D級魔王、花を手に入れる
「いいのか? あいつらをあのまま置いて来て」
荒くれ者のアジトから出るなり、フウマが振り返ってそう言った。
「あぁ。約束をしたからな」
「約束ねぇ…そんなの守ると思ってんのかよ?」
フウマが呆れたように言うと、ウォルターは頷いた。
「改心する気があるなら、きっとそうする」
「…あんたも大概お人好しなんだな。あーあ! とんだお人好しパーティに加わっちまったぜ」
「えっ。何々。お人好しって何の事?」
「ウォルターさんがお人好しなのは、いつもの事ですよ。フウマさん?」
レンとディーネは、それが何の事なのかをあったくり買いしていない様子だった。
そんな彼らにウォルターは静かに笑みを零す。
すると、アジトから出て早々に、空から雨粒が落ちて来た事に気が付いた。
「…雨だな」
「えぇっ。せめて村まで保って欲しかったよ!」
「ま、まだ弱いですよっ。でも急いで戻りましょう。でないとマオさんが風邪を引いてしまいますっ」
「それは一大事だ…!」
ディーネの言葉にレンの顔は青ざめる。
マオが風邪を引こうものなら、あの借金取りの悪魔がグチグチと、またお小言を言うに違いない。
言いに来ずとも、通信機にネチネチとお小言のメッセージが並べられるに違いない…!
「マオちゃん。絶対に風邪なんかひかせないからね!!!」
「俺は元気だから大丈夫だぞ?」
「スライム! 確か前に買った『雨避け』があったよねっ!? マオちゃんに出して!」
『んべー』
スライムが雨避けを出すと、マオは渋々ながらそれを受け取った。
ついでだからとスライムも濡れないように、マオと一緒に入って貰うのも忘れない。
それに伴い、ウォルター達もそれぞれが持参している雨避けを開いた。
「雨が強まるまでに村へ急ぐとしよう」
ウォルターの言葉に賛同する様にレン達は頷く。
しかし、岩場を超え、山道を下り、村まであと少しと言うところで、ある出来事が起きた。
皆が足早に進む中で、道を歩くマオがふと立ち止まる。
「…泣いてる」
ぽつりと呟く声に、レンは振り返る。
マオが見つめる先は、村へ向かう方向を逸れた横道だった。
「え。泣いてるって誰が――って、マオちゃん!?」
突如走り出したマオに、レンは慌てて後を追いかける。
レンの声に振り返ったウォルター達は、何事かとその状況に驚いた。
「どうしたんだ?」
「きゅ、急にマオさんが走り出して。それでレンさんが後を!」
「何をしてるんだ、あの男は…」
「おーい…こんな時に道草喰ってる場合かよ?」
雨脚は段々と強くなって来ていた。
ウォルターは困った様子で残るを見た。
「しかし、二人をそのまま放っておく訳にもいかない。追うぞ」
◇◆◇
レンは小道走り、必死にマオを追いかけていた。
しかし彼の足は速く、子どもの倍以上の歩幅でもなかなかその距離は縮まらない。
段々と息切れが増し、その分だけまた少し距離が開く。
対してマオは息を一つも乱す事無く、走り続けた。
これもまた、彼の身体能力のポテンシャルが高い所為なのか。
「何処行くの、マオちゃん! スライムも止めてっ」
『ま、まおー様。どうしたの!? レンが困ってるよ?」
彼の頭に乗っているスライムが、心配そうにレンを振り返る。
やがてマオのスピードが緩むと、レンはほっとしたように息を吐いた。
「マオちゃん。一体どうしたの?」
「泣き声がするんだ。誰か居るぞ」
「え?」
スッとマオが指を指す。
レンがその方向へ眼をやると、大きな崖が聳え立つ場所に辿り着いていた。
その崖下には、幼い男の子が膝を抱えて蹲っている。
「うっ…うっ…うぇ~ん…」
その泣き声は、確かにレンの耳にも届いていた。
「こんな所に子どもが…?」
雨の中、しかもこんな場所で一人で泣いているなんて、何か遭ったとしか思えない。
聳え立つ崖に圧倒されつつも。レンはその男の子に近付いてみる。
「どうしたの? 此処で何してるの?」
レンは静かに問いかける。
すると、その声にピクリと反応した男の子が顔を上げた。
「だれ…?」
その眼には涙が溢れており、レンの姿を見て小さく肩を震わせた。
泣いていて、いきなり大人が声を掛ければ驚きもするだろう。
レンはこれ以上刺激しないようにと、まずは自分から名乗ることを決めた。
「えぇと…私は――」
「オレは魔王だ! こっちはレンとスライム!」
レンが名乗るよりも先に、小さな魔王様が自己紹介をしてくれた。
「まおう…? …それってつよいの?」
「あぁ、最強だぞ!」
「さいきょー…じゃあすっごくつよいんだね…っ!」
男の子は吃驚した表情を見せたものの、何処か嬉しそうな顔をする。
子どもを相手にするには、子どもが適任と言う事なのだろうか。
何にしても、泣き顔が少しは止まってくれてよかった。
「お前、どうして泣いていたんだ?」
「…あのね。お母さんにお花をあげたいんだ。でも、取れなくて…」
「花?」
うん、と小さく頷いた男の子は、ゆっくりと丸めていた身体を起こす。
彼が見つめる先は、聳え立つ大きな崖。
それからゆっくりと小さな手がとある場所を指差した。
「あそこにね。お花が咲いてるの。きれいなお花。あれが欲しいんだ、ぼく」
「あんな高い所に花が…」
崖の中腹には、一輪の白い花咲いていた。
雨の中でも凛と咲き誇り、時折風に揺られている。
見た所それは野草だが、男の子にとってはとても重要な物なのだとレンは思った。
「レン。一体どうしたんだ?」
其処へウォルター達が追い付いて来た。
「お二人が急に走り出すから、吃驚しましたよ」
「何だよ、此処?」
「ごめん皆。あのね――」
彼らをおいて走り出してしまった事を詫び、レンは状況を説明する。
誰かが泣く声を聞きつけて魔王が走り出した事。
声を頼りに辿り着いた場所で、男の子が泣いていた事。
そしてその泣いている理由も全て。
レンの話を聞いて、ウォルターは腕を組んで頷いた。
「花が取りたいのは解ったが…あの高さだと危険だ」
「雨もまた強くなって来ましたしね。あなたは村のお子さんですか?」
「うん…」
ディーネの問いかけに、男の子は小さく頷く
村の子どもが一人でこんな場所に居るのには驚きだった。
「こんな雨だ。今日の所は諦めて、また後日――」
「やだっ! 今欲しい! 今じゃなきゃダメ!」
「…参ったな」
困った表情でウォルターは肩を竦める。
何とかしてあげたいのは山々だが、今は条件が悪すぎる。
雨が降っていて崖の表面は濡れている。
頑張って登ったところで、危険が付いて回るのは明らかだ。
相手は幼い子ども。
それも相当な強情っぷりである。
これでは花を取らない限り、村にも戻りそうにない。
さっきまで泣いていた顔が再び涙を見せ始め、ぐずり始める姿に、レン達は揃って顔を見合わせた。
其処までして、この男の子はあの花が欲しいのだろうか。
「お前の母ちゃん、誕生日かなんかか?」
そんな彼に、フウマが膝を突いて声を掛ける。
「違う…でも、プレゼント…したくて…っ。あのお花、おかあさん、だいすきで…!」
男の子はふるふると首を振り、尚も泣き続けた。
その言葉を、フウマは静かに耳を傾ける。
「そうか。母ちゃんの為に花を贈りたいんだな」
「うん…っ」
「…俺のクナイを投げりゃ取れなくもないが、それだと傷つけちまうか」
崖に咲く花を見上げ、フウマが呟いた。
その言葉に、男の子は『花を傷つけないでっ』と懇願する様子が見られる。
そうなると、崖を登って花を直接取りに行くしかない。
ますまず難易度は跳ね上がった。
「その『クエスト』、オレが請けてやるぞっ」
誰もが難色の色を示していた時、突然マオが声を上げた。
まさか、この男の子の『依頼』を請けるつもりなのだろうか。
「もう泣かなくていいぞ。オレが取りに行ってやる!」
「え。本当に…?」
「でも、お前はあそこまで連れて行けない。それでもいいか?」
「…うん。ぼくじゃ無理だったから」
俯く男の子に笑いかけると、マオはレンに雨避けを手渡した。
つい反射的に受け取ってしまったが、彼は本当に取りに行くつもりなのだ。
しかし、岩壁を見上げた彼の姿を見てレンははっとした。
「そっか! マオちゃんなら『空間転移』であそこまで行けるんだね」
「なんだよ、空間転移って?」
「マオさんは、テレポートの様な事が出来るんですっ」
「もしかして、街で二人が消えた『アレ』か?」
マオなら空間転移すれば、悪条件なんて一切関係なく、花の傍まで簡単に行く事が出来る。
それがまるで一筋の光のように思え、レン達の表情はたちまち明るくなった。
だが――
「よいしょっと」
「えっ!?」
「の、登るのか!?」
マオは空間転移の事など忘れたかのように、自らの小さな手で岩壁を掴んで登ろうとしていた。
まさかの行動に、レンは慌てたように彼の体を支える。
「マオちゃん、何してるのっ!?」
「何って、花を取りに行くんだぞ?」
「登らなくても、マオちゃんならあそこまで行けるんじゃないの?」
「行ける。でもオレは、あの花を取りに行くんだ」
レンは困惑した。
彼の言っている意味が全く解らない。
空間転移を『楽』だと考えてはいけないのだろうか?
「大丈夫だレン。行ってくるから離してくれ」
「マオちゃん…」
「スライムもレン達と待ってろ。すぐ戻る」
『き、気を付けてね。まおー様っ」
ぴょんっと魔王の頭から飛び跳ねたスライムは、レンの肩に避難した。
小さな手を岩の隙間に滑り込ませ、改めて岩壁を登るマオ。
その小さな身体懸命に動く姿に、何だかより一層彼が小さく見えた。
「だ、大丈夫でしょうか…!」
ハラハラとした様子で見守るディーネ。
誰もが空間転移を使用しての入手だと思っていた。
一つ、また一つとマオは岩壁を掴んで登って行く。
しかし、あの断崖を登るとのは、小さな身体では到底難しい。
「おい、危険だっ。俺が代わりに登るぞ!」
「言うのが遅い過ぎるからいいぞー」
「ぐっ…」
マオは振り返るなりケラケラと笑った。
その表情にはまだまだ余裕が見える。
「レン、チビにあんな事させていいのかよ? 怪我でもしたらどうすんだ」
「で、でも。マオちゃんが自分で行くって…」
「馬鹿か!? チビの管理ぐらいしっかりしろっての!」
「…ご、ごめん」
フウマもまた、マオを心配そうに見つめている。
彼の意見は最もだ。
普通、子どもにこんな崖を登らせる保護者が何処に居る?
彼が『魔王』と言う事に、自分は感覚が麻痺でも起こしているのだろうか。
しかし、今更止めようにもマオは順調に岩壁を登り続けており、たちまちレン達が見上げるくらいの高さにあった。
「よっと…ふぅ…」
崖を登る度にマオはまた一つ息を吐いた。
こんな小さな身体では、登るのにも本当に一苦労だ。
おまけに雨がまた少し強くなり、岩肌に手を掛けるだけでも滑りそうになる。
どれくらいまで登ったのかと下を見れば、レン達が心配そうに此方を見ていた。
そんなレン達にぶんぶんと大きく手を振ってやれば、ますます慌てた。
「ぷっ…!」
それが何だか可笑しくて、緊張感もなくつい笑ってしまった。
心配してくれる存在があるのは、案外嬉しいものらしい。
しかし、モタモタしている暇はない。
さっさと崖を登り、あの花を手に入れよう。
そうすれば、あの子どもはきっと笑顔になる筈だ。
それだけが、マオを突き動かす原動力だった。
足場は狭く、所々が雨に濡れている。
足を掛ける度、小さな石がパラパラと落下して行った。
幸い自分の体重が軽い所為か、脆く崩れる心配はなかった。
其処の所だけは、自分が子どもの姿である事を、ちょっとだけ感謝するしかない。
「あと、もうちょっとだな…」
視界にはもう白い花が見えている。
滑りやすい岩肌に手を掛け、踏み外さないように必死に集中しながら、マオは一歩一歩を着実に登り続けた。
やがて花の傍まで辿り着く。
目の前で揺れる白い一輪の花が、雨に濡れて美しく輝いていた。
汗ばんだ顔に、にこっと満面の笑みを浮かぶ。
あの子どもが欲しいと言っていた理由が、ちょっとだけ解った気がした。
小さな手が慎重に花を摘み取った。
これで『クエスト完了』である。
「よし。これで――…」
マオがほっと一息吐いた、その時だった。
不安定な足場崩れ、マオの身体がガクンと大きく揺れる。
ふわりと身体が浮く感覚に包まれ、マオの視界には振り続ける小雨と曇天の空が映り込んでいた。
「マオちゃんっ!!」
遥か地上から、レンの叫びが鋭く響く。
断崖絶壁。
宙に舞う小さな身体。
そして、絶望に満ちた孤独な風景。
ただし、落ちて行くのは『自分ではない』――
そんな奇妙で不思議な光景が、マオの脳裏を過った。
―ーぼく、寂しいんだ。
だから、おにいちゃんも一緒に行こうよ…
小さな身体が下に向かって落ちていく。
しかし、マオは冷静に赤い眼を細めた。
「…オレを連れて行こうとしても、無駄だ」
マオはそう呟くと、自分の中で使える数少ない魔力を使い、ふわりと空中で体勢を変えた。
勢いよく落下するスピードは、まるで風に護られるかのように緩められ、緩やかに地上に着地する。
白い花を握り締めたまま静かに立ち上がり、マオは何事もなかったかのようにレンの方向へ歩き出した。
「レン、取って来たぞ!」
「マオちゃん…っ!」
レンは驚きと安堵が入り混じった表情でマオを見つめ、彼を強く抱き締めた。
「大丈夫? 怪我はないっ!?」
「ない。苦しいだけだ」
「えっ! 何処か具合でも悪いのっ!?」
「レンがぎゅってし過ぎなんだ。花が潰れるぞ」
「あああっ。花は大事だけど、マオちゃんも心配なんだよっ」
慌てたように身体を放すレンに、マオはふはっと笑った。
ディーネ達も心配した様子で集まると、何処も怪我をしていない彼の様子にほっと安堵の息を漏らす。
「全く…ヒヤヒヤさせるんじゃない」
「よ、よかったです! わたし、マオさんがもう駄目だって思っちゃいました…!」
「あの浮いた技なんだよっ!? チビ、魔法でも使えんのかっ!?」
「オレは魔王だからなっ。あれくらい余裕だ!」
「はいはい。そういや魔王だったなー、チビは」
とにかく、マオが無事で本当に良かった。
手にはちゃんと白い花が握られているし、これで男の子も笑顔が戻る事だろう。
「君もよかったね――…って、あれ?」
気が付くと、あの男の子の姿は何処にも見当たらなかった。
「ねぇ。さっきの男の子、何処に行ったの?」
「ん?」
「そう言えば…居ませんね? 先に村へ戻ったのでしょうか」
「はー? 何だよ、せっかく採って来てやったのに」
それにしては、お礼の一つくらいあってもいいんじゃないかとは思うが――
まあ、子どもだからしょうがないと、レン達は改めて村に戻る事にした。
お読み頂きありがとうございました。
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