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E級スライム、星の見る夢




「ただいま…」

「おかえりっ」




呟くようにハウスに入ると、家の中ではマオが笑顔で出迎えた。




「今日なっ。ディーネに会って『マフィン』を貰ったんだ。レンとスライムも一緒に―ー」




しかし、レンの様子がおかしい。


そう気付いて彼は首を傾げる。

キッチンでは、夕食の準備をしていたマモンが僅かに顔を上げた。




「どうした? スライムは一緒じゃないのか?」




マオは直ぐに、レンの傍にスライムが居ない事に気付いた。

きょろきょろと辺りを見渡して、その小さな姿探している。


スライム―ーと聞いて、レンは眉を顰め、その表情をますます曇らせた。




「スライムは…今日は皆の所に泊まるってさ」




平静を装い、なるべく笑って見せたものの、マオはじっとレンの顔を見つめる。

その眼は何かを探る様だ。




「嘘だな」

「えっ…」

「スライムが泣いてる声がする。オレの耳は誤魔化せないぞ」




レンの聴覚が良くなったように、彼の耳もまた小さな声や物音をよく拾う事が出来る。

そして自分が付いた嘘も、スライムがどうしていないのかも、彼にはバレバレだった。




「喧嘩でもしたのか?」

「…うん」




静かに正直な気持ちで頷くと、小さく溜息を吐くのが聞こえた。

それは魔王ではなく、マモンの口から漏れ出たのだと、彼の眉根は酷く皺を寄せている。




「はぁ…所詮は身勝手な人間の考えですね。自らテイムした魔物と契約を解除しようなど」


「どうして、解るの…?」

「貴女の顔を見ればすぐに解ります」




マモンはやれやれと頭を振った。


レンはスライムの気持ちを解っているようで、全く解っていなかった。

あの子はいつも私を護ってくれた。


いつも傍に居てくれて、励ましてくれたと言うのに、肝心な時に自分が護ってあげなくてどうするんだ…!




「…やっぱり私、迎えに―ー」


「よしなさい。一度裏切られた者の元へ、スライムが戻って来ると思いますか」


「裏切り…そう、だね…私、身勝手だ…」




『解除』を申し出た時に、スライムのショックを受ける顔が忘れられない。

どうしてあんなことを言ってしまったのか。


本当に、身勝手だ。




「ちょうどいい機会です。それならさっさと魔王様との契約も解除して――って、何処に行くつもりですか?」


「頭を冷やして来ます…」

「もうすぐ夕食ですが?」

「要らない…」

「本っ当に身勝手ですね…!」




怒りの声を背に受けながら、レンは自分の部屋へ逃げるように引っ込んだ。

マモンは盛大に溜息を吐き、作りかけのポトフをちらりと見やる。


とてもじゃないが、小さな魔王様一人が食べ切れる量ではない。

面倒だが、残りは冷まして冷蔵庫にでも入れておくか――…


其処まで考えて、はたと気付く。




「…は。何故俺が其処までするんでしょうね」

「マモン。腹減った! 飯はまだか?」

「はい魔王様。直ぐにご用意致しますのでお待ち下さい」






◇◆◇






お星様が空を流れた後、スライム達は身を寄せ合って眠りに就いていた。


ママが居るから大丈夫――

そんな安心感を胸に、レンのスライムもまた深い眠りの中に居た。




しかし、遠くから聞こえるか聞こえないかの叫び声に、ふとスライムママの眼が開いた。

我が子達はまだ気づいてはいないが、スライムママは森の奥深くから、何かがゆっくりと近付いて来る気配を、静かに感じ取っていた。


様子を見て来るべきか。

そう考えたママは、ゆっくりと体を大きな体を持ち上げる。


そんな時、頭に乗っていた一匹のスライムが、ころりんと転がった。




『むにゃ…ママ…?』




寝ぼけ眼の我が子は、夢とも現実ともつかない様子でスライムママを見上げている。

それと同時に、一匹、また一匹ともぞもぞと動き出すスライム達。




『どーしたの、ママー?』

『何でもないのよ。さあさ、おやすみなさい。可愛い我が子達』




今夜は何もなかった。

いつもと同じ夜を過ごすだけ。


そう言い聞かせるものの、一匹のスライムが何かに気付いた様子で辺りを見渡した。




『ねぇ、何か…聞こえるよ?』




その声は、スライム一匹に留まらず全員に届いていた。


低く唸るような声が、どんどんと近付いてきている。

地面を伝う振動音に、一匹、また一匹と目を覚まし始めていた。


何かが来る――そう感じたスライムママがはっとする。



その時、一体の魔物が闇の中から現れた。

鋭い牙と爪が月明かりに冷たく光っている。




『きゃー!』




その姿を眼にした瞬間、一匹のスライムが叫び声を上げた。

恐怖に凍り付いた顔に、皆が何事かと顔を見合わせ外の様子を窺う。


やがて、自分達の縄張りに表れたその魔物を見て、同じように恐怖の声を上げた。




『わー!』

『森のくまさんだ―!』


『あの姿は…?』




スライムママは狼狽えた。


普段は温厚で、スライムとも仲が良い小熊だった。

しかし今は様子が違う。


爪や牙を鋭く尖らせ、赤く光る瞳は凶暴で、まるで捕食する獲物を探すかのようにクンクンと臭いを嗅いでいる。


やがて叫び声に気付いた魔物は、唸り声を大きく上げ、一直線にスライム達の元へ駆け出した。

いつもと違う様子に、スライム達は何か恐ろしい気配を感じて、一目散に住処から逃げ出していく。




『うわー!』

『コワイよー!』

『わー!』

『やめてー!』

『たすけて―!』




小さなスライム達が、森の中を跳ねるようにして四方八方に逃げ惑った。

しかし、何処へに行けばいいのか解らない。




『ぼうや達! こっちよ!』




必至に逃げる彼らに、スライムママが呼び掛ける。

その声を聞き、スライム達は泣きながら集まってその大きな体に身を寄せた。




『ママー!』

『ママぁ…!』

『恐いよぉ…!』


『大丈夫。大丈夫よ、ぼうや達…! さあ、ママの中に還りなさい』


『『うんー!』』




その声に従うように、小さなスライム達がその体を光らせ、スライムママへと飛び込んで行く。

それは分裂した我が子達を救う為の【吸収】だった。


スライムママは優しくも逞しく、怯える子供たちを護るように包み込んだ。




『さあ、ぼうやもっ』

『う、うん…』




そんな中、スライムママの傍に居たレンのスライムが、怯えた顔で頷く。


ママの中に入ればもう大丈夫だ…!



そう考えたスライムだったが、ふと気が付いた様に顔を上げた。




もし、ボクが今ママの中に入ったとして。


ママは、どうなるの?




「グルルル…っ!!」




普段は同じ森に棲む、心優しい小熊の魔物。

スライム達は自分よりも体躯の大きい彼と、しかし怖がる事無く楽しそうに遊んでいた。


それはスライムも同じで、優しい頃の小熊の姿をよく知っている。

すっぴんボアとは違い、本当に優しいいい子だった。


それが今や激しい唸り声を上げて、ボク達に牙を向いている。



ボク達を…襲おうとしている。




『ママ…』

『どうしたの? さあ。急いでっ』




ママは…


あの恐ろしい魔物と、戦うの…?




『ぼうや!? 駄目よ、戻りなさいっ!』




次の瞬間、スライムはママの元から駆け出し、魔物の前へと躍り出ていた。


ママが危ない。

勇気を出して、スライムが立ち向かっていた。



普段は泣き虫で、弱虫で、仲間からも守られているだけだった子が、今は違った。





ママを。


皆を護らなければ――




『やらなきゃダメなんだ…!』




その想いが、スライムを突き動かした。








スライムママは目の前の光景に目を見張った。





『あのぼうやが…一番の弱虫で、泣き虫だったあの子が…!』


『おくちてっぽう! ぷぷぷぷぷっ!』




小石を、そして水を口から噴き出し、魔物を相手に牽制する。


相手の動きをよく見ているが、魔物の体は予想以上の俊敏さを見せており、数回スキルを使用しただけで学習したのか、簡単に避けられてしまう。

それでも諦めずにスライムは、必死になって攻撃を繰り返した。


魔物は激しく唸りを上げ、その長い爪でスライムの体を引き裂かんと突進してくる。

ぽよんっと体を跳ね上げて避けたものの、その切れ味は凄まじく、地面に深い爪痕を残していた。




『ひっ…』




あんなに強力な攻撃を、その身に受けたらどうなるか――

スライムは途端に青ざめた。




『レン…助けて…』




思わず口にした言葉。


しかし今此処に、テイマーたるレンの姿は何処にもない。



直ぐにはっとして、スライムはその気持ちを押し殺した。




『違う、今はボクが護らなきゃ…!』




弱い自分を認めつつも、目の前の恐怖から逃げずに向かう。


街で迷子になった時もそうだ。

ボクはレンを頼って、探していた。


いつもレンが一緒とは限らないのに…!




―ーずっとずっと、みんな一緒がいいな…!



そんな事を思った時もあった。




けれど、『いつまでも』一緒とは限らない。




魔物はその赤い瞳でスライムを見据え、鋭い牙を剥き出しにしながら、またも襲い掛かって来る。


小石を、水を、分裂を。

自分に出来るスキルを使用し、魔物に立ち向かった。


戦いの経験はまだまだ少なく、出来る事が限られていたスライムだったが、それでも彼は勇敢に戦っていた。

皆を護るスライムの姿は、ママの中に居る兄弟分達もまた、その眼を通して見守り続けた。


一番の弱虫で、一番の泣き虫だった子が懸命に戦う姿を、彼らは驚き、そして応援した。




『あいつ…!』




あの人間嫌いのスライムもまた、彼の成長に驚いていた。




『おくちてっぽ…あれ…っ!?』




次第に水が枯渇し、小石の残弾数も残り僅かとなっていた。


スライムは焦った。


体当たりなどの体を張った攻撃ならまだしも、これらは『スキル』だ。

そのスキルが、何だかいつもよりも威力が弱いと感じる。


いかに小熊が避けようにも、あれだけの小石をくらい、そして水による水圧でダメージを受けていてもおかしくはない。




『どうして…!?』




次の瞬間、スライムの体に大きな衝撃が走った。

体が勢いよく吹き飛ばされ、ぽてっ、ぽてっと地面を跳ねて行く。




『うわああっ!!』

『ぼうや…!』




魔物が突進してきたと気付いたのは、体が投げ出されて漸く気付いた。

全身が悲鳴を上げるくらいに、痛い…




『イ、イタイよぉ…』




どうして。



どうしてボクはこんなにも弱いの。




どうして…






―-スライム!




辛い時。


苦しい時。




後ろを振り返れば、ボクを心配するレンが居た。

ボクを気遣い、励ましてくれたテイマー。



そうだ。



レンが居ない。




レンが居ないから、ボクは――…




力が出ないんだ。





『レン…!』





涙が溢れる。


彼女の大切さを強く再確認した。





レンに会いたい。



我儘を言ってしまった事を、ちゃんと謝りたい。





仲直りをして、また一緒に旅がしたい…!






◇◆◇





自分の部屋に引きこもって居た後、レンはスライムの事が気になって、深く眠りに就く事が出来なかった。

意地を張って…と言うか、食欲がなくて夕飯を食べられなかった為、余計に眠りが浅い。


さっきから時計を確認しても、十分、十五分と進む梁はとても遅く感じた。

何度もベッドの上で寝返りを打ち、その度に小さく溜息を吐く。




「…スライムと喧嘩なんて、初めてだな」




ぽつり、そんな事を呟く。


喧嘩と言う様な争いをするのも、レンは嫌がった。

口論するのにも、怒るのだって余計な体力を消費する。

怒り過ぎても駄目。


自分が何に対して怒っているのかも、解らなくなる。

そう言う時は、大抵疲れてしまい、喧嘩をする事すらめんどくさがってしまいがちだ。


余計な労力を使うくらいなら、喧嘩なんかしない方がいい。

例え憤る様な事があっても、めんどくさい、どうでもいい、時間が経てば忘れる。


――そんな風に思ってしまえば、気が楽だった。



だけど、今回はそうもいかない。

スライムとの関係を修復しない限り、いつまでもこのままだ。




明日、朝になったら一番にスライムに会いに行こう。

そうして自分が言った言葉に対し、謝罪するんだ。


優しいスライムだからとて、許してくれるとも限らない。


それでも『ごめん』の一言を言わなければ、どうしてもーー…




「…うん?」




そんな事を思っていると、突然自分の目の前にログウィンドウが表示された。

暗闇の中で光るそれは、灯りがなくともしっかりとレンの目に飛び込んで来て、眩しさに一瞬目を細める。




「な、何?」




いきなり現れたログウィンドウ。

それは何かの『ステータス』を現している様だった。




【■『水』が無くなりました。『おくちてっぽう・水』をロックします。▼】


【■『小石』が無くなりました。『おくちてっぽう・小石』をロックします。▼』


【■スライムのHPが減少しています。▼】




スライムの体力が少ない…!?


ステータスに表示されているのは、スライムの情報。

見る見る内に減少していくHPに、レンは焦りを覚えた。




「まさか、スライムが…戦ってるの?」




何故。



どうして。



スライムに何か遭ったのか。




スライムの声を探る為、眼を閉じて耳を澄ます。


魔王との『血分け』によって、レンの身体には変化が生じていた。

特に聴覚が、驚くほど鋭くなっている事に気付いたのは、ごく最近の事。


それにより、普段は日常で気にしていなかった音ですら、鮮明に聞こえるようになっていた。






風の音。



木々が揺れる微かな音。



街の何処かから聞こえてくる人々の話し声。



最初こそ、その変化に戸惑いを見せていたレンだが、それも慣れてしまえば使いようはある。

特に声や音は、意識的に集中すれば、もっとより鮮明にレンの耳に届く事が出来た。






ーーレン、助けて…





声だ。


声が聞こえて来る。


遠くの方で、小さいながらも自分を呼ぶ声が聞こえて来た。





「スライムっ!」




その声を聞き、レンは反射的に叫んでいた。



スライムが、自分を呼んでいる。


助けを求めている、悲痛な叫び。



レンの心はざわつき、冷や汗が額に滲んだ。



スライムの声は、まるでレンの耳元でささやかれたかのようだった。

恐怖や不安、そして必死さが滲み出ているその声を聞いた瞬間、レンは身体が勝手に動いていた。



ドクドクと心臓が脈打ち、息が荒くなる。

スライムが危険な目に遭っている。


その考えだけが、レンの頭の中を支配していた。




「スライム…!」




レンは虫期の内に叫び、ベッドから飛び降りた。





その時。



目の前に突然、小さな手が差し出される。




「マ、マオちゃん…っ!?」




視線を上げると、其処には魔王が立っていた。




「行くぞ」




魔王は冷静な声でそう言った。

何も言わずとも、彼には今何が起こっているのか、全てお見通しの様だった。


レンは驚いたが、その小さな手を躊躇なく掴んだ。



その瞬間、部屋の景色がぐにゃりと歪み、レン達は忽然と姿を消した。




転移先の森は、昼間とは打って変わって冷たく、真っ黒な闇の中に包まれていた。

木々が風にざわめき、周囲は静寂に包まれているが、レンにははっきりと感じていた。


呼んでいた声は弱々しく、その切実に助けを求める声が、どんどんと消えようとしてる。



それでも、あの子は――




私の名を呼び続けていた。




「スライム!」




走り出した先に、スライムの姿が見えた。

怯えながらも勇敢に立ち向かっているその小さな背中に、レンは涙が出そうになった。







◇◆◇





『レン…っ!?』




聞きたかった声。


会いたかったニンゲンの姿に、涙が零れ落ちた。




「一緒に戦おう!」




力強い彼女の声に励まされ、涙していたスライムが力強く頷く。

スライムは驚きつつも、レンの姿を目の当たりにし、心が急に強くなったように感じた。






お星様に頼るだけじゃ駄目なんだ。



ボクも、もっともっと強くならないと駄目なんだ。




小さな体に、大きな決意が芽生えていた。




鼻を啜り、流す涙をぶんぶんと振り払い、小さな体をぷるんっと震わせる。

しかしその震えは、決して恐怖から来るものではなかった。





弱いって事は、ボクが一番よく解っている。



強くならないといけない。



このままじゃ、駄目なんだ。



伝説のテイマーと旅をした、伝説のスライムの様には、いつまでもなれやしない。





…なりたいって言う気持ちだけじゃ、駄目なんだ。




ボクは、伝説のスライムになるんだ!




【■スライムが成長しました。新たなスキルを獲得します。▼】


【■スキル;ぷちっとふぁいあ。▼】




「スキル…!?」




次の瞬間、スライムが魔物に向かっておくちを大きく開けた。




『ぷちっとふぁいあ!』




叫んだスライムが、突如として炎を吹き出した。

おくちから溢れ出る炎が、勢いよく魔物に襲い掛かる。




『ギャッ!!?』




魔物は驚愕の声を上げ、炎の熱さと威力に慄い、ほんの少し後退して見せる。

その瞬間を見逃さず、更に力強く『ぷちっとふぁいあ』を放ち続けた。




レンが居る。


それだけで、体の中から勇気とパワーが溢れ出していた。








―ーパチンッ



レンはその瞬間、小さくも何かを弾いたような音を耳にした。



その不思議な音を皮切りに、魔物の瞳が一瞬揺らぎ、そしてスライム達を襲う手を止めた。

赤く光っていた瞳も、鋭く伸びていた爪も牙も鳴りを潜め、きょとんとした様子で辺りをきょろきょろ見回している。




『…くぅん?』




まるで自分が今まで何をしていたのか、解らない様子だった。

小熊は小首を傾げると、体を反転させてのそのそと森の奥へと還って行く。


その様子をレンもスライムも、茫然とした顔で見ていた。




「に、逃げたの…?」

「逃げた――と言うよりは、正気に戻ったんだろうな」

「正気に…とにかくもう安全、だよね?」

「あぁ」




小さな魔王がそっと空を見上げる。

其処には、闇夜に浮かぶ二対の眼が自分達を見つめていた。




「…やれやれ。漸く終わりましたか」




あのまま戦っていれば、森全体に被害が広がり、スライムのみならず他の魔物達にも危険が及ぶ。

だからこそ、マモンはあの魔物を『正気』に戻るよう、魔法をかけた。


そんな事も知らず、彼女はスライムの成長を心から喜んでいる。

スライムもまた自身の成長を感じ取り、そして真っ直ぐに彼女の腕の中に飛び込んでいた。



感動の再会―-には、早すぎる仲直りだった。

それでも二人は、本当に嬉しそうな顔をしている。




『全く。本当に自分勝手なテイマーだ…』




ぼやいたマモンだが、その口元にはそっと笑みが浮かんでいた。




それはきっと、ぶんぶんと此方に手を振る魔王様が、とても可愛らしかったから――








◇◆◇






『ありがとう、ぼうや。ぼうやとテイマーのお陰で、子供達は皆、欠ける事無く無事でした』


『ありがとー!』

『ありがとー!』




スライムママの中に避難していた小さなスライム達が、続々と分裂して行く。

一匹一匹が感謝の言葉を述べていて、スライムは何処か擽ったそうな笑みを浮かべていた。




「でもどうして、急に魔物が襲って来たんだろう…?」


『それは――恐らく【災いを呼ぶ星】が原因でしょう』


「災いを呼ぶ星?」




聞いた事のない言葉だと、レンは首を傾げる。




『空に浮かぶ星降る夜には、あのように不可解な現象が起こります。普段は温厚の筈だった森の生き物が、突然あのような姿になるなど、今までは…』


「単に虫の居所が悪かった、とかは…?」


『そうであればよいのですが…あの生き物からは嫌なオーラを感じました』




スライムママには感じられた『嫌なオーラ』と言うのは、レンには解らない。

しかし、不安視する声は確かに上がっている。


その『災いを呼ぶ星』と言うのには、少し気を付けた方がよさそうだ。


いつも見ている星空が、何だか少しだけ怖く感じた。



そんな中、一匹のスライムが気まずそうな顔をして前に出た。




『お前、本当は強い奴なんだな…』




それは、スライムを『裏切り者だ』と罵った、あのスライムだった。

言われた言葉が答えているのか、レンのスライムは僅かに視線を落とす。




『…酷い事言ってごめん。おまもってくれて、ありがと…』




突然の謝罪に、スライムは驚いて顔を上げた。




『え…』


『お前は裏切り者だとか、そんな事が言いたいんじゃない…夢を持っていて、叶えようと頑張っている姿が、羨ましかったんだ‥‥自分の道を見つけたのはボクも一緒なのに、人間と一緒に旅をするなんて、ボクには『出来ない』事だったから…」




このスライムもまた、人間と一緒に旅がしたいと『夢見る子ども』だったのかも知れない。




『でも、お前の姿を見て気付いたんだ。ママやボク達を護ろうとして、一生懸命で…強かった。ボクが間違ってたんだ』




スライムは暫く黙ってその言葉を聞いていた。

やがて静かに、ゆっくりと顔を上げる。




『…ううん。いいんだ。ボクだって怖かった。でもレンが一緒に居たから戦えたんだよ』


『いいニンゲンが居るって事も、本当は解ってたんだ…テイマー、ごめんなさい』




ぺこりと頭を下げるそのスライムに、レンは安心させるように笑いかける。

そっと優しく撫でてやると、その眼からは涙がうっすらと見えた気がした。




『お前の夢、俺も見届けるよ。テイマーと一緒に強くなって、いつか『伝説のスライム』になれよっ!』


『…! うんっ!』




その言葉に、スライムは少し照れたようにぷるんっと体を揺らした。

頭を下げたスライムもまたぷるんっと体を揺らすと、互いに体を寄せ合った。



すると、スライム同士が突然光を放ち、その姿が一つに重なって行くのをレンは見た。




「えっ!? 合体、した…!?」


『わーい、仲直り―!』




嬉しそうに飛び跳ねるスライムは、ほんの少しだけ体が大きくなったような気さえした。

しかしそれ以外は殆ど、いつものスライムと何ら変わらない様子だった。




『夢を持つ者同士の【融合】です。互いに共感しあったからこそ出来たのでしょう』


「えっ。見届けるってそう言う…?」




驚いたものの、スライム自身がとても喜んでいるようで良しとしよう。




『レン、見てみてっ。おっきくなったよー!』


「そうだね。凄いね」




レンの足元で、スライムがピョンピョンと嬉しそうな顔で飛び跳ねている。


忘れた訳ではないが、レンはスライムと喧嘩中だ。

しかも先に『ごめん』と謝るシーンを目撃してしまい、既に出遅れた感が半端ない。



でも――




「スライム。私も酷い事言ってごめんね」




そう告げると、スライムは飛び跳ねるのをピタリと止めて、レンを見上げた。




『ボクも…ごめんなさい。来てくれて、すっごく嬉しかった…』


「スライム…」


『えへへ…仲直り、だねっ!』




そう言って、スライムはぴょんとレンの肩に飛び乗り、頬をぴたりとくっ付けた。


それは先程のスライム同様の『仲直り』の証だった。





〇月×日 晴れ



スライムがちょこっとだけ大きくなった

スライムが新しい技を覚えた!


レンもスライムと仲直りした!


オレはすんごく嬉しいぞ!



お読み頂きありがとうございました。

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