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ボロボロテイマー、街に行く



こうしてスライムを仲間にしたはいいが、これからどうしよう?

テイマーの事もだが、此処が何処なのかも解らない。

スライムの事はおいおい知るとして…




『ねーねー』

「うん?」

『ボクはキミを何て呼べばいいの―? ご主人様? マスター? ボス? 親分?』




どうして候補がそうなるんだろうか。




『ボクはねー、スライムっ!』

「…うん、知ってる」

『えっ。何で!?』

「いや、見たままを言っただけで――」




正直、そんな風に眼をキラキラさせられると反応に困る。

無垢な子供みたいだな。

何を言っても信じそうだ。


純粋過ぎないか?




「呼び名ねぇ…」




別にどう呼んで貰っても構わない。

と言いたい所だが、先の候補を思い返すと、変に妥協するのもよろしくない。




「私の名前は天神 レンって言うの」

『わかったー。天神 レンー!』

「…レンでいいよ」

『はーい!』




『レン、レン♪』と覚えたての言葉を、スライムは殊更嬉しそうに口の中で反芻した。

自分の名前でそんなにも喜んだ感情を見せられるのは、初めての事だった。

喜びを噛み締めるのは構わないが、何度も『レン』と呼ばれてもやっぱり反応に困る。

何も用がないのに呼ばれるのも、ちょっとだけ困る…けど、可愛いから許す。




「此処は何処なの?」

『森の中だよ』

「森? 近くに人は住んでないの?」

『森を出たら、大きな街があるよー。ニンゲンはそこから来るよー』




近くに大きな街がある。

もしかしたら、其処は私が聞いた事のある場所かも知れない。

見知らぬ森でテイマーだと言われ、スライムに遭遇した。

それだけでも十分に『異世界転生』案件なのだが、どうしてもまだ信じられない自分が居た。




「本当? 実は、歩き疲れてくたくたなんだけど…」

『ホントホント!』




スライムの言葉を信じて、もう少しだけ頑張ってみよう。




「案内して貰っていい?」

『まかせて―!』




ぽよん、ぽよんと移動していくスライムの歩幅は、疲れている私の足には酷く有り難かった。

片方のヒールが折れている事もあるが、何より足が靴擦れを起こす悪さをしている。

そっとヒールを脱いで足を上げたら、案の定血マメや傷だらけ。

正直、痛みで歩くのもしんどかったが、街があると言う情報に縋る思いだった。




『大丈夫―?』

「うん、平気だよ」

『…わかったー』




前方を進むスライムの歩幅が、少しだけ縮んだ。

歩みも遅くなり、此方を振り返る回数も増えている。


心配、してくれてるんだろうか…








スライムの道案内により、森はあっという間に抜ける事が出来た。

私が彷徨っていた時間は何だったんだろう。




『あそこが街だよ!』




顔を向けると、そう遠くない距離に建物が見えた。


人工物や明かりが見える―ー!

それだけで、レンの心は踊った。


それも一つだけでなく複数存在し、更には大きな壁の様なものが左右に続いている。


スライムの言う『ニンゲン』があそこで暮らしているそうだ。

そして空は陽が徐々に傾きつつある――あと少しで太陽が沈む刻限の様だ。


夜と言う訳ではなさそうだった。




『あそこには、いっぱいニンゲンが居るんだよー』

「詳しいね」

『えへへっ。時々こっそり街に遊びに行って、テイマーを探してたんだー』




そう言えばスライムは、テイマーと旅がしたいと言っていた。

嬉しそうに鼻歌(?)を歌っている姿に、ご機嫌だなぁなんて思う。


…スライムに鼻ってあるのかな。




『テイマーに会えるなんて思ってもみなかったー。街にはテイマーが居なかったから』

「居なかった?」

『いっぱい探したけど、見つからなかったのー』

「街には人がいっぱい居そうだけどな」




どれだけ人が居るのか解らないけれど、遠目からでも『大きな街』と言うのはよく解る。




「他のスライムも、同じようにテイマーと旅がしたいとかあるのかな」

『憧れはあるよー。でもコワイって言う気持ちの方が大きいかも―』

「…怖い?」

『ボク達は森や山、草原で暮らしてるんだー。ニンゲンに討伐されたくないからって、逃げる子もいるからー』




討伐。


そんな言葉を耳にするなんて、やっぱり此処は異世界なのか。

少なくとも私のいた世界では、そんな言葉を聞く事はなかった。

せいぜい本やゲームの中で聞くぐらいの話だ。


スライムが居ると言うのなら、他にもこうした『魔物』なんかがうようよ居るんだろうか。




『陽が暮れちゃうよー?』

「あ、うん」

『もうちょっとだから、がんばろー!』




スライムの鼓舞が、今の私には何よりの活力だった。

今は一人じゃないと言う安心感があった。




ぐ~…




「お腹空いたな…」




街が見えた事で、一気に緊張の糸が緩んだ所為もあるのだろう。

腹の虫が泣き、空腹を訴えてかけていた。




『葉っぱ! 食べる―?』

「いや、葉っぱはちょっと…」

『お腹空いてるのにー?』




やんわりと断りを入れると、スライムはきょとんとした。

スライムの主食は『葉っぱ』なんだろうか。


そう言えば、出会った時も森の中で葉っぱを食べていた気がする。




「葉っぱじゃなくて、出来たらサラダとか…」

『さらだ?』

「ええと…お肉とか、食べたいな?」

『すっぴんボアなら草原に出るよー。でも倒せないー』

「すっぴんボアって?」

『あのねー。牙があってねー。ピッグみたいにふごふご言っててねー。でもピッグじゃなくてねー』




ピッグ?

また知らない単語が出て来たぞ。

とりあえずボアと言うからには、猪――だろうか。




「そのすっぴんボアが倒せないんだ?」

『うんー。あいつ強いからー。ボクらはいつも逃げてるよー』

「怖そうだもんね、猪だし」

『それに倒せたとしても、美味しくないよー。ニンゲンは美味しい食べ物にするらしいけどー』




確かに、生で食べるとなると流石に遠慮したい。

捌くのも大変そうだ。

猟なんてした事ないし。




視界に入る壁が大きくなる度、私の足もまた悲鳴を上げていた。

しかしそれを我慢すれば、漸く人の居る場所に辿り着く事が出来た。


壁だと思っていたモノは城門で、此処が入り口らしい

門を出入りする人の姿が確認出来る。

漸く街に着いた。

人が居るのなら、此処で何かしらの情報が手に入る筈だ。



此処が何処なのか。

本当に異世界なのかを確かめる必要がある。




「コホンッ」




私が余りにもアホ面で見上げていた所為か、傍に居た男の人が咳払いをした。

人前であんぐりと口を開けるなんて、何たる恥ずかしい事か。




「田舎者か」

「あ、あはは…こんなに大きな街、見るのが初めてで…」

「はっはっは。隣街はもっと凄いぞーっ。何せ王国だからな!」

「そうなんですか?」

「と言っても、現在は道が通行止めだから行けないがな」




この人は、門番だろうか。

鎧を着た人なんて、映画かゲームの中くらいでしか観た事がない。

しかも西洋風とあれば、ますます自分の居た世界。

いや、住んでいる国とはかけ離れた場所に居るのではと、再確認させられる。


腰に剣、そして背中には盾を背負ってる姿は勇ましいが、本当に珍しかった。




「この街は初めてか?」

「あ、はいっ」

「では…ようこそ。『ラ・マーレ』の街へ。貴女に神のご加護があらんことを―ー」




『ラ・マーレ』


完全に聞いた事のない街だった。

ついでに言うと道行く人々の格好も、見た事のないモノばかりだ。


同じように鎧を着ている人の姿が後を絶たないし、何なら女性だって軽々と着こなしている。

凄い、重くないんだろうか。

私だったら絶対に動けない自信がある。




「旅の者にしては、不思議ない格好だな? ボロボロじゃないか」

「はは…」



私からしてみたら、皆さんの方が不思議なんですが。

そう口に出す事は出来ず、ただ苦笑いを浮かべるしかない。


私の格好はレディーススーツにハイヒール。

とても一般的で普通だと思うけど、此処では珍しいみたいだ。

よく見たら全身汗だくでボロボロだし。




「すっぴんボアにでも襲われたか?」

「いえ、ちょっと森の中で迷子になってまして」

「森? あそこはそうそう迷う事なんてないと思うが…」

「あー、えっと…街に入りたいんですけど、いいでしょうか?」

「おう。不思議な格好だが、何処かの田舎者なんだろう。魔物が化けてるって言う訳じゃなさそうだしなっ」




言い方は失礼な部分があるが、どうやら通してくれるらしい。

何処をどう見てそう判断したのか解らないが、明らかにいで立ちのおかしな女が居たら、制止くらいするものじゃないか。


そうでなければ、彼が門番をやっている意味が全くない。

寧ろ、この調子でどうやって門番を続けられるのかが疑問だ。

絶対に減給問題、もしくはクビに泣いたっていいくらいなのに。




「いいんですか?」

「門は常に困っている人の為に開かれているぞっ。魔物が出ても安心していいっ」

「はぁ…ありがとうございます」

「だっはっは!」




豪快な男だと思った。

そして優しい人だった。







『ラ・マーレ』と聞いて、ますます此処は自分の住んでいた場所、世界とはかけ離れている事を実感する。

スライムと言う魔物が出る時点でお察しだが…と、足元を見るがスライムは――居ない。




「あれ?」

「どうした?」

「いや、スライムが…」

『なーにー?』




飛び跳ねたスライムが肩に乗って来た。


ぽよんとしていて、何故かそれほど重量感を感じないのにはちょっと驚かされたものの、その姿を見つけると何処かほっとする自分が居た。




「何処行ってたの?」

『葉っぱたべてたー』

「あぁ、葉っぱ…」




森にある葉っぱだけでなく、道草の葉っぱも食べる様だ。

葉っぱであれば、毒性がなければ何でもいいのかな?

好き嫌いは今の所見られない。


そんな風にスライムを『自分のモノ』として見ている事に、レン自身が驚いていた。




「あ、あんた、もしかして…テイマーなのかっ?」




そして、門番もまた何故か驚いていた。




「えぇと、そうみたいです」

「おぉ…初めて見たぞっ」




何だか痛く感激された。

テイマーが珍しいらしい。




「では! テイマー殿にこの街についての説明をしよう!」

「あ、ありがとうございます」




それは有り難い申し出だった。

この街の事を知るには、観光案内ガイドでも読まないと駄目なんじゃないくらいに、とても広く感じていたから。


『ラ・マーレ』と言う街は周囲を固い城壁で円状に囲われており、民家や人々の生活に役立つ施設が点在している。

ちなみに城壁で囲われている理由は、魔物の侵入を阻止する為であり、こうして門番が日夜駐在している。

この入り口以外にも、もう反対側に城門があるそうだ。


しかし、城壁は人の身長の倍以上はあるものの、例えば空を飛ぶ魔物が侵入してきた場合はどうするのか?

そんな疑問に、門番の男は『対魔物用の魔法結界が張り巡らされている』と答えた。


魔法、それに結界だなんて、いよいよファンタジーである。



そう言う訳で、空からの対策もバッチリな街並みは、まるで外国に来たかのような風景だった。

とんがり屋根の家やレンガのお家。

今や古めかしい日本家屋の姿は何処にもない。

それに高層ビルがなければ、公園も、コンビニもなかった。




「この大通りを真っ直ぐ進むと、広場に出る。季節毎に色んなイベントや催しがあるんだ。屋台や露店なんかも出るぞ」


「へぇ、屋台…」




つい最近は夏祭りがあったと言う。

そう言えば、今年の夏も仕事ばかりでロクに休みが取れなかったな…




「…って最近? 夏祭りがあったんですか?」

「そうだぞ。でっかい花火なんかも打ち上がってだなぁ」

「今って、春じゃないんですか?」

「春ぅ? 今は夏だぞ」




季節が違う?


私の居た世界では、冬が終わりになり、春の季節に近付いている。

『もうすぐ桜の開花宣言が~』と言うニュースだって、今朝方に観たばかりだ。

そして、新年度を迎えてまた一つ、社畜としての年数を重ねる一歩手前だった。


歩いて暑くなり、ジャケットを脱いでいた事もあったけれど、そもそも気候が異なっているらしい。




「春夏秋冬のある土地っていいよなっ。この土地に赴任出来てよかったって思うぜ! 飯は旨いし!」

「そ、そうですね…?」

「飯が旨いと言えば、街中にはいろんなご飯処がある! なかでも俺のおすすめは『海月亭』だ! あそこの看板娘は超可愛くてな!」

「ご飯のおすすめでは?」

「おっと、そうだった! 勿論飯も昧いぞっ。宿屋も併設しているから、休むなら其処にするといい」




宿屋なんて、まるでゲームの世界みたいだ。

宿屋だけじゃない。

他にも武器・防具屋、道具や、鑑定屋、冒険者ギルド、職人ギルドなど、様々な施設を紹介して貰った。

場所は至る所に点在しているらしく、とても一度に覚えられる許容量ではない。


街中は人が多く、活気付いている。

空が暗くなりつつあると、仕事を終えた冒険者や職人達が、ご飯処に集まるらしい。



いいな、ご飯。

そう思うと、腹の虫がまた鳴いた。


そう広くないだなんて言うけれど、初見には少し厳しい気がする。

道一本違っただけでも普通に迷いそうだ。




「もっといろいろと教えてやりたいが、自分で発見に気付くのもまた楽しいぞ!」

「まあ、そうですね」


「俺は日夜、街の為に此処で働いているっ。何かあれば声を掛けるといい!」




人情深く、そして熱い…暑苦しいが、悪い人ではなさそうだ。

何か遭ったらまた教えて貰う事にしよう。




「スライム一匹って通しやしないさ。テイムしたスライムは別だけどなっ! だっはっは!」

『ボク、このニンゲンの前を何度も通って、街に入ってるよー!』




スライム一匹の侵入を許してますが?

門番、仕事出来てないじゃないか…




「おっ。何だか喜んでる感じだな? スライムもよく見たら可愛いもんだっ」

「えぇと…そう、ですね?」




そうか、テイマー以外の人だと、スライムが何を言ってるのか解らないのか。



しかし日夜此処に居るだなんて、警備員並みにハードそうだ。

勿論一人で行ってる訳ではないだろうし、交代制だろうけど。

こうして誰かが夜も働いているからこそ、街の安全がしっかりと保たれている。

誰かが頑張っているおかげで、人々が安心して生活する事が出来ている。


この人は、人の為、そして街の為に頑張っている人だ。

それを胸張って、誇らしく言えるだなんて…本当に凄いと思う。


私はやりたい事が無い、ちっぽけな人間だ。

ただ高校を卒業し、何となく大学へ進み、適当に就職をした。


会社の為に貢献したいと頑張ったのは、2年目まで。

頑張りすぎて、婚期を逃し続けたのは、良くも悪くもいい想い出ある。




…あ、また現実逃避してた。




「が、頑張りすぎて倒れないで下さいねっ」

「お? ありがとう、お嬢さん。引き留めて悪かったな。良い旅を!」




お嬢さんて呼ばれる年齢じゃないんですがね…?



お読み頂きありがとうございました。

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