D級テイマー、見学ツアーへ行く
その日。
レン、スライム、マオ、ディーネ、ウォルターの五人は、剣の王国の城に向かい、壮麗な石造りの外観に見入っていた。
城の見学ツアーに参加する為、その手には整理券を握り締められている。
城への入場が厳しく制限される中、幸運にもこの日が見学の機会となったのだ。
「フウマも一緒だったら良かったのにね」
「整理券がないんだ。それにあいつは嫌と言うほど、見学をしたそうだからな」
フウマは孤児院の小さな子ども達の為、度々城の見学ツアーに足を運んでいる。
今更城を見ても感慨深いとも何とも思わないと、彼はレン達の誘いを断っていた。
そもそも整理券がない時点で、ツアーには参加出来ないのだが。
『まだ入れないのー?』
「うん。もうちょっと並ぶみたいだね」
ツアーの参加者はレン達以外にも沢山居て、複数の団体客に分かれている。
冒険者な風貌の男女数人が親しげに話している所を見ると、彼らもまた一つのパーティの様だ。
戦士や魔法使いと言った姿が特徴的だった。
「本日、皆様のツアーガイドを務めさせて頂きます。どうぞ宜しくお願い致します」
そんな中、手に旗を持った男性が深々と頭を下げた。
彼はこのツアーのガイド役を担う人で、今回レン達を案内してくれる。
「ツアーは30分を目安にしております。是非ともこの国が誇るお城を体感して下さいませ」
レン達に着いた男性のガイドも、爽やかな笑顔を見せていた。
また、一日に何度もツアーを行うベテランのガイドさんで、初めの城の外観の説明をそらで言えるほど、ツアー客のちょっとした説明にも丁寧に対応をしていた。
城に足を踏み入れた瞬間、厳かな雰囲気に包まれた。
エントランスホールは広大で、厚い石壁と豪華な絵画が並び、巨大なシャンデリアが天井から吊るされている。
見学者達の小さな声が響く中、レン達はその壮麗さに圧倒されていた。
「凄い…! 本当に綺麗な場所ですね…!」
ディーネは目を丸くしながら、早くも感動に打ち震える。
スライムもぷるぷると興奮気味に跳ねていたが、他のツアー客が驚いてしまうので、早々にレンの方に避難させた。
「やはり、一国の城は風格があるな」
ウォルターは一歩前に出て、城の構造や防御に関しても興味を抱きながら、微かに感心の表情を浮かべていた。
その傍でマオは、あっちを見たりこっちを見たりと、好奇心いっぱいの様子でエントランスをキョロキョロと見渡している。
ツアーガイドは深みのある声で、まず壮麗なエントランスホールに集まった見学者達に向けて口を開いた。
「皆様、ようこそ剣の王国『ビセクトブルク』の城へ。ビセクトブルクの歴史はおよそ五百年にも及び、この城はその歴史を見守り続けてきた象徴でもあります」
彼は一礼し、エントランスホールに並ぶ荘厳な絵画を指さして続けた。
「此方に描かれているのは当代の王の肖像画です。王国の歴史を刻み、民を守り続けてきた証と言えるでしょう」
レンたちは、ガイドが指し示した絵画の一つ一つに見入る。
厳しい印象の顔立ちだが、その瞳には何処か民を思う優しさが感じ出ているようにも思える。
ガイドは笑顔で話を続けた。
「次にご覧頂くのは王家のダイニングルームです。ここでは毎夜、王族が食卓を囲み、国家の大事な議題を話し合う事もあります。この場所には、剣の王国の王族たちが育んできた絆が息づいているのです」
「ひ、広い…」
「凄いですね。こんな所でお食事だなんて、緊張してしまいそうです」
レンとディーネは美しく装飾されたダイニングルームに見惚れた。
興味津々でガイドの話を聞いていると、ふと壁に飾られた肖像画に視線を移した。
「これが…王様と王族の方々…」
此処では王様の他に、その家族と思しき王族の肖像画が飾られている。
威厳たっぷりの王様と、優しく微笑む女性。そして第一皇子のアルデールと第二皇子にエルヴィン。
肖像画の王族達は、皆が皆、とても優しい笑顔で描かれている。
模擬試合での光景を知っている事を考えると、この肖像画にはとても驚かされた。
どの顔にも力強さ、そして気高さがあり、王族としてでもあり優しい一つの家族である事が窺える。
ガイドは興味津々のレン達に微笑みかけ、さらに詳しい説明を加えた。
「このテーブルの上に並ぶ銀製の食器は全て王家の紋章が刻まれており、特別に作られたものです。この食器を手掛けたのは、王国内でも名高い工芸職人であり、一つ一つが精緻に作られています。王族はこの食器を大切にしており、家族の絆や伝統を重んじる気持ちを象徴しているのです」
「こんなお高そうな食器を並べてていいの? 割ったりしたら…どれだけかかるんだろう」
「ハンバーグ! オレはハンバーグが食べたいぞっ!」
気が付くと、マオが食卓椅子によじ登り、ハンバーグだ何だと騒いでいる。
バンバンとテーブルを叩き、その度に食器やカトラリーがガチャガチャと音を立てて揺れ動く。
「マ、マオちゃんっ!? ここは王族のダイニングなんだから!」
「オレだって魔王…もがっ!」
「ごめんなさい、すみません!」
レンは赤くなりながら、慌てたようにその場から引き剥がす。
彼の思いがけない一言に、周囲の見学者達からはくすくすと笑いが漏れた。
「ええと…お食事は、このツアーが終わってからという事で」
ガイドも苦笑いを浮かべながらそんな事を言う。
スライムもぷるぷると揺れて、まるで見物を楽しんでいるかのようだ。
『いいなー。まおー様。ボクも座りたーい!』
「あああっ。『言語共有』オフ! オフ!」
【■スライムの『言語共有』を『パーティのみ』に変更します。▼】
此処で『言語共有』を他者に遮断出来るようになるとは、レンも思いもしなかった。
やれば出来るもんだ。
ガイドは吃驚していたようだが『子どもがたまにそうします』と、寛容な対応だった。
けど、その場にいた侍女たちの表情から、この国の子どもは絶対にしないんだな、と言う圧力を感じた。
「城だとすぐにマモンが出してくれるんだけどな?」
「だって此処は他所のお城だからねっ!」
次に訪れた訓練場で、ガイドが見学者達に笑顔を向けた。
「此方は騎士団が日々鍛錬を積んでいる訓練場です。剣の王国の騎士達はこの場所で、国を守る為の技術を磨き、体力を鍛え上げています。剣術や武器の使い方に精通した騎士達は、王国の民にとっても誇りなのです」
レン達は、この訓練場で剣の王国の騎士たちがどれほどの鍛錬を積んでいるかを肌で感じる事が出来た。
訓練場の広さに加え、壁には様々な武器が整然と並べられており、厳格な騎士たちの姿勢が垣間見える。
ガイドは壁にかけられた武器を指さして続けた。
「この武器は実際に騎士達が使用するものですが、見学者の皆様は触れないようにご注意下さい。重さや材質などが異なり、用途に合わせて選ばれているのです。こうした工夫によって、剣の王国の騎士団は他国に負けない強さを誇っているのですよ」
ウォルターが感心した様子で頷いた。
「なるほど、細かなところまで計算されているんだな。この剣…相当の腕力がないと扱えないぞ」
彼は剣の重量を測るようにじっと見つめ、訓練の厳しさを感じ取っていた。
「この訓練場では、時折第一皇子アルデール様も訪れては剣の腕を磨かれます。彼は王族きっての剣の使い手で、その強さは歴代の王族を上回るのだとか! かつて王族の中には『剣聖』と呼ばれた王が統治していた時代もあり、アルデール様はその『剣聖』の再来とまで謳われているほどです。何せ戦場では負け知らずですから!」
「騎士もだけど、この国の皇子様も凄いんだね…マオちゃん、触っちゃ駄目だよ?」
「う…」
マオはその剣に興味を示し、少し手を伸ばそうとしたが、レンに止められて渋々手を引っ込めた。
最後に向かったのは、王族の暮らす城内で最も重要とされる謁見の間。
ガイドは重厚な扉を前に立ち止まり、少し声を低くして説明を続けた。
「此方が謁見の間です。ここは国家の決定や式典が行われる、非常に神聖な場です。この王座に座れるのは王族の中でも国を代表する者だけ。ここで王は、多くの重要な決断を下してきたのです。皆様もぜひ、剣の王国の中心であるこの空間を感じて頂ければと思います」
扉が開かれると、荘厳な謁見の間が姿を現し、レン達は思わず息を呑んだ。
高くそびえる天井の中央には金色の装飾が施され、その下に置かれた王座は圧倒的な存在感を放っていた。
王族たちが重要な儀式や国家の決定を行う場であるこの部屋は、厳かな空気に満ちていた。
ディーネは静かに手を組み、祈りを捧げるような仕草を見せ、ウォルターはやや硬い表情で辺りを見渡す。
此処は見学者たちが特に興味を抱いている場所の一つで、ガイドの説明が始まると、参加者たちは皆静かに耳を傾けている。
そしてガイドは、謁見の間の歴史を語った。
「此処で決まった事が、剣の王国全土に影響を及ぼします。王は此処で人々の声に耳を傾け、国の行く末を決めてきました。皆様もその重みを感じますでしょうか」
レンもその荘厳さに圧倒され、黙って王座を見つめた。
王座に込められた歴史と重みが感じられ、自然と気が引き締まるような感覚に包まれている。
「はー。凄いねマオちゃ…あれ、何処に行ったの?」
「…レン、あれは止めるべきだ」
「え?」
ウォルターが指を指す方へ視線を向けると、マオが今まさにタタタ…と王座へと駆け出して行く瞬間だった。
そして堂々とその椅子に座り込み、得意げに胸を張っている。
「見ろレン! オレ、王様っぽいだろ?」
いやいや、流石にそれはまずんじゃないか――!?
その瞬間、レンは冷や汗をかきながら、すぐさま魔王を抱き上げた。
「マオちゃん、それは本物の王様の椅子だから…座っちゃ駄目!」
小声で説得するも、マオは満足げな顔を浮かべたまま椅子にしがみ付いている。
「でもオレ、立派な王様の座り方をしてるだろ?」
「え、えぇ。立派なお姿ですよ。でも、此方の王座は特別な時にだけ座るものなんです」
ガイドは困惑の色を隠せない様子だが、何とか場を和ませようと微笑み、やんわり諭した。
「ごめんなさい。直ぐに…!」
レンは謝りつつ、マオを抱き抱えて謁見の間から少し離れた場所に連れ戻した。
一度ならず二度までも、王族に対して無礼過ぎる姿を見せつけてしまった。
同じツアーの冒険者パーティも『何だあれは…』と、顔を引きつらせている。
多分、何処を探してもこんなに堂々と混乱させる客は、レン達くらいなものだろう。
「全く、目を離すと大変だな…」
「本当に自由ですよね。でも其処がマオさんらしいと言いますか…」
ウォルターは苦笑し、ディーネも小さく笑いながら微笑んだ。
「皆、ごめんね…」
レンはますます顔を赤くしながら小さく呟いた。
◇◆◇
レン達が謁見の間を後にし、ツアーも終盤に差し掛かってきた頃。
ガイドは最後に城の中庭へと足を踏み入れた。
其処は広々とした庭園が広がり、手入れの行き届いた花々や噴水が美しく配置されていた。
「皆さん、此方が剣の王国の誇る王家の庭園でございます。この庭園は、王族が日々の忙しさから離れ、心を休める場所として大切に管理されています。何世代にも渡って王族や庭師たちによって美しい姿を保ってきました」
庭園に一歩足を踏み入れると、周囲には四季折々の花が咲き誇り、風に乗って甘い香りが漂って行く。
色とりどりの花々が石畳の小道に沿って整然と並び、まるで訪れる者を歓迎しているかのようだ。
レンはその美しさに思わず息を呑んだ。
自分のロイヤル・ハウスの庭園とはまた違う、厳かな雰囲気と美しい景色が其処には広がっている。
そんな姿を見て、ガイドも嬉しそうに微笑んでいた。
「此方のバラのアーチは、第二皇子のエルヴィン様が特にお気に入りの場所です。エルヴィン様はお花をとても愛されていて、よく此処でお一人で過ごされる事があるとか」
レンはその話を聞きながら、ふとこの場所が王族にとってどんな存在なのかを想像した。
其処へマオが、アーチの近くに咲く『青い薔薇』をじっと見つめていた。
「これ、凄い綺麗だな…」
「マオちゃんも気に入った? 確かに、こんなに濃い青色の薔薇って珍しいね」
マオがぽつりと呟くと、レンも隣で微笑んだ。
「そうなんですよ。この青い薔薇は、特別な育て方で此処だけに咲く種類なんです。剣の王国の『奇跡』と呼ばれていて、王族の方が最も大切にされているそうです」
「へぇ…奇跡だなんて凄いね」
「何でもその昔、とある冒険者がその特別な薔薇を植えたのが始まりだとか。何処の誰かも伝えられていないのが残念ですが、王族だけはそれを知っているのでしょう。何世代にも渡り、こうして今も大切に育てられているのですから」
ガイドはそのやり取りを聞き、丁寧に説明を加える。
そして庭園の奥に進んでいくと、今度は緑豊かな池が見えてきた。
「皆様、この池は『月光の池』と呼ばれています。夜になると、月の光が水面に反射してとても幻想的な光景が広がるんです。昼間は静かに澄んでいますが、夜になると別世界のようですよ」
「わぁ、それは夜も見てみたいです…」
『うんー!』
「確かに、月光の池か…聞くだけで神秘的だな」
ディーネが呟くと、スライム賛同するように頷いた。
ウォルターも感心した様子だった。
「また、こちらの庭園には、訓練や戦いに疲れた騎士達が心を癒すための散策コースも設けられています。騎士達は厳しい訓練を積むだけでなく、心を平穏に保つことも重要なのです」
「騎士って戦うばかりじゃないんですね」
「そうですね。騎士達は、心の鍛錬も大切にしているんです。例えば、ここでは剣を置いてただ自然の美しさを感じる事が出来るんです」
ガイドの穏やかな声に耳を傾けながら、庭園の見学が進んでいく。
草花や小鳥のさえずりに囲まれたこの場所は、王族や騎士達にとっても特別な休息の場であり、レンたちもまた、その美しさと平和な空気を楽しみながら、心に深い印象を残していた。
しかし――
「…兄上がもっと民の声に耳を傾けてくれれば!」
その静かな空間の中で、レンの耳には不意に、激しい言い争いの声が聞こえてきた。
「お前こそ。国の重みというものを、何も解っていないくせに」
少し高い声に、冷たい声が返答する。
レンはその声の方向を見つめた。
第一皇子アルデールと第二皇子エルヴィンが、緊張感漂う中で対峙しているのを目にした。
二人は互いに睨み合い、明らかに険悪な雰囲気が漂っている。
彼らは公の場でありながら、何処か不穏な様子を隠しきれていない様だ。
「甘い。お前のやり方じゃこの国は守れない。民の為だと言うなら、まずは力で秩序を築くべきだ。優しさだけで民を導けるほど、世の中は甘くない」
アルデールは威圧的な口調で、弟のエルヴィンに向かって言い放つ。
彼の声には、強い使命感と揺るがぬ信念が込められており、エルヴィンの柔和な考え方を真っ向から否定しているのが解った。
その中には、戦場で幾度も剣を振るってきた剣士としての経験が滲んでおり、レン達はアルデールが持つ力強さと覚悟に圧倒される。
しかし、エルヴィンは少しも怯まず、冷静な声で兄に応じた。
「それは違います兄上。民の幸せを犠牲にして秩序を築いても、それは偽りの平和に過ぎない。真の安定は、民が心から信頼できる支えを築く事でしか得られないと、僕は思うんです」
エルヴィンの穏やかな声には、知識と理性に基づく深い信念が感じられた。
彼は決して兄のように荒々しい方法を取ろうとはせず、慎重で平和的な道を模索しているようだ。
エルヴィンの言葉には、アルデールに対する対抗心と同時に、愛する国と民を本気で考える優しさが込められていた。
「理想論を語る偽善は結構だが、それで民を守れるのか? 国が危機に陥れば、民は強い指導者を求めるものだ。…身体が弱く、戦場で立ち向かえない者が、王になど相応しくない」
アルデールの冷ややかな声には、エルヴィンの考えを愚かだと決めつけるような鋭さがあり、彼は自分こそが王に相応しくないと強く主張する。
だが、エルヴィンも負けじと食い下がり、再び言い返した。
「民が求めるのは、必ずしも力で支配する王ではありません。彼らは平穏な日常と安心出来る未来を望んでいる筈だ。それを築くのが、真の王の役目だと思わないのでしょうか?」
二人の皇子の間に流れる緊張が、庭園の片隅にぴんと張り詰めた空気を生み出していた。
レン達は、互いに譲らない二人の言い争いから、二人の価値観の違いが国の未来にどれだけ影響を与えるかを感じ取っていた。
「例の二人だな」
「王位継承問題かしら…」
「あの二人、あまり仲が良くないみたいだね」
その光景を目の当たりにしていたのは、他の冒険者達も同じだった。
彼らはこの国の人間ではないものの、その穏やかではない様子に小声で話し始める。
レンは王族の兄弟の間にある見えない緊張感に違和感を覚え、その場の空気を静かに感じ取っていた。
その中でふと、レンはアルデールの周りに、ぼんやりとしたモヤのようなものが揺らいでいるのに気付く。
ーー何、あれ…?
「お、皇子様方…揉め事、でしょうか?」
ガイドの声に、二人の皇子ははっとした様子で此方を振り返った。
まさか聞かれているとは思わなかったのか。
それとも、周りの眼や人の気配すら感じないくらいに言い争っていたのか。
どちらにしても、彼らの表情はバツが悪そうだ。
「あ、いいえ…お騒がせしました。どうぞ続けて下さい」
第二王子のエルヴィンが薄く微笑む傍らで、第一王子のアルデールはふいっと視線を逸らし、その場から早々に立ち去った。
追いかける様にして、エルヴィンも城内に戻って行く。
王位継承問題。
それがただの争いではなく、王国の未来を左右する重大な決断である事に気づき、レン達は心の中で複雑な感情が渦巻いていた。
特に王族間での揉め事は根強いのだと、レンは不安そうな顔をする。
その場に残された余韻と共に、レン達は心に複雑な思いを抱えたまま、ツアーを終える事となった。
お読み頂きありがとうございました。
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