D級テイマー、傭兵になる
レン達はシリウスに導かれて、国王が待つ謁見の間に向かって歩いていた。
その長い廊下は豪華な装飾で彩られ、これまた豪華な肖像画が厳かな雰囲気を醸し出している。
壁には騎士達の盾や剣が整然と並び、歩く度に足音が床に反響した。
「これが王宮の中…」
「す、凄く立派ですね」
レンとディーネが、城内をきょろきょろと見渡している。
見学ツアーでもこの場所は通ったのだが、今日は勝手が違っていた。
二人の顔には緊張の色が現れており、先程から落ち着かない様子を見せている。
何故ならこれから、この国の王と面会をするからだ
ウォルターはその気配に鋭く反応している様子で、ふとした瞬間、周囲を警戒するように目を配っている。
ディーネもいつもより緊張した面持ちで、スライムはレンの肩で小さく震えている。
「緊張するのも無理はない。国王陛下に会うのは並大抵の事ではないからな。しかし恐れる事はないぞ。今の君達はこの国の傭兵なのだから」
「あー…シリウス。それはきっと逆効果だ」
「そうなのか?」
「見ろ」
ウォルターがレン達を見ると、二人の表情はますます強張っていた。
今日は勝手をしないようにとマオの手を握っていたレンは、ますますその力を籠めている。
「レン、痛い」
「あ、あああっ。ごめんねマオちゃんっ!」
「そんなに緊張するな。相手はただの王様だろ?」
「『ただの』だなんてそんな! この国の王様ですよ…?」
「オレだって魔王だぞ?」
「マオちゃんは、まぁ、ね…うん」
マオの言葉にレンは少しだけ安堵しつつも、やはり緊張は拭えない。
謁見の間に入ると、壮麗なシャンデリアが高く掲げられ、壁には豪華なタペストリーが所狭しと掛けられている。
太陽光が差し込む巨大な窓から、カーペットの上に柔らかな光が落ちている。
部屋全体が荘厳な雰囲気に包まれ、その場に居る者たち全員が、この空間の厳粛さを感じ取っていた。
奥には、玉座に深々と座る国王がいる。
彼の風格は圧倒的で、力強い眼差しが静かにレンたちを見据えているた。
その表情は厳格だが、何処か温かさも感じさせるような威厳が漂っている。
昨日とは全く違う雰囲気だと、レンは謁見の間を眺めてそう思っていた。
これが剣の国『ビセクトブルク』を治める王。
近づくほどに緊張してしまうのは、まるで心まで見透かされているような視線を、感じるからだろうか…
そして国王の傍には優しい微笑みを浮かべる太后の姿と、二人の皇子が控えていた。
シリウスが深々と一礼し、レン達もそれに倣う様にお辞儀をする。
「シリウス。其方が昨夜申していた例の傭兵達か?」
「はい陛下。彼らは腕もあり、信頼出来る者達です。継承式が近い中、不測の事態に備えて、彼ら皇子様方のお側に置かせて頂ければと…」
国王はシリウスを信頼する目で見つめながら、レン達に視線を移す。
その瞳には一瞬の冷たさがあるが、すぐに柔らかな笑みが浮かんでいた。
「まあ、心強い事ですわ。皆さん、どうか我が愛しき皇子達を護って下さいませ」
美しく整えられた衣装と穏やかな佇まいが、太后としての威厳を更に引き立てている。
優しげな微笑みを浮かべる彼女だが、その瞳には何処か暗い光が宿っているようにも見える。
彼女が見つめるたび、レンは背筋が少し冷たくなるような感覚を覚えていた
なんだろう、この感じ…
笑顔なのに冷たい視線を感じる。
『レン…っ』
スライムもその雰囲気に敏感に反応し、少し怯えるようにレンの肩で震えているような気がした。
「特にこのウォルターと言う男は、私の同郷の者でありまして。とても剣の腕が立ちます。彼らはこれまで、数々の任務を成し遂げて来ました。その為、その仲間達も信頼に足るとお見受けしております」
そう言うものの、殆どが建前だ。
シリウスはレン達の力量を見た事はないし、任務に関してもその成果を耳にした事は一度としてない。
しかしシリウスは、さもわかり切った様子で堂々と、レン達を紹介していた。
国王を真っ直ぐ見つめ、その姿勢にレンたちは少し心が落ち着く。
だが、それでも国王の視線が自分たちに向けられると、再び緊張が高まるのを感じていた。
「そうか、シリウスがそう言うのであれば、わしも信じてみるとしよう。だが、傭兵と言えどお前達も自覚しておけ。剣の国の一部を護ると言う事は、生半可な覚悟ではないのだ」
国王の厳しい声が響き渡る。
レンはその鋭い眼差しに一瞬息を呑み、力強く頷くしかなかった。
「そなたらには、第一皇子アルデール、そして第二皇子エルヴィンの護衛を命じる。継承式が近づく中、不穏な気配が国内外に漂っていると聞いておる。万が一、皇子達に危険が及ばぬよう、万全を期して貰いたい」
厳粛な国王の言葉に、レン達はしっかりと胸に手を当て、一礼する。
命をかけて守るべき責務が、いよいよ現実味を帯びて圧し掛かって来る。
「…はい、全力を尽くします」
「父上」
その時、アルデールが静かに口を開いた。
「なんだ、アルデール?」
「護衛など必要ありません。俺は一人で十分やれる」
アルデールは険しい表情で答え、傲慢にも聞こえるその声には、明らかに護衛への反感が滲んでいる。
彼はレン達を鋭く見据え、まるで『余計な手出しは無用』とでも言いたげだ。
「兄上、そんなことを言わないで…。彼らがいるのは心強い事じゃないですか」
エルヴィンは少し困ったように、しかし明るい笑みを浮かべながら兄を諭すように話す。
その穏やかな態度とは裏腹に、彼の視線には僅かに不安が浮かんでいた。
「スライムを連れているような女など、信用出来ません」
アルデールの眼が真っ直ぐにレンを、そしてスライムを見据えていた。
まるで射抜くような視線に、スライムは一瞬だが『ぴゃっ!?』と驚きの反応を見せる。
ぷるぷると震える体をそっと撫でると、レンは静かに呼吸を吸い込んだ。
「警戒させて申し訳ありません。この子は私がテイムしたスライムなのです」
「テイム…?」
「殿下。彼女――レン殿は、テイマーだそうです」
「テイマーだと?」
「何、それは真かっ!?」
すると、その話を聞いた国王が身を乗り出さんと声を上げた。
「その昔、我が国にもテイマーと名乗る者が訪れたと言う話を聞く。幼き頃、乳母から伝え聞いた話ではあったが…もしや、そなたの縁の者か?」
「えっ。いえ、違うと思います」
「そうなのか…いやそれでも、再びテイマーがこの地を訪れた事を感謝しよう!」
何だかよく解らないが、テイマーである事が国王には痛く気に入られたらしい。
先程までは警戒心を持った眼で見つめていた表情も、今では朗らかで優しい笑顔が伴っている。
「す、凄い。兄上っ。テイマーだそうですよっ!?」
弟のエルヴィンはもまた、興奮気味にアルデールを見ていた。
「落ち着きなさいエルヴィン。また咳き込んでしまいます」
「は、はいっ。母上。申し訳――けほっ、けほっ」
「ほうら。それ見た事ですか」
「だ、大丈夫です。これくらい…」
エルヴィンはそう言うものの、少し苦しそうに胸元を抑えている。
彼は、大丈夫なのだろうか…と、レンは少し心配そうにその様子を見守った。
「…テイマーだか何だか知らないが、その者からは妙な気配が感じるのです」
アルデールはレンに視線を向け、険しい表情で一歩前に踏み出す。
その眼光は鋭く、まるでレンの何かを見透かそうとしているかのようだ。
「気配…?」
驚いたレンが言葉を返す間もなく、アルデールの手が剣の柄にかかる。
「貴様、魔物の仲間ではないだろうな。」
その言葉と同時に剣が抜かれ、レンに向かって向けられる。
場の空気が一気に張り詰め、スライムが驚きに震えた。
『わぁっ!?』
「あ、兄上、落ち着いて下さい…!」」
エルヴィンが慌てて間に入り、レンに向けられた剣を止めようとする。
その表情には必死さが浮かんでいた。
「この者からの妙な気配は、僕も感じ取ってはいます…が、きっとこのスライムから、そのような気配を感じているのではないでしょうかっ」
「…スライム…そう、か…」
アルデールは剣先をスライムに向け、少しばかり拍子抜けした表情を浮かべる。
『ボ、ボク…悪いスライムじゃないよぅ…!』
怯えたスライムが小さく震える様子を見て、彼は静かに剣を納めた。
「…すまなかった。しかしやはり護衛など不要だ。護るのなら、其処のひ弱なエルヴィンだけでいいだろう」
「兄上…ぼ、僕はそれほどひ弱では――けほっ…」
言いながらも、その口からはヒューヒューと細々とした呼吸音が聞こえて来る。
もしかしたら、気管支系に影響が出ているのだろうか?
一呼吸するのにも本当に苦しそうな表情だ。
「エルヴィン!」
そんな皇子に、慌てた様子で太后が駆け寄ると、優しくその身体を抱き締めた。
「あぁ、可哀想なエルヴィン…アルデール王子の所為で、また今日も余計な心労が祟ったのですね」
「…っ」
「違います、母上…そう言うんじゃ、ない…」
太后の腕から離れ、エルヴィンはふらふらとした足取りでレン達の方へ振り向く。
「すみません、兄上はああ見えても、本当に優しい人なんです…。いつもは一人で居る事が多いので、護衛の方がいると緊張してしまうのかも知れませんえ。ですが、お話すれば解って貰えると思います。ですから、気にせずお力添えください」
「は、はい…」
その表情からは苦しさの他にも辛さが窺え、彼が無理をしているのだと言う事が窺えた。
兄の冷たい態度に慣れているのか、エルヴィンは申し訳なさそうにレン達に頭を下げた。
一国の皇子様にそんな事をされては、此方も恐縮する他ない。
エルヴィン皇子のその表情には、心の底から兄を心配する気持ちが浮かんでいるようだった。
「解りました、エルヴィン皇子。精一杯お守りします」
返答するレンの言葉に、エルヴィンは安心したように微笑む。
彼の笑顔は純粋で、レンの心に何か温かいものが宿るのを感じさせた。
「ふむ。ウォルター殿、レン殿、ディーネ殿、それにマオ殿にスライムじゃな。覚えておこう」
それぞれが自己紹介を終え、場の空気が少しだけ緩むが、レンは緊張が一向に収まらない。
王と太后の前で護衛としての誓いを立てる事で、彼女は自分達が王国の重要な一員となった事を改めて感じていた。
王との謁見が終わった後、レン達は暫くの間城の中で過ごす事を許された。
「私達に本当に務まるのかな?」
「でも、ここまで来たからには全力でやるしかない…ですよね」
「うん…でも、護るべき相手が皇子だなんて…あの時は勢いで乗っちゃったけど、よく考えたらとんでもない事をしてるんだよね、私達」
その時、シリウスが二人に励ますように言葉をかける。
「大丈夫だ。君達ならやり遂げられる。信じているよ」
その言葉に、レンの中で覚悟が一層固まっていくのを感じた。
通常なら傭兵の寝泊りは騎士団員達の詰め所。
しかしレンやディーネが女性と言う配慮から、二人だけは城の中の客室を一部屋使用させて貰う事になった。
ウォルターには悪いと思ったが、彼はむしろ詰所の様な場所の方が有り難いらしい。
「凄いお部屋ですね。流石お城です…こんな所で寝泊まりさせて頂いて、いいんでしょうか」
ディーネは豪華な部屋の内装に驚き、何だか落ち着かないと零した。
レンもまた頷き、そわそわとした様子で辺りを見渡している。
しかしマオやスライムは、既にふかふかのソファの上で飛び跳ねたりと、緊張感は更々ない様子だった。
いくらロイヤル・ハウスに住んでいたとしても、自分の家とは勝手が違う。
やはり高級感満載な城の内装には、何度見ても目がちかちかするし、落ち着く事がない。
唯一の救いは、ベッドがふかふかで寝心地がいい事くらいだろうか。
しかしこの広さでは、確実にマオが転落するだろう。
「ベッドも二つしかないから、いつも通り一緒に寝ようね」
「あ、いつもそんな感じなんですね、レンさん達…」
余りにも普通にベッドに横になる姿に、ディーネは驚きつつも何だか微笑ましいと思った。
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