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D級スライム、『ありがとう』を届ける



D級へ無事に昇格出来たレンとディーネ。

冒険者証を更新すると『新米冒険者』から『一般冒険者』に変化していた。


これで漸く、冒険者として一人前になったと言う事だろうか。




「色が前のと違いますね?」

「ホントだ」




新米と一般では、冒険者証の色は異なっている。

C級のウォルターが、確かこんな色の冒険者証だった筈だ。




「何だか『レベルアップ!』って感じで嬉しいですね」




微笑むディーネは、そっと冒険者証を大事そうに抱き締めた。

余程嬉しいのだろう。


レンもまた嬉しそうに笑う。

この調子で冒険者ランクを上げて『S』を目指せば、マモンのお小言も多少なりとも減るだろうか。


そんな事を考えていると、レンの肩できょろきょろとスライムが辺りを見渡した。

その様子は何処か困った表情である。




『レン、レン!』


「どうしたの、スライム?」


『まおー様がまた居なくなっちゃった!』


「えっ。何処に行ったんだろう、マオちゃん」




冒険者ギルドを見渡し、小さな魔王の姿を探す。

彼がたまにこうして居なくなる事は、さほど珍しくはない。


何かに興味を惹かれて其方に行くだとか、暇だからあちこちを見ているとか、そう言った理由。

冒険者ギルドにはいろんな人の姿があり、人々が話す冒険譚や愚痴なんかに耳を立てる事もあった。


マオはそう言った人の会話を、いつも楽しそうに聞いている。

レンが『小さな子ども』を連れ歩いている事は周知の事で、冒険者達も『よぉ。ボウズ!』などと、それなりに親し気に会話をする事も珍しくはなかった。


相手が魔王だとは知らない。

ただの『子ども」として、彼らは認識していた




「ス、スライムさん? 今…」




ふとディーネが口に手を当て、驚いた表情をしていた、




「ディーネ?」


『なーに、ディーネちゃん?』


「や、やっぱり…!」




彼女はまたしても驚いた表情で、思わず叫んでいた、

ギルド内に彼女の声が響き、一体何事かと近くに居た冒険者が振り返る、


一体どうしたのかと尋ねれば、ディーネがレンを向いた、




「レンさん、わたし、凄い事に気付いてしまいました!」

「ど、どうしたの?」




ディーネの『気付いた事』を、静かに待つ、




「わたし、スライムさんの言葉が解るみたいなんですっ!」

「え、本当に?」」

「はいっ!」

「でも、テイマーじゃないのに言葉が解るなんて…」


「わたしもどうしてか解らないです。さっきまでは『ぷるぷる』としか聞こえなかったのですが、いきなり急に…」




突然『スライムの言葉が解るようになった』と発言するディーネ。

彼女がそんな意味の解らない嘘を吐くはずが無い事は、レン自身がよく解っている。


だとしたら、それは一体どういう事なのか?




『ホントに? ディーネちゃんはボクの言葉が解るのっ!? 聞こえてるの?』


「はいっ。ちゃんと解りますし、聞こえてますよ、スライムさん!」


『うわぁ…やったー!』




ぴょんっと高く跳ね上がり、スライムが喜びを全身で表す、

今まで互いに会話をする事が出来なかった為、ディーネもスライムもとても嬉しそうだ、


しかし、何故いきなりそんな事になったのだろう?

レンは不思議そうに首を傾げる、


すると、その疑問を解決するかの如く、目の前にログウィンドウが表示された、




【■D級に昇格しました。新たなスキル【言語共有』を覚えます。▼』


【■テイマースキル『言語共有』…テイムした魔物の声を、任意の人に届ける事が出来る。▼】



「言語共有…?」




いつのまにか、レンは新しいスキルを手に入れていた、

なるほど、このスキルのお陰でディーネにも声が届くようになったらしい、


しかし、意識的に使った訳ではない、

確かにディーネ達にもスライムの声が届けばいいなとは、前回のクエストでも思っていた事だ、


スキルを覚えた事により、意識せずとも、勝手に使用されてしまうのだろうか…




「わたし、ずっとスライムさんとお話がしたかったんですっ!」


『ボクもだよ、ディーネちゃん!』


「うふふっ。凄く嬉しいですね!」


『ねー!』




…まあ、二人があんな感じで喜んでいるから、よしとしよう、




「どうしたんだ? 何だか楽しそうだなっ」




ディーネとスライムが楽しそうにしている中、マオが何処からか戻って来た




「マオちゃん。何処に居たの?」


「あっちで人間が話しているのを聞いてたんだ。面白かったぞ、ドラゴンの討伐とか妖精に出会っただとか!」


「それは凄い…」




ドラゴンや妖精に出会うなんて、レンにとっては未知の存在だ。

特にドラゴンなんて、絶対に遭遇したくない。

どれだけ大きいのかも解らないが、逆に此方が食われてしまうんじゃないか。




「実は新しいスキルを覚えてね。それでスライムの声が、ディーネに聞こえる様になったの」


「声が? それはよかったな、スライム!」


『うん-!』




ニコニコと笑うスライム。

やがて、辺りをきょろきょろと見回した。


その小さな眼がカウンターへと向けられる。

中では、受付嬢が冒険者とのやり取りを丁度終えた所だ。

彼女は後ろになる戸棚を開けて、事後処理の作業をしている。


スライムはぴょんっとそのカウンターに飛び乗った。




『こんにちはー!』


「あ、いらっしゃいませ。こんにち…あら? 」




振り返った受付嬢は、目の前に人の姿がない事に首を傾げる。

居るのはスライムが一匹だけ。




「おかしいわね。今、誰かに挨拶されたような気がしたんだけど…」


『こんにちはー! ギルドのおねーちゃん!』


「…? え、この声…まさかスライムさん!?」


『うんー!』




自分の声が届いている事を嬉しく思い、スライムはまたしてもその場を飛び跳ねる。

彼女は大層驚きはしたものの、傍にレンが居る事に気付いた。




「ど、どうしたんですか? どうして急に言葉が…!」

「何か『言語共有』と言うスキルを覚えまして…」

「な、なるほどっ」




スキルの説明をすると、彼女は納得したように頷く。



「スライムさんとお喋りが出来るのは、とても嬉しいですねっ」


『えへへっ』




まさかスライムと話が出来るとは、夢にも思わなかったのだろう。

受付嬢の手が優しく頭を撫でると、スライムは何処かくすぐったそうに笑った。




「そうだ! ぜひ妹にも教えてあげて下さい。きっと喜びます!」




受付嬢には妹がいる。

この街の宿屋で看板娘として働く、瓜二つの三つ子姉妹だ。


彼女もまた、スライムの事が大のお気に入りだった。




『レン! 宿屋に行きたい! おねーちゃんともお話がしたいよー!』


「解った解った。じゃあお昼を食べに行こう?」


『やったー!』


「ディーネも一緒にどう?」

「すみませんっ。これから司祭様の所でお手伝いをしないといけなくて…!」




それは残念――と、レンは深々と頭を下げるディーネに苦笑する。


何に対しても一生懸命な彼女は、お断りを入れるのにも本当に申し訳なさそうだった。

気にしなくていいのに。




「そっか。じゃあまた今度」

「はいっ。また!」








『海月亭』に行くと、先ほど見た顔の女の子が顔を上げた。

見れば見る程、ギルドの受付嬢とそっくりである。

本当は一人二役、いや三役をやっているんじゃないかって言うくらいそっくりだ。

未だ見ぬ『職人ギルド』の三人目に思いを馳せつつ、レンは軽く会釈をする。




「こんにちはレンさん!」

「こんにちは」


『こんにちはー! 宿屋のおねーちゃん!』


「はいっ。今日もスライムちゃんは元気いっぱいで――…って、えええええええっ!?!?」




スライムを見た途端、盛大に驚いた看板娘。

その大きな声にスライムは吃驚していたし、隣のお食事処からは何だ何だと、冒険者が顔を覗かせていた。




「ス、ススス、スライムちゃんが、しゃ、喋っ…!? 疲れてるのかしら私…!?」

「落ち着いて看板娘…」




訂正だ。

看板娘の方が受付嬢よりも吃驚の度合いが凄かった。


驚きはしたものの、同じようにスキルの説明をすると、彼女はマジマジとスライムを凝視する。




「な、なるほど…その『言語共有』と言うスキルで、私もスライムちゃんお言葉が解るようになったんですね」


「うん、そうみたい。驚かせてごめんね?」

「いいえっ、とんでもない! 寧ろありがとうございます!」




看板娘がそっとスライムの頭を撫でる。

冒険者ギルドの時と一緒で、やはりどちらも嬉しそうな笑みを浮かべた。


特に看板娘の方は、スライム以上に会話が出来る事を喜んでいる。




『宿屋のおねーちゃん。いつもありがとうー!』


「こちらこそっ! スライムちゃん、いつも癒してくれてありがとう~!」




仕事で疲れている彼女にとって、スライムの様に小さくてぷるぷるな存在は、本当に心からの癒しなのだろう。

レン自身、心に余裕がなくなるくらい働きづめだった時を思い出して、何だか共感してしまった。


宿屋の看板娘も楽じゃないんだな…







◇◆◇





『ボクが、ボクが言うー!』


「そう? ちゃんと言える?」


『うんー!』




スライムの『お喋り』は看板娘に留まらない。

お食事処のシェフ兼オーナーにも、お礼が言いたいと自ら注文を買って出たのだ。


お昼の時間帯と言う事もあり、いつも以上に人の姿が多い。

オーナーはワンオペで厨房を切り盛りしている。

このお客さんに対して、調理が追い付かないんじゃないかと、当初は心配するレンだったのだが、彼はどんなに混んでいても調理や提供の速度が滞った事はない。


寧ろ、注文を通してから提供までのスパンが本当に短く、どうやって全ての工程をこなしているのか不思議である。

いつか看板娘にその事をこっそりと聞いたら、彼女はふふっと笑ってこう言った。




『父は忙しければ忙しい程、燃えるんです。だからと言って、手を抜いてる訳じゃありませんよ?』




『海月亭』のお食事処が大人気な理由がまた一つ、解った気がした。




「おう嬢ちゃん! 今日は何にする?」


『まおー様のハンバーグと、レンのスパスパと―、ボクのさらだー!』


「あいよ…んんっ???」




大きな声で注文するスライムに、オーナーは思わず二度見した。




「こいつぁ驚いた! そのちっこいのが喋ってんのかっ!?」


『そうだよー!』


「そうかそうか! それでうちの娘があんなに驚いてたんだなっ」




やはり彼女の絶叫――基、喜びの声は彼ぼ耳にも届いていたようだ。

オーナーもまた驚きはしたものの、その表情は笑顔である。




「ハンバーグ定食にパスタにドレッシング別のサラダだな。ちょっと待ってろ」


『おじちゃん、いっつも美味しいさらだをありがとー!』


「お、おぉ…よせやい、照れちまうぜっ!」




その言葉通り、オーナーの顔にはちょっとした『照れ』がある様に見えた。

彼はそそくさと厨房の奥に引っ込んでしまったが、あれは間違いないだろう。




『レンっ。ボク、ちゃんと言えたよっ!』


「うん、凄いねスライム!」




言い方はちょっと違うところもあったが、頼んでいるメニューはほぼ『いつも』と同じだ。

それが解っているから、オーナーも直ぐに理解を示してくれたのだろう。


数分後には、温かい食事が提供された。



いつもより少し多めのサラダは、オーナーなりの感謝の答えなのだろう。









『もっといろんな人とお話がしたいなっ』




お昼を食べ終えてお食事処を出ると、スライムがそんな事を言い出した。

今日のスライムはいつもより…いや、いつも以上にお喋りだった。

自分の言葉が人間に解ると言うのが、とても嬉しいのだろう。

冒険者ギルドや宿屋だけでなく、普段お世話になっている人にも会いたいと、自らが申し出て来た。




「いろんな人って?」


『武器のおじいちゃんと、道具のおじちゃんと、小石のおじいちゃん! あとはおっきい剣のおじちゃんも!』


「…まあ、街の人で知っているのってそれくらいだもんね」




思いつく限りの人の顔を挙げたのだろうが、意外にも数は少ない。

レン自身が顔見知りがそれほどいないと言うのもあるし、冒険者の繋がりだってウォルターやディーネと言った人ぐらいだ。

フウマは隣街に住んでいるから、用がない限りは其方にも行かない。




「いいよ。じゃあ今日は、スライムの為にいろんなところを回ろうか」


『ホントにっ!?』


「スライムだって、お礼を言いたいもんね」


『やったー!』




ルンルン気分で道を道を飛び跳ねるスライムは、本当に嬉しそうだった。


道行く知らない人にまで声を掛けるなんて、ホントもう可愛すぎるけど、驚くからやめようか?






◇◆◇





レン達は、フィオナとウォルターが居る『クロス・クラウン』のギルドハウスに足を踏み入れた。


初めはギルドハウスと聞いて、どんな場所だろうと思っていたが、外観が一軒家で中は殆ど一般企業と変わらない。


デスクの上にはモニター付きの端末が置いてあり、傍には紙の書類がたくさん積んである。

壁には戸棚が幾つもあり、分厚いファイルに閉じられた資料や報告書なんかが、まとめられている。

ギルドのお仕事形態は、元の世界で言う『少し前』の時代を思わせた。



元の世界でも、殆どがタブレットやPCなんかで、随分と便利になった時代だが、少し前まではこんな風に紙で資料をまとめたり保管したりと言う事が多かった。

その名残を今でも残している会社もあるが、時代はどんどん便利な方向へと移り変わるものである。



ギルドに所属する冒険者達が、彼方此方で談笑する姿が見える。

その奥では、書類整理や雑務に追われる人の姿も居て、一見すると会社に於ける日常風景に思えた。


忙しくも賑やかな声の中、レン達はハウス内を見渡してウォルターの姿を探す。




「あぁ、いたいた。ウォルター」

「ん?」




声を掛けると、いつもの大剣を背負ったウォルターの姿を見つけた。

ギルドメンバーから何やら報告を受けているらしく、片手を少し上げてレンに気付いてくれた。




「その件に関しては俺の方で処理をしておこう。ご苦労だったな」

「はい、失礼します!」

「隊長、このクエストなんですが人員が…」

「うむ。そうだな」




今日も彼は忙しそうだ。

隊長として隊を率い、更にサブマスターとしてギルドを取りまとめているのだから。

そんな彼がレンの『監視役』として別件で動いているのを知るのは、ギルド内でフィオナ以外に居ない。




「忙しそうね。出直そうか?」

「いや大丈夫だ。どうしたんだ?」

「あのね…」


『おじちゃん!』


「…ん?」




スライムはウキウキとした表情で飛び跳ねながら、ウォルターに近付く。




『おじちゃん聞いて聞いて! ボクね、皆ともお喋り出来るようになったんだ!」




スライムの言葉を聞いたウォルター。

彼は目の前で嬉しそうに喋るスライムを見て、驚きつつも微笑んで答えた。




「ほう。そんな事が出来る様になったのか。凄いじゃないか」

「…あれ。そんなに驚かないのね?」

「いや、これでも十分驚いているが…」




そうは言うものの、ウォルターの反応は街の人に比べたら、大人し過ぎる方だ。

受付嬢や看板娘を始め、武器・防具屋に道具屋を回ってから此処に来たのだが、街の人は全員が驚きを隠せなかった。




「人の言葉を話す魔物は、何もスライムだけじゃないからな」

「それもそうか…」




鬼の親子の様に、会話や意思疎通の出来る魔物だっているのだから。




「だがスライムの場合、レベルやランクが上がって得たスキルなんだろう? だとしたらやはり凄い事だな」


「だってさ、よかったねスライム」


『うんー! ありがとうおじちゃん!』


「しかし、おじちゃんと呼ばれるのはな…」


『?』


「…まあいいか」




ウォルターはそう言って苦笑する。

スライムからしてみたら、ウォルターは『おじちゃん』なのだそうだ。




『おじちゃんっ。いつもおっきな背中でボク達を護ってくれてありがとう! 凄く頼りにしてるんだ!』


「…あー。そうなのか」




その言葉に、ウォルターは少し照れたように笑って、スライムの頭をポンと優しく撫でた。

スライムは感謝の気持ちを言葉に出来て。とても嬉しそうだった。




「お前、何を照れてるんだ」

「フィオナ…!」




其処へ、会話を耳にしたフィオナがやって来た。

彼女は普段は自分の執務室に籠っているのだが、今日はハウス内で仕事をしていた。




「話しは聞いたぞ。アタシにもスライムの言葉が解るのか?」


『こんにちはー!』


「本当だ。これは興味深いな…」




顎に手を当てて、フィオナは繁々とスライムを見つめている。

そしてスライムは、フィオナの方を向き直った。

キラキラとした眼で彼女を見上げ、無邪気に笑う。




『この前はお菓子をいっぱいくれてありがとう! 美味しかったよ!』


「それはよかった。君や小さな魔王の為に用意したのだから」


『ボクもまおー様も『美味しい美味しい』って言って、全部食べたよっ!』


「そうかそうか!」




フィオナは嬉しそうに微笑む。

彼女の企み――餌付け作戦は成功と言ってもよかった。


この上なく上機嫌なギルドマスターの姿に、周囲のメンバー達は驚いていた。

普段は自分に厳しく他人にも厳しい彼女が、あんな風にまで笑う姿を眼にしたのは殆ど居ない。




「マスターが笑ってる…!」

「こ、怖くない、だと…!?」

「嘘よ…っ」

「フィオナさんったら、今日は体調でも悪いのかしら…」




そんな呟きをレンは耳にして、何とも言えない気持ちになった。

普段のフィオナは、一体此処の人達にどんな目で見られているのだろう。


しかし、彼らにしてみれば、そんな珍しい姿のマスターで居てくれた方が、一安心だった。

ただでさえギルドの仕事が忙しく、片付いていない案件も多い。

彼女がそれらについて言及し、少しばかり苛立ちを募らせているのは周知の事だ。


だから、せめて今日だけでもそのまま上機嫌で居て欲しいと言う願いは、ギルドメンバー全てが一つとなる想いだった。





ところが、そんな事を知る由もないスライムは更に続けた。




『本当にありがとう―ー『オバサン』!」






その瞬間。


ギルドハウス内の全員が凍り付いた。



空気が一瞬で変わり、何処かで誰かが書類をバサバサと落とした。

誰かが息を呑む音が聞こえた。




「…今、何て?」




フィオナは、ピシリと笑顔が凍り付いたまま首を傾げた。

スライムが言った言葉がよく聞こえなかった――訳ではない。


聞こえているからこそ、その反応なのだ。




「…く、くくっ…」




そして、微かな笑い声までもが漏れ始める。


誰が笑っているのかと辺りはとどよめいたが、よく見るとそれはウォルターだった。

ウォルターはスライムの言葉に耐え切れず、とうとう声を上げて笑い出したのだ。




「ぷ、ぷはっ! オバ、オバサン…っ!」




笑いながら腹を抱える彼は、レンでさえも見た事のない姿だった。




「笑い過ぎよっ!!」

「痛っ!」




フィオナは笑顔を張り付けて固まったままだったが、隣にいるウォルターを肘で軽く…いや、激しくどついている。

顔は笑っているが、眼は笑っていない。




「レン…? 君がそう教えたのか?」

「ち、違うよっ!?」




在らぬ疑いを掛けられて、レンは激しく首を振る。

間違ってもそんな呼び方はさせた事はない、断じて!




「ス、スライムっ、どうしてそんな風にフィオナさんを呼んじゃうのっ!?」


『えっ? だってこのニンゲンは『オバサン』だって、まおー様が!」




スライムは無邪気に答える。

その言葉を聞いて、並んでいるデスクの陰に隠れていた魔王が、遠くから口を抑えて噴き出していた。




「ぷぷーっ! よく言ったなスライム!」

「マオちゃん…!」




フィオナの背後にある怒りが、静かに燃え上がっている事は、誰もが感じ取っていた。

彼女はぐっと拳を握り締めながら、レンに向かって静かに言った。




「レン。あの小さなまお…じゃなくて。子ども…いえ『ガキ』を何とかするのが、テイマーの仕事じゃなくて?」




レンは苦笑いしながら、スライムとマオをそれぞれ軽く叱った。

フィオナが本気で怒る前に、この場を納めなければならない。


しかし、スライムの無邪気さには微笑まずにはいられなかった。




「オバサン…ぷぷっ!」

「マオちゃんっ!」

「うっさいわね! アタシはまだ29歳よ!」




ギルドメンバーたちは、その様子を見守りつつ、笑いを堪えるのに必死だった。



その後、スライムはフィオナの機嫌を取ろうと、もう一度丁寧にお礼を伝えた。




「ごめんね、オバ…じゃなくてフィオナ! ボク気を付けるよっ。でも本当にありがとう。お菓子、またちょうだいね!」


「もうオバサンなんて言わなければ、いくらでもあげるわよ」


「うんっ」




フィオナは溜息を吐きながら、スライムを許すように頭を撫でた。

その優しい笑みを浮かべる彼女に、レンは少しだけ驚いていた。


恐いだけなく、勿論彼女にも優しい一面がる。

それをまだまだ、レンが知らないだけなのだ。




〇月×日 曇り


スライムが街の人間とお喋り出来るようになった!

日頃の感謝を言えて、本当に嬉しそうだ!


レンにもオレにも、『いつもありがとう』って言ってくれた

オレ達はお前の言葉、ちゃんと解ってるんだけどな?





お読み頂きありがとうございました。

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