E級テイマー、命懸けのかくれんぼに挑む
低山に生える小さな森の中で、レン、ディーネ、フウマはそれぞれが息を潜めて隠れていた。
スライムはレンの足元で早くもぷるぷると震えている。
マオはそんな姿を優しく撫でていた
「ただのかくれんぼだろ?」
『だ、だって…見つかるの怖いもん』
「…ただのかくれんぼで終わるといいんだけどね」
レンは口に出すものの、心の何処かでは何だか嫌な予感がしてならない。
一応身を隠す為の場所を探して森にまで来たはいいが、障害物となるのはやはり木か岩しか見当たらない。
身を隠すにしても直ぐに見つかってしまうだろうが、隠れないよりはマシだった。
相手は鬼の子一匹。
山を降りなければ何処を隠れてもいいので、探すにしても時間は掛かるだろう。
陽が落ちるまでは、約三時間ほど。
それまでに隠れ切れれば、レン達の勝利だった。
「鬼の子は、何処に居るんだろう…?」
レンは自問をしながら、周囲の音に耳を澄ませた。
木の葉が買えに揺れる音すら大きく感じられるほど、レンの心は緊張で張りつめている。
「遊ぼう、遊ぼう。何処かな?」
遠くから聞こえてくる声。
やがて土や枝を踏む足音が響いてきた。
小さな体で、辺りを探るようにちょろちょろと歩き回っている。
まだ、此方に来る様子はない。
『――レン、ディーネ。そっちはどうだ?』
手にしていた通信機から、フウマの声が小さく流れた。
三人で通話するのは、鬼の子が今、何処に居るかの情報を共有する為だ。
『――こ、こちらディーネっ。だ、だ、大丈夫です…!」
早くもディーネの焦り声が聞こえて来る。
彼女もまた、緊張の中を必至に耐えている様だった。
「こっちもまだ姿は見えないけど…多分、森の方に近付いて来てると思うよ」
『――あぁ。今、鬼の子が丁度森に入った所だ』
「見えてるの?」
『――木の上に隠れてるからな、俺』
フウマは背の高い木の上に登り、鬼の子の動向を観察していた。
彼の身のこなしの軽さから、簡単にてっぺんまで登ったのだと推察される。
『――しかし、何でスライムをこっちに寄越した?」
「偵察に回してるスライムから、鬼の子の居場所を二人に伝えて貰おうと思ったんだけど…」
『――レンじゃないんだから、何言ってんのか解んねぇ、しかも震えてるし』
『コワイよ…高いよぉ…』
ちらっと震えるスライムを見やれば、こっちのスライムも涙目で震えている。
どうして隠れてるだけなのにそんなに…と思っていたが、理由が何となく解った気がした。
「…多分、高い位置に居るからそうなんだと思う」
『――なるほど?』
分身によって数が増え、スライム達の行動範囲は広がった。
そしてスライム同士に意思疎通が出来始め、感覚が少しだけ共有されている。
フウマの元に居る一匹の小さなスライムは、地上に居る時よりも遥かに高い位置に居て、その恐怖をひしひしと感じ取っていた。
お陰で震えっぱなしの彼を、フウマがよしよしと撫でてや他ない。
『――わたしはっ、スライムさんが居てくれて、本っっっ当に助かってます!』
「あー…ディーネ? 鬼の子にバレるかも知れないから、ちょっとだけ落ち着こう?」
『――す、すみません…っ。でも滝の音で多分、大丈夫かと…』
ディーネもまた、分裂したスライム一匹と一緒に隠れていた。
彼女が隠れているのは滝が流れる岸壁にある洞穴の中。
丁度、滝の水がカーテンの様に入り口を覆い隠している。
心細かったのも、小さなスライムが居ると言うだけでとても安心感があった。
例え言葉が解らなくても、スライムの表所から、自分を励まそうとしてくれているのがよく解る。
レンもまた、息を殺して身を潜めていた。
山の頂上近く、木々と岩に囲まれた場所に居るのだが、その緊張感は既に半端ない。
まるで時間が止まったかのように、周囲は静まり返っていた。
その静寂が、返って心臓を締め付けるような圧迫感を与えている。
『――鬼の子が探してるな…』
呟くフウマ。
彼の視界には、鬼の子の姿をはっきりと捉えられているのだろう。
身のこなしが素早い上に、動体視力までいいなんて、彼が居てくれて本当に良かったと思う。
レンの耳には、僅かな葉の擦れた音や、自分の心拍音すら大きく響いていた。
幾ら耳がいいとはいえ、自分が極度に緊張している事までもは知りたくもない。
余計に気が焦り、余計にまた緊張感を生んでいる。
まさに負の連鎖だ。
「隠れてるのもつまんねぇな?」
「マオちゃん、それじゃあかくれんぼにならないよ…」
最初こそマオもかくれんぼを楽しそうにしていたが、じっとしているのも退屈に感じ始めている。
鬼側ならまだしも、隠れる側だと欠伸が出てしまうと、マオには緊張感がまるで感じられない。
反対にスライムはぴたっとレンに寄り添っていた。
ぷるぷると僅かに震える振動が足元に伝わっている。
…こっちもこっちで、ちょっとビビり過ぎだと思った。
とは言え『恐い』と言う気持ちが解らない訳でもない。
「とにかく、日没まで何とか隠れ切らなきゃ…」
誰か一人でも勝てばいい。
そうしたら遊んだことになって、クエストを達成出来る。
「何処かな~?」
「…!」
その時、森の中で鬼の子の声が聞こえた。
レンははっとして岩の陰から様子を見守る。
すると、少し向こうに鬼の子の姿が見えた。
辺りをきょろきょろと見まわしている姿が見える。
「ねぇねぇ、何処に隠れたの~?」
鬼の子は、まるで語り掛ける様に呟いていた。
時々くんくんと鼻を鳴らし、ニオイを嗅いでいるような気がしなくもない。
鬼の生態は解らないが、もしかしたら嗅覚が鋭いのかも知れない。
そうなると、人間の匂いを嗅ぎ分けてしまう恐れだってある。
一つの所に留まっているのも、危険かも知れない――そうレンが考えた。
「…こっちに来た」
静かに通信機でそう告げると、二人の声がはっと息を呑むのが解った。
此方の声には応じないものの、その緊急性を悟り、敢えて声を出さないで居るのだろう。
小さい音量で会話をしているとは言え、鬼の子にもその声が聞こえてしまう恐れもある。
「あっちかなぁ…そんな感じする」
その声に、レンは背筋が凍り付いた。
自分達が隠れている場所を、既に予測しているかのような余裕が、その小さな鬼から漂っている。
まるで既に、勝負は決まっているとでも言わんばかりだった。
鬼の子ゆっくりと足を進め、こん棒を片手に木々の間を歩いている。
隠れ場所を確認する為に、周囲をじっくりと観察しているかのようだった。
隠れている自分達を、敢えて時間をかけて追い詰めているかのようにも思える。
「見つかる…」
、
レンの胸は、恐怖で締め付けられていた。
ーーゴッ!
突然、鬼の子が手にしていたこん棒を振り上げ、目の前の木に勢いよく叩きつけた。
鈍い音が響き、レンの心臓が飛び上がる。
つい声を発しそうになったが、口を抑えて必死に押し殺した。
スライムもまた叫びそうになったものの、マオの手がさっとその口を覆うファインプレー。
「(何が起こったの…!?)」
木が悲鳴を上げるよう揺れ、次の瞬間にはバキバキと音を立てて倒れ込んだ。
その音に反応して、あちこちから鳥が慌てたような声が上がる。
ギャアギャアと騒がしく鳴き、逃げるように飛び去って行くのを、木の上に居るフウマもまた目撃にしていた。
「木が…あんな簡単に…」
レンは息を呑んだ。
鬼の子の身体は、一見人間の子供の様に見えるが、その力はまさに『鬼』そのもの。
人間では考えられないほどの怪力で、木を薙ぎ倒した。
「あれー? 此処じゃないかぁ…」
のんびりとした声で鬼の子は首を傾げる。
すると今度は傍に在った別の気に向かって、こん棒を勢いよく叩き出した。
ーードスッ! ドスッ!
「ん~。此処も違~う!」
次々に木を薙ぎ倒し、岩をも砕いて進んで来る。
その一撃一撃が、レン達の隠れ場所を徐々に狭めて行った。
「どうしよう…どうすれば…!」
レンの頭の中は混乱し、心臓はその鼓動を速めて行く。
ただの『遊び』だと思っていたかくれんぼ。
それが今や、身の危険を感じる程の恐怖を感じている。
おにごっこも、かくれんぼも。
やる事は同じ。
命懸けの遊びに違いなかった。
「見つかったら、終わりだ…」
あの破壊力を見せつけられては、見つかった瞬間どうなるか解らない。
『――レン…っ。何とか逃げろ』
囁くようなフウマの声。
逃げようにも直ぐには動く事は出来ない。
ちょっとした物音でも立てようものなら、直ぐに此方の居場所を悟られてしまうだろう。
『――見つからなければいいんだ…』
「…わ、解った」
フウマの声に励まされるように、レンは静かにゆっくりと態勢を整える。
スライムをそっと抱き抱え、マオの手を取った。
鬼の子が近づいてくる足音が、徐々に大きく鳴っている。
もう、直ぐ其処まで来ている。
「お願い…お願い…気付かないで…!」
その時――
鬼の子の眼が、レン達が潜む木々の方向に、鋭く向けられた。
「あ」
レン達の目の前で、鬼の子は一瞬動きを止めた。
大きなこん棒を振り翳したまま、何かを思い出したかの様に頭を掻く。
彼の瞳が少しだけ柔らかくなり、ぼんやりと空を見上げた。
「…しまったぁ…」
鬼の子がぽつりと呟く。
「パパが、お山を壊しちゃ駄目だって言ってたんだっけ…」
鬼の子はしばらく考え込むようにしていたが、既に周りは倒れた木々や砕けた岩が散乱している。
完全に山の一部は破壊されている状況だ。
「(もう遅いよ…)」
レンは内心でそう突っ込んだが、口に出す余裕はまるでない。
鬼の子は、自分のやってしまった事に気付いた様で、少しだけ困った顔をする。
「…ぼくちん、しーらないっ」
こん棒を肩に担ぎ、気まずそうにその場を後にする鬼の子。
まるで自分が何もやってないかのように、振り返りもせずその場を後にする。
レンはその姿をじっと見つめながら、暫く呆然と立ち尽くしていた。
助かった…のだろうか。
何が起こったのか、直ぐには理解出来なかった。
しかし、鬼の子が完全に視界から消えると、ようやく現実に引き戻されたように、深く息を吐いた。
「…はぁ…何処かに行ったみたい…」
『――だ、大丈夫ですか、レンさん…?』
震えたような静かなディーネの声が、通信から流れて来る。
「う、うん…」
『――よ、よかったです…!』
「これで安心とは言えないけどね…」
『――一つの場所に留まるのは危険だ。レン、直ぐに其処から離れろ」
「うん」
レンは涙ぐんでいるスライムの頭をそっと撫でながら、漸くその場を離れる準備を始めた。
◇◆◇
フウマは木の上を飛び移りながら、つかず離れずの距離で鬼の子の動向を見張っていた。
相変わらず鬼の子は辺りを探し回ってはいるが、木や岩を破壊すると言った行動は控えていた。
西の空では既に陽が傾き、日没を迎えようとしている。
このまま行けば、誰一人見つかることなく『クエスト』を終わらせる事が出来るだろう。
そうフウマは考えていたのだが、ある一抹の不安が彼の心を掴んで離さない。
自分が鬼の子と鬼ごっこをした時は、身体にタッチ―ーこん棒で殴られるような事がない限り、鬼の子はずっと追いかけ続けていた。
次第にその顔が歪み、今にも泣きそうな顔を見せた時は焦った。
その所為で危うく攻撃を喰らいそうになったが、寸前の所で攻撃を防いだのは、自分の持ち前の動体視力のお陰である。
一度ならず二度、三度と攻撃を防いでいたら、泣き顔だった鬼の子の顔には笑顔が戻っていた。
―ー凄い凄い! もっと遊ぼうっ!
…人間の子どもと変わらないような、楽し気な表情だった。
「…」
『――もうすぐ陽が暮れるね』
「…あぁ、そうだな」
通信機から発せられたレンの声に、遠くを見つめていたフウマの意識が引き戻される。
あと少しでクエストクリアだと、ディーネが嬉しそうな声を発した。
「このまま何もなければいいけどな…」
そう呟いた瞬間だった。
「…パ…パパぁぁああああ!!!!!」
突然、鬼の子が叫び出したのだ。
『パパ』とひっきりなしに叫ぶ鬼の子の声は、途轍もなく大きい。
鳥が飛び立ち、ガサガサと木が揺れた。
高い位置に居るフウマでさえ、その声は確かに届いてた。
山全体を揺るがすような、ビリビリとした感覚に思わず耳を塞ぐ。
「みんなして、…みんなしてっ! ぼくちんをからかってるぅううううっ!!」
鬼の子は――『泣いていた』
大きな一つ目から涙を流していた。
一人も見つからない事に腹を立て、怒るのではない。
思い通りに行かない子供が、ああやって突然泣き出すのは、孤児院でもよくある事だ。
しかし、鬼の子は違う。
その声は山の中を響き渡り、『パパ』を呼んでいた。
―ーズシン!
大きな地響きに大地が揺れる。
「何だ…っ!?」
フウマがその『存在』に気付いたのは、その地響きが山の奥から聞こえていると気付いた時だった。
『――今の声は…っ!?』
「…鬼だ…デカブツの鬼が出て来た…!」
『―-お、大きな鬼…!?』
レンもディーネも叫び声に気付き、隠れていた場所から顔を覗かせる。
フウマが見たのは、小高い山の奥からぬぅっと姿を現す大人の『鬼』だった。
遠目からでも解る。
その体の大きさは鬼の子の数倍、いや数十倍もあった。
人間の大人以上に大きな鬼の姿に、フウマはごくりと喉を鳴らす。
「可愛い我が子を泣かせたのは…誰だ!!」
赤い眼を光らせた筋肉隆々の大きな鬼が、突如として現れ怒り狂っている。
「我が子――親か…!」
ギロリと鬼が見たのは、木の上にいるフウマの姿。
不味い…!
そう思った瞬間、フウマは小さなスライムを抱き抱えてその場から飛び降りる。
風を切る音が頭上を掠め、巨大なこん棒が木を薙ぎ払っていた。
大きな音を立てて折れた大木の上部が、地面に降り立ったフウマの直ぐ傍に落下する。
あのままその場にとどまっていたら、自分もあの様な無残な姿になり果てていたと思うと、ゾッとした。
「マジかよ…」
『ぴぃ…っ!!』
腕の中のスライムが大きく震えた声を吐き出す。
言葉は解らずとも、その恐怖に満ちた表情からは悲鳴が零れているのだと解った。
『――フウマっ!?』
「マズイ事になった。親が現れた。合流するぞ!」
『――わ、解った!」
『――は、はいっ!』
◇◆◇
「うぇーん。パパ…、パパああああっ!!」
レン達が合流すると、鬼に縋るようにして鬼の子が泣いていた。
そんな我が子を慰めるように、鬼の顔が一瞬だが優しい顔をする。
「あいつらが…っ。ぼくちんを、ぼくちんをいじめて…ひっく…!」
「おお、我が子よ…もう大丈夫だ、パパが来たぞ」
だが、此方を向き直った鬼の形相は怒りに満ち溢れ、その眼はレン達を完全に捉えている。
こんなの、もうかくれんぼどころじゃない――誰しもがそう思った。
「我が子を泣かす奴は許さぬ…例えニンゲンでも…!」
鬼の子よりも遥かに大きく、鋭い棘の付いたこん棒。
それを持った鬼は、激しく怒りを露わにしていた。
大切な子どもを泣かし、傷つけた報いを晴らすべく――
「おい待てっ! これはクエストなんだ! 鬼の子を泣かせるつもりはなかった!」
フウマが声を上げるが、鬼は完全にブチギレている。
ブンと激しくこん棒を振り回せば、鬼の傍に在った大きな岩があっさりと砕け散った。
あんなのを一度でも受けたら、死は確実だ…!
「隠れるんじゃなかった…!」
「言ってる場合かよっ。散れっ!」
「あ、あわわわわっ!!」
鬼は巨大なこん棒を、レン達へ目掛け振り下ろす。
咄嗟に飛び退いたが、その地面には大きな衝撃が走った。
「面白いなっ! もっと、もっとだ! どんどんや―ーもがっ!」
「マオちゃんっ! お願いだから挑発しないでっ!?」
慌てたようにマオの口を塞げば、何故かむすーっとした顔をされてしまった。
お陰で鬼がこっちを追いかけて来るし、マオちゃんは私の味方ではないのっ!?
「何とか鬼の子に機嫌を直して貰って…いや、それだとこっちの体力がもたないか…!」
走りながら解決策を模索するも、悪い方向にしか考えが及ばない。
周りには木や岩が点在している。
少しでも障害物となる物に身を隠しても、鬼はその圧倒的な力で木を薙ぎ払い、岩を壊し続けた。
鬼の子は『パパ』が山を壊す事と怒られるなんて言っていたけれど、その『パパ』だって普通に山を壊してるからねっ!?
これではかくれんぼではなく、寧ろ鬼ごっこ。
走るレンの心拍数もどんどん上がり、早く息が切れていた。
体力がなさ過ぎた。
圧倒的な力で鬼が攻めて来る。
一撃一撃が地面を砕き、風圧と地響きが体に衝撃を与えた。
鬼の攻撃は想像以上に強力だった。
対抗出来る手立てすらないが、レン達は何とか応戦した。
避ける為に駆け回り、時に反撃をしてスキルや攻撃を繰り返す。
『ぷちっとふぁいあ!』
最近習得したスライムの『火』のスキルは、特に敵の動きを押し留めるのに重宝された。
特に鬼は、火に弱い傾向にあるのか、とても熱そうに炎を払いのけている。
物理よりも魔法。
「行きます―ー『浄化の矢』!」
それに気付いたディーネも、水の神殿で得たスキル『浄化の矢』を駆使して、鬼への攻撃に臨んでいた。鬼の怒りは浄化される事はなかったが、彼女の力もまた、それなりに鬼へのダメージを与えられている。
「…す、すごーい! もっとやってやって!」
そんな中、鬼の肩に乗った鬼の子。
最初こそ泣いていたが、次第にその顔には笑顔が見えて来る。
泣いていたカラスが―ーいや、鬼か。
ともかく、きゃっきゃと笑い声を上げている。
両手まで叩いて、本当に楽しそうだ。
「た、楽しんでる…」
とにかく鬼の子は今、楽しそうに笑っている。
まるで、この戦いすら遊びの一環の様だ。
こっちは必死過ぎて、とても遊んでいる暇はない。
「パパ、パパ。でももうすぐお日様が消えちゃうよー」
その時、ピタリと鬼の親の攻撃が止んだ。
鬼は、子どもの言葉に反応していた。
「日暮れ…?」
レンがふと西の空に目を向請ける。
傾いていた夕陽が、今やもう山の向こうへと沈み、夜の帳が降りて来る。
空には早くも星が瞬いていた。
「ニンゲンよ。悪かったな」
ふと、鬼が語り掛けた。
その声色は、決して怒っているような雰囲気ではない。
「ちょっと追いかけるだけのつもりが、反撃をされた所為で、つい本気になってしまった」
「え…? あ、いや…此方こそ…泣かせてすみません…?」
何処か気まずそうにレンは頭を下げた。
「あれが『ちょっと』だって…?」
「わ、わたし、もう駄目かと思いました…っ」
膝を突き、逃げる事すらもう限界なディーネ。
レンもまた、ほっと安堵の息を吐いてその場にへたり込んだ。
「…ふぅ」
流石のフウマも少し疲れた様子で、乱れた息を静かに整える。
鬼の親は、巨大なこん棒を肩に担ぎながら、レンたちを見ていた。
我が子が泣き出した事に怒りを見せたのは事実だが、我が子が笑っているのを見て、はっと正気に戻ったらしい。
鬼の眼は、優しげな眼で鬼の子に目を向けた。
「さあ我が子よ。もう十分楽しんだだろう?」
「うんっ。パパもおにーちゃん達も凄かった! 凄く楽しかった!」
「そうか、それはよかったな」
その言葉に、鬼は怒りを忘れたように息を吐き出して肩の力を抜いた。
穏やかに笑い合うその姿は、何処にでもいるまさに『父と子』
「じゃあそろそろ帰ろう。ママが飯を用意して待っている」
「うんっ! おにーちゃん達、また遊んでねっ!」
鬼の子が笑顔で言い、レン達にバイバイと手を振った。
鬼は再びレン達に向き直ると、一礼をして山を下りて行く。
鬼の親子が去った姿を見ながら、レンは仲間達と顔を見合わせた。
「これで…終わり…?」
「みたいだな…」
「ク、クエストはどうなったんでしょう…?」
『■クエスト達成!▼』
『■鬼の子は満足して帰りました。▼』
目の前に、そんなログが表示される。
鬼の子が最後は笑顔で帰った事から、クエストは無事に達成と見なされた様だ。
クエストは無事に成功した。
レンは今日一日を振り返り、心から疲れた事を痛感した。
それと同時に、鬼の親子が自分達と何も変わらない存在だと言う事を、少し感じていた。
魔物であろうと人間だろうと、我が子を護る姿や無邪気に笑う子供の姿は、何も違いはない。
ただ『見た目』違うから、そう全く別のモノとして認識しているだけだー―
「…人間と魔物も、違いなんてないのかも知れないね」
レンはふとそんな事を思い、ぼんやりと呟いた。
「…あいたたた」
「筋肉痛、ですか…」
溜息交じりにマモンが言う。
その表情は、労わるどころかあきれて物も言えない様子である。
「情けない。もっと体力を付けたらどうです?」
「うぅ…マモンさん、湿布を貼ってくれませんか…」
「嫌です」
「楽しかったな、レン! また遊びに行こう!」
「も、もう嫌だ…」
〇月×日 晴れ
鬼の親子と遊んだ!
日が暮れるまでいっぱい遊んだ!
親子っていいな!
そしたらマモンが
「俺がママになりましょうっ!」なんて言うから笑っちまった。
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。




