D級テイマー、国の内情を知る
「それで、そのシリウスって人に会うんだね」
「あぁ、そうだ」
その夜、レン達は剣の王国の英雄と呼ばれるシリウスと共に、賑やかな夕食を囲む事になった。
何がどうしてそうなったのかは、大凡の事は先に聞いていたので、レンは納得した様子で頷いている。
「私が寝ている間にそんな事が…」
「と言うか、お前は寝すぎだ」
「あはは。どうにも時間に追われない生活に慣れたら、こうなってしまって…マオちゃんを見ていてくれてありがとう」
苦笑いを浮かべつつ、レンはウォルターに頭を下げた。
「でも、この国の英雄様とお会いするなんて、何だか緊張しますね…っ」
「そんなに硬くならなくてもいいさ。あいつはただの酒飲みだ」
「酒飲み…?」
そんな話をしながら目的の店に到着する。
レン達が訪れた居酒屋は、剣の王国の名物が楽しめる場所で、入り口からは既に活気が溢れていた。
広いフロアにはざわめきが響き渡り、大衆的なテーブル席では杯を交わす声や、料理を運ぶ店員の足音が絶えない。
中は個室、または半個室も備わっており、少し落ち着いて話したい客の為に用意されていました。
「ウォルター、こっちだ!」
シリウスは前もって個室を手配してくれていた様で、レン達は初めて対面する彼を前に、何処か緊張した面持ちで頭を下げた。
「初めまして、レンです!」
「は、初めましてっ。ディーネと申しますっ!!」
二人が揃って挨拶をすると、シリウスは少しだけ驚いた顔をしてウォルターを見た。
「おいおい。まさかお前が女性連れとはな…?」
「別に、そう言うんじゃない。これもフィオナの命令なんだ」
「またあいつは…いつまでもお前に頼りっきりだな」
そう言いながら笑うシリウス。
その姿は、模擬試合で見せた雰囲気とは、また違った印象だった。
「俺はシリウス。このビセクトブルク王国の騎士団長をしている」
「先日の模擬試合見ました! 凄い剣捌きで圧倒されて…」
「わ、わたしもっ。格好良かったです!」
「それはありがとう。さあ、遠慮なく座ってくれ」
レンは何処か安堵したようにほっと息を吐いた。
ウォルターも、いつもより少しリラックスした表情を見せている。
するとシリウスは、レンの腕の中にちょこんと納まるスライムを見つけた。
「ん? そこに居るのはスライムか?」
『こんにちはー!』
「おお、元気がいいな! しかし、偶然街に入り込んでしまったようではなさそうだが?」
「シリウス、レンはテイマーなんだ」
「テイマーだって? なんと、そうなのか!」
驚いた様に声を上げるシリウス。
レンもまたその声に驚いた表情を見せていた。
「いや、急に声を上げてすまない。テイマーを見るのは初めてだったから、ついな…」
「いえ」
やはり此処でも、テイマーと言う職業は珍しかった。
料理が運ばれてくると、香ばしい匂いが個室に漂い、レン達は自然と笑顔になる。
「さあ、今日は遠慮なく楽しむといい」
シリウスが言うと、マオが早速料理に手を伸ばし、スライムも少し興奮して小さく跳ねた。
「まさかお前が此処で会うとはな、ウォルター」
シリウスとウォルターがどんな関係なのか、レン達は興味津々だった。
ただの英雄ではない親しげな雰囲気に驚きつつも、その温かい友情の絆に自然と此方も笑顔になる。
再会を祝う乾杯が終わり、暫く和やかな雰囲気の中、シリウスが口を開きました。
「お前が剣の王国を去った時には、もう二度と会えないのかと心配してたが…それでも、今も剣を手にしている姿を見ると、やっぱりお前らしい」
と、シリウスはグラスを傾けながら微笑む。
ウォルターも懐かしそうに笑いながら答えた。
「ああ…俺もだ。こうしてまた此処で会えるなんて思わなかった。シリウス、こんな立派になったお前を見ていると、自分がどれだけ未熟か痛感するよ」
「俺もお前には感謝してるよ、ウォルター。お前との日々があったからこそ、俺はここまでやってこれたんだ。英雄だなんて言われるのも、正直しっくりこないんだけどな」
シリウスは少し照れくさそうに笑い、肩を竦める。
「お二人は、昔からのお知合いなんですか?」
「シリウスは俺と同郷なんだ。そしてフィオナもな」
「君達もフィオナの世話になっているのか。あいつの相手は大変だろう?」
「ど、どうでしょうかね。レンさん?」
「えっ。私に振るの?」
この中でフィオナの『被害』に遭って言うのは、言わずもがなウォルターの方だと思う。
そんな彼を見つめていると、ウォルターは苦笑した。
「あいつも相変わらずさ。お前の方はどうだ?」
「此方も多忙な日々を過ごしているよ。俺が団長になったのもここ最近でな。前任は事情があり、突然辞めてしまったんだ」
「そうなのか。それは大変だったな」
「あぁ…俺も探しているんだが、あの人が何処に居るのかすらも解らない」
「ん? 自分の意志で辞めたんだろう?」
「そうだったらいいんだけどな。どうもそれが違うらしい」
聞けば、前任の騎士団長だった男は、ある日突然その座を降り、この国から姿を消したと言う。
当時のシリウスは副団長の座にあり、彼が居なくなった経緯や理由などを、全く知らされなかったそうだ。
勿論、騎士団長の解任はそう簡単に行われる訳がなく、その事情を国王が知らない筈がないと、シリウスは尋ねた。
「国王にお尋ねしても『急に辞めた』とだけしか言わなかったんだ」
「それは…おかしな話だな? 辞めるまでに何か前兆はなかったのか?」
「あるにはある…が、俺には到底信じられない出来事だったよ」
其処で言葉を切るシリウス。
彼は苦悶の表情で、酒の注がれたグラスを見つめていた。
「あの人が騎士団を去る前日。俺に言ったんだよ。『この国が俺を裏切ったんだ』ってな」
「一体、何が遭ったのでしょうか…」
「団長とはそれきり会う機会もなく、連絡すら取れなくなった。今どうしているのかも解らないのが現状さ」
シリウスは、そう言ってグラスを煽る。
消えた元騎士団長の話も気になるが、何よりも彼が消える前に言った言葉が、どうしてもレンは気になっていた。
「この国がってどういう事なのかな…」
「そういやウォルター。何か相談があるとか言ってなかったか?」
「あぁ」
再会を喜び、暫し昔話に花が咲きますが、やがてウォルターは今回の重要な話へと話題を移す。
ウォルターが一息吐くと、途端に真剣な表情に変わった。
「実はなシリウス、俺達はただ観光でこの国に来た訳じゃないんだ」
「そうだろうな、フィオナが絡んでいるんだ」
「…元々。俺達は魔法王国へ向かう途中だったんだが、この国のゴタゴタで先へ進めなくてな。そんな中、王位継承の件で不穏な動きがあるっていう噂を耳にしたんだ。一か月以内――継承式までの間に、何か起きるかもしれないって話だ」
「何だって…?」
「信じ難い情報だけど、どうしても無視出来なくてな」
その言葉を聞いたシリウスの表情も固くなった。
「そうか…やはり、お前たちも気づいていたんだな」
彼は低く静かな声で続けました。
「城の中でも、どうも最近は雰囲気が変わってきているんだ。貴族や騎士の間にさえ、誰が味方で誰が敵か、簡単に見極められない状況になってる」
「でも王位継承問題とか、継承式だとか、そんな重要な時期なのにどうしてそんな事に?」
レンはその言葉に驚いて、思わずと尋ねます。
シリウスは少し考え込み、言葉を選ぶようにして答えました。
「寧ろこの時期だからだろう。王位継承はこの国にとって非常に重要な問題だ。兄のアルデール皇子と弟のエルヴィン皇子。どちらが王になるかによって、王国の方向性が変わる可能性がある。これだけ多くの人々が注目している中で、周囲の動向が複雑になるのも無理はない」
ウォルターが耳にした『不穏な動き』に、シリウスは真剣な顔を浮かべる。
表面上は平和が保たれているものの、内部では何が起こっても不思議ではない状況だった。
彼もまた、継承式に備えた準備が念入りに行われている一方で、その裏で蠢く不穏な動きを無視出来ないと感じていた。
「王国は今、非常に不安定だ。継承式は国の行方を左右する重要な儀式。だけど、最近の城内では味方が誰なのかすら見極めにくい。おまけに第二皇子の裏では、太后様が糸を引いてるんじゃないかって言う噂もあるくらいだ」
「太后と言うと、第二皇子の母君か?」
「あぁ。エルディン様にとっては実母だが、アルデール様とっては継母。あの方は、アルデール様の亡くなられた母君の妹だ」
「じゃあ、叔母さんって事になるのね」
しかし、第二皇子の裏で糸を引いていると言うのがよく解らない。
その太后とやらが、王位継承問題に何か関わっているのだろうか。
「太后様はエルヴィン様を大層可愛がられておられる。そんな皇子を、次期国王の座に就かせたくなるのは道理だろう?」
「しかし、上には第一皇子がいる。順当に行くのならば継承権は第一皇子にあるのでは?」
「其処なんだ、ウォルター」
「正直に言えば、どう動いていいか考えていたところだったんだ」
「と言うと?」
「王位継承問題は根強い。第二皇子は17歳とまだ年若く、通例であれば、20歳の第一皇子に王位継承権があるのだが…最近は皇子の周りで、不穏な空気が流れ始めていてな。この前は剣の訓練中、斬り殺される寸前だった」
「何っ…!?」
「それを犯したのが団長なんだ。幸い皇子に怪我はなかったのだが、そんな大ごとを仕出かしたのなら即刻処刑もの。しかし皇子の温情によりそれは免れたが、結局のところ騎士団長は剥奪だ。『あの人がそんな事をする筈がない』と俺が進言しても、皇后は聞く耳を持たなかった」
「国王には?」
「言ったさ。しかし、結局はあの方も皇后様の言いなりに過ぎん」
シリウスが語る言葉は、この国の内情に深く突き刺さる内容だった。
食事をしていた手もいつしか止まり、レン達は彼の話に真剣に耳を傾けている。
「しかし、アルデール様が命を狙われていると言うのは、間違いないのだろう。その怪しげな二人組が話していた内容も考慮すれば、継承式までの間に何かが起こる事は明白だ」
「俺の話を信じてくれるのか?」
「お前の話だからこそ、俺は信じるんだぞ、ウォルター?」
「そうか…ありがとう」
ウォルターは驚きに目を見開いたものの、シリウスの言葉に何処か安堵した表情を浮かべていた。
「しかし、俺一人では難しいだろうな」
「騎士達が護衛につくのはどうなんだ?」
「うむ。こう言っては何だが、アルデール様はとても素晴らしい剣の使い手なのだ。自分の身は自分で護れると仰るくらいにな…だから、力量不足の騎士達をを場に置いておく事はしないんだよ」
街の広場で見た模擬試合。
其処で戦っていた騎士達の剣捌きは、シリウス程ではないが確かに光る物があった。
そして、この国で騎士と名乗る空には、それ相応の実力を伴っている。
しかし、第一皇子のアルデールは、そんな騎士達の上を行く実力の持ち主だった。
「さっきも言った通り、俺だけでは皇子をお守りする事は難しい。其処で俺からもお前達に頼みがある」
「頼み?」
「何でしょう?」
「お前達は、騎士団が雇った傭兵と言う形で城に潜り込んで欲しい。要は皇子の護衛役をして貰いたいんだ」
「えっ!?」
レンとディーネは驚いた。
まさかそんな提案をされるとは思ってもみなかった。
話を聞いたウォルターもまた、顔を顰めている。
「シリウス、本気で言っているのか?」
「勿論だ」
シリウスの表情は真剣で、決して冗談を言っているようには見えない。
「俺はこの国の行く末を案じている。皇子達の仲もだが、このままでは国は荒れるだろう。…こんな事、お前くらいにしか話せない」
「シリウス…」
ウォルターは少し戸惑った顔で、レンとディーネを見た。
「レン、ディーネ。俺はシリウスの話に乗ろうと思うんだが、いいだろうか?」
レンは少し戸惑いながらもウォルターに視線を送る。
「私達でも出来る事があるのかな…?」
「勿論だレン。シリウスが信じて頼んでくれてるんだ、俺達に出来る事を全力でやろう」
「そ、そうですね。レンさん、頑張りましょうっ」
「解った。では、その話を引き受けよう」
「ありがとう。お前達が此処に居てくれる事は心強い。継承式までの間、俺もお前達と協力して、この国を守りたい。もしも何か異変が起きた時には、すぐに知らせてくれ」
ウォルターはシリウスと強く握手を交わした。
「本当に感謝する.…では明日。冒険者ギルドには俺の方から依頼を出しておこう」
シリウスの申し出を受け入れ、レン達はは継承式までの間、ビセクトブルクの城に入り込む事になった。
かつて騎士を目指したウォルターと、そしてその友人であるシリウス。
二人が再び手を取り合い、国家の未来を守るべく動き出す瞬間だった。
お読み頂きありがとうございました。
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