!』

『あ、これ。美味しいです! ほっぺが落ちちゃいます!!』

『うまっ! うまっ!』




すると。早くもマオとスライムが賑やかに食事を楽しむ声が聞こえてきて、ウォルターは少し頭を抑えた。

まるで緊張感の欠片もない様子だ。




「賑やかな奴らだな」

「…申し訳ございません。きつく叱っておきます」

「ふふっ…」




そんな声は二人の皇子の耳にも届いており、眉を顰めるアルデール。

そしてエルヴィンはその楽しそうな声に、くすっと笑顔を見せた。


料理が並べられた食卓には、豪華な肉料理から温野菜までが色とりどりに盛り付けられており、どれも見た目に華やかなものばかりだった。




「わあ、今日のご飯も美味しそうですね!」




エルヴィンがにこやかに食事を始める。

一方で、アルデールは食事を進めながらも周囲を警戒するように視線を動かしている。

落ち着きがない訳ではない

寧ろ、緊張の色を隠しきれないのだと、ウォルターはそっとアルデールの姿を盗み見る。

その緊張を感じ取り、アルデールが常に気を張っている事に気づいていた。




「殿下。午後も剣の訓練があります。少しゆっくりとお召し上がり下さい」

「…」

「兄上は剣の訓練なのですねっ。僕は魔法の訓練があるんです。少しでも兄上のお傍で見学が出来たら…」

「見学よりもすべき事があるのではないか? それとも訓練などせずとも、自分は強いとでも言いたいか?」

「い、いえ。そのような事は――…そうですね。兄上の仰る通り、僕も魔法の訓練に励みます」




食事を続けながらも、アルデールはふとエルヴィンの方へと厳しい視線を投げかける。

これが兄弟の会話なのだとすると、何て悲しいのだろうか。


最初こそ料理を楽しんでいたエルヴィンも、徐々にその笑顔を失くして行き、口数も少なくなって行った。

そのやりとりに、ウォルターも兄弟の関係の複雑さを感じ取りながら、食堂の静かな時間を共に過ごした。







午後。


剣の訓練場には、緊張感が漂っていた。

砂と汗の匂いが混じり合い、アルデールの清々しい空気とは対照的に、剣士の鋭い視線が交わっている。

ウォルターが見守る中、アルデールは一人で剣を振るい、まるで一切の無駄を省くような鋭い動きを見せていた。


彼の護衛についていたウォルターは、彼の剣捌きに感心していた。




「流石殿下。お見事な剣の腕ですね」

「褒められる為にやっているのではない」

「しかし二刀流とは、お見それしました。王族の剣流ですか?」

「二刀流は俺だけだ」

「なるほど」




訓練を続けるアルデールの目は鋭く、剣士としての一面が覗ける。

彼は二本の剣を巧みに操る『二刀流』の剣士。

その剣捌きは、扱う剣種は違えどウォルターも眼を見張るほどである。




「もっと速く…もっと正確に。」




彼は自らに厳しい言葉をかけ、ひたすらに剣を振り続けている。

太刀筋が鋭く、ウォルターもその技量に感嘆するほどだ。

しかし、アルデールの表情には、焦りともとれる険しいものが見えていた。


ふと動きを止めたアルデールに、ウォルターが声を掛けた。




「殿下。少し休憩を取られては?」

「…いや、まだだ。目指すべき強さには遠い」




彼の真剣な目は、自らが背負うものの重さを語っているようだった。

ウォルターはその目に、ある種の孤独さを感じながらも、口出しせずに見守り続けている。




一方、エルヴィンの魔法訓練は活気に溢れ、周囲には柔らかな光と魔力の気配が漂っていた。

レンとディーネが見守る中、エルヴィンは集中し、その口からは流れる様に呪文が唱えられる。




「光の刃!」




彼の手元から小さな光の剣が現れ、ふわりと空中に浮かび上がる。

魔力の剣は、純粋なエルヴィンの心を反映するように、柔らかい光を放っていた。




「凄い、とても綺麗ですね!」

「えぇ。エルヴィン皇子の優しいお人柄がよく表れています」

「ありがとう、レンさん、ディーネさん! でも、まだまだ母上には敵わないんだ」




エルヴィンは照れ笑いを浮かべながら、兄だけでなく、母である太后への尊敬の念を隠しきれない様子。

太后も生まれ持った魔法の才能があり、何度かその力を見せて貰った事がある。




「母上の魔法はもっと素晴らしいんです」




それに比べれば、自分はまだまだだとエルディンは謙遜した。

そんな彼の姿を見て、レンは胸が温かくなるのを感じる。

エルヴィンは、本当に家族想いの素敵な人なのだと言う印象を、絶対的に形付けていた。


レン達はエルヴィンが魔法の練習をしている様子を、暫くの間見守っていた。



だが、最初は明るかったエルヴィンの表情が、少しずつ曇って来る。


エルヴィンは高い魔法の才能を持ちながらも、今は上手く力を引き出せずにいた。

掌に力を込め、魔力を集中させようと試みるものの、ほんの一瞬光を放つだけ。

次の瞬間には掴み損ねるかのように魔力が消えてしまっている。


それが何度も繰り返されると、次第にその身体にも疲れが見え始めていた。

足には力が入らなく、ふらりと体が傾いている。




「お、皇子…!?」

「エルヴィン皇子、大丈夫ですか?」




レンが心配そうに声をかけた。




「大丈夫…少し疲れているだけだよ」




エルヴィンは返事をするが、言葉とは裏腹にその表情には自信がなく、何かに悩んでいる様子が見え隠れしている。

ディーネも心配そうに彼を見つめていた。




「無理はなさらない方が…」

「うん…」

「お前、心に迷いがあるだろ?」




それを見かねた魔王が、少し皮肉交じりにエルヴィンに話しかけた。




「そんな状態で魔法がうまくいく筈がないんだ」

「ちょ、ちょっとマオちゃん!? 皇子様になんて事を…!」




レンは慌ててマオの口を抑えようとするが、エルヴィンは怒るどころか、ハッとしたようにその言葉を受け止めて少しだけ肩を落とした。




「…その通りですね。今の僕には、何か大切なものが欠けている気がするんです。でも、それが何なのかまだ分かりません」




その言葉にマオはふっと笑いを浮かべ、エルヴィンが苦戦していた魔法の構えをとります。

そして、エルヴィンが何度も試みたものの形にならなかった魔法を、マオはまるで自然な呼吸のように簡単に、まるで遊ぶような仕草で成功させて見せた。

眩い光と共に、マオの手のひらには完璧な魔法の形が浮かび上がっているのだと、エルヴィンの驚いた表情から窺える。




「こういうことだな?」




マオが軽く笑みを浮かべる。

それを見たエルヴィンは自嘲気味に小さく笑い、ぽつりと呟いた。




「僕はやはり、天才なんかではないんですね」




自分が努力しても掴み切れなかった魔法を、小さな子どもがなんの苦労もなく見せつけたように見え、心が少し痛んでいる様だ

しかしマオは、真剣な表情でエルヴィンに向き直り、子供らしからぬ少し低い声で言葉を紡ぐ。




「いいか。お前には才能がある、そしてその才能に必要なのは迷いのない心だ。お前が天才じゃないなんて思うな。お前は本当に、凄い才能を持っているんだ。ただ、今のお前には自分でそれが見えていないだけだ」




その言葉にエルヴィンは少し驚き、マオの言葉を噛みしめるように黙り込んだ。

確か彼には、心の何処かで自分を疑い、兄との関係や王位の重圧に押し潰されそうな不安がある。

魔法を操る才能を認められていても、その心の中に影が差すことで、自信を持てなくなっていたのだ。


エルヴィンは再び集中し、魔法の構えを取り直した。




「もう一度…やってみます。」




彼の瞳には、先ほどまでの迷いが少しだけ薄らいでいるようだった。


エルヴィンが再び魔法を繰り出すと、その掌には僅かながらも光が輝き、微かな黄金の光が形になり始めめて行く。

完璧には届かないかも知れないが、その成長の兆しは確かに見えていた。


マオはその様子をじっと見守り、少し満足げに微笑んだ。

エルヴィンがいつか自分の迷いを断ち切り、持っている才能を存分に発揮出来る日が来ることを、彼もまた期待しているかのようだった。






◇◆◇






剣の訓練を終えたアルデールが、疲れを表情に出すこともなく黙々と歩いていく姿を、護衛のウォルターは静かに見守っていた。

彼は、城と違う方向へと進むアルデールの様子に疑問を抱きながらも、後ろを歩き続けます。




「殿下、どちらに?」

「少し用がある」




ウォルターが尋ねても、アルデールは短く答えるのみ。

しかし目的地に辿り着いた時、ウォルターは驚きで目を見開いた。

そこはエルヴィンが日々魔法の訓練を行う場所。

まさかアルデールが弟の訓練を密かに見守るために来たとは、思いもしなかった。



二人は遠くの茂みの陰からひっそりと見守っている。

エルヴィンが集中して魔法を操ろうと奮闘している様子がよく見えた。




「殿下、エルヴィン様は本当に魔法の天才ですね…」




ウォルターが感心したように小声で感想を述べると、アルデールは弟から目を離さず、静かに頷いた。

その事に『おや?』とまた少し驚いて、しかしそれ以上を何も口にする事をしなかった。



エルヴィンが再び魔法に挑戦する姿を、アルデールは無表情のままで見つめ続けた。

しかしその瞳には、少しばかりの温かみが宿っているようだった。

エルヴィンの魔法が成功するのを願うように、そしてその努力を密かに誇らしく思うような視線が、彼の表情に微かに表れている。


やがて、エルヴィンの掌に黄金の光が集まり、今度は消える事なく小さな光の塊として形を成した。

それを見た瞬間、アルデールの口元にはほんの小さな微笑が浮かび上がる。

成功を見届けた兄の優しげな表情に、ウォルターは思わず驚きの表情を隠せませなかった。




「殿下…」




呟くウォルターにアルデールは気づいたのか、すぐにその表情を引き締め、視線を外した。




「行くぞ」




短く言い残し、エルヴィンに気づかれぬよう静かにその場を去るアルデール。

しかし、弟への冷たい態度の裏に潜む優しさを垣間見たウォルターは、アルデールの心中にある弟への想いに少しだけ触れた気がして、胸の中に温かさを感じていた。


アルデールは決して口にはしないが、その背中には、弟を見守り続ける兄としての誇りと愛情が秘められているのだと、ウォルターは感じたのだった。







夜になり、夕食を終えてからの時間は、レン達にも休息の時間が訪れる。


その日の護衛を終え、レン、ウォルター、ディーネは、一日の振り返りをする為、城内の一角に集まっていた。

初日とはいえ、皇子達のスケジュールに合わせた護衛は緊張の連続であり、それぞれの表情には少し疲れが滲み出ている。




「思ったより大変だったね」




レンが小さく溜息を吐きながら呟くと、ディーネも頷いて同意した。




「皇子様のスケジュールがあんなにぎっしり詰まってるなんて、正直驚きました」

「こっちもだ。午前も午後も、アルデール皇子殿下はずっと、剣の訓練を続けていたからな」

「えっ。午後だけじゃなかったんだ…!?」




どうやらアルデールは、午前中に騎士達との手合わせを。

そして午後には個人練習と称して、ずっと剣を振り続けていたらしい。


凄い体力だ…!




「あれだけ鍛錬を積んでいるんだ。殿下が『剣の達人』と呼ばれるのも頷ける」

「それに対し、エルヴィン皇子は本当に魔法がお得意なんですよ! 今日も凄く綺麗な魔法を見せてくれて、わたし感動しました」




ディーネも自分が魔法を使う身である為、エルヴィンの魔力の素晴らしさに感動を覚えている。

それを聞いて、ウォルターがふと口を開いた。




「それで思い出したが、実はアルデール殿下が、弟のエルヴィン殿下の様子を見守っている場面があったんだ」




レンとディーネが興味津々に顔を向けると、ウォルターは今日見た光景を思い返しながら語り始めた。




「えっ、アルデール殿下が?」




レンは少し驚きの表情を浮かべる。




「遠くからだが、彼の努力を静かに見守っていてな…何も言わず、ただ見ていただけだったが、その表情には弟を誇らしく思う気持ちが滲んでいたよ」

「てっきり、王位継承問題で対立してるってばかり思ってたけど、そんな一面もあるんだ…」


「確かに、二人の関係が複雑なのは間違いないが、アルデール殿下も完全に敵対している訳でもなさそうだ」




ウォルターは考え深げに言った。




「ああして弟の訓練を見守る姿には、皇子である前に、ただの兄としての姿があったようにも思えた」


「そうだったんですね……」




ディーネは少し安心したような笑みを浮かべる。




「今日、エルヴィン皇子が一生懸命魔法の練習をしているのを見て、彼が真面目で優しい人なんだなって思ってました。でも、兄弟としてもそういう絆があるのなら、何だか嬉しいです」


「確かにね、二人とも大変な立場にいるけど、もしかしたら心の底ではお互いを思い合ってるのかも」





レンも頷いた。




「ただ、それを表立たせる事が出来ない状況に在るのかな…」




その言葉に一同は一瞬沈黙する。

王位継承問題の影響が二人の関係を拗らせている事は明白だった。




「でも、今日ウォルターさんの話を聞いて、少しだけ安心した気がします」




ディーネが穏やかに微笑みながら言った。




「二人が完全に対立している訳じゃないと解って、少し希望が持てました。わたし達の護衛も、ただ彼らを守るだけじゃなく、もしかしたら少しでも二人の関係を良くするためのきっかけになれるかも知れません!」


「そうだな。俺達も出来る限り、二人が安心して過ごせるように支えていこう。もし本当に兄弟としての絆があるのなら、きっと道が開ける筈だ」




その場の空気が少し和らぎ、疲れも少し和らいだように感じられた。





お読み頂きありがとうございました。

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