D級テイマー、トラブルに見舞われる
二頭の馬が引く馬車は、ガラガラと大きな車輪を音を立てて動かしている。
馬車は問題なく進行、軽快に街道沿いを進んでいた。
レン達はそれぞれの席に落ち着き、車内には和やかな空気が流れている。
「このまま行けば、午後にはビセクトブルクに着きそうだな」
「そうですね。フウマさんのお陰で助かりました」
「別に。たまたまあのおっちゃんが腹を下しただけだっての」
御者の男には悪いが、お陰で剣の王国―-ビセクトブルクの街までは、馬車で進むんで行く事が出来る。
レンは前回、ウォルターと共に乗り合いの馬車で異動をしていたのだが、今回は貸し切り。
気心知れる仲間達と顔を合わせ、楽しく会話を弾ませていた。
「ビセクトブルクに着いたら、フウマとはお別れだな」
「そうですね。何だかちょっと寂しい気もしますが…」
「おいおい。今生の解れって奴でもないんだぜ?」
肩を竦めるも、フウマの口元には笑みが零れている。
「お前らは魔法王国に行くんだろ?」
「そうだ」
「俺は行った事がないから解らねぇけど。それって遠いのか?」
「この大陸を超えた先の大陸を更に進んだところにある」
「うへぇ…それって滅茶苦茶遠いじゃん」
レンは地理に明るい方ではない。
しかし。フウマの本当に嫌そうな表情からは、その距離の長さが窺えた。
やはり、長旅になる事は覚悟してきてよかった。
レン達が暫く不在になると言う事はコンシェルジュには伝えているし、宿屋の看板娘や冒険者ギルドの受付嬢にも伝えている。
もしかすると、職人ギルドのフォージャーから旅立ちの事を聞いているかも知れない。
そう思うと、あの家族にはレンの動向は筒抜けも同じだった。
「フウマ、お前も来るか?」
「はー? 面倒だしパス」
「そうか」
ウォルターも、本気でフウマを誘った訳ではないのだろう。
軽くあしらわれても、彼の表情は笑顔だった。
「なぁなぁ。剣の王国に着いたらオレ、アイスが食べたい!」
「アイス?」
『ボクも食べたい! あのパチパチするやつー!』
前回ビセクトブルクに行った時は、マオとスライムに強請られてアイスクリームを買った。
その時の味が忘れられないのだろう。
「今回は遊びに行く訳じゃないんだよ、二人共」
「旅だって遊びに行くようなもんだろ?」
「お前にしたらそうかも知れないがな…こっちは仕事なんだ」
監視と偵察の両方を課せられてしまったウォルターは、小さく溜息を吐く。
そんな事情を知っているディーネは、慌てたようにマオ達に声を掛けた。
「ぱぱっと終わらせて、ぱぱっとアイスを食べに帰りましょう! ねっ?」
「そう簡単に終わる話なら、俺が駆り出される筈がない…」
「あああっ、すみませんすみませんっ!」
ウォルターの仕事がどちらか早く片付ければいいのだが、多分どちらもそう簡単には終わらないだろう。
馬車の中は、早くも重い空気になりつつある。
そんな空気を悟り、ウォルターがはっとした様に顔を上げた
「いや、いいんだ。俺の方こそまだ出発したてだと言うのに、弱音を吐いてしまった」
「まだラ・マーレの街が後ろに見えるぞ?」
「そうだな…本当に早すぎた」
馬車の後方にある窓から、マオが座席に膝を立てて街並みを眺める。
外の景色は、今しがた『鬼の住む山』の傍を通り過ぎようとしていた。
つい先日、ディーネやフウマとD級昇格クエストに挑んだ事が、もう懐かしく思う。
今日も鬼の子は、あの山の頂上で誰かと思い切り遊ぶのだろうか。
ウォルターが道中の会話を振り、魔王が子供らしい無邪気な質問を飛ばし、ディーネがふんわりとした笑顔で応える。
レンもその会話を微笑ましく聞いていたし、フウマも何処か楽しそうにして、時折のその会話に靴を挟んでいた。
そんな時だった。
「ヒヒヒーン!!」
突然、馬の嘶き声を耳にした。
意表を突くように馬車が大きく揺れ始める。
「な、なんだっ!?」
「今、何かにぶつかった?」
「石に乗り上げた…って訳じゃねぇよな」
「あんたらなんだ!?」
外では、御者の男の慌てたような声がした。
レンは馬車の窓からそっとっ外を盗み見る。
すると、数人の冒険者らしき男達が、周囲を取り囲むように立ちはだかっていた。
荒れた服装に鋭い目つきが、中に居るレン達を凝視している。
「おい、大人しく降りろ! 金目の物を全て置いていけ!」
一人の男が叫ぶ。
ウォルターは直ぐに状況を察知し、顔を顰めた。
「…面倒な事になったな」
「何なの?」
「あれはおそらく賊だ」
「賊…ですか?」
レンの眼が思わずフウマを見たが、彼はその意図を理解できたのか、何処か呆れたように肩を竦めている。
「俺をあんたクソみたいな奴らと一緒にすんなよ?」
「あぁ、ごめん…そういうつもりじゃなくてね」
「盗賊じゃねぇよ。あいつらは…追剥ぎだ」
その言葉に、レンとディーネは顔を見合わせた。
互いに不安そうな顔をしている。
「ど、どうするの?」
「とりあえず降りよう。このままでは御者が危ない」
「解った」
「行くぞ」
ウォルターを戦闘に、レン達も馬車を降りて行く。
「あ、あんたら…!」
「此処は俺達に任せてくれ。何とかしよう」
「た、助かるよ」
御者は慌てたように馬を動かそうとしたが、突然の襲撃に思うように手綱が握れない。
おまけに馬達にも剣や斧と言った武器が付きつけられている。
下手に動けば命を脅かされると、御者の男は次第に抵抗をやめ、その手綱を手放した。
「先を急ぐんだ。其処をどけ」
ウォルターが前に立って、睨むように奴らを見据える。
だが男達は、誰一人としてその言葉に従う様子はない。
相手は3人と少数だが、追剥ぎの粗末な服装にしてはやけに武器が真新しく見える。
「急ぐのはこっちの方なんだ。とっとと寄越しな!」
「…仕方がない」
交渉の余地はなかった。
ウォルターが背中の大剣を握り締め、それを引き抜く。
「ぐあっ!?」
ところが次の瞬間、男達の一人が突然悲鳴を上げた。
首からは大量の血が噴き出し、苦しみながらその場に倒れ込む。
ウォルターはただ剣を引き抜いただけで、まだ何もしていない。
「フ、フウマさん…?」
しかし、それが誰の手によるものなのかは、ディーネの声で理解が出来た。
倒れた男のすぐ背後には、血に染まったクナイを持つフウマの姿があったからだ。
「なっ!?」
「いつの間に…!?」
「フウマ!?」
「剣を抜くのが遅ぇんだよ、おっさん」
そう言ったフウマは、静かに口布のマスクを引き上げる。
「な、なんだてめぇはっ!?」
「何って――盗賊だよ」
「ぎゃあっ!!」
影のように相手の後ろを回り、クナイを煌めかせて、男達を次々に制圧していく。
その軽やかで華麗な武器捌きに、ウォルターのみならず、レンもディーネも思わず息を呑んだ。
「フウマ、お前…!」
「何だよ」
「無暗に人の命を奪うもんじゃないぞ」
「足止めを喰らってもいい事ないだろ?」
足元に転がる『生きていたモノ』を見下ろし、フウマは肩を落とす。
ウォルターが言いたいのはそう言う事ではない…が、それ以上は何も言えなかった。
「あんたら、助かったよ。ありがとな」
「いや。あんたや馬は大丈夫か?」
「あぁ。だが、奴らに車輪を壊されたみたいでな…」
落ち込んだ様子の業者の視線の先には、壊れた馬車の車輪。
レン達が逃げられないようにと先手を打ち、奴らが破壊したのだろう。
あの大きな揺れと衝撃には、そう言う背景もあったのだとレン達は知る。
「このままじゃ馬車は走れないんだ。すまないが、此処から先はあんたらだけで行ってくれるか?」
「それは構わないが…あんたは?」
「俺は此処で馬と一緒に一度ラ・マーレまで戻る。馬車がこんなになってちゃ仕事も出来やしないからな」
「そうか。護れなくてすまない」
「いいって事さ。それに、あんたらが居なかったらもっと悲惨な目に遭っていただろう。そっちのあんちゃんには薬といい、特に世話んなったな」
業者は謝礼を述べるものの、フウマはツンとした表情で明後日を見ている。
「さあ。余計な事をしたみたいだからな―、俺」
「フウマさん…」
「…とにかく、此処から先は馬車は使えないそうだ」
「そっか。仕方ないね」
レンは肩を落としつつも、皆に声を掛けた。
ウォルターとフウマの空気が少しだけ悪いと感じていたが、レンもディーネも顔を見合わせるだけで、それ以上何も言えない。
御者は馬二頭を引っ張り、元来た道を引き返して行く。
道中、また襲われないとも限らないのだが、男は『大丈夫だ』と笑顔で手を振って去って行った。
まあ、街は目と鼻の先の様なものだし、きっと大丈夫だろう。
「で、では歩きましょうかっ」
「そうだね」
「馬車があればよかったんだけどな」
「無くなっちゃったんだからしょうがないよ、フウマ」
頭の後ろで手を組み、唇を尖らせる彼の姿は、まるで子どもの様だ。
「馬車じゃなくとも、馬を貸してくれるところを探そう。村なんかがあるといいんだが…」
「馬、乗った事ないけどな」
「俺もないぜ?」
「わ、わたしもです…乗れるでしょうか」
「…では、歩こう」
道は険しく、街道沿いには魔物も潜んでいる。
草木は生い茂り、景色は徐々に移り変わって行くのを横目に、レン達は戦闘を繰り返した。
主に先陣をウォルターが斬り、その後にスライム、レンと続く。
フウマは少しだけ面倒くさそうな顔をしていたが、自身に危険が及ぶとなれば、隠し持ったクナイを何度も投げていた。
ディーネは主に回復とバリアに回っているのだが、この辺りの敵はそれほど強くはなく、回復が彼女ん負担になる事もない。
普段のクエストでも、レンは自分の足で歩いて此処まで来た事がなかった。
剣の国『ビセクトブルク』は山岳地帯に在るのだが、此処はまだまだ草原と森に囲まれているエリアだ。
此処が何処で、あとどれくらいの距離なのかも解らなかったが、ステータス画面で見る『マップ』では、まだまだ中間地点に門ほど遠い。
「ゆっくり行けばいいさ。これも旅の一部と思えばな」
ウォルターは、皆を鼓舞する様に声を掛ける。
ディーネが早くも息を切らし気味だったが、戦闘の所為ではない。
単なるある気疲れである。
そう言えば、鬼の子のクエストで山を登る時も、確か彼女ははこんな感じだった。
「そ、そうですね」
「旅だー! 冒険だ―!」
『いえーい!』
「チビ共は元気すぎるくらいだな」
まだまだ元気な様子の二人に苦笑しつつ、レンは空を見上げた。
まだ陽は高いものの、今日の内にビセクトブルクに着けるのかは解らない。
以前、ウォルターから聞いた時は歩いていけない距離ではないと聞いていた。
しかし、実際歩いてみると、その道のりは長く険しい。
街道沿いを歩いて居た筈の道も、次第に細くなって来ている。
街から街までがきちんと塗装された道筋ではないと言う事が、此処に来て初めて解った。
「この辺りに街や村はあるの?」
「街はないが、幾つかの村がある筈だ。出来る事なら夜になる前に到着したい所だが―ー」
そう言って、ウォルターはパーティを眺める。
既にディーネの表情は疲れており、レンも何処かしんどそうだ。
フウマに至っては、ウォルターと眼を合わせる事すらしない。
「いや、ゆっくりでいい。行くとしよう」
ただ馬車に乗って過ごしていた時間とは違い、歩いてく旅は早くも前途多難である。
◇◆◇
道中は魔物が良く現れた。
その度に戦闘を繰り返していたレン達は、今日一日でどれほどの敵を倒して来た事だろうか。
「魔物なら殺しても構わないだろ?」
「…」
「何だよ? やってる事はおっさんだって変わりないぜ」
「そうだな…」
フウマの周囲に魔物の残骸がある様に、ウォルターの周りにも同じ残骸幾つも転がっている。
魔物の体液とも血とも取れない何かがべったりとその体験にはこびり付いており、ウォルターは僅かに表情を歪ませた。
魔物に対する考え方が違う二人。
だが、襲い掛かる敵は倒す――と言う考えはどちらも一緒だった。
そんな二人の様子を見ていたレンもまた、彼らの関係性に溝が入っているような気がして眉を顰めている。
「大丈夫ですかレンさん? まだ痛みますか?」
「あ、ううん。大丈夫だよディーネ。ありがとう」
そんな自分の表情を勘違いしたのか、ヒールを掛けてくれていたディーネが心配そうな顔をしていた。
戦闘中、魔物の攻撃をあっさりと受けてしまった事が原因だった。
間髪入れずに腕に嵌めた『シールドブレス』で防げば問題なかったのだが、いかんせんまだまだ実力不足に囚われている。
「何だか空気がちょっとだけ悪い感じですよね…?」
「そうだね…」
ディーネにもそんな不穏な風紀を肌で感じるらしく、少しだけ困ったような顔を見せる。
どうしたらいいのか解らない、と言うのが二人の見解だ。
景色まだまだ森や草原が続き、山岳地帯は遠い。
早くも空が暗くなり始めていた。
最悪、此処で野営をする事になる――と、ウォルターが呟いた。
「そうだね。夜を歩くのは危険だって聞くし」
「安全を確保しつつ、今日はテントを張ろう」
「すみません。わたしが遅いばかりに…」
「気にするな。こう言う事もある。全てがスムーズにいく訳でもないさ」
ウォルターは何処までも優しかった。
多分、変に気を揉ませてパーティの空気がこれ以上悪くならないようにと言う、大人の対応なのだろう。
「今頃ならもうとくに着いてていい頃なのになー」
「フウマ。そんな事言わなくても…」
「はいはい」
レンが少し咎めたが、彼は何の気にも留めていない。
「んじゃ、薪でも拾ってくるぜ、チビ、拾うの手伝えよ」
「おー!」
『ボクも行くー!』
「お前が居るなら持ち運ぶのも楽そうだな。レン、こいつを借りていいか?」
「う、うん」
フウマそう言って、マオとスライムを連れて森の中へと向かって言った。
焚火をする為に、彼は薪や枝など燃やせるものを調達しに行ったのだ。
ぶっきらぼうな言い方だが、レンは彼が自ら率先して動いている事に気付いた。
「じゃあ、わたし達はお夕食の準備ですね、レンさん」
「うん」
早速料理に取り掛かろうと思ったが、レンの食材も調理器具も全てスライムが所持している。
その事に気付くと、レンは困ったようにディーネを見た。
「スライムが戻るまで待たないと」
「でしたら、今日はわたしが持って来ている分で作りましょう。調理器具もちゃんとありますよっ」
レンが旅の準備を万全にしていたのと同時に、ディーネもまた今日の内に荷物を揃えていた。
当日になってバタバタとしていた彼女だったが、持ってくるべき物をあらかじめ用意していた部分もあり抜かりはない。
彼女の粋な計らいにレンは大きく頷いた。
そんな自分達を、ウォルターが何処か心配そうな目で見ている事に気付く。
「あー…レンも、作るのか?」
「そのつもりだけど」
「そ、そうか」
「えっ。もしかして前のカレーの事、気にしてる?」
「…」
何それ酷い。
沈黙は肯定と見なしますが?
確かに料理は苦手だが、そうも言ってられない。
働かざるもの食うべからずだ。
「だ、大丈夫ですよウォルターさん。わたしも一緒に作りますしっ。レンさんが変な事をしても大丈夫です」
「ディーネも何か酷い事言ってない?」
「そんな、違いますよっ!?」
慌てたように言う彼女の姿が何とも必至過ぎた。
「では、俺が作ろう」
「え、出来るの?」
すると、ウォルターは苦笑しながらも頷いた。
「こう見えて料理は出来るんだ。フィオナが無茶な注文ばかりするから余計にな…あいつも料理は苦手だ」
「も?」
「…さあディーネ。何を作ろうか」
「そ、そうですね。何にしましょうっ」
絶対に二人は、私をこの場から追い出そうとしている。
レンはその事にちょっとだけショックを受けていた。
実際に、調理はレンの得意分野ではない。
下手に手を出して食材を無駄にするよりも、別の仕事を見つける方がまだいい気がしてきた。
その日は野営をした。
テントを持っていないフウマは、必要だと思ってなかったから持って来ていない。
「そう言う訳でおっさん。場所空けてくれよ」
「しょうがないな」
我が物顔なフウマに、やはりウォルターは何処までも優しかった。
――ただ帰るだけなのに。
どうしてこんなにも楽しいんだろう。
『とある男の手記より抜粋』
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。




