E級テイマー、D級昇格クエストに挑む
ラ・マーレの街から南東へと続く街道。
その道中には、とある低山がある。
鬼が住むと言われる小高い山は、あるクエストが発生する場所として街では有名だった。
そのクエストは『D級』へ昇格する為に必要で、E級の冒険者が人生で必ず登山を経験する場所である。
テイマーのレン、僧侶のディーネ、そして盗賊のフウマは『D級昇格クエスト』の為、冒険者ギルドで『鬼の子と遊ぶクエスト』を受注していた。
街道沿いに進んだ先に見えて来る低山は、標高にして約1000m未満。
大凡にして2時間ほどあれば、ゆっくりとしたペースでも山頂に辿り付けるくらいである。
「この山を登るんでしょうか?」
「あぁ、そうだ」
登山道の入り口付近でその山を見上げ、ディーネは少しだけ不安そうな顔をする。
その隣ではフウマが額に手を当て、眩しそうに空を見上げていた。
「このクソ暑い中を登るんだ」
「フウマ、この山って鬼が出るの?」
入り口には木の立て看板があり、『この先、鬼の山』と書かれている。
それを見て、レンもまた少し不安な様子で彼に尋ねていた。
クエストにもある通り、鬼が住む山としてラ・マーレの街では知られている。
鬼と言っても特に何か害がある訳ではなく、山の麓に降りて来る事も殆どないらしい。
「鬼の家族が住んでるって話だな。数はそう多くはないらしい。それにしても…」
フウマはそう言って、レンを振り返る。
彼女の足元は一匹のスライム。
そして、小さな魔王が傍に居た。
「スライムはともかく、普通クエストに『チビ』まで連れて来るか?」
「あ、あはは…マオちゃんを家に置いておけなくて」
「何か遭ったらあぶねーだろ? 家で大人しく留守番…出来るような年じゃねぇな、まだ」
フウマ自身、孤児院で小さな子ども達の面倒を見たりする事がある。
当然、一人にして目を離すと何があるか解らないのは、何処に居ても同じ事だ。
「家の人が見たりしないのかよ? それとも仕事だから面倒見てんのか?」
「あー、私は親が居なくて。マオちゃんも居ないから、私が面倒を見てるんだ」
「あぁ、そうなのか…悪い。無神経な事聞いたな」
「ううん。気にしないで」
親が居ないと言うのは本当の事だ。
元の世界でもこの世界でも、レンには『親』が居ない。
マモンとか言う『お母さん』みたいな悪魔は居るけれど、本日はお休みの日だ。
「…自分の子どもじゃないのに、良く面倒が見られるんだな。母さんと一緒だ」
『母さん』と言うのは、フウマが育った孤児院の院母をしている女性の事。
彼女は一人で身寄りのない子ども達を引き取り、小さな孤児院を経営している。
現在は孤児院の経営が少し傾いているそうだが、陰ながらお金を援助してくれる『足長おじさん』が居る事を、レンは知っていた。
『彼」がお世話になった孤児院や院母の為、身を粉にしてお金を稼いでいる事も――
「マオちゃんは『家族』みたいなものだからかな?」
流石に『テイマー』だからとは口には出せなかった。
ディーネはともかく、フウマは彼が『魔王』だと言う事を知らない。
正体を知る人は極力少ない方がいいし、『魔王』の存在が街に広まれば、それこそ大パニックになる。
そうなると、フィオナがまずお冠だろう。
「家族か…」
『レン、ボクも家族だよっ』
「うん、そうだね!」
自分をアピールする様に高く飛び上がるスライム。
勿論この子の事も、同じように大切な『家族』だと思っている。
家に置いておく事が出来ないのなら、連れて行くしかない。
それはもう仕方のない事だと、フウマは小さく息を吐いた。
「んじゃせめて、チビが危険に晒されないようにだけ気をつけとけよ。山道で疲れてもおんぶしてやらねーぞ、俺は」
「オレは強いから大丈夫だっ」
「強いねぇ…」
フウマはどんっと自分の胸を叩く『子ども』に、少しだけ顔を顰めた。
「この前、悪い奴をやっつけただろ、オレ!」
「あー、あれか。ただあのおっさんがよろけて転んだだけじゃねーか」
レンは、フウマと初めて会った日を思い出していた。
あの時、魔王が人質に取られてどうなるかと思ったけれど、彼の素早い動きで依頼人の男は倒されてしまった。
小さな子どもの何処にそんな力がっ!?なんて驚きもしたけれど、彼は小さくとも『魔王』である。
フウマはその時の事を『単に転んだだけ』と言っていた。
子どもにあんな動きが出来る筈無いと思ったのだろう。
「違うぞ。オレが倒したんだっ」
「はいはい…そう言う事にしておいてやるよ」
だからフウマは、あの時の出来事を信じていなかった。
相手にされていないと言う事を知ったのか、マオの肩がしょんぼりとしている。
そんな彼を励ますように、ディーネがぐっと両手で拳を握り締めた。
「マ、マオさんっ。わたしは信じますからねっ!」
「ディーネ…ディーネは優しいなっ」
「まるで俺が優しくないみたいな言い方じゃんか」
「お前はオレの話を信じない人間だからなっ」
「はぁ?」
そんな事をずっと話していると、陽なんてあっと言う間に暮れてしまいそうだ。
今日はクエストに来たのだから、気を引き締めないと…!
登山道の入り口から鬼の山へは、比較的緩やかな斜面から始まった。
辺りは木々に囲まれ、高く伸びているお陰で太陽の光が少しだけ遮られている。
登山をする上で大切なのは、適度な休憩と水分補給だ。
タイムアタックをしている訳ではないので、レン達はゆっくりとした足取りで山道を進んで行く。
先頭をフウマが歩き、その後をレン、スライム、マオ、そしてディーネが続いた。
「そう言えば、クエストの内容が少し不思議だったよね」
少し道を歩いたところで、思い出したようにレンが口を開く。
不思議と言うのは、今回のクエストにはどう言う訳か『時間指定』がされていた事だ。
クエストの中には人数や特定の職業など、何かしらの『制限』を付けられる事がある。
D級昇格へのクエストも同じで、『14時開始』とだけ詳細には記されていた。
今はまだ11時。
約二時間の登山を例え延長したとしても、十分間に合うだろうと言う時間帯だ。
「そうか? 俺の時もそんなだったぞ」
「確かフウマさんはもう、『D級』の冒険者さんでしたね」
ディーネの言葉に、フウマが頷く。
D級昇格クエストへは、レンとディーネだけが挑む予定だった。
今回ウォルターは、ギルドの仕事で手が離せず、一緒に行く事が出来ない。
しかし、『前回』のE級クエストの件があり、また何かが起きるかもしれない…と、お互いに少し不安の色があった。
そんな時、偶然街にやって来ていたフウマに出会った。
彼が不安そうにしているレン達を見て、気に掛けてくれたんだろう。
話を聞くなり『経験者だから』と言う事で、快く着いて来てくれる事になったのだ。
本当に有り難い話である。
「鬼の子と遊ぶって言うのは、一体…?」
「そのまんまの意味さ。鬼の子どもと遊ぶんだ」
「子どもと遊ぶ? それだけでいいの?」
「俺の時は『鬼ごっこ』だったな」
どうやら本当に『遊ぶ』だけの様だ。
たったそれだけでD級に昇格出来るのかは甚だ疑問だが、思えばE級に上がる時はイレギュラーな達成だった。
もしかしたら、これくらいの難易度が普通なのかも知れないと、レンは思った。
鬼の子は山の頂上に居るらしい。登山をするだけでも割と時間と体力は持ってかれる。
「それにしても…どんどん斜面がきつく、なりますね…」
「おいおい。こんなのでもうバテたのか?」
「す、すみません。体力がなくて…」
少し登った辺りで、ディーネの呼吸が乱れ始めた。
一応ディーネよりもお姉さんだから、引っ張ってあげないと。
――とは思うのだが、レンも普段はあまり運動をしない方なので、早くも疲れ始めている。
フウマは慣れているのか、息一つ乱す様子はなかった。
早くも前途多難なパーティだと、彼は小さく溜息を吐く。
「チビ達を見習えよ。あんなに元気だぜ?」
「すっすめー。すっすめー!」
『ごー! ごー!』
マオとスライムは、少しの急な斜面でも何のその。
元気いっぱいに山登りを楽しんでいた。
子どもは本当にパワフルである。
時に休憩を挟みながら、レン達はゆっくりと山道を登った。
「お前ら、鬼の子と遊ぶ前に力尽きそうだな…」
フウマは体力のない二人に呆れつつも、歩く速度を落とし、しっかりとペースを合わせてくれている。
彼の気遣いには本当に感謝しかなかった。
やがてレン達は、時間をかけて頂上に辿り着く。
道中は本当に大変だったが、こうして登り切ると何とも言えぬ達成感が沸き出来出て来る。
小さい山だが、自分達は登り切ったんだ!
そう言った自信の表れが、レンやディーネの顔には滲み出ていた。
「や、やりましたね、レンさんっ!」
「うんっ。やったねディーネ!」
「ただ山を登っただけじゃねぇか…」
まだ終わってもないし、何なら始まってすらない。
振り返ると、頂上からはラ・マーレの街が少し遠くに見えた。
自分達が辿ってきた道のりをこうして眺めるのは、何とも感慨深いものである。
何度も言うが、やり遂げたという達成感が本当に嬉しかった。
「13時か。まあまあだな」
通信機の画面を見てフウマが頷く。
クエスト開始は14時からなので、まだ1時間は余裕があった。
「丁度いいから、此処で腹ごしらえをしておこうぜ」
「そうだね」
「あ、わたし、お弁当を作って来ました!」
「お弁当?」
普段は斜め掛けの小さなバッグで冒険に出るディーネ。
それが今日に限って、彼女はどう言う訳か背中にリュックを背負っていた。
山道を登る間も、少し重たそうにして背負い直しているのを、レンは何度か見ている。
彼女はそのリュックの中から、風呂敷に包まれた大きめの何かを取り出した。
「ディ、ディーネ…? それがお弁当、なの?」
「はいっ」
「大きいね…」
まさか、そんなに大きなものが入っているとは思わなかった。
しかしディーネは笑顔で頷いている。
それを見て、レンの眼が少しだけ見開いた。
「『皆で食べなさい』って、おばあちゃんが朝早くに作って、持たせてくれたんですっ。ちゃんとシートやお手拭きもありますよっ」
更にディーネは、小さなバッグからウェットティッシュまで取り出した。
「これを広げたらいいのか? オレも手伝うぞっ」
「ありがとうございますマオさん! じゃあ其方を持って頂いて…」
「ピクニックかよ」
フウマは思わず、そう言わずにはいられなかった。
「さあ、どうぞ召し上がって下さい!」
「飯だ―!」
『ごはんー!』
数分後には、山の頂上でおにぎりを手にするレン達の姿があった。
ディーネのおばあさんは本当に、たくさん作ってくれていた。
風呂敷の中身はやはりお弁当で、それはまるでお重の様に箱が積み重なっている。
数々の具材が入った、丹精込めて握られたであろうおにぎり。
甘めと塩気、どちらも楽しめるように作った卵焼き。
時間が経ってもジューシーな、肉汁溢れる唐揚げ。
お弁当の定番とも言えるラインナップに、スライムやマオの眼は釘付けだ。
「おおー!」
『すごーい!』
「レンさん達と『昇級クエスト』に行くって伝えていたから、おばあちゃんも応援として。こんなに用意してくれたのかも知れませんね」
「でもこれ、絶対私達じゃ食べ切れなかったよ? フウマが居てよかったかも」
急遽パーティに入った男のフウマの分でさえ、まるで予め加わる事が解っていたかのような量である。
それを聞いたフウマは、おにぎりを一つ手に取ってパクリと口にした。
「…まあ、体力は必要だろうからな。このクエスト」
「確かに! 鬼の子どもと遊ぶんだもんね」
「あんたのばあちゃんって、冒険者だったりするのか?」
「今は引退してしまっていますが、昔は世界を旅していたって話を聞きますっ。あっ、でも昔も今も、凄い腕利きのヒーラーなんですよ!」
まるで自分の事の様に嬉しく語るディーネ。
その表情は、とても笑顔で眩い程だった。
「ふーん」
フウマは特にそれだけで、おにぎりを一つペロリと平らげると、早くもまたおにぎりに手を伸ばしていた。
「じゃあ、このクエストがどう言うもんなのかも、知ってての『コレ』なんだろうな」
「…?」
彼の言葉の意味がよく解らなかったのか、ディーネは不思議そうに首を傾げていた。
「レンっ! おにぎりころりんしたら、スライムも山からころりんしたぞっ」
『わーん!』
「えぇっ…何してるの」
◇◆◇
「ダガーの使い方がなっちゃいないな」
お腹も膨れて満足になった食事の後。
フウマがレンに向かって、突然そんな事を言い出した。
「使い方って? 持ち方は武器屋のご主人に習ったんだけど」
「持ち方だけ学んだだけで、強くなれる訳ないだろ?」
「まあ、それは確かに…」
『冒険者として。ダガーの一本でも持っておくべきだ』と言うご主人に言われて購入したものだ。
ダガーを使って戦う事は、自分でも苦手だと思っている。
戦闘は殆どスライムに指示を出して任せっきりだし、センジュを倒した時だって無我夢中でどう動いたかなんて、よく覚えていない。
フウマは自分の武器であるクナイを、服の袖から滑らすように手元へ移動させた。
それは隠し武器だった。
その動作は素早く、なるで手品のように現れては消え、消えてはまた現れる。
自由自裁に武器を操って見せる彼に、レンは思わず拍手を送った。
「おお~!」
「そんなに驚く事かよ。お前もこれくらい扱えて当然だっつーの」
「いやいや。フウマみたいにそんな器用じゃないから、私」
くるくると指先でクナイを弄ぶフウマ。
きっと自分がやったら、すっぽ抜けてしまうに違いなかった。
「さっきも魔物が現れてからのんびりと構えてただろ?」
「だって、動物かと思ったんだもん」
「あのなぁ…そんなんじゃ、本当に魔物が出た時には直ぐに先手取られるだけだろ」
「フウマは直ぐにクナイを投げてたよね」
「やられる前にやるのが普通だ。馬鹿」
馬鹿とは何だ、馬鹿とは。
一応私、フウマよりもうんと年上なんだけどな??
「魔物の気配を感じたら、すぐに武器を構える癖をつけろ。あんたは警戒心が足りない」
「うーん…そうかなぁ」
「戦いの時は、絶対にダガーを手放すなよ。放したら、もう其処で命は終わりだと思え」
そう言ったフウマの眼は真剣そのもの。
レクチャーされる身であるが、射抜く視線はマモンだけで十分だ。
「ディーネだって、敵が出たらすぐにロッドを構えてるんだぞ?」
「わっ、わたしはただの怖がりなだけです…っ」
「あ、そ」
フウマは戦闘に不慣れなレンの為に、幾つかのレクチャーをしてた。
武器の構え方はもっとこうだとか、周りを警戒する目を持てだとか、色々とアドバイスをくれる。
魔物の襲撃に関しては、正直接近してくれば『足音』で解るし、興奮気味であるのならその足取りは重く、荒れている。
それはレンが『聞こえる』からであり、物音や気配にフウマが反応したとしても、特にのんびりと構えていた。
自分の聴覚が鋭いなんて事はフウマは愚か、ディーネだって知らない
『血分け』の効果で『魔王様の施し』を受けた事は、周りではマモン以外知らないのだ。
しかし、戦闘の知識や経験が乏しいのは認めるしかない。
「フウマ先生、色々教えて下さい!」
「おー。まずは素振り1000回な」
「鬼!」
「鬼はこれから来るんだよ。少しでも戦力が居た方がいいだろ」
鬼と遊ぶ前に、レンの腕はパンパンになりそうだ。
熱心に教わるレンの姿に、ディーネは『仲が良いですね』なんてニコニコ笑っている。
その間、マオとスライムの事は彼女がお守り役として見てくれた。
「ディーネ! マフィンないのかっ?」
「ありますよー。おやつにと持って来たのですが、食べますか?」
「食うっ!」
『ボクも―!』
最近、スライムは葉っぱだけでなく、人間の食べ物にも少しずつ口にしたりしている。
先程のおにぎりは運悪く『梅味』に当たってしまったのか、顔を酷くしわくちゃにさせていた。
金平糖のように甘いお菓子が好きなスライムにとって、酸っぱいのは天敵だ。
「うまっ、うまっ! 俺はこれ、大好きだ!
『んまっ、んまっ!』
「うふふ」
自分のマフィンがお気に入りだと言われて、ディーネも凄く嬉しそうである。
時刻は『14時』。
鬼の子と遊ぶ時間が、もうすぐそこまで迫っていた。
「そろそろだな」
フウマが呟くと、レンとディーネの顔にも緊張の色が浮かび上がる。
ただ『鬼の子』と遊ぶだけだと言うのに、何だか胸がどきどきとしていた。
それほどまで自分は緊張しているのかと、少しだけ深呼吸をする。
そんな僅かな静寂の中、レンの耳に微かに響いて来る『足音』
土や小石をを踏み歩くような音が近づいて来ている。
それは重みある音ではなく、寧ろ軽やかで小刻みな音だった。
その足音が次第に規則的になり、ゆっくりとレン立の方に近付いて来る。
「何か来る…」
「…?」
その呟きにフウマは、少し訝しむような眼でレンを見る。
しかし、直ぐにはっとしたフウマが、途端に険しい顔でクナイを握り締めた。
「来るぞ。構えろ」
ディーネは緊張の面持ちで、胸の前のロッドを握り締める。
彼女もまた、深く息を吐いて深呼吸を繰り返した。
「た、ただ遊ぶだけ…なんですよね? どうして武器を構えるんでしょうか」
弱々しい彼女の声が耳に届く。
『何か遭った時の為に武器を構えろ』そう言ったのは、フウマだった。
「油断するな。あいつは一筋縄じゃいかねぇぞ」
フウマが低く笑いながら、下げていたマスクを口元まで引き上げる。
くぐもった声が、彼の口から発せられた。
「鬼の子だろうが何だろうが、『遊ぶ』のは命懸けだと思え」
「それってどういう…」
その時、山の頂上にある木々の間から、僅かに見える影。
それが次第に近付き、ゆっくりと山の斜面を登って来る。
見た目にはそれが幼い子どもの様に見えるが、『人間』ではない。
頭にはチョンと一角獣の様な壺が小さく生え、大ききな瞳は一つ目。
口にはこれまた小さな牙が生えており、全身が赤い色の身体をしていた。
手には木を削った様な小さなこん棒を持ち、腰にはトラの毛皮の様な模様の腰巻をしている。
よく童謡で見るような想像上の、まさに『小鬼』が其処に居た。
「あれが…鬼の子?」
「そう、みたいですね…」
やがて、鬼の子の眼にもレンたちの姿が留まったのか、歩んでいた足がピタリと止まった。
大きな瞳がレン達をじっと見つめている。
「…あ! この前のおにーちゃん!」
その小鬼はレン達を―ーフウマを見るなり、とても嬉しそうな声を上げた。
「もしかしてまた、ぼくちんと遊んでくれるのっ!?」
タタタっと駆け寄って来る鬼の子。
その全長は思ったほど大きくはなく、小さな魔王と同じくらいの身長差だ。
「あぁ。でも今日はこっちの姉ちゃんたちも遊んでくれるぞ」
「やったー!」
フウマの口ぶりは、まるで孤児院の子ども達に言う様に優しかった。
『警戒しろ』なんて言っていた彼だが、いつのまにかその手には、クナイが握られていなかった。
「…え、待って。フウマは何て鬼の子と喋れるの?」
「レンさん、わたしにもあの子が喋っている言葉が解ります…」
「ニンゲンとお喋りがしたくて、ぼくちん『パパ』にいっぱいいっぱい言葉を教えて貰ったんだー」
そうしたら喋れる様になった、と言う鬼の子。
どうやら『意思疎通』の出来る魔物の様だ。
「それでそれで? 何して遊んでくれるのっ?」
「え、えっと…」
鬼の子と遊ぶ事は解っていたが、具体的に何をして遊ぶのかはレンも知らなかった。
それはディーネも同じで、二人は揃って顔を見合わせている。
そんな中、フウマが何処か優しい表情で鬼の子に言った。
「お前は何がしたいんだ?」
「あのねー。ぼくちんねー。鬼ごっこかかくれんぼがしたいんだ!」
「鬼ごっこはこの前やっただろ」
「そうだねー! おにーちゃん、すっごく速かった!」
喜びを前面に表し、小さな体鬼の子はニコニコと笑う。
フウマの時の遊びは『鬼ごっこ』だったらしい。
「追いかけても、なかなか捕まらないんだもん」
「盗賊の俺に速さで勝てると思うなよ?」
「うん。だからちょっと本気になって殴っちゃったけど、おにーちゃんはそれでも捕まらなかったよね」
本気? 殴る?
聞いていて、何とも物騒な話だ。
「フ、フウマ? 鬼ごっこ…なんだよね?」
「ああ」
「何で殴る話が出て来るの?」
「鬼の子が本気で殺しにかかって来るからだ」
「は?」
フウマが語る体験談はこうだ。
鬼の子との遊びが『鬼ごっこ』であった場合、鬼である鬼の子は、逃げる相手をこん棒で襲い掛かってくる。
攻撃を防げばセーフだが、当たれば大怪我は必至。
其処で鬼は後退だ。
フウマは瞬足と機敏さを活かし、一度も鬼になる事はなかった。
しかし危なげな場面は多々あったらしく、間一髪攻撃の手を防ぐと言った状況である。
ただの『鬼ごっこ』と思っていたが、その実態は想像以上に危険なものだった。
「捕まらなくもぼくちんは楽しかったから、満足だったけどねっ。じゃあ今日も鬼ごっこする!?」
「かくれんぼで」
レンは即答した。
そんな死と隣り合わせの鬼ごっこなんて、絶対にしたくない。
レンもディーネも体力には自信がなく、フウマでさえも苦戦するような攻撃を避けられる筈が無かった。
しかし、かくれんぼを選んだにしても、これがただの『かくれんぼ』だとは考えにくい…
「フウマ、これって本当に遊びなのかな?」
レンが不安げに見つめる
「遊び…だけど、本気で隠れないと大変な事になるぞ」
「…大変な事?」
フウマは軽く笑いながらそう言った。
「かくれんぼだね。いいよいいよー、遊ぼう!」
鬼の子は大きく頷いた。
「陽が暮れちゃうと『パパ』が心配するから、お日様が沈む頃に終わりだよー」
「タイムリミットは日暮れか…、俺の時と一緒だな」
「それじゃあ100数えるから、おにーちゃん達も隠れてねー。誰か一人でも最後まで隠れ切ったら、おにーちゃん達の勝ちだよっ」
鬼の子は両手で大きな目を隠し、その場に座り込んだ。
フウマがレンとディーネに呼び掛ける。
「始まるぞ、隠れろっ」
「う、うんっ」
「は、はいっ」
「何だ、かくれんぼするのか?」
「うん、そうっ。マオちゃん達も一緒に隠れよう」
「いいぞ!」
「いーち、にーい…」
そうこうしている間にカウントダウンが始まる。
早くもかくれんぼが始まろうとしていた。
しかし、この山の中では、一体何処に隠れればいいのだろう?
低山の中は起伏のある道ばかりだが、少し先には木々が集まる森林の様な場所があった。
少しでも障害物があった方が、隠れるのには有利だろう。
レン達は一斉に走り出した。
「もーいいかーい?」
返ってくる声はなかった。
それは、探しても『もういいよ』と言う合図である。
鬼の子はすくっと立ち上がると、辺りをゆっくりと見まわした。
「隠れるならきっとあそこだよね」
遠くに見える木々の集まりを見て、鬼の子は笑う。
手にはこん棒がしっかりと握られており、その表情はとても嬉しそうだった。
「えへへっ。いーくぞー!」
フウマ以外は知らなかった。
命懸けのかくれんぼが今、始まろうとしている事を――
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。




