D級テイマー、誤解される
その日は、ディーネ、ウォルター、フウマがレンの家を訪れていた。
「でっけぇ家…! なんじゃこりゃ! 庭も広すぎんだろっ!」
シーサイドハウスに於ける数あるハウスの中で、最高級の値段と広さと贅沢な居心地を誇るロイヤル・ハウス。
其処は主に資産家や事業家など、お金と時間を持て余した所謂『お金持ち』が住まう場所。
そんな家を一介の冒険者がもつ事など、夢のまた夢である。
しかし、フウマ達が遠くに眼にするレンの家は、見た目にも立派なハウスだった。
『お客様用』のカードキーでゲートを潜った瞬間、彼らはまるで今までとは別世界の空間に飛ばされたような、そんな奇妙な雰囲気を感じている。
「本当に凄いですよね、レンさんのお宅…」
「ディーネは何度か来た事が?」
「はいっ。お邪魔させて頂いてますが、何度来ても慣れないですね。凄すぎて吃驚です!」
ディーネの言葉に、ウォルターは頷く。
ゲートを潜り、ロイヤル・ハウスの敷地内に入ったばかりだと言うのに、目の前に広がる美しい庭園風景にもう驚かされている。
これでまだ先に家が建っていると言うのだから、どれだけ広いんだとフウマは眉を顰めた。
「隣街にもシーサイドハウスみたいな施設はあるけどよ。ワンルームだぜ、俺!」
「わたしも小さな家に住んでいるので、こんなにも大きくはありませんね」
「おっさんは?」
「おっさんはよしてくれないか、フウマ…」
ウォルターは途端に困った顔をした。
フウマの年齢的に見れば『おっさん』と呼ばれても仕方のない事なのかも知れないが、気持ちはまだまだ若いつもりである。
だが、フウマはケラケラと笑っているだけで、改めるつもりはないらしい。
「んな固い事言うなよ。で?」
「俺はギルドハウスで寝泊まりしているからな。あそこは此処よりもグレードが一つ下なんだ」
「はーっ。どいつもこいつも金持ちばっかかよ!」
恨めし気に叫ぶフウマは、天を仰ぐ。
空は眼に痛い程の快晴。
心地よい風が吹き、庭園からはふんわりと薔薇の香りがする。
遠目には山や海と言った自然風景が溢れているし、鳥の鳴くような声もかすかに聞こえる。
此処が本当に『ハウスの中のハウス』とは思えないほど、彼らの前には美しい光景が広がっていた。
広々とした庭にかかる石畳の上を進んで行くと、これまた豪華なハウスがフウマ達を出迎えた。
遠目から見ても解っていた事だが、とんでもなく大きくて、とんでもなく広そうな居住である。
「こんな所にレンが本当に住んでいるのか…?」
「レンさんとスライムさんとマオさんですね」
ディーネの頭にふと、先日出会った男性の姿が思い起こされる。
マモンと名乗ったその人――いや悪魔の存在を、ウォルターは知らない。
そしてフウマに至っては、『マオさん』が『魔王』だと言う事実すら知らなかった。
「(わたし、余計な事を言ってしまいそうですね…)」
彼は魔王の配下だと言っていたし、たまたまあの場に居ただけかも知れない。
それに自分がマモンに出会ったのは偶然の様なものだ。
きっと折を見て、彼女の方からウォルターに話す事もあるだろう。
レンの為を思い、ディーネは敢えてマモンの事は口にしないでおこうと決めた。
「いらっしゃい。三人共一緒だったんだね」
呼び鈴を押して直ぐに迎え出たのは、この家の主であるレン。
レンは彼らがこの家を訪れる事は知っていたものの、まさか三人一緒にとは思わなかったので、少しだけ驚いていた。
「レン。お前って金持ちだったのか? こんな大きな家に住んでるなんて、思わなかったぜ!」
フウマは目を丸くして、驚きの声を上げた。
ウォルターも興味深げに家の中を見回している。
『エントランス・ホール』と呼ばれる玄関は、一面が大理石の床張り。
天井は高くシャンデリアが輝いている。
今日は天気が良く、柔らかな自然光が差し込んでとても明るい。
ホールには来客用のソファセットと、ガラス張りのテーブルが設置。
壁には絵画や装飾品が飾られていて、訪れたウォルター達を出迎えるには、ロイヤルの名に相応しい豪華さを感じさせる。
「家を買ったとは聞いていたが、此処までとは…」
「えぇと…実は借金地獄でね。この家もお金を借りて買っただけなんだ」
レンは少し困った様な笑みを浮かべ、溜息交じりに答えた。
その言葉にフウマは、ますます驚いた。
「借金!? こんなバカデカい家を買うのに、そんな事までしてんのかよっ!?」
「そう…クエスト報酬も殆ど返済に充ててるから、毎日お金を稼いで送金しないとなんだ」
「それで最近、やけに張り切ってあちこち行ってたのか」
ウォルターはレンの監視役。
彼女や魔王の動向を探る為、傍に居る事が多い。
普段は『小石拾い』くらいしかやらなかった彼女が、徐々に冒険者としての自覚が出始めたのか、ダンジョン探索や魔物討伐に精を出すようになっていた。
そんなレン姿に『成長したな』としみじみ思うウォルター。
自分よりも一回り違うだけなのに、まさに娘を見守る親の気分である。
「しかし毎日とはそれも大変な事だな…せめて月に一度、まとめて支払う事にはならなかったのか?」
「…はは。まとまったお金が入ればそれでよかったんだけどね。何しろ日々の収入が不安定で…」
月に一度、定まった金額のお給料制ではない為、本当にどれだけ稼げるかは自分次第。
自分に出来る仕事を引き受けてこなすものの、成果は本当に微々たるものだ。
人によっては魔物の素材をはぎ取って換金したり、職人ギルドに入って腕を磨き、自分で作成して売ったりだとか、収入を得る方法はいくらでもある。
その中に『フィオナのギルド・チームに入る』と言う選択肢も含まれていた。
三食昼寝付きで給料を支払うと言われても、社畜時代を思い出してげんなりするので断ったけど。
「返済意欲を見せない事には、相手も私がだらけてる様に思うみたい」
「どうなってんだよ、お前の生活」
「で、でも、レンさんは凄く頑張ってます。わたしも手伝える事があれば、一緒にお付き合いしますからねっ」
ディーネは優しい声でレンに微笑んだ
「此処で立ち話もなんだし、どうぞ入ってよ」
エントランス・ホールは広く、軽い雑談用にソファやテーブルも設置されているが、長時間居座るには適さない。
レンにしてみれば、この場所だけでも十分過ぎるほど広い家だ。
一先ずウォルター達をリビング・ルームへと案内するべく、レンは扉を開ける。
「マオちゃん達も、皆が来るのを楽しみにしてたんだよ」
扉を開けた先のリビング・ルームも、これまた広い空間だった。
大きな窓に映る庭の景色もさる事ながら、大きなレースカーテンが風に揺らめいている。
太陽の光をいっぱいに受け入れている為、室内は昼間でもとても明るい印象だ。
此処でスライムやマオとダラダラと過ごしていると、たまにお小言が飛んで来る事もある。
「ディーネ達が来たのかっ!?」
『わーい!』
ふかふかのソファから腰を浮かし、マオが嬉しそうに手を振った。
傍に居たスライムも、ぴょんぴょんと歓迎ムードを全身で表している。
「こんにちは、スライムさん」
『こんにちは、ディーネちゃん! えへへっ、今日もお喋りが出来るね!」
「えぇ、そうですね!」
スライムが『言語共有』により、ディーネ達とも会話が出来る様になった。
その事が嬉しいスライムは、最初こそいろんな人に声を掛けて驚かせていたものの、最近はそれも少し落ち着いた振る舞いを見せていた。
「本当にスライムが喋ってんのか!」
フウマがその事を知ったのは、今日が初めての事だ。
彼はテイマーと言う存在自体を最初から知らなかったそうで、魔物と一緒に居るレンを見て『変な奴』だと思っていた。
魔物と仲良くしている奴なんて、子どもじゃあるまいし――
そう思っていたのだが、彼女は一緒に居るどころか魔物と一緒に戦っているのだ。
そう言う職業なんだと聞いた時は、本当に驚いていた。
『フウマおにーちゃん。いらっしゃーい!』
スライムは、まるで孤児院に居る子ども達と同じようにフウマを呼んだ。
まるでもう一人『弟』が出来たかのようで、彼は何だか心に温かみを感じている。
「マモンっ。ディーネ達が来たぞ!」
「えぇ、聞こえていますよ」
ディーネは聞こえてきた声にはっとした。
家の中では、マモンが黙々と家事をこなしている姿があった。
彼と対面するのは二度目。
その見た目は一見すると人間のように思えるが、尖った耳に注視すると、また別の『種族』なのだと改めて思わされる。
しかしディーネは、マモンを『悪魔』だと認識しているが、初対面でも思った通り『恐いです!』と笑顔で答えるくらいに、危機感はまるで薄い。
「こんにちは、マモンさん」
「…えぇ、どうも」
マモンはディーネを一瞥するなり、直ぐにキッチンの方へ引っ込んでしまった。
挨拶をしたから単に返しただけ。
余り自分に対して、友好的に思われていないのかも知れない。
そうディーネは感じていた。
「あれ。ディーネってマモンさんと知り合いなの?」
「はい。この前、街でマオさんと一緒に居るところを偶然…」
「そうなんだ」
「…あの、レンさん。なのでマモンさんが『どう言う方』なのかも、知ってます」
そっとレンだけに聞こえる様に、ディーネは囁いた。
それを聞いて彼女は驚きはしたものの、次第にその表情は困ったよう顔をする。
「ウォルターには後でそれとなく伝えるつもりなんだけど…フウマは何も知らないからね」
「ですよね…」
フウマが居る手前『魔王』だとか『悪魔』だとか、理解不能なワードを口にする訳にはいかなかった。
魔王の存在はフィオナから『秘匿』とされているし、それどころか魔王以外にも悪魔が傍に居るだなんて言えやしない。
しかし、ウォルターにはマモンを一目見ただけで『普通』ではないと感じ取ったのか、早々にレンを探るような眼で見ていた。
「あの男は…?」
「マモンさんは――…えぇと、マオちゃんの知り合い、かな?」
「知り合い…なるほど?」
「何だよ。家の人はちゃんと居るんじゃねぇか」
「いつも此処に居る訳じゃないんだけどね」
マモンは家の事を一通りこなす程、家事が手慣れている。
炊事、洗濯、掃除と抜かりない仕事ぶりに、お陰で家中がいつもピカピカな状態だ。
魔王の部屋に至っては、彼が脱ぎ散らかした服でさえ秒で片付ける徹底ぶり。
その徹底さを是非とも私の部屋でも発揮して欲しいと思うが、それも無理な話だ。
今日も一つ、また一つと部屋に脱ぎ散らかした服が増えて、そろそろ片付けないとなーなんて、荒れ放題な自分の『汚部屋』を思う。
「マモンさん。皆にお茶を出したいんだけど」
「紅茶一杯につき100G。ティーセットの準備に200G。お菓子を添えるのであればプラス300Gですかね」
「うぅ…お願いします」
「マモン。オレにもお菓子!」
「はい魔王様。直ぐに準備致します」
家の中で行われるちょっとしたやりとりに、早くもディーネがハラハラした。
「お前、家の人に執事みたいな事させてんのかよ?」
「し、執事じゃないよ。あれはマオちゃん専属みたいなもので…」
「専属って…やっぱり執事じゃねーか」
魔王とマモンの関係については、レンもどう説明していいものか悩んでいた。
彼はただ『魔王』の為に、家の事や身の回りのお世話をしているだけだ。
間違ってもレンの為に何かをすると言うのは、彼自身があり得ないと思っている。
テーブルの上には、マモンが擁してくれたティーセットが全員分並べられた。
お金を払えばやってくれると言うシステムは、いつの間にか確立されている。
流石、強欲の悪魔…!
ディーネは添えられたお菓子を手に取り、口に運ぶ。
「…!?」
砂糖の甘さが口いっぱいに広がり、その美味しさに彼女の眼はキラキラと輝いた。
「美味しいです、このお菓子…! 何処のお店で買ったんですか?」
「それは――…俺が作りました」
「えっ!? マモンさん、お菓子作りもするんですねっ!」
「えぇ。魔王様がよく強請られるので」
『美味しい』と言われても、マモンは表情一つ変えなかった。
ディーネに、いや『人間』に褒められても嬉しくないようだ。
「マモンっ。パンケーキはないのか?」
「召し上がられますか?」
「食べる!」
「畏まりました」
「…なぁ。本当にあいつ、執事じゃねぇの?」
「違う違う」
フウマはこの家の『事情』を全く知らない。
彼はただ、マモンが此処の家主以上にこの家を管理している姿を見て、驚きを隠せなかった。
「マモンさんはマオちゃんに対してあぁなだけで、私にはホント何もしないから」
「まるで『何か』して欲しそうに聞こえますね?」
「いや、もう家を買ってくれただけで本当に充分です…これ以上借金増やしたくないし。って言うか減らないし」
「主従関係にしても逆過ぎねぇか」
加えて、レンが彼に頭が上がらない事は、このちょっとしたやり取りの間でも解り切っている。
「つーか、あいつがこの家を買ってレンに与えたって事か? もしかしてお前の彼氏か何かか?」
フウマは半ば冗談のつもりでそう言ったが、その言葉にマモンがピクリと反応した。
「彼氏…?」
「どう見ても一緒に住んでるし、こんな小さい子どもも居るし…まさか二人の?」
「間違ってもあり得ません」
「ぷっ! レン。お前フラれたな!」
「マモンさんはそんなんじゃないって…」
「ははっ! 解ってるって冗談だよ」
ウォルターは、繰り広げられるその会話をどうしたものかと言った表情で眺めた。
マモンと言う男は、どう見ても『人間』ではない異様な雰囲気を感じている。
その事を疑問に思っていると、ディーネがそっと囁いた。
あの人は『悪魔』だ――…と
「…魔王が現れて小さくなったと思えば、今度は悪魔か」
もう何が出ようとも驚かないとは思ったが、そうもいかないらしい。
しかし、悪魔だと知らなければその光景は、単なる悪ふざけに過ぎなかった。
無知と言うか『知らない』と言う事は、時に恐ろしいものである。
「マモンさんと私は、そう言う『関係』じゃないんだって!」
「まだ――な? でも、あのチビも居るんだ。そりゃ勘違いもされんだろ」
「チビ…? もしや魔王様の事ではーー」
「マオちゃんは魔王…じゃなくて、ただの子ども! とにかく違うんだって!」
否定すれば否定するほど、フウマの眼にはそれが面白おかしく見えていた。
しまいには腹を抱えて笑い出している。
レンにしてみれば冗談の域を超えているが、フウマはとても楽しそうだった。
「そうかそうか。解ったよ。隠す必要はないって。まあ何だっていいけどさ。幸せならそれでいいだろ」
「全く、人間に付き合うのも楽ではないですね」
「人間?」
「あー…すまないが、紅茶のおかわりをもう一杯貰ってもいいだろうか」
ウォルターが話を逸らそうとして口を開く。
眉を顰めたマモンの姿が其処にはあったが、やがて視線はレンに向けられた。
彼が何を言いたいのか、レンにはもう解ってしまった。
「払います…」
「えぇ、いいですよ」
キッチンに引っ込んで行くマモンの姿を見つめ、ウォルターは少しだけほっと息を吐いた
「すまん…後で金は払おう」
「いいよいいよ。ゆっくりして行って…」
ウォルターは理解した。
彼女の借金はこうして嵩んで行くのだ。
レンは苦笑いをしながら、何とか話を逸らそうと必死に説明をしていた。
だが、フウマは全く信じる気配がない。
いっその事、魔王だの悪魔だの言ってもいいんじゃないかとも思ったが、その話が噂となって隣街にまで届くかと思うと、やはり口を噤むしかなかった。
「やはり人間は愚かですね…』
複雑に絡み合う人間達の会話にマモンは呟く。
しかしマモンは特に気にする様子もなく、魔王の為にパンケーキの準備に取り掛かる。
彼にとって、人間の事はどうでもよかったし、レンの事も特に『好き』と言う感情は抱いていない。
寧ろ皆無と言っていい程、マモンは人間を、そして彼女を嫌っていた。
しかしレンが借金をしている事と、心から忠誠を誓う魔王が傍に居る為、仕方がなく手伝っている――そんな感じだ。
「マモン」
「魔王様?」
ふと見ると、その魔王がじっと此方を見上げていた。
泡だて器でボウルの生地をかき回す作業の手を止め、マモンはその低い目線に合わせて膝をつく。
小さくとも彼は自分の『魔王様』
その姿は、本当に心からの忠誠を感じられる。
「お前のパンケーキ、ディーネ達にも食わしてやりたいんだっ。いいだろ?」
無邪気にそんな事を言う主に、マモンは少しだけ眉を顰める。
「…恐れながら魔王様。彼らは人間です」
「レンにはいつも作ってるじゃないか」
「あの女はついでですから…しかし、魔王様がそう仰るのであればこのマモン、お作り致します」
「おー。よろしくな! 楽しみにしてるぞっ」
とことことキッチンから離れていく姿に、わざわざ言いに来たのかと困ったようにマモンはそれを見送る。
人間の為――と言うのは癪だが、魔王様の為。
自分が振る舞う料理を期待されては、出さない訳にも行かないし、がっかりもさせられない。
「やれやれ…」
少しして、マモンがパンケーキを『全員』に振る舞ってくれた。
手際の良さもさる事ながら、その出来栄えはまさに『ハワイアンパンケーキ』の様にふっくらとしている。
ベリー系のソースにバナナやホイップなど、本当にお店で出される様な至極のインパクトに目を奪われた。
『楽園の朝食』とも称される異名には、まさにぴったりだった。
見た目だけでなく、口の中でとろけるような優しい甘さに、ディーネのみならずレンもまた驚きを隠せない。
「まさか、私達の分まで用意してくれるなんて…」
「ついでですから」
「うめーなこれ! 何だよ優しいとこあんじゃんっ!」
マモンはあくまで魔王のついでに作った様な物だったが、そのクオリティは本当に素晴らしかった。
「如何ですか魔王様」
「うまいぞっ!」
一心不乱にパンケーキに被りつく姿に、マモンは内心とても嬉しそうである。
「何かチビのだけ大きくねぇか…!?」
「人間風情が、魔王様と同じものを食べられるとでも?」
マモンは悪魔で、そしてあくまで魔王優先である。
皆で美味しくパンケーキを頂いている中、フウマはふとした疑問を抱いていた。
「なあ。何でチビの事を『魔王様』だなんて呼ぶんだ?」
マモンが何度も『魔王様』と呼ぶ度に、彼は首を傾げていた。
だが、特に言及する事が無いように思われたので、レンも然程期には留めていなかった。
今のフウマは目を細め、怪訝そうにマモンを見つめている。
先程の勘違い話と言い、レンは何だかまたも雲行きが怪しくなっていくのを感じた。
「違う違う!『マオちゃん』だよ! マオちゃんって呼んでるの! ね、そうだよね?」
レンが慌てたように訂正する。
必死に誤魔化そうとする姿がどうにもぎこちない。
するとそんな様子を見て、マモンはわざと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「いえ。魔王様は魔王様です。正真正銘の」
マモンはあくまでも冷静だった。
その言葉に、レンは焦った顔でマモンの腕を軽く引っ張る。
「やめてよ、マモンさん…っ!」
フウマに悟られないように小声で制止するも、マモンはそれを気にも留めない。
相変わらずの冷淡な表情を、しれっと保っていた。
「え? 結局なんなんだ? 魔王ごっこでもしてんのか?」
「ごっこじゃないぞっ。オレは魔王だ!」
「マオちゃんっ」
フウマはすっかり混乱していた。
しかしそれは、子ども特有の『遊び』
目の前の小さな子どもを、ただの遊びに熱中している子供として、捉えているのだ。
「子どもが『魔王ごっこ』するなんて珍しくもないぜ。うちのチビ達もやるしな。何でそんなに真剣なんだよ」
「そ、そうなんだ…?」
「だからこのチビも、そう言う遊びをしてるんだろ。なぁ?」
そして魔王を『チビ』と呼んでからかうのも、彼の中ではきっと遊び半分のつもりなのだろう。
無邪気な顔でパンケーキを頬張る姿は、何処をどう見ても子どもである。
一方で、マモンはその言葉に苛立ちを隠せなかった。
彼の表情には一瞬、静かな怒りが滲み出ている。
次の瞬間、彼は静かに短剣を取り出し、笑顔を浮かべながら言った。
「魔王様を『チビ』と呼ぶのは感心しませんね…」
その冷たくも冷静な言葉に、空気が一瞬で張り詰めた。
ディーネは恐怖の余り息を呑んでいたし、ウォルターは肩を竦めつつ、状況を見守る。
自然とその眼がレンへ向けられて、『何とかしろ』とでも言いたげだ。
「マ、マモンさんっ。その、フウマは何も知らないから…っ」
「知らなければいいと言う事ですか? 無知とは恐ろしいものですね」
「あああ…っ」
レンも何とか制止しようとするものの、マモンは引いてはくれない。
全てが逆効果だ。
そしてフウマも、まだ今のこの状況を理解していない様子だった。
「おいおい、冗談だろ? そんな事で剣を抜くなよ」
「マモンは冗談は嫌いだぞ?」
「マオちゃん…」
「でもたまーに冗談も言うかも知れないな、マモン?」
「…えぇ。冗談ですとも、勿論」
マモンはにこやかに微笑んだが、その眼は冷たく光っていた。
結局、フウマは魔王をただの『魔王ごっこをする子ども』としてしか、捉えらなかった。
〇月×日 晴れ
今日はディーネ達が来た
フウマにチビ扱いされた!
マモンが美味しいパンケーキを焼いてくれた
皆にも焼いてくれた!
あの旨い奴、また作ってれるのかっ!?
お読み頂きありがとうございました。
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