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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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D級テイマー、盗賊の優しさを知る



降っていた雨は上がり、午後の日差しが穏やかに辺りを照らしている。




「これから大変だろうが、頑張れよ」

「あぁ。あんたらには世話になったな」




固い握手を交わし合い、リーダーとウォルターは互いに笑う。

村では早くも男達が、畑仕事に精を出したり、狩りに出かけたりとそれぞれが尽力する姿があった。



そしてレン達は、村を後にして再び旅を再開した。



村長の話では、近くの街―-県の王国『ビセクトブルク』までは、今から村を出ても夜までには到着出来るだろうとの事。

道中は魔物が出現するが、ウォルターやフウマがあっという間に倒してくれる。

やはりこの二人は基本的な体力が違うと、レンは己の身体能力をちょっと嘆いたりもした。


時折ウォルターが後ろを振り返って、パーティの様子を観察する。




「辛くなったらすぐに言うんだぞ」

「うん。まだ大丈夫」




レンはその優しさに微笑みを持って頷いた。

ウォルターはその言葉に頷きつつ、彼はレン達が無理せず歩けるよう、その歩幅を合わせてくれている。

その事をレンもディーネも知っていたので、懸命にその足を進めて行った。



暫く進むと、山岳地帯だった景色に緑が見え始める。

その道筋には舗装された石畳が転々とし、人の手が加えられた形跡が現れている。




「ここら辺まで来たら、街まではもう少しだぜ」




フウマはこの周辺の地理明るかった。

それだけ、自分達がビセクトブルクの街に近付いている証拠なのだろう。




「そうか。やはりラ・マーレからだと大分かかったな」

「馬車じゃないとそうだろうな」

「でも、まだ街の姿は見えなさそうですね?」




山岳地帯を抜けていく先には、緑の景色が広がっているものの、ビセクトブルクまではまだ遠い。

以前レンが見た時は、遠目からでも大きな城が見えていた。

日差しが出ているとは言え、空は少し薄暗く、雲がまたしても雨をを降らせようとする気配をレンは感じた。




「この地域は、本当に天気が悪いんだね?」

「雨が多いからな」

「お洗濯物もなかなか乾かなさそうです」

「街の人間の殆どは、天日干しよりも乾燥機なんか使ってる。だから俺も余り気にした事ないな」

「いいですね! わたしはいつもお庭で干してます」




この世界の洗濯事情も、元の世界と何ら変わりないらしい。

レンの家もマモンが洗濯をしている姿を見ていたが、外に干すと言うよりも乾燥機に放り込んでおしまいだった。


案外、その方が天気を気にせず楽そうだ。


暫く進むと、石畳が街道へと変化した。

真っすぐに塗装された道が何処までも続いていき、この上を人や馬車が通っているのだとフウマは言う。


ともすれば、レンやウォルターと一緒にビセクトブルクへ向かった時も、この街道を通ったのだろう。

その事をウォルターも思い出したのか、彼はレンを振り返った。




「つい最近の事なのに、何だかもう前の事みたいに感じるな」

「アイス! アイスがまた食べたいぞっ!」

「そうだね。マオちゃんも頑張って歩てるんだもん。それくらいのご褒美はあげないとめ」




旅の間、スライムは時折レンの方に乗ったりと休憩はしていたが、マオは全ての旅路を自分の足で歩き続けていた。

普通の子どもなら、抱っこやおんぶをせがむ状況でも彼は違う。

一度として弱音は吐かないし、ニコニコと笑いながらこの旅を楽しんでいる。

寧ろ、早くも弱音を吐きたいのはレンの方だった。




「…お腹空いたな」




ぽつりと呟いた言葉を、ウォルターが困ったように振り返った。




「悪い。今は何も持っていないんだ」

「すみません、わたしもです」

「皆、そうだよね…」




食料の殆どをあの村に置いて来てしまった。

今のレンに残っているのは、ほんの少しのコーヒー粉末くらいだ。

しかし、空腹なのは自分だけではない。

口には出さないだけで、ウォルター達も条件は同じ筈。


何せレン達は、最初にあの村に到着してから、実際には何も口にしていないのだから。



奥さんがレン達の為に用意してくれた料理は、幻でも『美味しい』と感じていたのは本当だ。

眼で見て楽しみ、お腹も心も温かく満たされる様な、そんな楽しい食事の時間を過ごしていた。


誰かが自分の為に作ってくれたと言う気持ちが、より一層美味しくさせていたのかも知れない。

自分が作るよりも、人に作って貰う方が嬉しいと言う理由で、かつてはよくレンも外食ばかりを繰り返していた時もあったくらいだ。



すると、フウマが意地悪くレンに言う。




「腹減ったんなら、スライムみたいに葉っぱで食ってりゃあいい」

「私は人間なんだけどな? サラダ感覚で言ってる?」


『んまっ。んまっ』




スライムは小さな体をぷるぷる震わせ、おくちで葉っぱを引っ張っていた。


葉っぱと見れば何処でも何でも食べるから、特に食事に困る事はないらしい。

花は食べる事はないが草は食べると言った、ちょっとした好みはある様だが。




「少し、この辺りで休息をとるか。スライムも食べているしな」




ウォルターがそう言い出したので、レン達は頷いた。

先を急ぎたいと言う気持ちはあったが、無理をしてもよくはない。

こまめな休憩はとても大事だと言うのは、旅をする上で学んだ事の一つだ。




「お腹は膨れないけど、コーヒーなら作れるよ。皆も飲む?」

「ああ、貰おう」

「じゃあわたし、其処の小川でお水を汲んできますね!」




街道沿いには小川が流れており、レン達はその付近で少しの休息をとる事にした。

ディーネが水を汲んで来てくれている間、レンはスライムの『異空間収納』でコーヒーの準備をする。




「レン、オレもオレもっ!」

「マオちゃんも飲むの? 苦くない?」

「おい、子ども扱いするなよっ」




そうだ。

見た目はこんなでも、一応彼は大人。

更に言うと魔王様だった。



そして、こう言う話をしていると、大抵『彼』が横槍を入れて来るんだ。




「…?」




だが、今日に限ってフウマは、いつもの様にからかう事をしなかった。

大きな岩に腰を掛け、ぼんやりとした様子で、飛び跳ねるスライムを見つめている。




『あっ。ちょうちょ~!』




しかしその眼は、スライムを見ているようで見ていない。

何処か遠い眼をしている様だとレンには思えた。


フウマの様子が変だ。

確か、村を出る時もそうだったような――




『あれっ。この葉っぱなんだろう? 美味しそ―…』




スライムに目が輝き、じゅるりと涎を垂らす。

そんな姿をぼんやりと見ていたフウマだが、スライムが大きくおくちを開けた途端、その表情は一変した。




「食うなっ!!」

『ぴゃっ!?』




いきなり叫んだフウマに、スライムは飛び上がった。

びくっと身体を震わせ、足早に近付いて来るフウマを恐々と見上げる。




『な、なあに…?』

「あ、悪い…。そいつは『痺れ草』なんだ。スライムでも食ったら体が痺れちまう」

『えっ!?』

「どうしたのっ!?」




レンは、二人のその様子に慌てたように駆け寄る。

するとフウマは、睨みつけるようにレンを見た。




「レン…お前、テイマーなんだろ? チビどころかスライム一匹の管理も出来ないのか?」

「か、管理?」

「野草の知識くらい少しは頭に入れとけよ。スライムがもし『痺れ草』を食ってたらどうするつもりだったんだ?」

「えっ。ご、ごめんスライム! 大丈夫っ!?」




スライムの様子を確認するが、怯えた様子を見せただけで特に痺れている様子はなかった。


食べようとした草は『痺れ草』

花はついておらず、見た目からはただの葉っぱにしか見えない。

だが、その葉には痺れ効果があり、よく薬づくりで使用されるものらしい、


――と言うのを、レンは目の前に出現する『遅すぎた』ステータス画面から学んだ。




「フウマが止めてくれてよかった…」

『フウマおにーちゃん、ありがとー!』

「ったく。それでもテイマーかよ」

「…ごめん」




フウマの言う通りだった。


自分にはテイマーどころか、野草に関する知識の一つも持っていない。

ステータスウィンドウで確認すればいいなんて思っていたけれど、自分の頭でちゃんと理解しない事には、それも意味がなかった。


大きく肩を落とすレンに、フウマもまた溜息交じりに肩を落とした。




「…レンがこんなだからな。スライムにも食える野草ってのを教えてやる」

「オレにも教えてくれっ!」

「おー」




フウマに連れられて、スライムとマオが辺りを散策する。

周りの草を指差しながら『これは大丈夫。これは駄目』と、一つずつ丁寧に教えて行く。


彼は幼い頃から孤児院で育ち、大きくなるにつれて小さな子ども達の世話をしてきた。

その為、小さなスライムやマオもまた同じような対応をしているのだろうと、その優しそうな顔から推測出来る。




『すごーい! おにーちゃん物知りだねー!』




フウマが教えてくれる野草の知識に、スライムはすっかり夢中だった。

マオもそれに引き込まれるように、一緒に覚えようとしていた。




「なあなあ、フウマ! これはどうだ?」

「おいチビ。何で呼び捨てなんだよ…」

「フウマはフウマだろ?」

「俺の方が年上だっつーの」




彼の教え方は、まるで幼い弟妹達に語り掛ける様に、優しく丁寧だ。

時には冗談も交えつつ、楽しそうに会話をする姿に、ウォルターは密かに感心し、戻ってきたディーネも微笑ましそうに眺めている。




「…フウマの方が、よっぽどテイマーらしいじゃない」




しかし様子に、レンはますます肩を落としていた。

そんなレンに、ウォルターが肩を叩いて励ました。




「フウマの言う事は一理ある。厳しい事言ったのはスライムの為であり、レンの為でもあるんだ」

「…うん」


「あいつはああ見えて優しいんだ。今もスライム達に野草の見分け方を教えている。それに、あいつが優しいのは今に始まった事じゃない」




ウォルターは、優しい顔でフウマ達が居る方向に目を向けた。




「あいつが俺達の街に来る時、どうやって来ているか知ってるか?」

「そんなの、馬車じゃないの?」




隣街に行くには道のりが険しい。

レンも一度体験したが、馬車でも数時間は掛かる。


しかし、ウォルターは静かに首を振って見せた。




「いや、あいつは自分の足だけで来ているんだ」

「えっ!?」

「まさかそんな筈…だってビセクトブルクまでは距離がありますよね?」




街から街までの道のりがどれほどのものなのかは、レン達が現在進行形で体験している所だ。

最も、ルートが違う部分もあるかも知れないが、基本的には草原を超え、山を越えると言った道を進んでいる。

馬車よりも遥かに時間か掛かるし、体力だって必要の筈だ。




「単に馬車代をケチってるとかじゃ…?」

「だとしても、あいつの体力や忍耐は大したもんだよ。その日の内に来て、その日の内に帰るんだぞ?」

「た、確かに…」

「でもそれって本当なの?」


「あぁ、俺も驚いたよ。たまたま街に到着したフウマに出会ったんだが、馬車なんて来る時間でもなかったからな」




かと言って、特別に馬車を手配した党訳でもないらしい。

フウマは本当に街から街までを、自分の足で移動して来ているのだ。

それは単に遊びに来ていたり、街独自のクエストを請けたりと理由は様々なのだろう




「あいつは足が速い。流石盗賊だ。フウマがその気になれば、俺達を置いて一人で街に帰ることだって出来た筈なんだ。それこそ馬車から降りた瞬間にな」




レンは少し考えこむようにして、顎に手を添えた。


フウマがそんな体力を持っているなんて驚きだった。

勿論、彼の身体能力の高さは認めている。


しかし街から街へ、まさか自分の足で来ているとは思いもしなかった。

彼は確かに、自分の速さには自信がある。

しかしそれを、ひけらかしたりはしなかった。


能ある鷹は爪を隠す――なんて、よく言ったものである。




「じゃあどうして今、皆と一緒に行動してるの?」

「それだ」



ウォルターは真剣な表情でレンを見つめた。




「あいつは一人でも行こうと思えば、今でもビセクトブルクに一人で行ける筈なんだ。それでも『一緒に』旅をしてくれている。それって、仲間を大事にしてくれている証拠だと思わないか?」


「そうですね、確かに…言われてみれば」


「勿論、このパーティが頼りなく見えてしまう部分も加味しての事かもしれないが、そうだとしてもやはりあいつは優しい男なんだ」




ウォルターは、随分とフウマの事を買っているようだった。


確かに、彼はいつも仲間を気に掛けている。

それを表に出して言わないだけで、あの優しさは確かに存在しているのだ。




「フウマが居なかったら、あの村のクエストも達成出来なかっただろう。もっと大変だったかも知れない」




其処まで言ったところで、ウォルターは少しだけ表情を曇らせる




「ただ、人の命を奪う行為は目に余るものがあるが…あいつも言えば解ってくれる」

「そうだね…」




フウマの盗賊のスキルがなければ、アジトどころの話ではなかっただろう。

きっとまだ今も、あの村の住民たちは夜を震えて過ごしていたに違いない。







そんな話をした後で、フウマ達が戻って来る。

ウォルターは笑って、彼に出来上がったコーヒーを差し出した。




「お疲れさん」

「え…」




フウマは少し驚いた表情を見せたが、何も言わずにそのコーヒーを受け取った。




「今日はよくやったな。フウマ」

「…何? やっぱり気持ち悪いんだけど、おっさん」


「だからおっさんと言うな…」






ーーあんな感じで、誰かにコーヒーを貰うのが。


初めてだなんて言えやしない――



『とある男の手記より抜粋』



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