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D級テイマー、職人ギルドへ行く⑤ ~錬金職人は、薬に知識を込める~




職人ギルドの最期の工房――錬金職人の元を訪れたレン達。

外見からして古めかしく、何世代にも渡って受け継がれて来た事を感じさせる。

工房では甘いような、苦いような、それでいて顔を顰めたくなるような薬品の匂いが彼方此方で煙のように立ち込めていた。

職人達の工房が幾ら壁や扉で仕切られているとは言え、此処に長時間居るのは少しばかり慣れが必要である。


更に工房横にある店は、ラベル付きの薬品瓶やアイテムなんかが所狭しと並べられていた。

中には議事録にも似た本があり、何に使うかはレンには解らない。


錬金工房のカウンターでは、一人の男性が立っていた。




「此処は錬金工房―-…」

「貴方は普通の職人さんですかっ!?」

「…何だ藪から棒に」




いきなり質問をしたのが不味かったのだろう。

彼は途端にいぶかしげな表情でギロリとした眼がレンを見つめ返す。


誰だって自分の言葉を遮られてまで物を言われたら、いい気はしない。

だがレンは、この職人でさえもまともではないのではと、一抹の不安を感じていたものの、直ぐに頭を下げた。




「すみませんっ。此処の職人さん達が皆、クセ強なのでつい!!」

「馬鹿正直な娘だ…」




溜息を一つ吐いて、職人はますます表情を歪ませる。

眉間には深い皺が寄せられた。


彼は『師匠』と呼ばれ、その下には『お弟子さん』の姿がある。

誰も彼もが知的な印象で、かつ落ち着きの払った雰囲気だ。



まさか、これが『普通』…!?

いやいや、騙されてはいけない。


どうせきっと、この人も不思議で変人に違いないんだ!



そんな失礼な事を思われているとも知らない師匠は、レンに向かっていつも通りの口上を並べる。




「此処は錬金職人の工房だ。珍しい薬やアイテムを取り揃えている。装備を求めるなら隣の工房へ行け」


「装備は今、整えてた所なので大丈夫です」

「何? …そうか、お前が例の『テイマー』なのか」




其処で初めて、師匠はレンがテイマーである事を理解した様子だった。




「道理で隣の工房が騒がしい筈だ」

「いや、隣じゃなくて全部の工房で騒がしかったんですけどね?」




自分で言うのもなんだが、このギルドに来てからずっとレンは有名人だ。

もう既に小一時間以上は、ひと悶着を起こす賑やかさである。


此処まで来るのに大分時間は掛かったのだが、それでも師匠は不思議そうに首を傾げた。




「別にどうだっていい。研究に差し支えなければな」

「研究?」


「錬金術で作られた物には、普通の武器や装備では実現出来ない特別な効果がある物が多い。例で挙げれば『エンチャント』だが、あれは錬金術を使用して創造している」


「此処でエンチャントの効果を創っていると言う事ですか?」

「そうだ。お前の身に付けている装備にもエンチャントが付いているな? あれは元々錬金職人達の手で生み出された」




師匠はレンの装備を眺めて言う。

見た目には解らないものの、彼には装備に何の効果が付いているのかが、一目で解るそうだ。




「もしも追加で効果を付与したい場合、此処へ来るといい。それ以外は―ー特に必要な物はなさそうだがな」


「薬の事はよく解らないですしね、私」

「知識のない物が安易に触れていい物でもない。しかしポーションであれば馴染みはあるだろうが、道具屋で買うよりも値は張るぞ」




この工房で売られているポーションは、通常の二倍、三倍と価格が違っていた。

まさかのぼったくり価格だろうか?


そんな心境を察知してか、師匠は腕を組んだ。

眉間にはまたしても皺が刻まれている。




「よりよい効果を求めれば、そのような値段が妥当だ」

「な、なるほど…」




工房には、数々の奇妙な薬品があった。

状況や戦術によっては有利になるであろうアイテムだが、やはり知識に乏しい今の自分では必要がない。


師匠は説明をしながら、一つの小瓶をカウンターに置いた。

中には色の付いた液体が入っており『炎』と書かれたラベルが貼られている。




「そのスライムがもし炎属性のスキルを使うのであれば、一定時間ダメージ量を上げる薬なんかもあるがな」


「じゃあ『ぷちっとふぁいあ』の期待出来そうだね、スライム」


『おくすり? にがいのやだー』


「…好みはスライムそれぞれのようだな。あるスライムは喜んでがぶ飲みしていたくらいだ」




そんな話をしていると、突然魔王がひょっこりとカウンターに顔を覗かせた。

薬品に興味を示したのか、彼の小さな手がそれを掴み取る。




「オレ、これ飲んでみたい!」

「何だ。そっちの小僧も炎を扱うのか?」

「俺は何でも出来るエキスパートだ!」

「ほう…?」

「はは…試飲って出来るんですか?」




すると師匠は小さく頷き、工房内に居る一人の弟子に声を掛ける。




「…用意してやれ」

「はいっ!」




お弟子さんは頷くと、魔王の為に試飲用の極小なカップを手渡してくれた。

中には薬品が1ミリ程度の嵩で注がれている。




「これだけか?」

「試飲だからね。それでも人によっては十分効果を発揮するんだよ」

「ふーん…」

「あぁ、子どもには苦いかも知れないよ…って、もう遅いか」




苦笑するお弟子さんの前で、魔王は一気にその薬品を飲み干した。

ごくりと飲み込んだ魔王の表情は、特に変わった様子は見られない。




「マオちゃん、何か変わった?」

「んー…使ってみないと解んねぇなっ」

「えっ」




ぱちん、と魔王が指を鳴らす


その瞬間、ギルド内の何処かでは人の悲鳴のような声が聞こえて来た。




―ーうおっ!? なんだぁっ!!?



――親方っ! 炉から炎が溢れ出てますっ!!





「…鍛冶工房の所だな」




何処か納得した様子で師匠は呟いた。




「あれ?」




魔王は首を傾げ、もう一度ぱちんと指を鳴らした。

今度はその隣の甲冑工房でも、ボヤ騒ぎが起こっていた。




「魔力は上がるけど、ピーキー過ぎても困るな」

「小僧はどれだけ魔力が有り余ってるんだ…」

「これでも制限されてる方だぞ?」

「む?」

「あああっ。飲ませてくれてありがとうございましたっっっ」




どうやら魔王にドーピング的な薬品はご法度の様だ。


錬金工房へは、またの機会に利用する事にしよう。





そんなこんなで一通り職人を回った。

最後に鍛冶と甲冑工房の様子を見たが、火の手は直ぐに収まったらしく、何が遭ったのかと首を傾げていた。


此処はお礼だけ言って、さっさと撤退する事にしよう―ー


私達は何も知らない、何もしていない…!




レンは、自分の装備が無事に整えられたことへの感謝を改めて職人達に述べ、最後にフォージャーから笑顔の見送りを背に受けて、ギルドを後にした。

職人ギルドを出ると、もう既に外は夕暮れ時だった。


結構長い時間を過ごしていたらしい。




「そろそろ帰ろうか」


『うんっ!』




レンがそう言うと、スライムが頷いて肩に乗った。

新しく新調したグローブには魔王の小さな手が握られ、三人は家への帰路へ向かう。


いつもの様に街の夕暮れを歩くレン。

だが、今日はその装いが違う事に、道行く人達は物珍しげな顔で振り返っている。

その事を知ってか、突然スライムがふふふ…と笑みを零した。




『装備が格好良くなって良かったね!』


「スライムも盾が買えてよかったね」

「オレ、結局何にも買えなかった」

「ご、ごめん。でもしょうがないと言うか何と言うか…」




確かに、彼にだけ何もないと言うのは気が引ける。

しかし職人ギルドには彼が使用出来そうな装備は余りなかった。


どれもこれもが気に入らない、耐久が足りないと言った問題を抱えてしまっている。




「マオちゃんは何もなくても十分強いけれど…流石に何かあげたいなぁ」


「じゃあジェリーを呼ぼう!」






◇◆◇





その夜、ジェリーが『訪問販売』に家を訪れた。

今度は正規のルートを試みたお陰で、庭には大穴が開く事はない。


今はリビングで、マモンが淹れてくれた紅茶を皆で楽しんでいる所だった。




「マモンから聞いたよ。旅に出るんだってね…」

「うん。それで今日は装備の新調しに『職人ギルド』に行ってたんだ」

「あぁ…通りで装備が変わってると思ったよ」




ジェリーはそう言って、レンの装備を眺めた。

時々頷き、そして思案するような素振りをしている所が、少し気になるところではある。




「に、似合ってない?」

「うん」

「えっ」

「『君専用』にはまだほど遠いかなって事なんだけど…」

「あ、ああっ。そうだよね、うん…!」




ジェリーにとって、それはあくまで作品としての『価値』を評価しているのだろう。

確かにこれは既製品で、完全オーダーメイドではない。

やはり彼も、装備を整えるならオーダーメイドを推奨している様だ。


そんな中、一人冷たい眼をして此方を見ている悪魔が居る。

言わずもがなマモンだ。




「それで? 俺に何か言う事があるのでは?」

「お金を援助して頂きありがとうございましたぁああっ!!!!」

「援助ではなく、借金の追加です」




借金がまた増えた。

仕方がない事とは言え、装備の新調は大事である。


しかし普段から金欠で雀の涙ほどしかないレンに、そんな新調する為のお金がある筈もない。


仕方がなく。

本当に仕方がなく、マモンにまたお金を援助―-いや、借りる事になった。




「それに『魔王様にも買う』と言う約束で渡した筈ですが?」

「いや…それが、マオちゃんに合う装備が全然なくて」

「そうでしょうね。人間の装備は魔王様には相応しくありませんから」




マモンは何処か納得した様子で頷く。




「だからこうしてジェリーを呼んだんだよ。そう言えば、職人の人達がジェリーの事を話してたよっ」


「僕の事を…?」




レンはジェリーに、職人ギルドで出会った工房の人達の事を離した。

取り分け、話は全て『彫金職人』の人達の事である。




「あぁ、そうなんだ…そうだね。あの人間達には僕も売った事がないね」

「せっかく買ってくれるって言うのにどうして?」


「お金の為に作ってる訳じゃないからね…本当に使って貰いたい人、欲しい人の為に作ってる。あの人間達はそう言うんじゃないから」


「違うって事?」




うん―ーとジェリーが頷いた。




「欲望が見え隠れしてるんだ。人の技術を盗もうだなんて泥棒と一緒さ…」

「人間は強欲な生き物ですからね」

「強欲の悪魔が何か言ってる…」

「はい?」

「何でもないです」




レンは彫金職人の人達に、ジェリーの考えを伝えるかを悩んだ。

大凡はレンが思った通りの事で、そんな内容の事をあの場では想像として伝えて入る。

しかし、最終的には職人達の努力次第だろう。




「…やっぱり、人に言われるよりも自分で気付くべきだよね」




あのトップデザイナーがその事に気付かない筈がない。

誰よりも自分の作品を愛しているのは、彼女だって同じな筈だ。

今は少しだけ、その方向性が歪んでしまっているけれど。

それもまたジェリーが『嫉妬』の悪魔だからそうさせている―ーと思いたい。



だからこそレンは、余り深入りせずに、そっとしておくことにした。



職人達は、ジェリーの技術やセンスに惚れ込みながら、その距離を縮める事が出来ないもどかしさに悩み続ける事だろう。

そんな事に目を向けず、ただひたすら装飾品やアクセサリーに重きを置いて欲しいと、レンは願っていた。


彼女達に必要なのは技術を盗む事ではなく、冒険者の『笑顔』だと思うから。



いつか、本当に必要な物を求め、純粋な動機でジェリーに接する日が来れば、彼も心を開いてくれるかも知れない。



そう考えていると、突然マオが思い出したように声を上げた。




「そうだジェリー。今日は『解呪のネックレス』を使ったんだけどな。呪いは一切解けなかった!」


「解呪のネックレス? あぁ…人間が作った物じゃ駄目だよ」

「ネックレスの方が壊れちゃったもんね」




お陰で弁償する羽目になってしまった。

意外と高かったんだよ、あのネックレス…




「マオちゃんの魔力って、抑えたり出来ないの?」

「は? これ以上魔王様の何を制限するつもりですか、この女は」

「ち、違うよっ!? 錬金職人の所で試飲した時、何か物凄い炎が暴発した時があってさ…!」




魔王の件に関して言うと、マモンは本当に怖い。

ただでさえ今がこんな姿だと言うのだから、無理もなかった。


慌てるレンの向かいで、ジェリーは静かに口元に手を添える。




「…小さくても魔王様だからね。そう簡単に人間の装備では、その魔力に耐えきれないだろう。抑えるにしても、上昇させるにしても、とんでもない爆弾だ」


「それが鍛冶工房の火事かぁ」

「え、なに。ダジャレ? 寒いよ…?」

「うぅ…」


「彼の装備については僕に言ってくれた方がいいよ。寧ろ人間の職人に頼まずに、君も僕にお願いすればいいのに…酷いなぁ。僕は信用がないんだね…」




少しだけ肩を落とすジェリーの眼は、寂しそうにレンを見つめた。

勿論ジェリーの作る装備や装飾品はどれも素晴らしいと解っているが、どうしても『お金』の心配が浮き彫りになって来る。




「いや、圧倒的にお金が足りないんで」

「あぁ、そうだね。君、マモンにお金を借りてるって言ってたもんね。それじゃあ無理だね」




まだ『一般冒険者』になりたての自分が、彼の装備を身に付ける事すら部不相応な気がしてならない。

せめて『中堅』いや『ベテラン』くらいにまで成長したら、また考えさせて貰いたい。


するとジェリーはいつものトランクを開けて、中からカタログを取り出した。

中には彼が制作した数々の装備や装飾品がラインナップされている。


前回彼が此処に来てから日はまだ浅い筈だが、既に新作ページが更新されていた。




「小さな魔王様には、そうだなぁ…何がいいかな」

「それこそ、呪いを解くネックレスとかはないの?」


「そんな物あったら、とっくに彼に渡しているよ。マモンがどれだけお金を積んででも買うって言ってたけど…」


「えぇ。勿論です」




魔王の為なら、どんなお金でも快く出すのがマモンである。

ジェリーは小さな魔王をじっと見つめていたが、直ぐに眉を顰めてしまった。




「見たところ、呪いは複雑化しているみたいだし、ちょっとやそっとじゃ解呪されないよ。残念だけど僕じゃあ無理だね」


「そっか…」




魔王の呪いは、やはりジェリーの力をもってしても解呪は難しそうだ。

いよいよ本気で、レンの冒険者ランクを『SSS』まで上げない事にはどうしようもなくなって来た。


そんなぶっ飛んだ話、あるんだろうか…

『S』までしかないのにね?




「ごめんね魔王様。他に何か欲しい物はあるのかい?」

「んー。別にねぇな。アクセサリーとかに頼らなくても俺、強いしな!」

「それもそうだね。じゃあ僕が来る必要もなかったのかな…」

「何か呼んだのにごめんね。ジェリー」




せっかく呼び出したのに、ただお茶をして帰るだけなんて、何だか申し訳なく思う。

彼だって忙しいのに、こうして此処に来る時間を作ってくれたのだから。


だが魔王は、ぎゅっとジェリーの大きな手を握り締めた。




「オレはジェリーに会えて嬉しいぞ?」

「…そんな可愛い事を言ってくれる魔王様には、これをあげるよ」




それは何の変哲もないただの『ペンダント』だった。

ジェリーが手渡すくらいだから、何か特別な力があるのではないかとレンは期待する。




「それ、どんな効果があるの?」

「別に何も…人間が作るのと普通のペンダントだよ」

「ジェリーにしては珍しいな?」

「寧ろそう言うのでもいいじゃない。最強無敵の小さな魔王様にはね…」




そう言ったジェリーは、とても優しい眼をしていた。

魔王も彼からの『贈り物』を気に入ったのか、嬉しそうにそれを眺めている。




「解った! じゃあオレ、これをジェリーだと思って大事にする! ありがとうな、ジェリー!」




にっこりと笑顔の魔王様に、ジェリーの眼は静かに見開かれた。

その口元には、何処か笑みが浮かんでいるような気する。




「…しょうがないな。じゃあもう一つ何かアイテムを―ー」


「魔王様が途轍もなく可愛いのは解りますがっっ! 貴方も『悪魔』としての自覚を持ちなさい。ジェリー!」




ジェリーはおだてれば何でもしてくれるんじゃないか?


最近はそう思い始めたレンだった。




〇月×日 晴れ


冒険の準備をしたら、レンが格好良くなった!

スライムも盾を手に入れて満足そうだ!


オレは何も買えないから、ジェリーがペンダントをくれた!


ありがとうな!





お読み頂きありがとうございました。

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