D級盗賊、友を偲ぶ
「やる事がある」
依頼人の家を襲撃した後、フウマはそう言った。
彼が再び訪れたのは、急襲のあった例の古びた家屋だった。
彼を襲った冒険者達は皆、お金に困っていたり身寄りがなかったりと、何かしらの事情を抱えた人達だと言う事を、レン達は後になって冒険者ギルドから耳にした。
金で雇われた彼らもまた、男の私利私欲による犠牲者だったのだ。
ギルドでは身寄りのない冒険者や、引き取り手のない遺体を、不特定多数だが埋葬している。
彼らもまた例によって漏れず、遺体は冒険者ギルドの方で、手厚く葬られる事を約束された。
だが、その中の一人。
フウマの『友人』と思しき男の埋葬は、彼自身が自ら買って出た。
静かな夕暮れの中で、彼は地面に穴を掘り、丁寧に埋葬の準備を進めている。
レンやウォルターは『手伝う』と申し出たのだが、フウマはそれを断った。
だから今はこうして、少し離れた所から彼の様子を見ている。
一人で穴を掘り進め、遺体を埋めていく。
フウマが殺した男の顔には、何処か安らぎが垣間見えていた。
ただ己を急襲した襲撃者と言うだけでない。
フウマにとって、その男は特別な存在だった。
そんな男の顔をじっと見つめた後、彼は手にした土をゆっくりと墓穴に落とした。
「その人は、フウマの知り合いだったの?」
レンが静かに口を開いた。
彼は一瞬作業の手を止め、遠くを見るような眼で答えた。
「…こいつも俺も戦災孤児でさ。同じ孤児院に居たんだ」
フウマの声には懐かしむようで、何処か重みがあった。
ウォルターも耳を傾け、彼の言葉に腕を組んで見守る。
「孤児院に居る奴らは血は繋がってないけど、俺達は家族みたいなもんだった。こいつも、俺も…生きる為に冒険者になった。金を稼いで孤児院を守る為にはそれが必要だったんだ」
「守る?」
「院母――俺達を引き取ってくれた人はその経営に追われてた。あの人は優しい人だから、身寄りのない奴をどんどん受け入れるんだ。それで経営が悪化してたら、世話ねぇんだけど。でもあの場所は俺達にとっては大切な『家』だ」
風波淡々と語るが、その背中には後悔が漂っていた。
再び土を手にし、ゆっくりと墓穴に落としながら続けた。
「こいつと俺は、歳が近い事もあってすぐに仲良くなった。俺は盗賊で、こいつは剣士。お互いに冒険者になって、いつかは偉業を成し遂げようなんて夢を見てた。でもあの男に騙されて、あいつは徐々に汚い仕事をするようになってた。孤児院の為に金を稼いでいたんだ…」
フウマの声は次第に小さくなり、夕陽の光が彼の顔に影を落とす。
その顔には何処か切なさと、覚悟の様な物が入り混じっているように見えた。
「それは――もっと他に、やり方があっただろう…?」
ウォルターの声が切なく響いた。
フウマは『そうだな』と呟いて頷く。
「俺もあいつも馬鹿だからさっ。真っ当に働くとか生きるとか、そう言うのを考えられなくてな…」
彼は、その友人に対して深い友情を抱いていた。
友人もまた、フウマに対して尊敬と信頼を寄せていた。
しかし、今日。
その関係が、音を立てて崩れ落ちた。
「あいつらの中にダチが居た事は、直ぐに気付いたよ」
孤児院の為に金が必要だった。
その為には、此処に来る冒険者の命を盗らなければならない。
いや、身ぐるみを剥いで金品を奪うだけならば、命まで獲る必要はない――そうも思った。
だがそれをすれば、依頼人の手口が露見してしまうだろう。
そうなると、自分の身が危ぶまれる。
だから…
お互いにやり合うしかなかった。
結果として、互いに自分の手で、大切な友人の命を奪わなければならない事態に陥った。
「そして――俺が、あいつを殺したんだ」
フウマは土をかぶせ終わると、そっと立ち上がり、友人の墓前で手を合わせる。
無言のまま数秒間、彼はその場に立ち尽くしていた。
その後ろ姿は何処か寂しいと、レンは感じている。
墓石を立てるような立派な物ではなく、ただ木材を切って十字に括った簡易的なお墓。
献花には街の花屋で購入した花が、そっと手向けられた。
――ぐぅ…
埋葬が終わると、静寂を切り裂く様に何処からか盛大な音が鳴り響いた。
厳粛な雰囲気の中、場違いなその音に、レンとウォルターは思わず顔を見合わせる。
「腹減ったぁ」
下を見ると、魔王はしょんぼりとした顔でそう呟いた。
音の正体は、彼のお腹の音だった。
その場の空気が、一瞬にして和らいだ瞬間だった。
「…ふっ、ふふ…」
するとフウマは笑いを零し、墓前でしんみりしていた心が、少し解き解されるのを感じた。
「…チビ、カレーでも食うか?」
「食うっ!!」
魔王はその言葉に目を輝かせ。両手を上げて無邪気に即答した。
その純粋な姿に、レンとウォルターもつい笑みを零した。
◇◆◇
友人の墓は、孤児院の近くに建てられていた。
彼がいつでも此処を帰る『家』だと知っていたからだろう。
孤児院は赤い屋根の大きなお家ーーとまでは行かないが、木造の一軒家だった。
他の家とは変わらない、ごく普通の外観をしており、庭にはお手製の古びたブランコが揺れている。
小さな子どもが居るのだろう。
砂場には小さなバケツやスコップと言った、子ども用のお砂場セットが乱雑に置かれていた。
それだけで、子どもたちの生活感が垣間見れた。
しかし、屋根や壁は何度か修繕された跡があり、彼の言う『経営難』の香りはしなくもない。
家の中からは、子どもたちの明るい声が聞こえて来るのが解った。
扉の前に立つフウマが、深呼吸を一つする。
「ただいま」
扉を開けると、声に反応してお絵描きをしていた子供の顔が上がった。
「フウマにーちゃんだ!」
立ち上がり、嬉しそうに駆け寄る女の子が、真っ先にフウマの元に駆け寄る。
フウマは女の子の身体を軽々と抱き上げると、年相応の笑みを浮かべた。
「フウマだ!」
「フウマおにーちゃん! おかえり!」
その様子に、院内の子供達が次々と集まって来る。
「お前達、ちゃんと母さんの言う事を聞いてるか?」
「勿論だよっ」
「今日ね、今日ね! お洗濯ものを畳んだんだよっ!」
「おお、凄いなー」
話には聞いていたが、子どもの数が10人と大分多いと、レンは彼らを見て驚いた。
「まあ、フウマじゃないの。久しぶりね」
暫くして、優しい顔立ちの年配の女性が姿を見せた。
彼女はフウマを見て微笑み、目尻に皺を並べながら言った。
「お仕事が忙しいのに、いつも来てくれてありがとう」
「全然。忙しくなんかないよ」
「フウマのお連れ様?」
「あぁ…同じ冒険者なんだ。今日はこの人達と一緒にクエストをしたんだよ」
フウマがレンとウォルターを紹介する。
院母は両手を合わせ、自分の事の様に嬉しい顔をしていた。
「そうなのねっ。ありがとうございます。フウマがお世話になったでしょう。ご迷惑を掛けませんでしたか?」
「え?」
「いや…」
「母さんっ。お世話したのは俺の方っ」
「あらあら。この子ったら…」
ふふ、と笑う彼女にフウマは困った様な表所を見せる。
「よしてくれ。いつまでも子供じゃないんだ」
「はいはい。そうだったわね。貴方が早くに此処を出て行ってしまったから、いつまでも心配で…」
「俺だって自分で稼げるようになったんだ。俺の分の生活費や食費なんかは、チビ達に使ってやってくれよ」
「ありがとうフウマ。でも貴方も無理はしないで頂戴ね」
優しい言葉を投げかける彼女は、心からフウマを心配していた。
その様子は言葉からも、表情からも窺い知る事が出来る。
「今日はカレーを作るって言ってただろ? だから追加で食材を買って来たんだ! 母さんのカレー、この人達にも食わせてやりたくて」
孤児院に向かう道すがら、街の食材屋で肉や野菜なんかを大量に購入した。
お金は勿論、冒険者ギルドから受け取った報酬である。
結局クエスト自体は失敗に終わったが、依頼人の男を捕まえる事が出来た報奨金として、レン達はそれを受け取った。
お金は全てフウマに渡そうと言うのが、レンとウォルターの判断だった。
彼からの追加クエストであったが、今日一番の功労者はフウマだから。
「あらあら、こんなに沢山?」
「すみません。いきなり押しかけてしまったみたいで…」
「いいのよ。ご飯は皆で食べる方が美味しいもの…本当にありがとう」
院母はそう言うと、深くお辞儀をして食材を受け取った。
沢山の食材を目の前に、子どもたちの顔は興味津々だ。
「どうぞ上がって下さい」
「はい」
「ありがとうございます」
ご厚意に甘え、レン達は家の中へと足を踏みいれた。
すると途端に、レンとウォルターの前に子供たちが続々と集まり出す。
「フウマにーちゃん。このおじさんは遊んでくれる人っ?」
「おー。遠慮なく遊んで貰え。何せ体力に自信のあるタンク様だぞ」
「なっ…!?」
「タンク!」
「タンクー!」
あっという間に子どもたちに囲まれたウォルター。
彼が着ている鎧や大きな剣に、特に男の子からは熱い視線が送られている。
その事が解っているから、彼もどうしたものか困った顔をした。
「こっちには可愛いスライムが居るよっ!?」
「そのねーちゃんはテイマーだ。スライムは…下僕?」
「せめて友達って呼んで…!」
下僕は酷いよ?
小さな魔王は興味津々に、周りを見渡していた。
次の瞬間、一人の子どもが興味深げに彼に近付き、彼の服を引っ張った。
「ん?」
「遊ぼう!」
「あぁ、いいぞっ!」
マオは大きく返事をし、子どもに手を引かれて家の中を走り回り始めた。
スライムも彼に続いて走り出すと、子ども達が一人、また一人とその数を増えていく。
仲良くなるのが早いんだな、子どもって。
…相手は魔王なんだけど。
ウォルターに至っては、遊ぼうとせがまれて身体中に引っ付かれている。
鎧をベタベタと触られるのはまだよかったが、流石に大剣にまで手を出されると、危険が伴うのでそれは制止の声を上げた。
レンもまた、女の子達と一緒に遊んだ。
小さな子どもと遊ぶのは本当に体力が要る。
何処の世界でも同じだ。
せめてもの救いは、自分の肉体年齢が18歳だと言う事だろうか。
それでも中身は35歳なので、精神的にはちょっと参る事もある。
それくらい、子どもはパワフル過ぎた。
その様子を見ていた院母がくすくすと笑う姿に、レンは思わず声を掛けていた。
「いつもこんな感じなんですか?」
「えぇ。いつもこうよ。でもフウマが来るともっと凄いの。今日は『お客様』が居るからもっともっと凄いわね」
何だか最上級のおもてなしをされている気分だ。
しかし、嫌な気はしない。
「母さん。最近の経営はどう?」
フウマが院母に聞いてみると、彼女は溜息を吐いてから苦笑する。
「正直に言うと…苦しいわね。でも此処が消えたら、子ども達に行き場がなくなるわ。私も倒れる訳には行かないから…」
彼女の言葉には、強い決心が込められていた。
レンはその姿に心を打たれたが、院母の顔色は優れない。
経営難と言う事もあるが、何より彼女の体調も不安視した。
「いけない。暗い話をするところだったわ…っ。夕食の準備をしているから、ゆっくりして行って下さい。今夜はカレーなのでいっぱい食べてね」
努めて明るい声で彼女がそう言うと、キッチンに戻って行った。
暫くは子ども達と楽しい時間を過ごしていた。
やがて食事の時間になると、テーブルの上には大きな鍋にたっぷりと作られたカレーがあった。
「ちょっと張り切り過ぎちゃったわ」
「母さん。ちょっとって量じゃないけど…」
「カレーだ!」
「いただきまーす!」
両手を合わせると、我先にと子供たちが一斉に、スプーンでカレーを頬張っていた。
テレビになんかで大家族の食事シーンは『戦争だ』なんて言われるけれど、それと全く同じような光景が、今まさにレンの前で行われている。
カレーのおかわり合戦に始まり、追加で作ったであろう唐揚げですら、見る見るうちに減っていく。
マオもまた、皆と一緒に嬉しそうにカレーを食べていた。
「んまっ! んまっ!」
「お腹が空いてたのね。さあ、遠慮せずに食べてね」
子ども達は幼く、それでいて食べ盛りの子もいるため、日々の食事量やお金がそれなりに掛かるのだろう。
それを解っているから、フウマもまた早くに家を出たのかも知れない。
そしてそれは、彼の友人も同じ想いだった。
ふと見れば、楽しい光景の中、一人の女の子が表情を曇らせていた
「フウマおにーちゃん…」
「何だ?」
「おにーちゃんは、今日は帰ってこないの?」
―ーおにーちゃん。
それはフウマの事を言っているのではないと、レンは気付いた。
一瞬の沈黙が流れる。
レンは何も言わず、ただ静かにカレーを口に運んだ。
ウォルターも、フウマの息を呑む音を耳にし、沈黙した。
「…あいつは、ちょっと仕事が長引いてるから、暫くは帰って来られないんだ」
「えぇ~っ!?」
「そうなの~っ!?」
「帰って来たら、遊んで貰おうと思ったのに…」
「ごめんな」
フウマは静かにそう言うと、女の子の頭を優しく撫でる。
彼女の眼には涙が浮かんでいた。
食事が終わる頃、マオは満足げな表情で目を閉じ、うとうととしていた。
お腹がいっぱいになったのか、はたまた動き回ったからかは解らないが、安らかな寝息を立てている。
そんな彼を起こさないように、レンは静かに抱き上げた。
「そろそろ街に戻ろうか。マオちゃんも寝ちゃったし…」
「そうだな。宿を取ってあるから、今日は其処で休もう」
ウォルターはクエストが長引くと予想していたのか、街に戻った段階で宿を取ってくれていた。
彼が居なかったら野宿だっただろうなと、レンは自分の危機感のなさに少しだけ苦笑する。
「もう帰っちゃうの~?」
「遊ぼうよ~」
子どもは本当にパワフルで、夕食を食べた後もまだまだ遊び足りない様子だった。
遊んであげたいのはやまやまだが、彼らの体力に合わせると此方が疲弊してしまう。
「また遊びに来て貰ったらいいだろ」
「フウマ…」
「…今日は、ありがとうな。色々と助かった」
「ううん、助かったのはこっちの方だよ」
フウマが居なければ、怪しげなクエストを引き受けてからどうなっていた事か解らない。
傍にはウォルターも居たが、彼がレンを護りながら戦うのは至難の業だ。
そう思うと、自分自身ももっと強くならないといけないと、レンはそう強く感じた。
スライムもまた、自分の力の不甲斐なさを、ほんの少し…いやかなり感じている部分がある。
あのディーネもだって、強くなりたいと頑張ってるんだ。
私も…頑張らないと…
「んじゃ、あの宝石は俺が貰っていいよな? 今回の報酬って事で」
「えっ? あぁ、まあ…構わないけど…?」
クエストは失敗に終わったが、宝石自体はまだフウマが持っている。
売ればそれなりにお金になるだろうとは思うけれど、やはり今回はフウマが功労者安濃田から、宝石も彼に託そうと思う。
「好きにするといい」
「よかったー! まぁ、断られてももう手元にはないんだけどな」
「え?」
そんな事話していると、後片付けをしていた院母が、不思議そうな顔をして戻って来た。
「そうそう。例の『足長おじさん』から贈り物が来たのよ」
「ふーん」
「足長おじさん?」
「えぇ。孤児院に寄付してくれる優しい人よ。いつもは『経営の足しに』ってお金を振り込んでくれるんだけど、今日は違うみたいでね…」
何処か困った顔の彼女は、エプロンのポケットから取り出した。
それは何処かで見たような『赤い宝石』だった。
「こんな高そうな宝石、どうしようかしら。家の中に置いておく訳にもいかないし…」
「貰っとけば? 換金して金にすればいいよ」
「でもねぇ…お金ならまだ解るんだけど、宝石をくれてもね。換金に行くにも何だか怖くて人目を気にしてしまうわ…」
「…次からは気を付ける」
そんな事をフウマは呟いていた。
多分あの宝石は――そう言う事なんだろう。
〇月×日 雨時々曇り
カレーを食べた!うまかった!
みんなでたべるめしはうまい! うまい!
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