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お寝坊テイマー、昼を迎える




「うーん…書類の山が、うぅ…納期まで、まだ、ちょっと…あるでしょーが…」


『…変なのー』




こんな寝言みたいなのが、さっきからずっと『ニンゲン』の口から出ている。

ぐぅぐぅと眠っていて、どれだけ時間が経っても全然起きる気配がなかった。



昨日は頑張って歩いてたし、よっぽど疲れたんだと思う。

ベッドの傍には、ぽいぽいと脱ぎ捨てられたニンゲンの『靴』ってヤツが散乱。

足からは汗と泥に混じって、血のニオイなんかもする。


ずっと森と草原を歩いていたその足は、『イタイイタイ』と悲鳴を上げていたのを、このニンゲンはずっと我慢していた。

イタイのを我慢して、それでも笑っていた顔を思い出して――ボクはちょっとだけ悲しい顔をする。



イタイのは嫌だ。

コワイのも好きじゃない。


でもニンゲンは泣かなかった。

代わりに、ぐすんとボクが泣きたくなった。




「ぐぅ…ぐぅ…」




ぐぅぐぅと言えば、ボクをテイムしたニンゲンのお腹。

さっきからずっと、ずーっと鳴りっぱなしだ。


ニンゲンだって食べないと力が出ない。

でもニンゲンは、ボクの葉っぱは食べないって言うんだ。

何なら食べるんだろう…



一緒に食べようと思っていた葉っぱも、ずーっと待ってる間に、いつの間にか無くなっちゃった。



おかしいな。


おかしいな。





お日様が顔を出す前にはもう、床下から音や声が聞こえて来た。

ニンゲンは本当に働き者。


トントン、カンカン、ぐつぐつ。


色んな音が聞こえて来る。

美味しそうなニオイもいっぱいしてた。

葉っぱも美味しいけど、色んなニオイが沢山してる。


ボクのおくちからは、それにつられてヨダレがいっぱい溢れ出るんだ。




ぐぅ…



ニンゲンと同じ音が、ボクの体からも出た。

葉っぱは、食べても食べても足りなかった。




「…うぅ…ハゲめ…」

『ハゲ…?』




早く起きて。

でもまだ寝てていーよ。


こんなにもぐぅぐぅと、寝ているんだもん。

ニンゲンもボクみたいに『夢』をみるのかな。


キミは一体、どんな『夢』をみてるのかな。




もう少し、もう少し寝かせよう。

そう思ってどれくらい経ったかな?



ぐぅ、とまたニンゲンから大きい音がした。

お腹の虫がいっぱい、いっぱい鳴いている。


…やっぱり、起こしてあげないと駄目かな。




そう言えばさっき、お部屋の中で音が鳴ったから、すっごく吃驚した。

何度も何度も音がして、不安がいっぱいでドキドキした。

あんなに鳴っているのに、それでもニンゲンは起きなくて、それにも吃驚した。


それで、勇気を出して音が鳴る『何か』にぽよんとアタックした。

音はもう鳴らなくなった。




――トントン





でもその代わりに、ドアの向こうで気配がするようになった。




「おはようございます。起きてらっしゃいますでしょうか? 」





――トントン




「もうすぐ11時になりますが…あのー、レンさーん?」

「…ふぁ?」




そんなまぬけな声を出して、ニンゲンは―ーレンは漸く起きてくれたみたいだ。







◇◆◇






トントンと、何かを叩くような音がした。

薄く目を開けると、視界がぼやけている。


目覚めたばかりで、頭がぼーっとしているのだろう。

完全に寝ぼけている。




「今、何時…?」




手を伸ばし、枕元に置いてあるスマホを探す。

いつもは充電をし、明日のアラームをセットして必ず枕元に置いていた。


しかし、その手はベッドのシーツか空を掴むばかりで、全然手応えがない。


寝ている間に、ベッド脇にでも落としたのだろうか。

拾うの面倒なんだよね、何処行ったんだホント…



まだまだぼんやりする頭でそんな事を考えながら、レンはゆっくりと体を起こした。




「…何処、此処」




目の前に見えた光景は、見知らぬ部屋だった。

自分が住んでいるマンションではない事は明らかだ。


まず部屋はこんなに綺麗に整頓されてないし、テーブルやいす、ソファ等の家具も全く知らない。

よく見れば、ベッドだって自分の物じゃなかった。



完全に知らない部屋、知らない天井だ。




何これ?

私は一体何処に居るんだ?




「朝…えっ、もう朝っ!?」




気が付くと空は明るく、既に陽が昇っている。

明らかに早朝ではない時間帯だ。

そしてやっと、自分がスーツのまま寝ていた事に気付いて驚いた。


えっ、何でスーツ?

昨日帰って来て、脱ぐのを忘れたのか!




「仕事に行かなきゃっ! 匂う? 匂うなっ! 替えのスーツ、ブラウス…いや、その前にお風呂っ!?」




スーツのまま寝ていたと言う事は、お風呂にすら入っていない事になる。

髪は軋んでいるし、肌もべたべたしている。


間違いない。

風呂だ! まずはお風呂に入ろうっ!


って言うか、此処何処だっけ?

ホテルなんか泊まったかな!?




『わぁっ』


「あ」




飛び降りた反動で、ころりん、とベッドから落ちる水色の物体――

何だこれは。


胸に手を当てれば、まだバクバクと心臓が激しく動いているのが解った。

ゆっくりと深呼吸をした後、辺りを見渡してみると、其処は見知らぬ部屋――ではなく、宿屋の一室。



そして『水色の物体』を改めて目にし、レンはちょっとだけ冷静になる事が出来た。




この子は『スライム』だ。


あぁ、そうだ。

昨日、私が『テイム』したんだった




「ご、ごめん」

『びっくりしたー』

「ちょっと寝ぼけてて…えっと、怪我はない? 痛かったよね」

『んーん! だいじょうぶー!』




ぷるぷると体ごと左右に振るスライム。

本当に不思議な生き物だ。

これが俗に言う『魔物』らしいが、こんな可愛らしい見た目なのに、恐怖も何も感じられない。




恐怖と言うのは、悪夢――そう、悪夢だ。


先程まで見ていたものが『悪夢』であった事、そして此処が昨夜泊まった宿屋である事に、酷く安心した。

危うく納期が迫る山積みの案件に、押し潰されるところだった…


仕事の夢を見るなんて、朝からツイてない。




「そうだ。私は『異世界』に来ていたんだっけ…?」

「レンさんー?」




その時、扉の向こうから女性の声がした。




「…え、誰」

「起きてますか? 宿屋の受付ですー」

「あ、あぁ…っ。受付の…今出ます!」




慌てたように扉まで行くと、其処には昨日の受付嬢が立っていた。




「お、おはようございます…!」

「あぁよかった! もうすぐチェックアウトのお時間なので、お願いします」

「え、もうそんな時間?」




今、何時なのか、まだ時間を確認していない。

しかし時間だと言われたならば、確かにカーテンで仕切られていても空は明るく感じられた。




「お疲れでしょうし、いらっしゃる事が解ったので、ゆっくりで大丈夫ですよ」

「あ、はい」

「それでは失礼しますね」




トントンと階段を降りて行くような音が遠ざかっていく。

わざわざ呼びに来てくれたのだろうか。何て優しい。


って言うか、チェックアウトって――今何時?



ベッドに戻ってスマホが落ちてないかと探したが、何処にもない。




「ポケットに入れたままだっけ?」




スーツのジャケットからスマホを取り出して、それが画面が真っ暗なままに気付く。

そうだ、充電が出来てないんだった。


他、何処かに時間の解る物は――



ふと、何気なくベッドの傍に置いてあった置時計に目をやる。


確か、チェックアウトの時間は『11時』



そして、現在の時刻は『11時』を指していた。

今がまさにその時間である。




「…11時っ!?」

『おねぼうさんだー』

「起こしてくれてもよかったのにっ」

『レンがぐっすり寝てたんだもんー』




チュンチュンと鳥が鳴く。

僅かに開いているカーテンを完全に開けば、眩しいくらいの陽の光を浴びた。

陽が昇っている、しかも高い。


眼下に見える通りには、人の姿が見える。

その誰もが不思議な格好をしており、色んな文化が入り混じった様な印象を受ける。

彼らが『外国からの観光客』と言えば納得の行く話なのだが、『鎧』や『剣』、『杖』を持った人は、そうそう見かける筈はない。


レンの知識では、そう言ったファンタジー的要素を堂々と持ち歩く人は、コスプレくらいだ。

じゃあ、此処はコスプレ会場?


そんな訳がない。




「…マジで、異世界なのか」




解ってはいたが、いざそれを目の当たりにすると、受け入れざるを得なかった。

見るもぼ感じるもの、私には全てが不思議な事ばかり。


しかし、此処に居る間だけは、仕事の事を考えなくていいのだと、レンは心の何処かでほっとしていたように思う。


こんなゆっくりな朝、いや昼を迎えるのは久しぶりだった。

しかしいつもの習慣が故に、気が焦って会社に行きそうになってしまった。


社畜魂がしっかり染みついているな!




とりあえず、メイクを落として顔を洗おう。

昨夜はあのまま眠ってしまっていたらしく、触れる肌がぱりぱりと音を立てている。

ボロボロになったメイクと、また酷くなる一方だと増える皺と肌荒れ懸念し、洗面所で鏡を見た。




「…え」




誰だこれ…?



鏡に映る『誰か』に、ちょっとした違和感を覚えた。


汗まみれで崩れたメイクなんて二の次だ。

問題は其処じゃない。


鏡に映るその人物が、『私』であって『私』ではなかった。

何を言ってるか解らないが、ありのままを口にしたい。




「…何か、若返ってない?」




疲れて、とうとう幻覚まで見始める程、あの会社はブラックだった!?

いや、見間違いかも知れない!


そう思って一度メイクを洗い落とし、もう一度鏡を見る。



何となく、…多分、おそらく、きっと、若返ってる…んじゃないか?



いや、歳をとった自分を認めたくなくて、苦し紛れにそう言ってるかる節もあると思う!

寧ろ願望に近いけどっ!




「肌荒れはないし、シミも何もない…えっ、何かやったっけ…??」




仕事に忙しい日々が続いていたし、不摂生な食生活、睡眠不足は自覚している。

エステなんて行った記憶はない。




『まだー?』

「スライム。女の子の支度には時間が掛かるんだよ」

『そうなんだー』




自分で自分を『女の子』って呼ぶの、35歳だから恥ずかしいんだけどなっ!?




『レンにいーっぱい、色んな事を教えてもらおー』

「教えられる事ならね」

『レンはどうしてレンなの?』

「そんなシェイクスピアみたいな…」






◇◆◇





「おはようございます。よく眠れましたか?」




昨日と同じ受付カウンターに降りると、先程と同じく受付嬢がにっこりと出迎えてくれた。




「はいっ。それはもうっ、本当に寝心地が良くて!」

「まあ、それはよかったです」


「あの…すみません。ギリギリまで寝てて。何度も起こしに来てくれたんですかね。電話とかも…」




内線電話の受話器が外れていた事に気付いたのは、部屋を後にする直前だった。

聞けばスライムアタックがどうとか言っていたし、何かの拍子でぶつかってしまったんだと思う。




「はい。お声で起きたばかりだと思ってました」

「オーバーしてすみません…」

「いいえ」




くすくすと笑う受付嬢に、深々と頭を下げる。

ゆっくり降りてきていいとは言われたが、チェックアウトの時間を完全にオーバーしている。

こう言う時って、延長料金とか必要だよね?

いくらかかるのかな、昨日の残りで足りるだろうか…




「その様子だと、昨夜は直ぐに眠ってしまわれたようですね。朝食にもお見えになってなかったので、心配しましたよ」


「お恥ずかしい限りで…」

「もしよろしければ、本日もお泊りになられますか?」




そんな心配をよそに、受付嬢はそんな提案をしてきた。




「そうすれば、部屋に戻ってシャワーを浴びる事も出来ますよ」

「えっ。でも、他にもお客さんが使うんじゃ?」

「中には連泊される方も居ますので。お部屋の混雑状況にもよりますが、お申し付け頂ければ確認して対応出来ますよ」

「そんな、悪いです。いきなり来てご迷惑を掛けたのに…」

「宿屋は皆さんの為に開放していますから! 気にしないで下さい」




この受付嬢、いい子だな!


笑顔も素敵だし、何だか優しい気持ちになる。

そう思うほど、私の心は荒んでいる様だ。




「勿論、当方のサービスが満足に行き届いてなく、気分を害されたのなら、仕方がありませんが…」


「いやいやっ! 寧ろ此方が悪いのに!!」




そうだ。

明らかに此方が悪いのに、お客様の気分を害さないような丁寧な接客、心遣い――宿屋の鑑か!




「この街には宿屋が何軒かありますが、人気があるところはお部屋が埋まるのも早いです。うちはそれほど繁盛している訳ではありませんので――あぁ、この後のお部屋予約はスッカスカですね!」




謙遜するのは構わないが、その言い方はどうだろう。

とにかく、部屋は空いてると思っていいらしい。


すんなりと宿が見つかる場合もあれば、夜を彷徨い転々とする場合もあって、そう言うところはゲームとはまた勝手が違うんだと思った。



正直、シャワーを浴びられるのは有り難い話だ。




「あー…じゃあ、もう一泊、しようかな…」

「はいっ!」




受付嬢は、とても嬉しそうな顔で頷いた。




「それと、シャワーを浴びたらでいいので、少しの間ベッドメイキングの為、お部屋を空けて頂くお時間を頂戴する形になりますが、よろしいですか?」


「あぁ、はい。大丈夫です。その間にご飯でも食べてます」

「解りました。ご飯処は朝から夜まで開いてますので、お好きな時間帯にどうぞ」




夕食、そして朝食と食べ損ねた私のお腹は、さっきからずっとぐぅぐぅ鳴り続けている。

それを彼女に悟られないようにしたかったが、どうしても話の合間に挟んでしまって、より一層恥ずかしかった。




「ありがとうございます!」






とりあえず、本日のお宿も無事に取れた。

野宿だけは本当に困るから、もっとこの先の事を真剣に考えなければならない。




「スライムちゃん。寝心地はどうでしたかー?」


『ぐっすりー!』


「何と言ってるんですか?」

「えっ!? …えぇと、ぐっすりだそうです」

「あぁ、良かった!」




スライムだけじゃなく、私も本当に昨夜はぐっすりと寝られた。

疲れもあったかも知れないが、本当にすやすやと眠る事が出来たのだ。

隣接する部屋の騒音もなかったし、外も比較的穏やかだったので、問題ない。




「スライムちゃんは何を食べるんでしょう? 魔物によって好みがあると思うんですが!」




ぐいぐいと食い気味に来られるのは、それはそれでちょっと驚いちゃうな?




『葉っぱー』


「スライムは、葉っぱを食べるみたいです」




私が言うのもなんだけど、栄養が偏りすぎだと思う。

主食が葉っぱって、ベジタリアンって事?




『葉っぱしか食べた事ないー』

「森には木の実とかもあったと思うけど?」

『木の実は酸っぱいのー』

「生肉、生魚は食べられないって言ってたけど、火を通したらイケるんじゃ?」

『火のスキルなんて持ってないよぅ』




スキルなんてものもあるのか、この世界は。

また知らない事が一つ増えた。


私の方こそ、スライムに教えて貰わないと駄目みたいだ。




『葉っぱなら森にも草原にもあるから、食べ放題だよー』

「世の中には、葉っぱ以外にも美味しい物があるんだよ」

『そうなのー?』

「ふふっ。スライムちゃんが好きそうなお料理があるといいなっ」

「――って、一緒に食べていいんですか?」


「えぇ、是非! 何分、テイマーをお泊めするのが初めてなものですから、何か不都合や気になった点があれば、遠慮なく言ってくださいっ。その都度、今後のお宿や接客向上に繋がりますので!」




ホントに商売熱心だな、この子…




とりあえず、焦って部屋を出る事はしないでいいみたいだ。

レン達は再び階段を上がり、部屋へ戻る事にした。




『お部屋に戻るの―?』

「そうだよ。シャワーを浴びにね」

『シャワワ…水浴び?』

「水じゃなくて、お湯が出るんだよ」




そう言えば、スライムって水に弱いとかあるのかな。




『ぷかぷかー』

「…やっば。可愛いんだけど?」




結論:スライムはお風呂に入っても問題なかった!









お風呂に入ると、身体がさっぱりして気分が良かった!

スライムも心地よかったみたいで、今はベッドの上でデロン…と恍惚な顔をしている。


あれは溶けてない? 大丈夫?




「…流石にこのブラウスは、今日も着られないなぁ」




前日に掻いた大量の汗で湿り、汚れている。

臭いを嗅がなくても解る、これ絶対臭いヤツ!


しかし、私の服と言ったら今はこれしかない。

最悪、下着は我慢出来るとしても、外に着る物がなければお話にならなかった。




「うーん…どうしよう」




まだこの街の地の利は解らない。

それにお金だって、昨日の余りがあるとしてもどれくらいの価値がある物なのか。

この先、お金が必要な事もあるだろうし、何より宿に泊まれなければ完全に野宿だ。




『ニンゲンは、すっぽんぽんでもお外を歩くのー?』

「すっぽんぽんじゃないでしょ。ちゃんと下着付けてるから」

『お洋服は―?』

「それが、服をどうしようか悩んでてね…」




溜息混じりにそう答えると、デロンッとしていたスライムが、ぽかんとおくちを開けていた。

かと思うきゅっと元の姿に凝縮し、突然バスルームの方へと引っ込んでしまった。


やがて聞こえて来る『ガサゴソ』と何かを探る音――何だ何だ、一体!?




『お洋服あったよー』

「あれ、何処から持って来たの?」

『あっちにいっぱいあったー』




バスルームからズルズルと、スライムが何かをおくちで引っ張って来る。

スライムにしたら面積幅が大きいであろうそれは、何か透明な袋に入っていた。

綺麗に畳まれた薄っぺらいものは、どうやらスライムの言う通り『お洋服』だった。


とりあえず、服である事は間違いないだろう。

何にしても有り難い。

すっぽんぽんからこれで解放される!


ガサガサとビニールを破いて広げると、薄い生地の上下セットが入っている。




「バスローブ…には見えないな。パジャマ? それとも部屋着?」




ホテルで言うところのアメニティと言う奴だろうか

先程お風呂に入った際には気付かなかったが、何処かにあったらしい


しかし、これで一先ず着る物が確保出来た!




「助かるよ、スライム! ありがとうっ」

『えへへっ』

「着替えたらすぐにご飯に行こうね」

『うんー!』





お食事処に降りると、お昼時と言う事もあってか人で賑わっていた。

夜の内にこの街へ到着し、早々に寝入ってしまったものだから、改めてこの街に居る人は、自分とは違うのだと思い知らされる。


あちこちに剣や杖を持った人が居るのだ。

強面な顔がどうこうとかじゃなくて、ただ凶器をさも当然の様に持ち歩いている姿に驚いている。

中には身の丈ほどの大きな槍や、大剣を背負った人も居て近付くに近付けない。




「ファンタジーだなぁ…」

「らっしゃい! 好きなメニューを選んでくんなっ」




此処では注文口で料理を注文し、自分の好きな席で食事をとるスタイルらしい。

席もテーブル席やカウンターとあり、見知らぬ人との交流を楽しんだりする。

相席食堂みたいな感じだ。

ちなみに代金は宿代に含まれているが、泊まらない人でも利用可能。

食事を楽し胃に此処を訪れる客も多かった。




「何を食べようかな」




注文口にはメニュー表が置いてある。

モーニング、ランチなどのお手頃価格から単品まで。

写真付きでないのが残念だったが、ハンバーグやピラフなど、私にも馴染みある料理名が目に入ってちょっと安心。

色んなジャンルの料理を提供してくれるとあって、この賑わいなのかな。


そう言えば、会話が出来たので忘れていたが、文字も自然と読む事が出来た。

何だろうこの世界、同じ様な文化なのか?




『葉っぱー』


「えぇと…サラダとトースト、コーヒー、あとお水を下さい。あっ、サラダはドレッシングとかあるなら別添えで…」


「あいよっ」




常日頃、お昼と言えばサンドイッチ一つやおにぎり一個。

本当に忙しい時は、某健康保険食品のカロリーをコントロールするバーだけで済ませる事もあった。


直ぐ仕事に取り掛かれるよう、すぐ食べられるものを選んでしまいがちだった。

お腹を満たせれば何でもよかった。




「お待ちっ」

「はやっ!」




5分も経たない内に、トレーの上にはサラダ、別添えドレッシング、トースト、コーヒーの入ったカップ、水のコップが置かれている。

タイパが神過ぎると思う。


注文口にはお客さんが絶えず並んでいるし、注文から提供までが本当に早い。

こう言うので回転率をあげてるんだろうな…と、ついつい仕事目線で考えてしまう。


とりあえず空いてる席に座ろう。




「これがサラダなんだけど、スライムは食べられるのかな。一応ドレッシングは別にして貰ったから、無理にかけなくていいからね」


『見た事ない葉っぱ―』

「私も初めて見る…」




少なくともキャベツやレタスと言った、感じではない。

緑黄色野菜ではあるのだが、あれに似てるな、これに似てるな、くらいの感想しか浮かばなかった。




『この酸っぱい匂いは…お酢かな』

『うえぇ…これ、やー!』




好き嫌いがあるかも知れないからと、念の為別添えにして貰ったけれど正解だった。

スライムは、あんまり好きな味じゃないみたい。

普通に葉っぱ…と言うか、何もかけずにサラダをぱくんと食べていた。


えっ、一気に半分も…!?

普通、警戒とかしないの!?




『んまー!』

「…あぁ、それはよかった」




にぱっと嬉しそうな顔で言うスライムに、またもほんわかした。



食事に時間をかけるよりも仕事。

もしくは睡眠に時間を割きたかった。


疲れて泥のように眠って、朝を迎えてまた仕事に行って…


そのサイクルの繰り返しだ。



自分で自分を止められないのだから、誰かが休むように言っても聞かなかったと思う。

そもそも『休め』だなんて言われるの、もうずーっとないな?


仕事をするのが当たり前。

時間に追われ、スケジュールに追われ、このまま定年まで…と、ふとした瞬間に絶望を感じる。



そんな私だったけど、今日みたいにゆっくりと時間が流れる瞬間は、心地いいと思った。




『んまっ、んまっ』




誰かと食べるのも久しぶりだった。




「久しぶりに、ゆっくりご飯を食べたな…」




…今は、ゆっくりとこの時を楽しむことにしよう。




お読み頂きありがとうございました。

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