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代償と責任



大きな街には『冒険者ギルド』があり、冒険者が頻繁に出入りする施設の一つである。


また、冒険者は何処かしらの『ギルドチーム』に所属していて、冒険者の数だけ多くのギルドチームが存在している。

フィオナがギルドマスターを務め、ウォルターも所属している『クロス・クラウン』は、街や人々の安全を第一に考える組織として、その名を広めていた。


街行く誰もがその名を知っており、他のギルドとは一線を画している。




「その件については昨日も言った筈よ。同じ事を言わせない頂戴。あとはウォルターに確認してっ」




少しだけ苛立ったように受話器を置き、フィオナは小さく息を吐く。


先程から、鳴り止まない電話の対応に追われるフィオナ。

そんな彼女は『こんな事は日常茶飯事だ』と、少しだけ肩を竦める仕草を見せた。


その采配は見事なもので、直ぐに優先度の高い案件をギルドメンバーに振り分けるなど、テキパキと仕事をこなしていた。

まさにキャリアウーマンだと、その見た目に相応しい振る舞いだった。


厳しい規律が貫かれており、特にフィオナの指導力が際立っていると、彼女の姿を見てレンは思っていた。




「来てもらったのに悪いわね。もう少し待って」




そう言って彼女は顔を上げる。

その眼には、困ったように笑うレンの姿が映っていた。




「ギルド加入の志願者がまた増えてて、処理に忙しくて」




クロス・クラウンのギルドハウスは街の中心の近くに在り、冒険者達の憧れの場だった。

彼女がこうして忙しいように、新しい冒険者達が志願者として、ギルドの門を叩いている姿もまた日常茶飯事である。

その名声は街中に響き渡っていた。


ウォルターもこのギルドに長く所属しており、フィオナと共に多くの任務をこなして来たと言うのは、本人から聞いている。



レンが今、こうして彼女の執務室に居るのは、突然の『呼び出し』があったからだ。


レンのスマホーーこの世界では『通信機』と呼ばれる機械が、突然見知らぬ番号を表示させて音が鳴った。


恐る恐る出てみるとそれはフィオナで、『話した事があるから来て欲しい』と言う旨だった。



正直、フィオナとは治癒院での一件以来、顔を合わす事がなければ、接触する機会もなかった。

そして何故彼女が自分の連絡先を知っているのかを考えて、ウォルターの困った顔が浮かんだ。


きっと、無理やりにでも聞き出したに違いない。


まだ短い付き合いだが、フィオナと言う女性の人となりは、彼女を一番に知るウォルターの気苦労からも窺い知れる事だった。




魔王については秘匿の意向を示すフィオナ。


しかし彼女には、ギルマスとしてこの街を護る責務がある。

フィオナの執務室は整理整頓され、綺麗さを保っている空間だったが、その空間の中で感じ取れる僅かな緊張感が、重く圧しかけていた。

窓の外に見える街並みを背に、フィオナは腕を組み、視線をレンに向ける。


紅い煙管からゆっくりと立ち上る煙が、彼女の決断の重さを物語っている。




「レン、正直に言いましょう。あの小さな魔王について、我々が知っている事は余りに少なすぎるわ」




フィオナは冷静な口調で話しを始めた。




「確かに今は小さく、無害に見えるかも知れない。でも彼がかつて、大勢の人々を苦しめた存在であった事を忘れてはならない」




かつて――と言われても、レンからしてみれば『魔王』と言う存在がどういうものかを知らない。

だからこそ、彼が脅威だのなんだの言われてもピンと来なかった。

しかし、この街の人や世界中から見れば、彼は誰よりも何よりも『悪』だと感じるのだろう。


全ては『マニュアル』にあった説明の様に―ー




「彼が再び力を取り戻せば、街も冒険者達も危険に晒される事になる。もし魔王がその力を取り戻し、暴走すれば―ー」


「そんな事、あり得ない!」




フィオナの言葉を遮るように叫んだ。

レンの拳は震えており、眼の奥に怒りが宿っていた。



魔王が自分を救ってくれた事。

そして今やスライムと同様、なくてはならない存在である。

そんな彼を、まるで脅威のように扱われる事がどうしても許せなかった。


フィオナが冷たい眼でレンを見下ろしながら、再び言葉を続けた。




「君は彼をテイムしたと言ったが、テイムしただけで彼の全てを制御出来ると思っているのか?」


「でも現に、マオちゃんの力は制御されてるっ」


「では彼が人々に再び危害を加えた場合、どう責任を取るんだ? 魔王が死ねば、全てが解決する。街は護られる。世界は護られる。彼が生きている限り、そのリスクは着いて回る」


「フィオナさん、それは…」




レンは息を呑み、言葉を詰まらせた。

フィオナの冷淡な言い方が、まるで魔王の存在そのものを『無価値』であるかのように聞こえた。


彼の事をただの『危険なモノ』として扱い、切り捨てようとするその態度に、レンの胸の奥で激しい怒りが燃え上がる。




「魔王が存在する事で、人間が犠牲になるのは避けられない。アタシはギルドマスターとして町を守る義務がある。それは冒険者達や市民全てを護る事と同義だ。だから、魔王が危険であるならば、彼を殺すことが『最善』の策だ」




フィオナの言葉は冷酷であり、決定は既に下されたようだった。




「どうしてそんな事が言えるの?」




レンは歯を食いしばり、フィオナを強く見つめ返した。




「彼は私を救ってくれた。私の命を護ろうとしてくれたんです。それに私はテイマーです。テイムした以上、私にしか彼をコントロール出来ない。彼を危険だと思うのは。フィオナさんが彼の事を知らないからです!」




だって私は知っている。




ハンバーグが好きなところ。


子どもみたいなところ。


優しいところ。


マモンやジェリーを大切にしているところ。




フィオナは眉一つ動かさず、レンを見つめ返した。




「君がテイマーとして、彼を護ろうとする気持ちは理解出来るが…感情だけで判断を下してはならない。現実を見なさい、レン。彼が再び力を取り戻せば、人間にとって脅威でしかないのよ。そして――いつかは貴女も殺される」



「…っ。それでも―ー私は、マオちゃんの…魔王様のテイマーです」




レンの心にある怒りが、冷静な決意へと変わって行く。




「私は彼を護る。彼が私を救ってくれたように、私も彼を護る。例え世界中を敵に回しても、私は彼と一緒に戦う」




フィオナは静かに溜息を吐き、煙管を口元に持って行く。




「君がそう言うのは解る。だが、それでもーー」

「魔王様は危険な存在じゃないっ!」




レンは言葉を噛み締めながら言い放った。




「魔王様は私のパートナー、仲間なんです。誰も殺させたりしない!」




フィオナは煙をゆっくりと吐き出しながら、沈黙した。







◇◆◇






ーー…執務室の近くに立つウォルターには、レンとフィオナの会話が外まで筒抜けだった。



二人が話しているのを、魔王とスライムと共に、此処で待つのがウォルターの役目。


重々しい空気の中で、彼はそっと魔王の姿を盗み見る。

小さな魔王は、先程から壁に寄りかかって俯いたままだった。


そしてスライムは、そんな彼を困惑した様子で見上げている。



…心配するほど、魔王は表情を曇らせているんだろうか。





『魔王が危険だ』と言うフィオナの冷たい声が、執務室から聞こえて来る。

ウォルターは、その言葉に、少し緊張していた。


俯いたままの魔王は、全く動かない。

何も考えていないのか、悲しんでいるのかも解らなかった。



『危険なんかじゃない!』と言うレンの叫びが、それに続いて響き渡る。

『クロス・クラウン』のギルド内では、そんな二つの声に動揺を隠せない者も多かった。


レンの悲痛な叫びが、ウォルターの胸には響いていた。

彼もまた、この小さな魔王についての処遇を如何にすべきかを考え、苦悩する物の一人だった。


何も知らなければ、きっと自分もフィオナと同じ事を考えて進言していた事だろう。


たまたま、偶然にも、ウォルターは彼が抱える悩みや魔王としての苦悩を知ってしまった…



人々は『魔王』を恐れ、追い詰めようとしたからこそ、彼は力を振るい、戦わざるを得なかったのだ。

しかし今、その力は制御されている。

力の奪われた彼は、身体能力こそ一般人よりも上だが、姿は幼い子どもである。




「…レンは、オレを信じているのか?」




ふと、魔王が呟いた。

彼がどんな表情化は、まだ見えない。


だが、彼は、レンが自分を此処まで庇ってくれる事に、ほんの少しだけ驚いている様子だった。




「あれが信じてない奴の言う台詞か?」




ウォルターは、そんな魔王の様子を観察していた。




「世界中を敵にしてもあいつはお前を護ると言っているんだ。あの魔王を、な」




その言葉に、魔王は顔を上げてウォルターを見た。

小さな魔王は、少しだけ眉を顰めている様だ。




「…ふ、ふふ…」




彼の小さな笑い声が、執務室の外に響き、ウォルターは驚いて魔王を見つめる。

『どうした?』と彼が小さく尋ねると、魔王は何処か遠くを見つめるような眼で言った。




「…魔王をテイムする奴が初めてなら、魔王を信じる人間も初めてだ」




ウォルターは一瞬、言葉を失った。


彼は魔王としての誇りを持っている。

そしてそれは、同時に彼の強さでもあり、孤独でもあった。




「…力は、取り戻せそうなのか?」

「それはレン次第だ」

「彼女なら出来るさ」


「そうすると、お前たちニンゲンが危惧しているように、オレの力が戻る事になる――それでもいいのか?』


「…それはお前次第だ」




ウォルターはそう返したが、魔王自身、その問いに対する答えが直ぐには出ないような気がした。



一つ確かな事は、レンのような存在を得た事で、少しだけ魔王の見る世界が違って見えるようになったと言う事だった。






◇◆◇





暫くの間、二人の間に張り詰めた緊張型だよ負い続けるが、やがてフィオナが僅かに頷いた。




「解った、レン。君が其処まで言うのなら、暫く様子を見よう」


「フィオナさん…っ」


「しかし、魔王への『監視』は続ける。彼が危険だと判明した時、再び手を下す事になるのは避けられない。それでも君は、彼を護る覚悟があるのね?」


「は、はいっ」




レンは毅然として答えた。

その言葉には、全てを賭けて護ると言う強い信念が籠められていた。





その後、レンは部屋を出ると大きく息を吐いた。




「はぁ…思わず啖呵を切ってしまった…」




でも、後悔はしていない。


それに、不思議だった。



誰かの心が入り込み、代わりに声を上げたような…そんな気がしていた。




「レン」

「ウォルター…マオちゃん…」



 

…魔王が壁に寄り添って立っていた。


その表情は俯いており、レンを見ようとしない。




「もしかして、今の話…」




その時、彼がふっと顔を上げた。



魔王は目を閉じて、何かを考えてるように沈黙する。







「…腹、減ったな」




やがて力なく笑う魔王。

そんな彼の悲しそうな笑みに、レンはぐっと胸を抑えつつも笑い返した。




「ハンバーグ…食べにいこう、マオちゃん」




悲しそうに笑う魔王様。


それを見て、私は絶対に護ろうと決意した―ー





〇月×日 雨


(文字が滲んでいて読めない)



お読み頂きありがとうございました。

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