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D級テイマー、職人ギルドへ行く④ ~裁縫職人は、装いに真心を込める~



『裁縫工房』と書かれた看板を前に、レンは深く深呼吸をする。


職人ギルドの数ある工房の中で、レンにとっては此処がメインイベントと言っても過言ではない。


一般冒険者に相応しいような装備を手に入れて、この初心者装備から脱却するんだ!

硬く拳を握り締めて決意する。




「よし、お願いします!」




意気込んで、レンは次の工房に足を踏み入れた。




「ようこそいらっしゃいました。此方は『裁縫工房』でございます」




工房のカウンターには、優しそうな顔立ちの女性がにこにこと笑って出迎えてくれた。

柔らかな微笑みと温厚そうな雰囲気に、彼女はこれまでの職人達とは訳が違う―ー!と、レンは即座に認識した。




「ふ、普通だ…!」

「はい?」

「あ、いえいえ。こっちの事です。すみませんっ」




余りにもその女性が『普通』過ぎたので、感動で泣き出しそうになってしまった。

泣くのはまだ早いとぐっと涙を堪え、レンは笑顔で挨拶をする。




「こんにちは! 装備を買いに来ました!」

「はい、承りました。私はこの工房の『ママ』を務めておりますの」

「…ママ?」

「あら、ごめんなさい。うちの子達が私の事をよくそう呼ぶものですので」

「うちの子…あぁ、お弟子さんの事ですね」




彼女は『えぇ』と呟いた。

裁縫工房には、彼女の他にも複数の男女がいる。

『ママ』と言うこの女性が師匠に当たり、その『子』としてお弟子さん達が居るのだろう。


いや、呼び名なんてどうでもいい。

どの工房でも皆、師匠と弟子と言う関係性は同じだったじゃないか。




「フォージャーさんから聞いているとは思いますが、裁縫工房では主に、布や革を用いた防具を制作しています。魔法の布地や糸で紡ぐ衣装は、それはもう素晴らしい出来だと私共は自負していまますよ」


「そうなんですね。ちょっと見てもいいですか?」


「えぇ、勿論。さあ貴方達もいらっしゃい」


「「はいっ、ママ!」」




ママは深く頷いて子ども達――お弟子さん達を呼び寄せた。

子どもと称してはいるが、お弟子さんはその殆どが成人を超えた男女だった。


彼らが身に纏っているのは、この工房で作られた制服なのだろう。

見目麗しいデザインもさることながら、一人一人違った特色があるのだとレンは気付いた。


この工房でなら、自分に合った衣装が見つかるかも知れない。

レンの心は期待でいっぱいだった。



工房横に在る店には、帽子や服、手袋にブーツと言った様々な種類が置いてある。

頭装備一つにしても、帽子だけで何種類もの数が並べられていた。

既製品でこの数なのだ。

オーダーメイドともなると、これ以上の数ある布地の中から厳選し、更に糸を重ね合わせると言った作業になるのだろうか。




『レンはどんなのがいいかなー?』


「うーん。こんなにあると迷っちゃうよね」




単に装備として見るのではなく、日常生活でも使えるような綺麗なデザインが沢山あり、非常に目移りしてしまう。

目に映るものすべてが新鮮で、飽きる事はない。

寧ろ何時間でも居ていいくらいだ。





「時に――テイマー様。『オーダーメイド』にご興味はございませんか?」


「あ。気にはなってるんですが、時間がなくて。実は三日後にこの街を発つんです。なので今回は…」


「では、今回は『採寸』のみと致しましょうか」

「…ん?」


「貴方達、採寸の準備をお願いしますね」




ママはそう言うなり、子ども達に指示を出していく。




「「もう用意してあります、ママ!」」




彼らはさも同然のように、その手にメジャーや生地をしている。

中には大きな仕切りやカーテンを携えた人の姿もあり、レンは一瞬にして嫌な予感を悟った。


にじり寄ってくる裁縫職人達。

まるで自分を捕獲するべく、慎重に彼らは動きを見せている。




「いや、あの…採寸は別に…」

「あら。服を選ぶ事に於いて、自分の身体を知っておくのは当然の事ですよ?」

「オーダーメイドじゃないんで、ホントいいですよ…?」


「でしたら! 尚更採寸はしないといけませんね―ー確保!」



「「失礼します、テイマー様!」」



「わああああっ!!?!」





一斉に飛びかかって来るお弟子さん達に、レンはあっという間に捕獲された。

周りには視界を遮るように大きなカーテンに囲まれ、目隠しは準備万端。

男性のお弟子さん達がカーテンの外へ出ると、レンは女性の職人さんによって取り囲まれてしまった。


先程まではにっこりと笑顔が素敵な『普通』の職人だと思ったけれど、それは違った。




「さあっ! テイマー様のお身体を隅から隅まで調べまくりますわっ!」

「此処の人達も変だった!?」




今ではその笑顔すら、怪しく見えてしまうほどである



その瞬間、レンはもう逃げられないと悟った






職人達に囲まれて勢いに押され、本当に身体の隅から隅まで『採寸』をされた。

指のサイズならともかく、長さまで測られたのは初めての経験である。


お陰で自分の身体については身長や体重以外にもバストだとかヒップだとか、なんかもういろんなところを触られて弄られて、もう既にお疲れモード。

そんなレンがぐったりしている横で、スライムがぴょんぴょんと嬉しそうにはしゃいている。




『ねぇねぇ、レン! ボクとまお―様もレンと同じように『採寸』して貰ったよ!』


「…」


『ねぇー。聞いてるー? レンってばー!』


「あぁ、うん…ちょっと待ってね…」




時間にして数分と言った所だが、レンにしてみればそれはとても非常に長い時間のように感じられた。

まさに『地獄』である。


オーダーメイドにこそしない方向だが、これで既製品を選びやすくなるのであれば、仕方のない事だともう忘れるしかない。




「お疲れ様です。それでは改めて『装備』についてご検討致しましょう」




ママはにっこりと笑顔を浮かべていた。


先程までの鬼気迫る姿は何処やら。

まるでそれが自分の見た幻のようにすら思える。


その手には資料の様な物があり、其処にレンのデータが記されているのだろう。


…後でちょっと見せて貰おうかな。




「今着ている『旅人の服』本当にごく一般的な初心者装備ですね。防御力も低く、耐久性もない。よくそれで今まで頑張ってきましたね。大変でしたでしょう」



「は、はは…」




表情は笑顔でも、言っている事は辛辣過ぎて笑ってしまう。




「テイマーのスタイルは魔物と共に戦うとの事ですが、レンさん自身も魔物と戦う機会も少なくない筈です。その為、装備は常に動きやすく、耐久性に優れている物を選ぶべきでしょう。布地には物理と魔法の防御効果を高める魔法の布と糸を使います。鎧が装備出来ないとの事ですが、中には革の鎧なんかもありますので、其方ですと軽くて丈夫な防具になると思いますよ」


「おぉ…何か凄い…」




採寸までの流れは本当にビビらされたが、こうして冒険者に寄り添って提案をする姿は、本当に優しい『ママ』である。




「戦闘でも活用出来つつも、日常でも使用できるデザインにしましょうか」

「あ、それは助かります。シンプル過ぎるのしか持ってなくて…」

「まあ、それは行けません。どんな時でもお洒落に気を遣わなくては!」




あれよあれよと方向性が決まって行くのを、レンは感心した様子で聞き入っていた。




「テイマー装備がよく解らなくて。専用の装備って言うのも解らないので、助かります」

「あら。別にテイマーだけが着られると言うのが『専用』と言う意味ではないのですよ?」

「え?」

「レンさんに会った、レンさんだけの装備を身に付ける事もまた『専用』と言えるのですから」




レンは自分に最適な装備が見つかる事が出来るかをどうかが不安だった。

しかし、彼女の言う通りである。


テイマー専用だからと言って、必ずしもその人に合った装備だとは限らない。

自分で考え、悩み、厳選し、手にした装備だけが、本当の意味で自分にとっての『専用装備』なのだから。


それに気づかされ、はっとしたレンは深く頭を下げた。




「ありがとうございます。やっぱり此処に来てよかった」

「ふふ…そう言って貰えると嬉しいわね」




ママは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

彼女がお弟子さん達から『ママ』と呼ばれる所以が、何となく解った様な気がする。


それからママの提案とアドバイスの下、レンはお店の中に在る既製品の中から装備を選ぶ事にした。

自分が戦闘でどのような動きをするかを把握した上で、彼女は幾つかの装備の中から見立ててくれた。




「此方のクロークは超軽量でありながら、織り込まれた魔法の糸が物理的な攻撃や軽い魔法を防いでくれますよ」




色合いはシンプルだが、エレガントな模様が施されたクロークだ。

内側にはポケットがあり、アイテムを収納する事が出来る。

マント代わりとして活用出来ることもあり、これだけで一気に『一般冒険者』っぽい雰囲気だ。




「その中に着て頂いているのは『レイヤードベスト』です。此方もまた軽量の革製鎧なのですが、複数のレイヤードで構成され、内側には魔法防御を施した糸が縫い込まれています。物理や魔法攻撃を軽減しつつ、動きを邪魔しない作りになっていますよ」


「ホントだ。軽いし動きやすい」




ベストはツートンカラーで、スタイリッシュ且つ機能的。

動きに合わせて形状が変わる伸縮性も兼ね揃えており、激しい動きにも対応出来そうだ。




「手袋は『グローブ』を使用しました。使用してもダガーがしっかりと握られるよう、指先の自由を考えて軽い革の素材にしています。縫い目にも魔法の糸を使用しているので、早々破れませんよ」


「そうですね。ダガーも問題ないです」




研ぎたてのダガーは、問題なく簡単に引き抜く事が出来た。

これなら戦闘中に武器がすっぽ抜ける事無く、握力を保っていられるだろう。

彫金工房で買った『シールドブレス』に干渉する事がないので、其処に『在る』と言う事がすぐに解る。




「そして『ブーツ』ですが、此方には足音を消す効果を持つ、特殊な布地で作られています」


「足音?」


「えぇ。敵に気付かれずに接近したり、闇夜に紛れて移動する時など、ステルス能力を向上させる事が出来ますよ」




足元を柔らかく包み込むシンプルな黒いブーツで、無駄な装飾が一切ない、完全に動きやすさを重視していた。

闇夜に紛れる時があるのかとも思ったが、旅で何が起きるか解らないとからこそ、必要な時もあるのかも知れない。


それらを試着させて貰ったレンは、まるで見違えるように姿が変化していた。

鏡を見て、自分でも驚くくらいだ




『わー。レンが格好良くなった―!』

「えぇと…今までは?」

『可愛かったよー?』

「…それならいいや」




初めて旅人の服を装備した時もそうだったが、スライムは本当に素直に褒めてくれる。

『可愛い』なんて言葉、この35年間で言われた経験も記憶も殆どなかったので、改めて言われると非常に恥ずかしいのだが。



今まで『旅人の服』しか着て来なかったレンだったが、改めて見ると本当に自分の装備は『初心者用』なんだなと認識した。

何しろデザインどころか、触れた時の質感までもが全然違うのだ。


装備の全てに魔法の布地や糸を拵えているそうだが、レンには解る――




「(…これ絶対凄い奴!)」




如何に自分が今まで『初心者用』装備で戦って来た事へのダメ出しを喰らっていたのか、よく解ってしまった。




「本当はオーダーメイドの方がいいのですがね…」




少し残念そうな顔をしたママは、まだそんな事を言っている。

残念な気持ちは此方もいっぱいだった。

もしかしたら、今よりももっと凄い装備が整えられるかも知れないと思ったが、生憎時間もお金も足りなさ過ぎた。




「気に入りました。これにしますっ!」

「はい。ありがとうございます」




しかし、既製品とは言えどこれも十分素晴らしい出来である。

間に合わせになって申し訳ないが、次にお願いする時は本当にオーダーメイドを検討してみよう。






「なぁなぁ。風のマントはないのか? ムササビみたいにぴゅーって飛ぶような奴!」




ふと工房内を見学していた魔王が、ママに問い掛けた。




「あれは特殊なオーブが必要でして、風の神殿に行かなければ難しいですね」

「そんなのもあるんだ…?」

「えぇ。風の精霊にお願いしてオーブを手に入れるのですが、なかなかこれが難しいと聞きます」


「何だ、飛べないのか…」




しょんぼりとする魔王。

そんなに飛びたかったんだろうか。




「マオちゃんには『空間転移』があるんだから、いいじゃんじゃないの?」


「駄目だっ。オレはぴゅーって飛びたいんだ!」

「そ、そっか。いつか夢が叶うといいね」




風の神殿に行く機会があるならば、オーブをお願いすると言う事を覚えておこう。

魔王が喜ぶのであれば、何とかしてあげたかった。




「それにしても―ーこの子は随分と素晴らしいお召し物なのね」




ママはそう言って、魔王の姿を興味深げに見つめていた。

彼が装備しているのは所謂『お子様ジャージ』

マモンが魔王の為に誂えた品々である。


緑のジャージに黒のタンクトップにサンダルと言ったシンプルな物だ。

しかし、ママの眼にはそれが『素晴らしい』と評している。




「これは貴女が選んだの?」

「いえ、違いますが…マオちゃんの服、そんなに凄いんですか?」


「物理や魔法の防御力は断トツで高く、耐久性もある。動きやすさを重視に素早さのエンチャントが最大まで付いているわ。装備毎に付けられるエンチャント数は最大でも3つ決まっているのだけど、この子はそれを5つもつけているのよ」


「えっ」


「足のサンダルは転んだりした時用の落下防止までついています」

「その落下防止、要るの?」

「勿論、高い所から落ちた時も同様の効果ですよ。足首を挫きません」




ただの『お子様ジャージ』のように見えて、実はとんでもなく凄い代物だったのか…

選んだのはマモンだが、もしかすると小さくなった魔王の為の計らいなのかも知れない。




「これはジェリーが作ってくれたからな!」

「まあ。あのジェリー氏が!? 先程の会話を聞いておりましたが、やはりジェリー氏のお知り合いだったのですね!」




―ーまぁたジェリーだってぇ!?!?




何処からか彼を妬むような声が聞こえて来た気がするが、レンは聞かなかった事にした。




「…お隣の工房が何やら騒がしかったのは、そう言う事ですのね」




そしてママも、納得がいった様子で頷いた。






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