D級テイマー、指令を下される
その日はいつもより少しピリッとした空気が漂っていた。
「話があるの」
そう言った彼女――フィオナは真剣な面持ちで切り出した。
呼び出されたレンとウォルターは、フィオナの様子に少しだけ緊張の色を露わにする
楽にするようにと言われて腰掛けた椅子も、深くは腰掛けられずにピンと背筋が伸ばされた。
隣ではスライムと魔王がお菓子を口一杯に頬張り、ニコニコと嬉しそうな顔をしている。
『これから大人は話をするから』と、まるで本当に子どもへ言い聞かせる形で、フィオナが与えたものだ。
お陰で二人は一切喋る事無く、静かにそのひと時を楽しんでくれている。
「どうしたんですか、フィオナさん…?」
まさか、魔王の件でまた何かと遭ったのだろうか。
そう不安がるレンは、ちらりとウォルターの顔を見やる。
しかし彼も何の事だか解らないと言った様子で、首を振っていた。
「…何の話だ?」
ウォルターは腕を組んで彼女に問い掛ける。
「実はね。魔法王国に行って貰いたいのよ」
「魔法王国? 剣の国の先にあるあれか?」
ウォルターが驚いた表情で聞き返す。
魔法王国は大陸の南東に位置しており、魔法で政治を行う国が存在していた。
隣の王国が『剣の国』であれば、その先には『魔法の国』があると言う。
レンは、この辺りの地理や国の情勢には明るい方ではない。
しかしウォルターやフィオナの様子を見る限り、何かがある――と言う直感があった。
「そう。現在、魔法王国の関所が封鎖されているの。冒険者達が国に入る為の国境なのだけど、それが出来なくて困っている」
「理由は?」
「何故封鎖されているのかを問い合わせても『国の命令』としか答えないらしい。ま、お国の仕事ってそんなもんよね」
「でもそんな事をするって事は、何か理由があるの?」
「魔法王国で何かが起こったのか。或いは起こる前触れなのか…」
それは現段階ではまだ解らないと、フィオナは首を振った。
何にしても、その魔法王国の関所が封鎖されてしまっては、冒険者達は愚か行商人達ですら移動が困難だと言う。
お陰で既に足止めを喰らい、冒険や商いに支障が出始めているそうだ。
そんな事情を聴活き、腕を組みなおしたウォルターはますますその眉間に皺を寄せる。
「その理由を探れ、と?」
「その通りよ。ウォルター、貴方が行って頂戴」
「それは構わないが…何故此処にレンを呼んだ?」
この場にはレンの姿もある。
ウォルターが行くとなれば、彼女が此処に居る理由は何処にもない。
「最初はウォルターだけを送るって考えていたの。でも、貴女にはレンを監視する役目があるでしょう?」
フィオナは何故か意味深な笑みを見せて、彼に目を向けた。
最初から、フィオナは自分を行かせることは決定事項。
しかしレンの監視を解く、なんて事は彼女に限ってまずない。
その瞬間、ウォルターの脳裏に嫌な予感が過った。
「…あぁ。そういうことか。レン、すまない」
「え?」
「察しが早くて助かるわね」
「何、どういう事?」
フィオナとウォルターが二人して頷き合う仲、レンだけが一人置いてけぼりを食らっていた。
「レン、あなたにもウォルターに同行して貰うわよ」
「えぇっ!?」
レンは驚きの声を上げ、思わず椅子から少し浮き上がってしまった。
「フィオナ。本気で言ってるのか?」
「勿論よ」
「…レンの監視を解くと言う判断は?」
「そんなのある訳ないじゃない」
「だよな…」
深く溜息を吐き、ウォルターは肩を落とした。
監視を解かずにレンを連れて行くと言う判断は、とてもじゃないが懸命とは言えない。
しかし、魔法王国への道のりは険しく、まだまだ最近漸く『D級』となったレンには、少しばかりの長旅となるだろう。
自分一人で別パーティーを組んでもいいが、フィオナがそれを許さない。
しかし、魔法王国の調査とレンの監視を同時に行う事は、ウォルターにとってはそれなりに負担が生じる。
それは彼の思い悩む様子からも、薄々レンは感じ取っていた。
「えぇと…私もその魔法王国に行くんですか?」
「えぇ。そうしたらウォルターは傍で監視が出来るじゃない」
「どうしてもか?」
「えぇ、どうしてもよ」
フィオナは決して折れる事がなかった。
はっきりとした物言いは既に決定事項。
初めから自分達に拒否権なんて何処にもない。
「魔法王国がどれだけの距離があると思ってるんだ、お前は…」
「何よ、剣の王国の先じゃない」
「その先までがまた長いんだよ」
「言い訳しないで頂戴!これはギルドマスターとしての命令よ!」
「こう言う時だけ職権乱用をするな!」
二人の言い合いに、レンの表情もまた曇っていた。
いきなり呼び出されたと思ったら『魔法王国へ行け』だなんて、本当に急すぎる話である。
「レンが行くなら、魔王だってついて行くでしょう? スライムも居るし、戦力としては申し分ないわ」
「スライムはともかく、あの魔王は戦わないぞ」
「何ですって?」
「マオちゃんは気まぐれで…多分私のテイマーとしてのランクが低いって事も、あるんだと思います」
魔王は普段から気まぐれで、自分が楽しいと思わない限りは、いつも退屈そうにレンの戦闘を眺めている。
自ら戦闘に参加する時なんて、あの『赤い宝石』の追加クエストの時くらいだ。
自分の身が危険に遭ったりするときなどは、自己防衛で動く事はあっても、彼はレンの命令で戦闘に出た事はない。
そもそも、レンが彼を戦闘に立たせていない――と言う部分もあるのだが。
「普段はスライムと一緒に戦ってて、マオちゃんと一緒にって言うのは殆どなくて」
「何よ、魔王の癖にっ」
「魔王だろうが姿は子どもだ。それに今は能力が殆ど封じられている。戦力として数えるのはどうかと思うぞ」
ウォルターはそう言うものの、彼の一般的な人間の身体能力を軽々と超えた動きの件については、フィオナに説明はしていなかった。
説明すればまた監視を強めるだの、ややこしい事になりかねない。
今でこそ本当にややこしく、面倒な状況だと言うのに、これ以上監視を強化されるのは、自分としてもレンにしても喜ばしいとは言えない。
「何でもいい。それでウォルターは行ってくれるんでしょう?」
「行くしかないんだろう?」
「そうだな。拒否権はない」
「…仕方がない」
溜息を吐くものの、ウォルターはこの任務について引き受ける事を了承した。
「だが、魔法王国は最近、キナ臭い噂が絶えないと耳にする。もしかしたらその影響で、関所が封鎖されているのかも知れん」
「だからその原因を探るのよ。何とかして魔法王国に潜入なさい」
「あの、関所を超えられないんじゃ?」
不思議に思ってレンが口を挟む。
「関所だけが魔法王国へのルートじゃないんだ。一応他にもあるにはある…が、冒険者は余り通りたがらない。険しい道のりだからな、関所を通った方がまだ安全なんだよ」
「なるほど」
「大丈夫よ。ウォルターも一緒だし、何かあれば彼が護ってくれる」
護って貰えるのは有り難い事だが、その負担を全てウォルターに掛けさせたくはない。
なるべく自分も戦力になる様に頑張るつもりだが、レンの心は少しだけ緊張と不安の色で染まっていた。
そんな時、フィオナの眼が魔王へ向けられた。
「小さな魔王もいろんな場所へ行ってみたいでしょう?」
「出掛けるのかっ?」
「えぇ。ちょっとした長旅よ」
「行く!」
『旅!?やったー』
「ほら、魔王やスライムの方が、何だかやる気みたいじゃない」
マオはともかく、スライムは『旅』が出来るから嬉しいんだと、レンは思う。
『伝説のスライム』になる為、旅に出たいと常日頃から彼は言っていたから。
「まあ、確かに俺一人で行くよりはまだマシか。パーティを組むのも気心知れた奴の方がいいし…」
「決まりね。あとは誰かヒーラーを連れて行くといい」
「それなら、ディーネがいいんじゃないかな」
「そうだな。彼女にも聞いてみよう」
そう言って、通信機でディーネに連絡を取るウォルター。
彼女に通話で打診するのかと思いきや、今丁度この近く――冒険者ギルドに居るとの事。
此方としても丁度いいと、彼女にはギルドハウスまでご足労をお願いした。
「こんにちは。遅くなってすみませんっ。あれ、皆さんお揃いで…?」
「急に呼び出してすまなかったな」
「いいえ! それで今日は、何の御用ですか?」
「ディーネ。俺達と『魔法王国』へ行かないか?」
「えっ?」
『魔法王国』と口の中で呟いたディーネは、驚いた様にウォルターを見た。
それからレンの方へと視線を映し、彼女は問い掛ける。
「レンさんもですか?」
「うん。実は以前からウォルターが私の監視役をしててね。それで行く事に…」
「そうなんですか…」
監視の件については、然程驚かれた様子はない。
寧ろディーネは、それについてよりも自分の置かれた状況の方が大きかった。
「ど、どうして急に?」
「実はフィオナに面倒事を頼まれてな…」
「面倒事、ですか?」
「そう。面倒事だ」
「ギルドの指令と言いなさいっ」
フィオナは反発するものの、彼女の思いきりの良さと身勝手さはディーネも知っている。
先程から溜息を吐いて額を抑えるウォルターの姿がその答えだった。
「わ、わたしが一緒に行ってもいいんですか!?」
「勿論だ。道中はヒーラーが必要になる事もあるだろう。君さえよければだが…」
「嬉しいですっ。ギルドには他にもヒーラーさんが居る筈なのに…!」
ディーネは、ウォルター達から『魔法王国』へ向かうパーティに選ばれた事に驚いた。
ギルドには、もっと経験豊富で優秀なヒーラーが何人も居る筈だと、彼女は知っていたからだ。
「旅をするなら、俺もレンも気の合う人がいいだろうと思ってな。それに最近はディーネの冒険者ランクがDに上がったと聞いたぞ」
「は、はいっ。そうなんです! でもそれはレンさんやフウマさんが居たからで、わたし一人じゃとても…」
謙遜するディーネ。
しかし彼女がいつも頑張っている姿はレンがよく知っているし、ウォルターも理解している。
ヒーラーとしてはまだまだ経験不足だとしても、この旅で何か成長出来たらいいと二人は考えているのだ。
それにレンも、テイマーとしてはまだまだ未熟で、他に比べられる存在もない。
自分がこのままでいいのかも何も解らない為、これから先も冒険者ランクを上げるにはどうしたらいいのか、考えさせられる。
出来る事なら、この旅を通じて自分も何か成長出来たらいい。
漠然とだが、レンはそんな風に思った。
やがてディーネが、嬉しそうに頬を緩ませている事に気付いた。
どうやら彼女にとっても悪い話ではないらしい。
「嬉しいですっ。勿論喜んで…あっ」
ディーネは言葉と共に笑顔で頷こうとしたが、直ぐにはっとした。
その表情からは笑顔が途端に消え、困惑している様子が窺える。
彼女の様子がおかしいと気付いたレンは、直ぐに首を傾げた。
「どうしたの?」
「…あの。魔法王国はわたし、初めての場所なんですが…」
「あぁ、それなら私もそうだよ」
「道はある程度なら俺も解っている。行った事はないがな」
「そうじゃなくて…旅と言う事は、それなりに長くこの街を離れると言う事ですよね?」
少し不安気な表情で、ディーネがフィオナを見た。
フィオナは小さく頷くと『あぁ』と答える。
「隣に在る『剣の王国』を超え、関所を超えた先の大陸に在るからな。馬車でも数日は優にかかる。直ぐには帰って来られないだろう
「そう、ですよね…どうしよう…」
「ディーネ? 何か不安があるのなら無理にとは…」
「…実はわたし、おばあちゃんと二人で暮らしているんです」
「あぁ、聞き及んで―ーなるほど…?」
頷きかけたフィオナは、ディーネが思い悩む理由に心当たりがあった。
レンやウォルターも、彼女の言う『おばあちゃん』と言う単語にはっとした。
今まで、ちょっとした冒険やクエストなら、一拍くらいならディーネも大丈夫だったのだが、旅をするとなると話は別。
長期間彼女は家を空けるになってしまう。
「おばあちゃんが一人になっちゃうから、どうしよう…って」
ディーネは困った様子で呟いた。
彼女の祖母は、幼い頃に両親を亡くしたディーネの代わりに、ずっと成長を見守って来てくれた大切な存在だ。
祖母と言うからには年齢もそれなりに行っているだろう。
昔は名のあるヒーラーとして活躍していたとしても、その人が今、どんな状態なのかはレン達も知らなかった。
もしもディーネが、祖母の身の回りのお世話をしていたりするのなら、それこそ旅には連れて行く事が出来ない。
「ディーネを無理に連れて行く事は、出来ないね」
「そうだな…」
レンとウォルターは、その気持ちを理解していた。
肩を竦めるものの、事情があってはどうしようもない。
「でも、せっかくお誘い頂いたのに…」
「いや。お婆さんの件は大事な事だ」
「そうね。家族の事を大事にするのは当然だ」
それぞれが同意を示すものの、ディーネの表情は腫れない。
恐らく、行きたいと言う気持ちと込み入った事情が重なり、どうしていいのか解らないのだろう。
ディーネは思い悩んだ様子のまま、少しして顔を上げた。
「少し考えさせて欲しいです…あっ、出発はいつでしょう?」
「馬車などの手配をするから、準備には三日ほど掛かる予定だな」
「三日後…解りました。おばあちゃんに話をしてみます」
すみません、と彼女は頭を下げて、この話を一旦持ち帰る事にした。
その後、その場は穏やかに解散。
ディーネは自分に向けられた信頼に感謝しつつ、家族の問題をどう解決すべきか、思考を巡らせながら家に帰る事になった。
◆◇◆
三日後には魔法王国への旅に出る。
それにはまず、家を空ける事を『彼』に伝えなければならない――
「家を空ける…っ!?」
「そ、そうなんだよ、マモンさん」
レンは直ぐに家に帰り、暫くこの家に帰れないと言う旨をマモンに伝えた。
すると彼は珍しく驚きの表情を見せていた。
そんなに私が家を空ける事に、ショックを受けたのだろうか…
レンが少しばかり期待に胸を躍らせると、マモンは途端ににっこりと笑顔を見せた。
「どうぞどうぞ! 何処へでもお好きに行って下さい! 俺は魔王様と! 一緒に! お待ちしてますので!」
しかし、その予想に反してマモンは『レンだけ』を送り出そうとしている。
「魔王様、この家から邪魔者が居なくなって清々しますね…!」
例え思っていても、そう言うのは本人の居る前で、口に出すべき事ではないんじゃないの?
わざとやってるよね、この悪魔?
すると、マモンのご機嫌な様子を眼にしていた魔王が、きょとんとして言った。
「オレも行くんだぞ?」
「えっ」
「オレも旅に出るんだ。レンと一緒に!」
『ボクも―!』
両手を上げ、その喜びを前面に押し出す魔王様。
そしてマモンの顔が、途端に絶望に変わったのを、レンは見逃さなかった。
「お早いお帰りをお待ちしております…っ!」
「泣くほど?」
涙を呑んでいるマモンは、本当にショックを隠せない様子だった。
普段は冷静な彼も、魔王絡みとなれば話は別である。
しかしマモンは、レンのー―いや魔王の旅立ちを無理に止める事はしなかった。
「三日後ですか…魔王様の旅支度をしなければなりませんね」
「旅支度?」
「道中何があるか解りませんから。しっかりと旅用に衣裳を準備しないと…」
「別にオレはこのままでいいぞ?」
「駄目ですよ。風邪でも引いたらどうするんです?」
それはまるで『お母さん』のような口振りだ。
相変わらず魔王には甘いマモン。
旅支度と称して『小さなリュックサック』を用意し、魔王の部屋に在るクローゼットから引っ張り出して来たであろう衣類を、あれこれと中に詰めていく。
寝巻や防寒具のマント等、その殆どが魔王の装いだ。
「その女が一緒では、魔王様が風邪を引く事など目に見えてますからねっ」
「私、どれだけ信用ないんですか…」
「一ミリもありません」
「酷い」
「そんなに言うなら、マモンさんも来たらいいのに」
何の気なしにそう言ったら、マモンはふとその手を止めて顔を上げた。
「俺は行けません」
その言葉に、レンは不思議と首を傾げる。
彼は『行かない』ではなく『行けません』―-そう答えた。
何か事情があるのだろうか。
「どうして?」
「俺は魔王城を護る役割があるので」
「そんなの、他の奴に任せればいいじゃねぇか。ジェリーとかフーディーとか…」
「いえ。彼らは悪魔失格です!」
頭を振り、真っ向から否定するマモン。
その必死さから、彼の中に沸々と怒りのオーラが漂い始めたような、そんな気がした。
「彼らに城の管理を任せると散財もいい所です。この前、魔王城に帰ったらタンス預金が無くなっていた! 魔王様のお金が消えていたんですっ!」
「勇者パーティが盗ったんじゃね?」
「そうだとしても! 侵入を許すなんてそれこそ『悪魔失格』です! 彼らが普段何をしていると思います? 作品作りの没頭や食べ歩きですよ…!?」
「マ、マモンさん?」
「彼らが同じ悪魔なんて、俺は信じられません!」
わなわなと震えるマモンは、今にも卒倒しそうな勢いだ。
ジェリーはともかくとして、その『食べ歩き』の悪魔には少し興味が沸いた。
一体どんな悪魔なんだろう。
そして彼は、悪魔達の中では意外と苦労人なんだろうか…
するとマモンは、少しだけ興奮した後、スッといつもの冷静な顔に戻った。
「それに――魔王城の方でもゴタゴタがあるらしいので、様子を見てきます」
「ゴタゴタ?」
「…誰が次の魔王様になるかを揉めてるらしいですよ、馬鹿馬鹿しい」
溜息混じりに言うマモン。
魔王はその言葉を聞いて、ふと口を開く。
「まだ決まんねぇの? 次の魔王候補」
「そう簡単に決まれば苦労はしないでしょうね。今日もどれくらいの数が消えて行ったのやら」
溜息は吐くものの、それは嘆き悲しむ様子ではなかった。
冷ややかな瞳は、終わりのない不毛な争いに、ほとほと嫌気が差しているようにも思えた。
「さっさと決めちまえばいいのに」
「頭がなく、ただ力だけで決めようとしている馬鹿共ですからねぇ」
笑いながらもドぎつい事を言う…
「魔王になるのって、そう言う決め方なの? マオちゃんの時も?」
「オレは――」
「魔王様は『選ばれた』のです」
「選ばれた…?」
「えぇ」
「そうなんだ。凄いんだねマオちゃん!」
レンは心からの喜びを口にした。
しかし魔王は、何処か浮かない様子で顔を顰めているのに気が付いた。
マモンの言葉通りに受け取るなら、てっきり『オレは凄いだぞ!』なんて豪語するかと思ったのに…
「魔王様は凄いお方ですよ。本当に――」
「じゃあ、マオちゃんが『魔王」を降りる前に、誰かを選んであげればよかったんじゃ?」
そうすれば、魔物同士が次の座を争わずにすむ。
単純にそう考えたレンだったが、どうにもそれがよくなかったらしい。
マモンがぴくりと反応を示し、射抜くような視線を此方に向けて来た。
「…どの口がそれをほざきますかね? 貴女が魔王様をこんな姿にさえしなければ、何も変わらなかったのですが?」
「すみません!」
忘れていた訳ではない…が、魔王がマオちゃんとなる原因を作ったのは、自分にもある。
小さくなって弱体化さえしなければ、マオは今でも『魔王』のままだった筈だ。
原因の一端を作った自分に非があるのは当然。
そして、マモンが怒るのもまた当然の事だった。
「何にしても、次の『魔王』が決まるまでは、まだ貴方のままですからね、魔王様」
「はいはい…」
「しかし、このまま彼らを放っておくと、何が起きるか解りませんね…」
マモンは顎に手を当てて考える。
魔王の座争いなんて、仲間同士で争い合って血で血を流すようなものだ。
「魔王様も旅へ出ると言う事は、この家にも帰らないと言う事。なら俺が留まる理由はないですね」
「え。マモンさん居なくなっちゃうの?」
「何ですか?」
「家に誰か居てくれた方が、安心は安心なんだけど…」
こんな大きな家を暫くの間留守にするなんて、気がかりでしかない。
一応厳重なセキュリティの元、この家はシーサイドハウスの中に在るから、侵入者が現れるなんて事はないだろうけど…
「家に誰も居ないと埃が溜まるだろうし、何日空けるかも解らないし、帰ってからの掃除が面倒だし…」
「俺が。留まる必要。ないですね?」
「そうですね…はい」
笑顔でそう返されては、レンも何も言えなかった。
マモンに甘えすぎるのもよくないとは思うけれど、この際仕方がない。
家を空ける旨だけは、ちゃんとコンシェルジュに話を通しておく事にしよう。
〇月×日 晴れ
フィオナから旅立つように言われた!
まるで冒険者みたいだな!
度立つ時は寂しいけど
皆が居れば安心だ!
…皆?
レン達じゃない…気がする
皆って…誰だ…?
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。




