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D級盗賊、報復する




レン、ウォルター、マオ、スライム、そしてフウマ。

彼らは依頼者が住むとされる豪邸に向かって進んでいた。

豪邸はビセクトブルクの街中に位置しており、依頼人はこの辺りでは有数の地主らしい。


――と言うのが、フウマの掴んだ情報だった。




「よく居場所まで分かったな?」


「ちょっと調べれば解る。馬鹿みたいに大っぴらに依頼人は名前を出してたしな」




そんな事を言いながら、フウマは笑っていた。

ちょっと――と彼は言うが、依頼人の名前から住んでいる居場所を特定したのは、レン達が一度街に戻ってからすぐの事だ。




『情報収集してくる』



そう言ってフウマがその場を離れたのは、ほんの十数分の出来事。

その間、レン達は一度冒険者ギルドへ立ち寄り、クエストの最中起きた事の顛末を受付係の女性に報告する。


彼女は非常に驚いていたものの、ここ最近は立て続けに起こる『クエスト失敗』に頭を悩ませていたところだった。

難易度を間違えたのかとも思っていたそうだが、蓋を開けてみれば巧妙な罠が仕掛けられていた――かも知れないと言う推理の段階である。

それではまだ、確実とは言えない。




『この先はギルドの方でも調査を進めます』




情報提供をした胸に対して感謝の意を述べられた。

レン達がこれからその依頼人の元へ突撃するとは、流石に口には出来なかった。


これは独自の『緊急クエスト』である。




「裏のある依頼人なら隠すのが普通だが…」

「余程の自信家か、何も考えてない馬鹿だろ」

「馬鹿の方だといいけどね」




しかし馬鹿であるのなら、こんな巧妙な手口が使ったりはしないだろう。

報酬に大金をちらつかせ、冒険者を泳がせて襲うなんて、人としてどうかしている。


けれど、世の中にはそう言った悪どい事を平気でする人が居る。

平気で人を殺すとする人も居るんだ。


一歩間違えば、自分達も同じ運命を辿っていたと思うと背筋がゾッとする。

最初から、依頼人から裏切られた事に腹を立てていたレンだが、今になって不安が胸を過ぎり出していた。




「大丈夫かな…」


『どうしたの?』




そっと呟くと、肩に乗せたスライムが心配した顔で擦り寄って来た。




『レン、何だか心がチクチクしてる…』


「心?」


『凄くコワイコワイってなってる…だからボクも、コワイコワイってなっちゃう…』




自分が魔物と心を通わす『テイマー』だからだろうか。

スライムは、時々そんな風にレンを心配する。

自分が感じている事が伝わっているんじゃないかと思うくらいに。


だから今もこうして、レンを心配して表情を曇らせているのだと思う。




「…怖くないよ。皆が居るから大丈夫」


『ホントぉ…?』


「ホントだって」




レンは不安にさせまいと否定したが、スライムはそれでも困った顔のままだった。

そしてマオは、依頼人がどんな悪党なのかを楽しみにしているようで、その道中はずっと鼻歌交じりだった。




「しかし、依頼人の元に着いたところでその先はどうする?」

「だからシメるって言っただろ?」

「シメてどうするの? また同じことを繰り返すかもしれないよ?」

「こっちは命を狙われてんだ。やり返すに決まってんだろ」

「…生かしてギルドに引き渡すのが一番だろうな」




ウォルターとフウマの意見は違っていた。

フウマにしてみれば『甘い考えだ』だそうだが、レンはウォルターの意見に賛同だった。


人を裁くのは人だ。

だけど、殺してしまってはやっている事は『悪』と同じである。

どんな理由であれ、殺しはいけない――と言うのは、詭弁だろうか。




「まず話をしてからだ。どうするかはその時また考えよう」

「うんっ」




前を歩くウォルターの背中が、レンにはより一層頼もしく思えた。




「はぁ…悪人なんだし、さっさとやっちまえばいいのによ」




フウマは『悪』を感じ取る、鋭い嗅覚を持っているようだった。

依頼人を早々に『悪』だと言うのも、彼だからこそ解る『直感』なのかも知れない。


それが盗賊としてのスキルなのか、それとも彼自身の天性によるものなのか解らないが――



ふと、マオが此方を見ている事に気付いた。




「どうしたの、マオちゃん。疲れちゃった?」

「疲れてない」

「そ、そっか」




ぷいっと顔を背かれ、レンは何だかショックだと感じた。




「依頼人をめっためたにしてやろうぜっ」

「めっためた…」」




依頼人の悪行を許せないのは、誰しもが同じ事だった。




「此処だな」




フウマが静かに言う。


その家は、外観は立派な石造りでまるで日本家屋の様だった。

一見すると裕福な商人の屋敷のようにも見える。

綺麗に手入れされた庭園には松の木や盆栽が並び、足元には石や玉砂利が敷かれている。

飛び石が彼方此方に点在し、水の流れる音と共にカコーンと鹿威しが涼やかな音を奏でた。


善人かどうかは別として、かなりの富豪か資産家である事は間違いなかった。

まるで時代劇の様だ――なんて思う。




「見張りだ」




囁くようにウォルターが言った。


厳かな石造りの門構えは閉じられており、扉の前に居るのは守衛らしき男が二人。

どちらも腰に真剣を携えている。




「どうするの?」

「決まってる。おっさん、あんたの出番だぜ」

「おい。おっさんとは俺か?」

「他に誰が?」




フウマにそう言われて、ウォルターは少し顔を顰めた。




「おっさんと言う年齢ではないんだが…そう見えるんだろうか」

「わ、私に言われても…」

「あんたタンクだろ?前衛は任せた」




そう言ってフウマは、首元のマスクを引き上げて口を覆い隠した。




「はあ…正面から行くぞ」




ウォルターが溜息交じりにそう言うと、フウマとレンは頷いた。







門に近付くと、気付いた見張りの男がレン達に注意の声を促す。




「止まれ。この屋敷に何用だ?」

「屋敷の主と話がしたい」

「何だって?」

「主様は忙しいお方だ。約束もなしに通す訳には…」

「…話し合いとかやっぱめんどくせぇな」




ぼそりとフウマが呟く。

その手には、彼のクナイが握られていた。


それに気付いたウォルターが、訝しみながらも声を掛ける。




「おいっ? 話をするんだろう。何故武器を――」

「ぐあっ!?」




その瞬間、フウマが男の喉を切り裂いた。

その眼にも止まらぬ速さに、レンは目を見開く。




「フウマ!?」

「邪魔をするなら、全員切り捨てるまでだ」




クナイの血を払い、フウマが冷たく言い放つ。

今しがた、一つの命を奪った直後だと言うのに、彼は微塵も思っていない様子だ。




「もたもたしてると逃げられちまうぜ?」

「その身のこなしは、本当にただの盗賊なのか?」




訝しむウォルターが、じっと観察する様にフウマを見やる。


身のこなしは軽く、それでいて動きが素早い。

戦いに慣れているのか、手練れである事には違いない。


フウマはまだ年若い少年だ。

彼の年齢からして、幼い頃から盗賊としての動きを学んでいたのだろう。

誰かに師事したのか、独学なのかまでは解らない。


しかし、人を躊躇なく殺す様はまるで―ー




「く、くそっ! 敵襲だ―!」




その冷徹な言葉に、もう一人のが見張り役が声高らかに叫び声を上げた。

次の瞬間、屋敷からは続々と剣を抜いた男達が現れ、レン達に襲い掛かって来た。

まるで、侵入者が現れるのが解っていたかのような、用意周到ぶりである。




「ちっ、面倒な事に…!」




ウォルターが剣を抜き、レンもダガーを抜いた。

魔物ではなく、人を相手に戦うのは初めての経験だった。


勿論、私に人を殺す勇気も度胸もない。

出来る事と言えば、せいぜい逃げ回る事くらいだ。


何せ、襲い掛かってくる敵の殆どを、フウマやウォルターが相手にしてくれている。



苛烈な戦闘が繰り広げられる中、特にフウマは一人一人を素早い動きで倒していた。

身のこなしが素早く、二階建ての屋根の上でさえも、軽々と高い跳躍力を以て登ってしまう。


まるで本当に忍者の様だとレンは思った。

これで盗賊だなんて、もっと職業を増やすべきなんじゃないの?




「ぐっ…!!」

「お前達の主はは何処に居る?」

「や、屋敷の奥に…」

「サンキュー」




情報を聞き出した所で、フウマはまたしても首を切り裂いた。

その手口が余りにも鮮やか過ぎて、レンは言葉を失っていた。




「レン。行くぞ」

「う、うんっ」




ウォルターに肩を叩かれてはっと我に返る。

結局、辺りには沢山の沢山の人が気絶、もしくはその息を引き取っていた。


敵を一掃した後、フウマは屋敷の扉を蹴破った。

三人は中に侵入し、広間を進んで行く。




「な、何も殺す必要はないんじゃ…」

「あんた甘いよ。そんなんじゃ首をハネられるぜ?」

「えっ」

「よせ。戦わずに済めばいい話だ」




ウォルターの咎めるような声に、フウマはフン、と鼻を鳴らした。


三人が屋敷の奥に辿り着くと、畳張りの大広間に出た。

其処には依頼人らしき男の姿があり、やって来たレン達に目を向ける。

丁度酒を嗜んでいた時なのか、男は赤ら顔で徳利を手にしていた。

真昼間からいいご身分である。


そんな男を見やり、ウォルターが言った。




「あんたが此処の主だだな?」

「んん? お前達は誰だ?」




口髭を蓄えた、恰幅の良い男。

身形がよく、指にはキラキラと大きな宝石が付いた指輪をしている。

その恰好からも相当な金持ちだと言う事が窺えた。




「あんたの依頼を受けた冒険者だ」

「依頼…冒険者…?」

「こいつに見覚えがあるんじゃないのか?」




フウマが懐から取り出したのは、赤い宝石。

それを見た男は、『あぁ…』と思い出したように口を開く。




「おお、おお。そのアイテムは。覚えておるわ…ガハハ! 餌用に用意したモノではないか!」




ずんぐりむっくりの体型に、ガハハ…なるほど、やはりこの男が依頼人だ。

フウマは途端に顔を顰めて、宝石を握る手に力が込める。




「餌ねぇ…?」

「しかし、それが此処に在ると言う事は――全てお見通しと言う事か?」

「ああ」




男の眼がギラリと鋭い眼光を見せている。

此方を警戒していたが、その顔には何故か余裕の笑みを浮かべていた。




「ほう、ほう…こんなところまで来るとは。まさかお前達、ワシを捕らえようと思うておるのか?」


「捕らえるんじゃない。殺す」

「何だと?」


「依頼人としての信用を悪用して、多くの冒険者を殺した報いだ。…此処で終わりにしてやる」




フウマが鋭い声で宣言すると、クナイをちらつかせた。

しかし男は軽く肩を竦めただけで、動揺した様子はない。

それどころか不敵に笑う姿さえあった。




「ガハハ! いずれこうして、反旗を翻す者が現れると思うておったわ! だが、お前達が思っているほどワシは甘くはないぞ」




男はそう言うなり、軽く手を振った。

すると、部屋の天井、そしてふすま、床下からと、隠れていた刺客達が次々と姿を現し、三人を取り囲む。




「なっ…!?」

「こいつらは金で雇った用心棒だ。ほれほれっ。金ならやるぞ、わしを護れ!」




男達の装いや手にする獲物は、それぞれ異なっていた。

しかし、目的は同じ。


侵入者の『排除」である。

彼らは獲物を捕らえる『捕食者』も同然のの眼をしていた。




「くそっ…相手が同じ人間でなければ…っ」




苦し気にウォルターが呟いた。

男は余裕たっぷりの笑いを浮かべている。




「ほう、ほう。人間でなければ殺せるのか?」

「それは…」




言い淀むウォルター。


以前だったら、それをきっと肯定していただろう。


魔物は敵。

人や街を脅かす存在だ。


そう信じて疑わなかった。



しかし、今は――と、魔王を見て思い悩む。




その時、ジリジリと間合いを詰めていた敵の一人が、剣を振り翳す。

鋭い凶刃が、ウォルターへと襲い掛かるのをレンは目にした。




「ウォルター!」


『えーいっ!』


「なっ…!?」




スライムの体が飛び上がり、刺客の体に体当たりする。

突然襲って来たスライムに驚いて、注意が逸れたのだろう。

刺客の男が僅かにバランスを崩す。

その隙を突いて、ウォルターの大剣が素早く男の身体を一閃した。




「助かった…すまない」


『いーよー!』


「気にするな、だってさ」










「ぐああっ!!」




叫び声を上げ、刺客を一人、また一人と倒していく。

もう既に何人倒したかさえも覚えていない。


目の前に立ちはだかる者を殺す。

邪魔をする奴を殺す。

私腹を肥やし続ける悪党を殺す。



フウマはそれだけを頭に、ひたすらクナイを薙ぎ払い続けていた。




「魔物が…人間を助けただって?」




レンとスライムの行動に、驚いた声を上げるフウマ。

信じられないものを見たと、その眼は大きく見開かれていた。




「テイマーってのは本当なのか…」




そんな事を呟きながら、フウマはひたすら戦った。

刺客達は狼狽するも、数の多さでは負けてはいない。


だがフウマは素早く、そして的確に息の根を仕留めて行く。


背後に回り、首を斬る。

ただそれだけの事だと言うのに、刺客達の眼には彼がその場から消え、そして突如として現れたように見えた。


それが出来るのは、フウマの卓越した身体能力と、長年培ってきた技を以てしてである。




「ちっ…所詮は金で雇われた寄せ集めよ…っ」




依頼人は青ざめながらも、尚も冷酷な笑みを浮かべていた。




「強い、強いな、お前達…! どうだ、ワシの元へ来ないか。それなりに良き待遇で迎えてやろう」


「断る」




フウマが冷たい眼で見た。




「怖い怖い。そんな目で見るな。お前達も冒険者なら、金の為に命を張っているんだろう? ワシはただ、その冒険者達を利用したに過ぎない。悪いのはお前達さ。怪しむ事なく、金の為に依頼を受けたのだからな」


「言いたい事はそれだけか?」




フウマは男に近付き、クナイを突き付けた。

其処にはもう、男を護る盾は何処にも存在していない。


命を脅かす存在を目の前にし、手にしていた徳利が滑り落ちる。

徳利はゴトッと音を立てて畳の上を転がり、じわりじわりと酒を飲みこんでいた。


眼前に突き付けられたクナイを眼にして、男の表情は漸くその場に相応しいくらいの動揺ぶりを見せていた。




「ま、待ってくれ! ワシを殺したらお前達も終わりだ…!ワシは王族の者と繋がっておる! あの方の…この国の力をを舐めるな!」




男はそう言いながら命乞いをするが、フウマは無表情のまま、それを下ろす事はない。




「それがどうした? 俺はお前を許す気はない。…襲い掛かってきた連中の中には、俺のダチも居たんだぞ…っ」


「フウマ…?」




レンははっとした。


彼の声が僅かに震えている――…



それを聞いたウォルターが、悲痛な面持ちで眉を顰めた。




「友人を、殺したのか…」


「あぁ、そうだ。気付いた時にはもう手遅れだったけどな…それにあいつお俺も『仕事』だったんだ、しょうがないさ」


「お前の気持ちは痛い程よく解る…だが、殺すな。此処はこの街の冒険者ギルドへ処遇を任せよう」


「…っ」

「フウマ」




フウマは深く息を吐くと、やがてその腕を下ろした。

男は自分の身が解放されると、直ぐにフウマから距離を取って後ずさる。


その表情には安堵の色が浮かんでいた。




「ちっ…好きにしろ。俺はもう目的を果たした」




友人の復讐の為、だろうかーー









「ひ、ひぃぃっ!!」




男は焦っていた。

突然圧しかけて来たこの三人組はなんだ…っ


特にこのガキは危険すぎた。

今すぐ逃げなければ、また命を脅かされる。



しかし、金で雇った奴らは全員倒され、今や自分一人だけ。

悪どい商売や汚い仕事を繰り返して来た自分には、護ってくれる存在などいない。

せいぜい手元には、護身用として着用している『短刀』ぐらいしか武器はなかった。


見張りや用心棒達をあっさりと倒してしまう奴らだ。

当然、その技量に差がある事も、男には解りきっている。


だが、男は此処で捕まる訳にも行かない――




ちらり、男の眼が侵入者であるレン達を見た。




「ウォルター、あいつはどうするの? このままじゃ逃げちゃうんじゃ…」


「逃げられる前に縛り上げる。フウマ、手伝ってくれ」

「おっさんがやれよ。俺はめんどくせーからパス」

「む…」

「わ、私が手伝うよ、ウォルター!」




処遇をどうするかを話し合う奴らの隙を突いて、男が動きを見せる。


慌てふためく男は、何とかして自分の身を護ろうと必死に考えた。




「おい、動くな! このガキは女の子供なんだろう? 少しでも動けばガキの命はないぞ!」




男は興奮する声で脅迫する。


そして、その場にいた『小さな子ども』に目を付け、を盾にしたのだ。

彼を―ー魔王を羽交い絞めにする姿に、三人は目を見開く。




「マオちゃんっ!?」

「あんたの子供だったのか…?」

「そんな訳ないでしょっ!」




男は短刀を抜き、彼の頭を目掛けて威嚇している。

その為、レン達の間には緊張が走り、その場から動けなかった。


だが、そんな緊迫した状況にも関わらず、マオはただケラケラと笑っている。




「何してんだ? これは何かの遊びかっ?」

「う、動くんじゃない、ガキっ!」




マオには特に怖がった様子もなく、捕まっている事をひたすら楽しんでいる様だった。

彼の無邪気な態度が、とても場違いに思えてならない。




「おい…あれは不味くないか?」




ウォルターがそっとレンに耳打ちした。


彼の言う『不味い』と言うのは、魔王の事なのか、それとも男の身を案じての事なのか。

どちらとも取れる意味合いだ。




「私だってどうすればいいのか…マオちゃんは楽しんでるみたいだし。でも助けないと…」




レンは焦りを感じつつも、何とか解決策を模索ずる。

その間にも、男はジリジリと後ずさり、距離を開けていた。




「だからさっさと始末すればよかったんだっ!」




後方には庭が見えている。

外へ逃げられでもしたら、更に面倒な事になるのは必至だ。




「よ、よし。動くなよ…っ」

「おいっ、まて!」




せっかく此処まで来たんだ。

このままでは逃げられてしまう…!


だけど、下手に動けばチビの命が危ない。



フウマは焦りの色を隠せなかった。










「マ、マオちゃんっ。戻っておいでっ!」




その時レンが叫んだ。




「…は?」




余りにも当たり前すぎる言葉に、フウマは振り返る。


しかし彼女は真剣だった。

真剣に『戻っておいで』と口にしていた。



そんな事で簡単に解放されるなら苦労しない――…



そして、男もまた狼狽していた。

レンの言葉は、明らかに子どもへと向けられた言葉だった。




「も、『戻っておいで』だと…っ? 何を悠長なーー」




すると、マオがにっこりと微笑んだ。




「解った!」

「…わ、解った…?」




次の瞬間。


マオが『信じられない速さ』で、男の腕からするりと抜け出した。

大の大人の拘束をものともせずその足元に飛び込むと、軽く一回転して足を掛ける。




「ぶべらっ!?」




顔から勢いよくダイブした男は抵抗する暇がなく倒れ込み、そのままマオは『レンー』なんて言いながら、とことこと走って来る。



何あれ可愛い。


じゃなくて、凄い…!




「どうだった? オレ、凄いだろっ!?」

「う、うん。強いね、マオちゃん…」




マオは嬉しそうにレンを見上げた。

自分がやった『凄い』事を、褒めて褒めてと言わんばかりだ。

反射的に彼の頭を優しく撫でてやると、マオはくすぐったそうににへらと笑う。


大の大人をあっさりと制圧していた――


その様子を見て、口をポカンと開けたウォルターがレンを見た。




「…何処が能力に制限が掛かってるだって?」

「その筈、なんだけどなぁ…」




レンとウォルターは驚きを隠せなかった。


魔王が普段使える魔力は制限されている。

身体が小さくなれば、必然的に身体能力も――そう思っていた。

それにも関わらず、この圧倒的な身体能力はどう説明すればいいのか。




「ま、マオちゃん…今の動き、どうして…?」


「あれくらい普通だろ? 小さくなってもオレは元々強いんだよ。ただの人間よりはなっ」




無邪気に笑いながら、魔王はそう言った。





その後、男は後ろ手に拘束されて縛り上げられた。

身柄は報告を受けて駆け付けた、冒険者ギルドの関係者によって、引き渡される事になった。


男は完全に戦意を失い、怯えた目で魔王を見ていたが、彼はさも退屈だと言わんばかりに大きな欠伸をしている。




「こんな事をして、貴様らに何の得がある…!」




男は悪あがきに叫んでいたが、それに対し、ウォルターは冷たく言い放った。




「ない。しかし俺達は冒険者。悪党を放っては置けない。それが同じ人間でもな」




レンも静かに頷いた。



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