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D級テイマー、職人ギルドへ行く① ~鍛冶職人は、剣に魂を込める~



レンは三日後に控えた旅立ちの為に、準備を進めていた。

目指すは『魔法王国』

剣の王国を抜けた先に在ると言う其処へは、馬車を使っても随分な長旅になると言う。


旅に出る事自体が初めてな為、まずは武器・防具屋に行く事にした。

レンは今まで、ダガー一本に旅人の服と言った、本当に必要最低限な物だけを使用していた。

しかし、新米冒険者から一般冒険者となれば、冒険者ランクが上がっただけでなく、この先に現れる魔物との戦いも、これまで以上に大変なものとなるだろう。


戦闘に関しては知識も技術も未熟な為、一先ず装備を整える事を優先に考えたのだった。




「こんにちはー」

「いらっしゃい」




武器・防具屋に入ると、カウンターに居た店主が顔を上げた。

彼は以前、レンが初めて冒険者になった時に装備を揃えるのにお世話になった人だ。


この街に拠点を構えるに当たって、店主は何とかテイマー用の装備を揃えようと言ってくれていたのだが――




「すまんね。あれだけ『揃えてやる』なんて言った手前、申し訳ないんだが…」




レンが旅に出る旨を伝え、装備を新調する事を放すと、店主は申し訳なさそうに頭を下げた。




「テイマーの装備がどんなものか、わしにはさっぱりでな」

「あぁ…そうですよね」




テイマーと言う職業がそう多くない為、彼の店には専用の装備が揃えられなかったらしい。

注文しようにも具体的な装備に関する知識が乏しく、資料や文献などを探っても、参考にするものがなかった。


そしてレン自身、自分にどんな装備が合うのかも解らなかったので、お互いに難色を示していた。




「少なくとも、鎧なんかは着られないと言う事は解ってるんだが、それ以外に何か必要な物があったりするのか?」


「うーん。私も普段は何となくで戦ってるようなものなので。それに基本的にはスライムが戦ってくれるから、私自身が何かをすると言うのが…」




とは言え、スライムばかりに任せるのも駄目だとは解っている。

いざと言う時には冷静な状況判断や、逃げる為の戦術なんかも考慮すれば、基本的には動きやすさ重視の軽装備がいい事くらいしか解らない。


魔法は使える感じではないし、だからと言ってダガーで敵機を倒すと言うのも、攻撃の決定打とは言えない。

あくまでテイマーは、テイムした魔物のサポート役と言うのが、今のところの戦い方だった。




「他の職業と併用した装備なら、うちにも取り扱ってるんだがな、それだと性能は、今着ている『旅人の服』とはそう変わらんのだ」


「なるほど…」


「どうしたもんか。せっかく旅に出るのであれば、準備はしっかりしておくべきだとは思うんじゃがね…」




店主とレンが揃って腕を組み、悩んでいる。

そんな中、店の奥から女性が姿を現した。




「どうせなら、自分で考えた物を作って貰ったらいいんじゃないかい?」




彼女は店主の奥さんで、この店を一緒に切り盛りしてる。

奥さんの言葉に、店主は振り返った。




「作る…おお、そうか。その手があったな」

「何ですか?」


「お前さんは『職人ギルド』を知っておるか?」

「職人ギルド?」




ラ・マーレの街にあるとは話には聞いた事があるが、実際に其処へ行った事はない。

この街には冒険者の他に、この夫婦の様な職人の人達が居る。

彼らは『職人ギルド』で同じように『職人証』を貰い、一端の職人として認められていた。


その職人ギルドでは、職業ごとの装備を規制品からオーダーメイドで柔軟に対応してくれる。

自分にどんな装備がいいのかなど、冒険者に対してもアドバイスを行っていると言う話だ。




「実は店の装備は全て『職人ギルド』で製作されていてな。あそこなら、直接作った装備を買い付けする事が出来る。どんな要望もある程度は聞き入れてくれるぞ」


「うちで買ってくれるのも有り難い話だけど、一般冒険者になるくらいの腕なら、職人ギルドに直接行く冒険者も居るんだよ」


「そうなんですね。職人ギルドか…ちょっと覗いてみようかな?」




店主は店の品ぞろえが悪い事に、またも頭を下げていた。


決して彼の所為ではないし、たまたま自分がテイマーと言うややこしい職業についている為、困らせてしまったと此方が謝るべきだと思う。




「自分の装備の他にももしかしたら、テイムした魔物の装備も作ってくれるかも知れないね。相談してみるといいよ」


「はい、ありがとうございます!」




とても貴重な情報を得る事が出来たと、レンはスライムや魔王と笑顔で顔を見合わせる。



次に目指すは『職人ギルド』だ!







街の中央通りに在る『職人ギルド』は、冒険者ギルドとはまた異なる活気に満ちた場所だった。

大きな木造の建物に入ると、作業場の音や匂いが漂い、様々な道具が並んでいる。

あちこちでカンカンと鉄を打ち鳴らす音や、電動機器で木材を切り落とす姿などが見られ、職人ギルドの中は全ての場所に於いてが、職人達の作業場である。


一口に職人と言っても、鍛冶職人、甲冑職人、裁縫職人と言った、各分野に於けるエキスパート達の集まりだ。

建物内には職人の格好をした人の他にも、冒険者達の姿もあり、彼らは自分の注文した装備を買い付けに来たお客さんなのだろう。


その中で、職人ギルドの奥に在るカウンターには、見覚えのある顔立ちの女性の姿があった。

ギルドの受付に居たのは、宿屋や冒険者ギルドでよく見る三つ子の姉妹―-その三人目であろうと推測された。

何しろ、顔立ちがそっくりだ。




「いらっしゃいませ。職人ギルドへようこそ!」




彼女も他に姉妹同様、優しい笑みと丁寧なお辞儀でレン達を迎え入れた。




「冒険者の方ですね。本日はどのようなご用件でしょう?」

「えぇと…実は装備を作って欲しいと言うか、探していると言うか…」

「装備のご相談ですね! 失礼ですがご職業は?」

「テイマーです」




レンが答えると、その女性は少し驚いた様な顔を見せた。




「テイマー!? と言う事は…もしや、貴女がレンさんっ!?」

「あ、はい」

「両親や姉妹からお話は聞いていますよ! やっとお会い出来て嬉しいですっ」




流石に三人目ともなれば、レン自身はそう驚かなかった。

三つ子の姉妹だが、三人の中で驚き方は、宿屋の看板娘の方が誰よりも凄かった。

スライムを初めてお客様として迎え入れた時然り、レンが退院した時然り…




「いつお会い出来るのかと、心待ちにしていたくらいです」

「そんなにですか?」


「えぇ。テイマーがどんな装備を揃えるのかって、うちの職人達も気になっていたんですよ。何しろずっと『初心者装備』のままで――」


「初心者装備…まぁ、間違いじゃないですね」

「あっ!? し、失礼致しましたっ。お客様の前で!」




はっとしたように口を抑える彼女だが、レンはしっかり聞いてしまった。

まさかそんな風に思われているとは思わなかった。


新米冒険者から一般冒険者に上がったからこその新調だったのだが、一般的に言えば装備は随時更新が基本らしい。

ダンジョンで手に入れた物を身に付けたりだとか、定期的に装備を購入したりだとか、相応の努力を経て強さに代わるものだ。




「いや、間違ってないんで…何も知らなくてすみません」




それをレンは、ただただずっと同じ装備を使い続けていた。

『D級』冒険者ともなれば、もう装備の一つや二つの更新は当たり前の話だった。

そんな当たり前な事を知らない自分は、本当に何も知らないんだなと痛感する。




「寧ろ、解らない事だらけなので教えて頂けたら嬉しいです、ホント」

「そ、それでしたら! 早速『職人ギルド』についてご案内致しますねっ」




そう言って、彼女はとり繕ったような笑いを浮かべて話を進めた。


彼女―-三姉妹の次女は『フォージャー』と呼ばれる人で、その名の通り『鍛冶職人』

受付係だと思っていた彼女もまた職人の内の一人で、受付の仕事をこなす傍ら、装備の制作や修理などにも携わっているそうだ。




「今、レンさんがいらっしゃるこの建物は『職人ギルド』と呼ばれています。各専門の職人さん達が、日夜不眠不休で働く地獄の様な作業場ですっ!」


「は、はぁ…」




笑顔なのに、言っている事がえげつない。

ちょっとした『挨拶』のつもりだったのかも知れない。

レンはそう思っていたが、フロアに在る職人さん達の真剣かつ疲れたような顔に、強ち間違ってはないのかもと思った。



職人ギルドは大きな建物で、各職人が自分の工房や店を持っている。

鍛冶職人の音が響き、裁縫職人の裁断するハサミの音、錬金職人の調合する薬の匂いなど、各エリアごとにに特有の雰囲気が漂っていた。




「ギルドには『鍛冶』『甲冑』『彫金』『裁縫』『錬金』とあり、彼らは『師匠』と呼ばれる方で、その下には数名の『弟子』を抱えています」


「師弟関係で行っているギルドなんですね」

「はい。私も『鍛冶職人』の弟子の一人なんですよ」




意外にも、職人の中には女性の姿もある程度は見受けられた。

一口に職人と言えど、男性だけが活躍する場ではないらしい。

そう言うところは、冒険者もまた一緒だった。




――以下は、職人ギルドに於ける職人の概要である。



『鍛冶職人』

剣、大剣、ダガー、槍、杖などの多種多様な武器を制作する。

また、特殊な素材を用いて、耐久性や威力を上げる能力付与エンチャントも行う。



『甲冑職人』

鎧や盾など、前衛に適した職業の防具を制作する。

耐久性やダメージ軽減のエンチャントも可能。



『彫金職人』

アクセサリーや装飾品を作り、魔力や特殊効果を込めた装備を制作する。

冒険者向けの指輪やネックレスは、スキル効果上昇や防御力強化の効果を持つ事がある。



『裁縫職人』

布や革製の軽装防具を制作する。

魔力を込めた布地や、丈夫な軽い素材を取り扱う為、物理・魔法防御力に関してはそれなりにある。

エンチャントして様々な効果を付与可能。



『錬金職人』

ポーションや爆薬など、魔法的な効果を持つ道具や装備を制作する。

回復アイテムから武器に魔法を宿すアイテムまで、多岐に渡るアイテムを提供。



こうしてみると、本当に色々な職人が居るようだ。




「工房では、依頼者が冒険に必要な装備やアイテムを注文し、それを職人達が受注して制作に取り掛かります。注文内容によっては、依頼者が必要な素材を集めるクエストも発生しますので、ご協力のほどよろしくお願い致します」




どうやら、特定のダンジョンを探索して、希少な素材を持ち帰る必要があるそうだ。

全てを職人に任せる事も出来るが、それはそれでまた費用が嵩んだりと、何かと大変らしい。

せめて、用意できる物は此方で用意するのが道理だろう。



職人達は冒険者の戦闘スタイルや体型などを詳しくヒアリングし、それに応じた装備を提案する。

既存装備のカスタマイズも行ってくれるし、必要なら整備もしてくれる。

中にはオーダーメイド仕様の装備も制作してくれるとの事だが、素材や機能、デザインの細部に拘る事もあり、製作期間やコスト、費用が上がる事もあるらしい。




「制作には基本的には数日から一週間ほどかかりますので、日にちに余裕をもってご相談下さい」

「もしも今から頼んだとしても、流石に三日じゃ出来ないですよね?」

「そうですね。物に寄るかとは思いますが、種類が多いとなったらそれも難しいでしょう」




それを聞いて、レンは困った様に腕を組む。


三日後にはこの街を発つつもりなので、それまでの間に装備を整えられればいいぐらいにしか、思っていなかった。

もっと早くにこの場所に来ていれば、それなりに装備が整ったのだろう。

しかし、後悔をしていても今更だった。


すると、そんな様子のレンに首を傾げたフォージャーは尋ねた。




「何か込み入った事情があるのでしょうか?」

「実は、三日後にこの街を発って魔法王国と言う所に行くんです」




『魔法王国』の名はそれなりに知れ渡った地なのだろう。

直ぐに彼女は理解を示し、頷いてくれた。




「そうなのですね。魔法王国まで行かれるのであれば、確かに装備の新調は必須です」

「そんなに、ですか?」


「はい。勿論道中何があるか解らない点もですが、あの地域はこの辺りでは見かける事のない、狂暴な魔物も出ますから…人食いオオカミや巨大竜なんかを見たと言う目撃情報も聞きますし」


「え」




何だか聞いていて、薄っすらと寒気がしてきた。

この街に住む人がそう言うくらいなのだ。

信憑性は高く、そして恐ろしい程に恐怖で身体が強張りそうだ。


生半可な気持ちで同行するのは危険である。

やはり装備は大事だ。




「絶対行きたくないなぁ。そんなとこ…」




しかし、実際にレンは行かなければならないからどうしようもない。






「では、こう言うのはどうでしょう?」




そんな時、フォージャーがある『提案』をレンにしてくれた




「先程紹介した各職人の攻防の隣には、お店があります。出来上がった商品が数多く並んでいて、冒険者の方は其処から選ばれる事も多いです。オーダーメイドは、あくまで装備に拘る方がご利用する――と思っていただいて宜しいかと」


「なるほど…?」


「其方で装備を購入し、更に必要であれば『耐性』などのエンチャントを付けると言うのは? エンチャントであればお日にちも掛からず、その場で付与出来ますし!」




フォージャーの提案は、見事にレンの希望に合致した考え方だった。

オーダーメイドだと、一から何をどうしていいのか解らないのが現状だったので、その提案はとても魅力的だ。

悩んでいる冒険者に寄り添い、様々な提案を行い、アドバイスをしてくれる彼女には、本当に感謝である。


やがて彼女は、レンの足元に居るスライムに目を向けた。




「ちなみに、お連れのスライム様は、何か武器を装備して戦うのでしょうか?」

「いえ。この子は特に武器は持たないです。装備もなくて、ずっとこのままで」


『装備なんてした事ないよー』


「まぁっ。此方のスライム様は、本当にお喋りが出来るのですねっ! 妹のテンションがブチ上がる訳ですっ」

「ブチ上がる…?」




『妹』と言うのは三姉妹の一番下に当たる、宿屋の娘の事だろう。

確かに彼女はスライムが喋ると解った瞬間、天にも昇る思いで幸せの絶頂みたいな顔をしていた。


彼女達の会話が一体どんな内容だったのか、少し気になってしまう。




「それでしたら、この機会に装備をご相談してみるのがいいでしょう」

「えっ。スライムでも装備って出来るんですか?」

「えぇ。魔物の中には、人間と同じように武器や防具を使用する事も、珍しくありませんから」




フォージャーの言葉を聞いて、レンはふとセンジュとの戦いを思い出した。

あれもまた、自らが屠って来た冒険者達の武器を使用していた。


そうなると、スライムだって装備出来ない事もないのか…




『ボクも何か装備が出来るのっ?』


「そうみたい。色々見てみようか」


『うんっ! 楽しみだなー!』




レンは頷くと、まずは『鍛冶職人』の居る工房を訪れる事にした。

工房内に足を踏み入れると、其処は熱気が充満していた。


職人はそれぞれ剣の刃を研いでいたり、激しくカンカンと打ち鳴らしたりと、まさに汗水垂らして働いている。

そんな中、職人の一人がレンに気付くと、作業の手を止めて近付いて来た。




「いらっしゃい。此処は鍛冶工房だ!」

「あの、装備を見せて貰いたくて来ました」

「親方。この方は何とテイマーなんです!」




フォージャーが『親方』と呼んだその男は、レンを見て少し驚いた表情を見せた。




「テイマー? …とうとう装備を新調する気になったのか?」

「あぁ、はい。宜しくお願いします」




自分の与り知らない所で噂をされるのは、ちょっと困ってしまうがこの際仕方がない。

レンは親方に頭を下げると、周りのお弟子さんたちの眼が、好奇に満ちたように此方を見ていた。




「此処は武器を専門にしている。お前さんの武器はダガーか」

「そうです」

「どれ。見せてみろ」




レンは自分のダガーを親方に手渡す。

すると、それを見た瞬間、彼の表情が酷く険しい物になった。




「こりゃあ酷ぇな…」

「えっ」


「お前さん、今までずっとこの武器を使って来たのか? 手入れはちゃんとしてるのか?」


「冒険者になってから、ずっとそれを使ってましたね…手入れはした事が無いです。やり方も解らなくて」


「こりゃあ駄目だ。刃毀れを起こしているし、錆までついてやがる!」




いきなり大声を発した親方に、レンは目を丸くした。


センジュとの戦いでは硬い石像の足を壊し、魔物の皮を剥ぎ取ったり、野営をした時には木を削ったりと。何かと大活躍したダガー。

しかし、職人の眼からすると、それはもう『駄目』だそうだ。




「す、すみません…?」

「すみませんじゃすまねぇぞっ!」

「ひぃっ!?」

「お、親方。落ち着いて下さいっ!」




いきなり人が変わったかのように叫ぶ親方に、レンは肩を竦めた。

それを勇めるように、フォージャーが間に入ってくれたのが、本当に救いである。




「…親方は、武器を大事にしない人には凄く厳しいんです」

「それを早く言って…」




しかし、聞いたところで結局のところ、怒られた事実は変わりないのだが。


親方は普段は寡黙で頑固でありながら、鉄と向き合う事に誇りを持ち、その分職人気質が強い人だった。

だからレンの様に『武器を粗末に扱う様な奴は冒険者じゃない!』なんて言ったりもする。

そう言った背景には、彼自身が昔、冒険者だった経験があり、武器の手入れがいかに大事であるかを重要視していた。




「今すぐに研いでやってもいいが、お前さんはもういっぱしの冒険者なんだろう? それなら新しくダガーを新調するもいい」


「あの…実は私、テイマーについては何もわからなくて。自分にどんな武器が合っているのかも解らないまま、ダガーを使ってて…」


「何だと…!?」




親方はレンが言葉を口にする度に、わなわなと怒りに震えていた。

火に油を注ぐとはこの事だ。




「武器の手入れもろくに出来ない冒険者が、自分に合った武器さえも知らねぇ、だと…!?」


「すみません、すみませんっ!!」

「親方っ! 落ち着きましょう! レンさんが困ってます!」




工房に充満する熱気以上に、親方は意外と熱い職人だった。

彼の前では、武器に関して口にするのはロクな事がなさそうだ。


フォージャーが止めてくれなかったら怒りはどんどん倍増しそうだし、それを遠巻きに見ているお弟子さん達は、驚くどころか『またか…』なんて表情で呆れている。


どうやら、レン以外にも失礼な冒険者は居る様で、ちょっと安心(?)した。



やがて、深く深呼吸をした親方は、少しだけ落ち着きを払った。




「まあ、テイマーって言うのもよく解らない職業だからな。お前さんが自分に合った武器が見つかれば一番いい話だ」


「一応、武器屋で長剣とか試してみたんですけど、どれも重たくて…だからダガーを選んだんです」


「女だからと言う理由じゃないだろうな。テイマーとしての職業が、単に剣に『選ばれなかった』だけだろう」

「選ばれる…?」


「武器ってのはな、使い手によって決まるもんだとも思われがちだが、そうじゃねぇ。武器が使い手を『選ぶ』んだ。手に馴染んだ使いやすい武器を選ぶ事で、使い手は活きる」




親方のその言葉は、冒険者になって日が浅いレンでも解る。


武器が人を選ぶなんて、考えた事もなかった。

ただ単純に手にして、振り回していただけだったから、其処まで深く考えた事もない。




「この先、何か他に自分に合った武器に出会う事もあるだろう。それまではこのダガー一本でやって行くのもありだろうな。しかし、随分と刃毀れをしてやがる…!」




あ、これはまた再び炎上する気配だ…!


そう察知すると、レンは工房の隣に在る武器を咄嗟に眺めた。




「ダ、ダガーはどれがいいですかねぇっ!?」

「ダガーなら、此方に在りますよ。レンさん!」

「おい。このダガーはどうするんだ?」

「えっと、買い替え…?」

「武器は大事にしやがれ!」




買い換えろと促したのはそっちじゃないのっ!?






鍛冶職人のお店には、様々な種類のダガーが取り揃えられていた。

性能のいいダガーは、エンチャントに毒や麻痺と言った効果をつけるものが多いらしい。

手に取って眺めると、それは普段使っている物よりも遥かに切れ味が鋭く、妖しい輝きを放っている。


これ一本あれば、戦闘に不慣れな自分でも少しの傷をつけただけで、ダメージを当たる事が出来そうだ。



しかし――





「…たっか」




各種ダガーに表示されたその『値段』を見て、レンは思わず呟いた。

普通のダガーにちょっとエンチャントを付けたような物が、一本につき金貨数枚は掛かる。


エンチャント効果は大変魅力的だが、分不相応過ぎてやっぱり諦めた。




「あの…」

「あん?」

「私のダガー、やっぱり返して貰っていいですか? そのまま使うんで…」

「この錆びて刃毀れしたダガーをまた使うだぁっ!? 寝言は寝てからいいやがれっ!」

「あああっ。じゃ、じゃあ研いで下さい、お願いしますううう!!」




武器を研ぐだけなら、そんなにお金が掛からない事は、工房に掲げられている『料金リスト』から見て取れた。


やっぱり武器は大切に扱わないとね、うん!




「では、早速砥石で研がせて頂きますね」

「はい。お願いします」

「…ってぇ事です、親方ぁっ! よろしくおねしゃーっす!」

「おうよっ!」

「あの。フォージャー…さん?」




彼女の雰囲気がいきなりがらりと変わった事に、レンは酷く驚いていた。

あの姉妹同様、彼女もほんわかとふんわりした女性なのかと思いきや。


まさに。この親方にしてこの弟子在り―ーである。




「あらすみません。私も鍛冶職人なもので、此処の熱気によく宛てられちゃうんです」




ぽっと頬を染めてそんな事を宣る彼女は、三姉妹の中では一番のクセ強だった。


寧ろ看板娘の驚きの方が、霞んで見えるくらいだ。



とりあえず、レンのダガーは無事に研ぎ直して貰う事が出来た。

ついでに初めてギルドを利用したと言う特典なのか、無償で『耐久力』が上がるエンチャントを一つ付けてくれた。


あと初めてでも出来る『砥石の使い方』なんてものも、彼女はレクチャーしてくれた。

多分、私が余りに手入れしなさ過ぎたから、フォージャーがおまけをしてくれたのかも知れない。




「おお…っ!」




しかし返って来たダガーは錆が落とされ、刃毀れも元通りになっていた。

もはや新品と言っても過言ではない。




「次、持って来た時に同じ状態だったら承知しないからな」

「気を付けます…!」

「それで? 他にも用はあるのか?」

「あぁ、そうだ。スライムにも装備出来る武器ってありますか?」




ダガーの事でいっぱいいっぱいだったレンは、足元に居たスライムを抱え上げた。


スライムは親方の激怒っぷりに驚きはしたものの、キラキラした目で彼を見つめている。

自分の番を今か今かと待ち望んでいたスライムは、今からどんな武器が出て来るのかを楽しみにしていた。




「スライムの武器か。そう言った客は初めてだが、武器は種類豊富に取り揃えている。そのスライムも自分に合った武器が見つかるだろうさ。『選ばれれば』だけどな」


『ボク、絶対に選ばれるー!』


「おおっ。喋んのか、こいつ…!」




スライムの言語共有は、職人さん達全員に届いていた。

まるで小さな子供の様な振る舞いに、何処か表情を緩ませるお弟子さんも居る。


彼らに見守られながら、スライムはぴょんぴょんと武器の並んでいるお店を覗き込んだ。




「スライムには何が合うのかなぁ。気になった物はある?」


『うんとねー。おじちゃんみたいにおっきな剣!』


「大剣? あれは重たいんじゃないかな。スライムの体よりもずっと長くて大きいんだよ?」


『でもでもっ、剣を振り回して戦うの、見てて凄いって思ったのー!』




子どもが憧れる職業としては、剣士、魔法使いに続いて、大剣使いが挙げられる。

レンの知る、あくまで隣街の孤児院に限定して言えば――の話だが。




「大剣か。持ってみるか?」


『うんー!』


「…で、手は何処にある?」


『手? ないよぉ?』


「手がないのにどうやって持つんだ、バカタレ」


『ぴぇっ!?』




親方はスライムが相手でも容赦がなかった。


スライムと言えば、ぷるぷるな体であり、『手』と言うものは存在しない。

寧ろあれは、体と言うよりも顔…?




『じゃ、じゃあっ。おくちで持つよぉ!」


「いや、無理だろ」


『お願いっ、持たせて―!』


「しょうがねぇな…おい、持って来てやれ」




溜息交じりに了承した親方は、お弟子さんの一人に指示した。

程なくして、レンと同い年くらいのお弟子さんが一振りのロングソードを抱えて来た。




「こ、此方をどうぞっ」

「ありがとうございます」

「いえっ。此方こそっ!!」

「…? あ、はい」




何だか逆に畏まられてしまった。

そう言えば、彼はレンがテイマーだと耳にしてから、ずっとあんな感じで緊張していたように思える。

ずっと耳に『聞こえて来る』心臓の音が、やけに高鳴っているのが不思議だったから、何となく覚えていた。




「スライム。あーん」


『あーん!』





試しに装備したまではよかった。

問題はその後だ。




「…剣先が長くて重たそうだね」


『んむむむむぅ~!』




スライムは身を震わせながら、何とかロングソードを持ち上げようと頑張ってはみた。

しかし予想以上に重たかったのか、剣先が床についたまま一向に上がる気配がない。


いい加減止めさせないと、スライムの顔色が真っ青になりそうだ。

あ、体は元から真っ青だったか。




「こりゃあ、もっと刃先の短いナイフやダガーの方がいいだろうな」


『ええ~!?』


「ロングソードには『選ばれなかった』っつー訳だ」

「テイマーさん、ナイフとダガーなら此処に!」

「あ、はい」




次にナイフを試してみる事にした。

ロングソードと違って重量も長さもなく、スライムがおくちで咥えるのには問題はない。




「おお。ちゃんと持ててる!」


『ふぉいへほー!?』


「えっ? うん…?」


『ふぁーい! ひゃっはー!』




ニコニコと嬉しそうにしているスライムには悪いが、問題があるとしたら『喋れない』事だろうか。

これじゃあ何を言ってるか解らないが、喜んでいる事だけは表情だけでよく解る。


でも戦闘中でこれだと、意思疎通が何かと大変そうだ。




「スライム。おくちで咥えたらうまく喋れないね…それに『おくちてっぽう』の時はどうするの?」


『おふひへっほう!』


「…何か格好がつかねぇな」

「って言うか、小石も出ないんじゃ?」


『!?』




すると、少しショックを受けたような顔で、スライムがますます青ざめた。


ステータス上にはエラー表記はないものの、スライムのおくちはがっちりと武器を咥える為に閉じられている。

これではおくちてっぽうどころか、ぷちっとふぁいあすら満足に使えなかった。


そしてスライムは、一瞬落ち込んだかと思いきや、はっとした様子で咥えていたナイフを床にガシャンと落とした。




『そ、そんなことないよっ。スキルを使う時は、こうしてちゃんとおくちから外すもんっ」


「…どうやってまたおくちで咥えるの?」


『こうやって、もう一度…あれっ。あれっ…!?」




最初こそレンの手で咥えさせてもらっていたが、スライムはなかなかおくちでナイフを掴む事が出来ない。

かぷりと柄の部分を噛んだとしても、持ち上げるのにちょっとだけ苦労している。

平気そうに見えて、実はまだまだ重かったのだろうか。




「大丈夫?」


『れ、練習するもんっ』


「しかし、毎度スキルを使う度にそうやって武器を放すのは、正直言って余りいいとは言えんな…」




戦闘中は何があるか解らない。

それこそ、相手がスライムが再び装備し直すまで待ってくれるとも限らないのだ。


そんな優しい魔物が居たら、寧ろ争いなんて起こるはずが無い。

世の中はみんな優しい魔物だらけである。


再び咥えるにはやはり人の手が必要と言う事で、ダガーに関してもそれは同じ理由で却下された。







「よし、次はこいつを試してみろ」




親方が次に取り出したのは、石のような硬い素材で出来た、牙の形をした物。


スライムの装備探しは、何気に親方も乗り気だった。

人間以外の、しかも魔物がこうして楽しそうに装備を吟味する姿に、彼の表情は心なしか明るい。




「何ですかこれ?」


「石の牙だ。獣の様な牙を模して造られている。敵に噛み付く様に攻撃するんだ。これならまだ、そのスキルを使いやすいんじゃないか」


「だってさ。スライム」


『んべー…なんかずぅっとおくちの中にあるからやだー』




今度はおくちの中に物を入れあままに在るのが、慣れていない様子だった。

装備するも秒で吐き出し、秒で噎せていた。


『噛む』と言った攻撃にもスライムは向かない様だ。

せいぜい甘噛み程度である。




「困ったな。そうなると殆ど装備出来るモンはねぇぞ」

「スライムに武器は必要ないのかもね…スキルあるし」


『えー…』




自分も武器が持てるかも知れないと期待していたスライムも、物の見事に打ち砕かれてしょんぼりしてた。




「レン、レン!」




そんな時、マオがレンを呼ぶ声がした。

そう言えば、スライムが試着している間、彼は異様に静かだった。


何処に居るのかと思って其方へと顔を向けると――




「見ろよ、でっかい剣だ!」




其処には、自分の身の丈以上の剣を『片手』でぶんぶんと軽々振り回すマオの姿があった。

目の前の光景が信じられないくらいに異常で、レンは一瞬だが言葉を失った。


小さな魔王が手にしているのは、重量もさることながらとても『お高そうな剣』である。


間違っても傷つけようものなら、即刻弁償は必至。

そしてそんなお金はレンには絶対になかった。




「マオちゃ…っ!?」

「すげー! 何だあの子ども!?」

「親方の渾身の一振りを、ああも軽々と…!」




その光景に、お弟子さん達は驚きの表情を隠せなかった。

しかも『渾身』だなんて、いよいよ速やかに即刻手放させばなければならない。


だが、親方は驚くどころかむしろ感心した様子で腕を組み、大きく頷いていた。




「こりゃ凄いな、ボウズ。そりゃあ『王者の剣』だぜ!」

「王者の剣っ!? まさにオレにぴったりだな!」

「あぁ、ボウズはその剣に『選ばれた』んだ!」




何故か魔王と親方が意気投合しているのだが、忘れてはならない。


小さな魔王が『王者の剣』を振り回しているんだよ?

あれ、感覚がおかしいのって私の方なのかな?




「レン、この剣買おう!」

「お金が圧倒的に足りなさ過ぎるんで無理」




そもそも魔王は『魔法』を使うんじゃなかろうか。

剣を装備出来る事には驚いたが、使っている所なんて見た事がない。




「マオちゃん、剣なんて扱えたんだ?」

「いや? 使った事ないぞ」

「えっ!? それなのにあの剣捌き? 職人さんも吃驚だよ?」

「何でも出来る魔王なんだな、オレは!」




自分の事なのに、彼はまるで解っていないかのような口ぶりだ。


それとも『天性』ってやつだろうか。




武器を選ぶだけでこの流れである。

他の職人工房ではどうなるのかと、今から先が思いやられるレンだった。





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