絡まれテイマー、大剣使いと出会う
「テイマーってのはお前かぁ?」
「あむ?」
バターたっぷりのトーストを食べ終えたところで、誰かに声を掛けられた。
この世界で私に声を掛けて来る人なんて、受付嬢ぐらいだ。
よって、この顔面ピアスのニーチャンには、全く以て面識がない…以上!
「どんな奴かと思ったら、女かよ!?」
「…はぁ、女ですけど」
いきなり失礼な奴だと思った。
人の顔を見るなり、まるで『女』と言う点だけで嘲笑っているような、そんな印象。
人を見た目で印象付けるなんて、最悪だねっ。
このニーチャン、頭悪いのかなーーと、私自身が人を見た目で判断している事は、この際棚に上げて置く。
「まさか本当にスライムを連れてるとはなぁ。あんたそんな細い腕で戦えんのか?」
この男は、レンを『テイマー』だと言った。
スライムを連れているのでそう思ったらしいが、しかし『戦う』とは物騒な話だ。
食事をとっている間も感じていた事だが、こう言う風に好奇な目で見られるのは、正直苦手だ。
最初は自分がアメニティの服を着ているからかと思ったけれど、耳をそばだてればヒソヒソと何やら話し声。
あちこちで賑やかに会話する声が多い中で――人の悪口と言うのは、自然と耳につくものである。
「噂じゃ狂暴なドラゴンや、神獣なんかを手懐けるそうじゃないか」
「ドラゴンに神獣…?」
何それ怖い。
この世界にはそんな不可思議なものまで居るの!?
ドラゴンと言えば、ファンタジーには王道だけどさっ。
勿論、スライムだって王道だ。
「見たところ、弱っちいスライム一匹じゃん?」
もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ…
まだ出会ってそう経っていないけれど、強い・弱いに関係なく、スライムの良さはいくつも見つけているつもりだ。
だからこそ、今こうしてスライムを馬鹿にされている気がして、我慢がならない。
…が、私は大人だ。
こんな所で喧嘩しても、他の人の迷惑になるだけである。
ムカつく言い方だが、こう言うのは相手にしない方がいい。
無視だ、無視。
「お水飲む?」
『のむー!』
「てめぇ…っ。無視すんなっ!」
「何をしてる?」
「ウォルター! 見ろよ、こいつがテイマーらしいぞ」
「ほう、テイマー…?」
また誰か現れた。
うんざりしながら見ると、其処にはまた別の男性の姿、
『ウォルター』と呼ばれたその人は、背中に大きな剣を背負っていた。
ナイフよりも長く、刀よりも横幅がある…あぁ言うのって、バスターソードって言うんだっけ?
正しい名称は知らないが、ゲームではあんな感じの大きな剣を使って戦うキャラクターが居た事を、レンは思い出していた。
「あんた、ランクは?」
「…はい? ランク?」
「テイマーと言えば『冒険者』だろう? とても『職人』には見えない」
「ウォルターは『C級』の『大剣使い』なんだぜっ」
「…余計な事を言うな」
『冒険者』
『C級』
『大剣使い』
本当に漫画やゲームの中でしか聞いた事のない単語が、次々と出て来る。
「冒険者証は?」
「何ですかそれ」
「冒険者の身分を証明するものだが…知らないのか?」
大剣の男は、信じられないと言う顔で見つめて来る。
身分証明なら、運転免許証じゃ駄目なんだろうか。
そもそもの話、お財布がないので証明も何もないのだけど。
「えぇと…持ってないです」
「ランクが、無い…?」
「ぶははっ、嘘だろっ! このテイマーはランクすらねぇのかよーっ!」
それは、全くの正反対な二人だった。
極めて平静をつとめようとする大剣使いと、それを面白可笑しく吹聴する男。
吹聴男の声を耳にした周囲の人々も、何だ何だと此方を注目している。
「テイマーだろ…?」
「ランクなしだなんて、冒険者ですらないのか?」
「じゃあどうやってテイマーなんてやってるんだ? 強いんだろ?」
口々に聞こえてくるヒソヒソ話。
人から注目されるのは苦手な方だったので、私はとりあえず最初に絡んで来た男の方に、怒りのヘイトを向けたいと思った。
「他にテイムした魔物は?」
「テイム…ってあれか」
昨日は何か変な技を使った覚えがある。
技と言うか『スキル』?
それを使って、私はスライムを仲間にしたんだ。
「この子だけですけど」
「マジか。最弱スライムに無名のテイマーかよっ。弱いモン同士お似合いだなぁっ!」
「おい、言い方に気をつけろ」
「だってよぉ、ウォルター。こいつら…ぷぷっ、笑っちまうよな!」
『ウォルター』と呼ばれたその男は、鋭い眼光でヤジる男を睨みつけた。
笑っていた男は、その一瞬で肩を竦め、身を小さくしている。
先程までの威勢は何処へやらだ。
どうやら大剣使いの男の方が、ちゃんと礼儀を弁えているらしい。
見習ってほしいものであるーーが、そう簡単に人は変われない。
一度悪態を吐いた人間は、ネチネチと同じ事を繰り返して言うだろう。
人の気持ちなど考えず、言葉で人を傷つける。
ただのストレス発散として、刃の様に鋭い言葉を一方的に投げつけられる事だってある。
私も、そうだ。
女だから、色目を使って上司に取り入った。
女だから、ちやほやされる。
女だから、出来ない。
女だから、ただ困ってるだけで、人にやって貰える。
女なのに、どうして出来ないの。
女なのに、そんなに頑張ってどうするの。
いい意味でも、悪い意味でも使われる『女』と言うワード。
もううんざりするほど聞いて来た。
女だから何。
男が偉いって言いたいんですか。
頑張ってもいいじゃない。
男と同じように、生きたっていいじゃないか。
そう言う差別が、私が一番嫌いだ。
そしてそれは、異世界であっても変わり映えしないらしい。
「テイマーだって騒ぐ奴が居るから、どんな奴かと思いきや、新米…いや、冒険者ですらなかったな!」
誰が騒いでいるかなんて、もうどうでもよかった。
「…どっか行ってくれないかなぁ…」
「あ? 何だって?」
こちとら気分よくランチタイムをしていたのに、いきなり絡んで来たこの男の所為で台無しだ。
ただでさえ見知らぬ土地に来て、訳の解らない輩に絡まれて、気分が最悪なんだ。
怒りのボルテージだって、地味にちゃんと上がって行ってる訳で――
――バンッ!!
大きくテーブルを叩いたところで、食器がガチャンと激しく音を立てた。
すぐ傍でスライムが『ぴゃっ!?!?』と驚きにピョンっと飛び上がっている。
「だから。どっか行ってくれません?」
「はぁぁあっ? 誰に向かってモノ言ってんだゴラァッ!」
「知るかボケ」
「このクソ女! 大人しいと思ったら本性見せやがって! これだから女は口が悪いんだ!!」
「女だからって舐めんな? 喧嘩上等だよコノヤロー」
「何だと!!」
ガチャン、バタンと周囲が騒がしくなる。
騒がしくさせているのは自分なんだけど、それをヤジるようにギャラリーも騒いでいて、てんやわんやだ。
騒ぎに騒ぎが重なって大きくなっても、誰一人として止まらない。
そんな冷静さを取り戻せないくらいに、レンは怒っていた。
『ぷーーー!!』
「うわ、何だっ!?」
そんな時。突然スライムのおくちから、大量の水が飛び出した
子供の時に遊んだ、おもちゃの水鉄砲。
子供の内はぴゅーっと飛び出てキャッキャするくらいの楽しい水鉄砲。
それが大人になった途端に、プールなどで本格的な撃ち合いをする『ウォーターサバゲ―』となる。
使用する水鉄砲も進化し、見た目もより近未来的なスタイルとなって、機能も昔に比べて色々なものが搭載されている。
スコープ付き水鉄砲なんて、ヒットマンですかって言いたいぐらいに射的距離も長かった。
今見てるのは、まさにそんな感じ。
『おくちのみずてっぽうー!』
口先を尖らせて水鉄砲みたいに吹き出す様は、『おくちのみずてっぽう』と名付けている。
見たまんまのそのまんまだ。
そして威力は、先程説明した大人の水鉄砲顔負けである。
「いてっ、いててっ、何だこのスライム!」
おくちから噴き出した水鉄砲の水圧が余程痛いのか、ヤジ男は逃げる様にその射程範囲から距離を取る。
顔面がびしょ濡れで、ボタボタと床に垂れていたけれど、別に水も滴るイイ男とは微塵も思ってない。
『レンをいじめるな―!』
「スライム…?」
スライムはぷんぷんと怒っていた。
この子は、私の為に怒っていてくれている。
そう思うと、胸に温かい物を感じた。
寧ろ愉快だ。
いいぞ、もっとやれ。
「あぁ、何言ってんのか解んねぇよっ。ご主人様を護るナイトってかぁ? F級の雑魚モンスターがよぅ!」
『わぁっ』
「いいぞー!」
「スライムなんてやっちまえ!」
周りでは、わーわーと、ギャラリーが囃し立てる。
先程までは遠巻きに見ては、少し迷惑そうに見ていた彼らの顔は楽しそうだ。
中には『どっちが勝つか?』なんて賭け事をし始める人も居れば、我関せずと無視して食事をする人も居た。
こんな騒ぎは彼らにとって日常茶飯事なんだろうが、当事者としては何とかしなければならない。
最初こそ怒っていた自分も、スライムの突然の行動に、次第に冷静さを取り戻していた。
「何処から出したの、水…」
『おくちー! さっきのんでたー!』
あぁ、あれ…えっ、コップ一杯で!?
「…君がやらせてるのか?」
「えっ。いいえっ、いや、えっ、どうなんだろう」
「…あれを止めてくれないか。このままでは店のオーナーが出て来るぞ」
「あぁぁっ。スライム、どうどう!」
大剣使いに言われ、慌ててスライムを抱き締めて回収した時だった。
「その辺にしておけええええ!」
全身に電気が走ったかのように、とてもビリビリした。
その場にいた全員がシン…となり、身を強張らせる。
それはまるで獣の咆哮のような唸り、そして一喝だった。
「何やってんだ馬鹿共! 大人しく飯を食えねぇ奴は、出てってくんな!!」
叫んでいたのは、料理を作ってくれていたお食事処のシェフだった。
それは鬼の形相と言った表現が正しく、酷く怒っている。
「オーナーだ」
「おいおい…」
人々は皆、口々に彼を『オーナー』と呼んでいた。
そして、次第に辺りがざわつき始め、一人、また一人と慌てたように食事を掻き込む姿が多くなっていた。
「は、早く食えっ!」
「あの人を怒らせたら不味いぞ…」
「何が不味いって、物理的に飯が不味くなる…!」
「オーナーの気分次第で、今の飯の味が変わるんだっ」
何、そのランダム要素?
とにかく、美味しい料理を楽しみたかったら、あの人の機嫌を損ねない事が大事らしい。
「ふぐっ!?!?!?」
「こっちで冒険者が倒れたぞー!!!」
…でないと、あの不運な人の様に卒倒してしまうだろう。
早速、不味い料理の犠牲者が出たらしい。
介抱して部屋に運ぶまでが非常に手慣れていて、それがまた恐かった。
「もう出るぞ」
「ま、待てよっ。こんな事されて黙ってーー」
「命令だ」
「…わ、解った。お、俺のランクは『E級』だ。悔しかったらランクを貰ってからメンチ切りやがれっ!」
そんな言葉を言い残して、ヤジ男はその場を後にした。
何あれ、態度悪っ。
つーか謝れ馬鹿!
「うちの者がすまない」
そして去り際に、大剣使いの男が此方を見て、軽く頭を下げてくれた。
うちの者――と言うからには、身内なんだろう。
あんな問題児を世話役なんて大変だな。
あの人はいい人だ、絶対。
「あのっ、大丈夫ですかっ!?」
騒ぎが収集し、ギャラリーが散って行く中で、受付嬢が慌てた様子で駆け寄って来た。
昨日と言い、今日と言い、私は此処に居る間、彼女にずっと何かしら、心配だのご迷惑を掛けている気がする。
「お父さんも早く機嫌直して! どんどんお客様が倒れてるのよっ」
「てやんでぇっ。胃袋の弱ぇ奴らだ!」
「お父さんっ!!」
「お父さん…?」
『父です』と、受付嬢に紹介された。
料理を作るのに忙しいので手は止められないようだが、顔は此方に向けて『おう!』と挨拶をしてくれる。
先程の一喝にはとても驚いたが、今はもうニッと歯を見せて笑っていた。
「街では『スキル』の使用が禁じられているんです。なので、スライムちゃんにもよく言い聞かせて下さいねっ」
「スキル…?」
「直ぐに収まったし、ちょっとした小競り合いみたいだったので、多分感知はされてないと思いますが…」
感知って、誰に。
って言うかスライムのあれって、スキルなの?
スライムに確認しようと視線を送ったが、口元は三日月に笑って『?』を浮かべている。
あ、これは自分も解ってない奴だな…
「『おくちてっぽう』を使ったのが、不味かったんですかね…すみません」
使ったのはスライムだが、こういう時はテイマーの自分にも責任があると思っている。
『知らなかった』と言うのは、知識がないだけで責任逃れにはならない。
「いえっ。それよりも後で『冒険者ギルド』をご案内しますねっ」
『冒険者ギルド』?」
「『冒険者証』が無いとは知らなくて…冒険者ランクも確認せず、テイマーだってはしゃいでしまってすみませんっ」
勢いよく頭を下げる受付嬢。
「私の所為で、他の冒険者の方に『テイマーの噂』が広まってしまったみたいで…」
どうやら『テイマーの噂』とやらは、彼女が発端らしい。
別に彼女だけの所為ではないと思う。
遅かれ早かれ、スライムを連れている自分を見れば、人はそれを『テイマー』と気付くだろうし、時間の問題だ。
人の目があったのはそう言う事か。
私がアメニティ姿でウロウロしていた事で、見られていた訳ではないみたい…多分!
「同じ女として、あんな言い方は許せませんっ」
「は、はぁ…」
「テイマーであれば、『冒険者』として登録するのがよろしいかと思います」
「『冒険者』…ですか?」
「登録すれば『冒険者証』が貰えますし、それがレンさんの身分証明になりますから」
…なるほど。
この世界での私は、所謂『不法入国者』みたいなもので、自分が誰なのかを証明する手段がない。
身分を証明する為には、それがあった方がいいのかも知れない。
「その『冒険者』には、必ずならないといけないの? 旅に出ないといけないとか…」
「いろんな方が居ますね。クエストをこなしたり、ギルドの仕事を手伝ったり、魔物討伐をしたり――旅に出る方も居ますよ」
特に決められた目的がない――と思っていいのだろうか。
彼女の説明だけでは、詳しい事はまだ解らない。
そこは直接『冒険者ギルド』で聞くのがいいだろう。
「ちなみに冒険者でも街で暮らす方も居ますよ。私も冒険者の傍ら、こうして実家の宿屋を手伝ってるんです」
「そうなんですね。凄い」
「ギルドに属していれば、いい事もあるそうですよ。詳しくはお姉ちゃんに聞いて下さいねっ」
…え。お姉ちゃん?
――弱虫で、泣き虫な小さなスライム。
私を護ろうと頑張ってくれた君の姿は。
いつだって忘れた事がないよ。
お読み頂きありがとうございました。