D級魔王、花を手向ける
レン達が村に戻ると、驚いた顔をした村長が出迎えた。
「あ、あんたら…!? まさか本当に戻って来たのかっ!?」
「俺達が幽霊にでも見えんのかよ?」
「ぬ、ぬぅ。見る限りでは生きた人間じゃな…」
「フウマ…」
フウマの軽口は相変わらずだ。
レン達は荒くれ者達を倒し、村を救った事を報告した。
奴らの中にこの村の出身者が居た事には酷く驚いていたものの、村長は何処か納得した様子を見せる。
「そうか、やはりな…」
「何か心当たりが?」
「この村は見ての通りの農村だ。若いモンには刺激が足りないのだろうよ。村を出る者も多くある…その所為で妙な集団に入り込んだのだな」
「そうかも知れません。しかし、自分の生まれ育った村を食い物にするとは、思っていなかったのでしょう。その事を酷く後悔している様だ」
ウォルターの言葉を聞き、村長は深く息を吐いた。
「そうか…それを聞けただけでもよかった。しかし彼らはもう、戻って来ないのだろう?」
「…村長は、彼らをお許しになるのですか?」
「若いモンが道を間違ってしまったのは、それを正せなかった我々の責任でもある。村を出て行った中には私の息子も居た。きちんと話が出来ればよかったのだが、どうにもすれ違ってしまったのだよ」
村長は悲痛な面持ちでそう語った。
村の人間が村を襲う事に心を痛めていたが、それも人間の欲望の一端だと、彼は何処か諦めた様子だった。
そんな時、村長の眼がマオの持つ花に向けられる
「その花は…」
「これか? 綺麗だろっ。崖に生えてるのを見つけたんだ!」
マオは自慢げな顔で白い花を見せつける。
「…それは、あの家の奥さんがとても気に入っていた花だ」
「そう言えば、あの家にも同じような花が飾ってありました。綺麗なお花ですよね」
「あぁ。だが子どもが一人でそれを取りに出かけてしまい、不慮の事故に遭ってしまってな…」
「え?」
あの家には夫婦の他に子どもが一人いた。
まだ幼い男の子で、よくこの村の中を駆け回る姿が印象的だった。
村の外に一人で出てはいけないと言う親の言いつけを、きちんと守っていた――筈だった。
そんな子が、ある日突然村の外に出てしまったと言う。
「その日は雨が降っていた。大好きな母親に渡したいと、一人であの崖を登ろうとしたらしい。その途中で足を滑らせて…何とも無茶な事をするもんじゃ」
「男の子が花を…?」
「それって、マオさんと同じくらいの男の子ですか…?」
「あぁ、そうだとも」
その話に、レン達は思い当たる節がない訳ではなかった。
まさしく、そんな風に花が欲しいと泣いていた男の子を見たばかりだったから。
「似たような子どもをさっき見たぜ? 花が欲しいからって言うから、このチビが取りに行ったんだ」
「な、何だって?」
「でも、いつの間にか居なくなってしまってて…村に戻ったと思ったのですが」
「…この村に子どもなんてもう一人もおらんよ」
…子供が居ない?
そんな筈はない。
だって確かに、あそこで子どもが鳴いている姿をレン達は見ていたのだから。
「子供を失い、悲しみに暮れる奥さんは更なる不幸があった。暫くしてあの家に盗みに入った夜盗に旦那が殺されてな…奥さんは一人きりになってしまったんだ」
「えっ…」
「そんな…!」
「奥さんは悲しみに暮れ、後を追うようにして命を絶つ事を考えたほどじゃ。しかし思い出の詰まったあの家で、彼女はいつしか夫と息子と共に幸せな生活を送る幻を見始めた。晩年はあの家でずっとそのまま暮らしておったよ」
レン達が見たのはとても仲がよさそうな若い夫婦。
そして奥さんの姿は、とても若かった。
しかし、晩年と言うのであればそれはつまり――…そう言う事なのだろう。
「家族の墓はあの家の裏手に在る。もしよければだが…どうかそれを墓前に供えてやってはくれないか」
「マオちゃん…」
「勿論だ。これはあの子どもから受けた以来だからなっ」
村長の話を聞いてから、レン達は家の裏手に在るお墓に向かう前に、今一度あの家を覗いてみる事にした。
村長の口から語られる言葉は、決して嘘を言っているようにも思えなかったが、『自分の眼で確かめたい』とはフウマが言い出した事だ。
中に入った瞬間、レン達は家の中の不気味な静けさに気付いた。
其処には昨夜と同じ家具が並んでいたが、何処か埃っぽくもあり冷たい空気が漂っている。
まるで何年もこの場所を掃除していないような、そんな雰囲気だ。
昨夜、レン達は此処で、あの夫婦と共に温かい食事をご馳走になっていた。
シンクや食器棚にはお皿やカトラリーの類がなく、テーブルには埃が被っていた。
「あの時は、確かにご夫婦の姿があったのに…」
「まさか別人だったとか…?」
「そ、それはそれで、また別のお話になりますけど…っ」
『コ、コワイよぅ…っ』
ディーネが不安そうにレンの腕を掴んだ。
スライムも怯えてレンの腕の中に隠れて、ぷるぷると震えている。
「そもそもあれは本当に生きた人間だったのか?」
「おっさんまでそんな事言うのかよ…まぁ、俺も今じゃ半信半疑だけどな」
「夢でも見ていたのかしら…」
しかし、その場にいた全員が、全く同じ夢を見るのだとも思えなかった。
謎が謎を呼び、深く頭を悩ませる。
レンは一歩足を踏み出して、一晩を過ごした子供部屋へと向かった。
小さなベッドも、色褪せたぬいぐるみも、全て其処に残されていたのだが、奥さんが定期的に掃除をしていると言う印象は見られなかった。
どこもかしこも埃は溜まっており、窓も開けられていない為に空気さえも埃っぽく感じられる。
「…昨夜はこの家で、ご夫婦と一緒に過ごしました。奥さんと旦那さんが親切にしてくれて…」
「たまにな、そう言う事があったんじゃ。その時は奥さんもまだ生きていて、お前さん達の様な冒険者を心優しく泊めていた。その冒険者は何とも言えぬ顔で私にこう言ったよ。『あの人は、まるで旦那と子供が一緒に居るかのように話していた』…とな」
村長の話を聞いたレンの頭に、昨夜の光景が蘇る。
家の中にあった温かみや夫婦の笑顔。
優しく迎え入れてくれた優しいもてなし。
そして、奥さんがマオを見つめて涙を流していた様子。
どれもが確かに本物のように感じた筈だったが、それはもう存在しない幻だったのだ。
「奥さんが亡くなった後も、時々道に迷った旅人がこの家を訪れてな。村のモンは最初こそ勝手に入るとは何事だ、なんて叱ったものだ。だが旅人は『この家の夫婦がとてもよくしてくれた』などと言う。誰も居ない筈の家からは笑い声が聞こえ、温かい食事にありついたりもする。実際に腹が膨れる訳ではないがな…しかしそれが何度も続けば、村のモンはもう誰一人として何も言わなくなったよ…」
其処まで話した所で、村長は深く息を吐いた。
「彼女は…あの夫婦は昔から、この村をとても愛してくれていた。だからこそ、被害に遭うこの村を救うべく、冒険者達に助けを求めていたのかも知れんな…」
レンが街の入り口で奥さんを見つけた時、彼女はとても驚いていた。
そして、彼女はこうも言っていた。
―ーごめんなさい。
―ー私が街の入り口でお声がけしたのも、見た目からして冒険者の方だとお見受けしたからなのです。
―ーでも気付いて貰えてよかった。
レン達は村長の案内で、家の裏手に向かった。
墓地はひっそりと静まり返り、其処には確かに墓石が三つ並んでいた。
一つ目が息子、二つ目が旦那さん、そして最後に奥さんと、墓にはそれぞれの墓碑銘がつづられている。
レンはマオの手に握られた白い花に目をやった。
ただの野草にしか見えなかったそれは、今やこの場にとってとても大切なものだ。
マオはその内の一つ、奥さんの墓に、崖から積んだ一輪の花をそっと供えた。
「子どもからの贈り物だ」
マオの少し低い声が静寂の中に響く。
彼の瞳には切ない感情が宿っている様だった。
レン達は目を閉じ、お墓の前で祈りを捧げる。
昨夜の光景が幻だったとしても、レン達にはとても楽しい一夜だった。
その感謝の気持ちを込めた祈りだ。
その瞬間、ふわりと優しい風が吹き抜ける。
祈りを捧げるレンの直ぐ傍を、小さな影が通り過ぎたような気がした。
…ありがとう。まおうのおにーちゃん。
そんな声が確かにレンの耳に届き、眼を開ける。
「今の声は――…?」
「還って来たんだ」
「マオちゃん…?」
「あの子どもの魂は、ずっとあの崖の傍に在った。ずっとあの場所で泣いていたんだ」
マオが静かにレンに語った。
あの白い花を摘み、マオが子どもの想いに応えた事で、男の子の魂はついに此処に帰還する事が出来たのだと言う。
お墓の前で、家族三人が寄り添い笑っている姿が、何よりの証拠だった。
三人の魂が、この場所で再び家族となって、穏やかな眠りに就けたのだとレンは感じた。
自分達が見たのもまた幻かも知れない。
だが、やっと家族が一緒に居られる事を、皆が嬉しく思うのであった。
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