E級テイマー、運命を覗く
「お邪魔しま~す…」
初めて入る『占い』のテントの中は意外と広く、淡い光に照らされた水晶玉が、中央テーブルに鎮座している。
その奥で、一人の占い師が座っていた。
先程、テントの隙間から見えていたあの女性だ。
「いらっしゃいませ」
静かで深みのある声がした。
彼女の正面には、背凭れのある椅子が一脚置かれている。
すっと差し出された綺麗な手が、レンを空いている椅子に座るように促した。
「此方へどうぞ」
「あ、はい」
レンは、テーブルを挟んで対面する形でその椅子に座ると、膝の上に手を置き、緊張した面持ちを見せた。
面接でもないのに、何処か緊張した様子である。
その様子に、目の前の占い師が小さく『ふふ…』と笑った。
「そんなに緊張なさらないで…?」
「す、すみません。こう言った所は初めてで…」
「そう、そうなのね…大丈夫、私はただ、貴女の運命を覗くだけだから…」
その『運命』と言う言い方が、何とも怪しい――いや、独創的だとレンは思っていた。
占いにもいろいろあり、当たるも八卦、当たらぬも八卦と言うように、信じる信じないも自分次第。
それに占い師だって、本物が居れば偽物だって居る。
要は、どんな占いであっても自分の行動次第で運気は変わるのだ。
そんな事言うと、ウォルターの様に『信じない』も同じなのだが、ただの興味本位。
軽い気持ちで臨むのが一番だと、レンは考えている。
「あの、未来を覗くとは…?」
「言葉通りよ…貴女がこの先、どんな運命を辿るのかを覗くだけ…」
「…それだけ?」
「知りたいのであれば、それがどんな運命かなのかを教えて差し上げることも可能です…」
「そう言うのって、言い方は悪いですけど、どうとでも言えると思うんですが…」
「そうね、そうね…でも、貴女はこうして此処に来た…」
単なる興味本位。
またの名を冷やかしと言う。
そんな事を彼女の前で言おうものなら、何を言われるか解ったものじゃない。
「それで、どうするの…?」
「えぇと――見て貰います。せっかくだし教えて下さい」
「そう…じゃあ、この水晶玉に手を翳して、眼を閉じて。そして心を落ち着かせるの…」
占い師は呟くと、テーブルの上にある水晶玉を見た。
曇り一つなく磨き上げられた玉は、小さな台座の上に置かれている。
その水晶玉は、どう見てもただのガラス球にしか見えない――が、よく見ると水晶玉の中に虹色の輪の様な物が見えている。
レンは水晶玉に触れ、深く深呼吸をし、眼を閉じた――
その瞬間。
レンはテント内がピリッとした緊張感に包まれるのを感じた。
それは『空間転移』した時の、あのぐにゃりと歪んだような感覚によく似ていた。
しかし、歪んでいるのは空間だけではない。
時計の秒針のような音が、カチコチと早く耳に聞こえて来る。
進んでいるのか、それとも巻き戻っているのか、眼を閉じるレンには解らない。
だがまるで、自分が時間の流れに引き込まれて行くような、不思議な感覚を覚えていた。
「もう、目を開けて大丈夫です…」
暫くした後、占い師がそっと呟く声が聞こえた。
レンはゆっくりと眼を開ける。
あの感覚は何だろうと水晶玉を見ると、青白い光を強くはなっていた光がテント内に反射して、幻想的な輝きを放っていた。
「貴女の運命…不思議ね、長く、険しい道」
「運命?」
「貴女の未来には試練が待っている。その試練を乗り越えなければ、大切なものを失う事になるでしょう」
彼女は声を低く、しかし力強い言葉を続けた。
その声は、まるでレンの心に直接語り掛けるようだった。
「試練って…何ですか?」
「貴女の傍に居る人、これから出会う人。人が背負う運命、そして貴女はそれに関わる事になる。彼らの存在は、貴女が考えている以上に深く、そして貴女の運命にも大きく関わって来る…」
占い師はレンを見つめながら続ける。
その言葉にレンは一瞬表情を曇らせた。
何かいきなりよく解らない事を言われて、混乱している部分もある。
「試練か…此処に居る時点でもう、試練みたいなものだからなぁ」
カミサマが私をこの世界に呼び寄せた。
元の世界とは一味も二味も違う常識や知識の数々に、毎日がてんやわんやだ。
そして今日は『運命』だなんてものを覗かれている。
人生何があるか解ったもんじゃない。
毎日がてんやわんや。
毎日がもう試練の連続である。
これからいろんな人に巡り合えますよ。
これからいろんな事を経験しますよ。
なので貴女の運気はいい方向にも、悪い方向にも揺れ動きます。
全ては自分次第なのです。
…大体、占いなんてのはそんな感じだ。
占いは、信じない訳じゃない。
いい事は勿論信じるし、悪い事を告げられても、特に気にしたら負けだと思っている。
だからこの占いも、ちょっと変わった事を言っているだけだ。
「不思議な占いですね。楽しい時間をありがとうございます」
「…夢を、見るのね」
「えっ…夢?」
夢と言われて、直ぐに思い浮かぶのは、いつか見た不思議な夢だ。
古びた感じの『ラ・マーレ』の街並み。
街の入り口には、何人かの冒険者達の姿があった。
これから始まる旅へ、想いの丈を語っていた。
「知りたいのなら運命の流れに逆らわず、その時を待ちなさい…」
「流れ…?」
「運命を信じない者も、時にはその波に呑まれる。貴女には選択があるわ。その選択は…どちらを選ぶとも、痛みを伴うでしょう。貴女がどう立ち向かうか、興味があるわ…」
レンの心臓が震える。
運命の重さが、肩に掛かるような感覚だった。
占いの言葉が、何処か避けられない現実を突き付けて来るような感覚を与えた。
「じょ、冗談ですよね…? そんな重たい事、ある訳―-」
「…貴女は運命を、占いを信じないのではなくて?」
「し、信じませんともっ」
「そうね、そうね…」
くすっと彼女の笑い、口元には深い笑みが宿る。
自分はからかわれているんだろうかと、そんな風に思った。
占いなんて、いい事もあれば悪い事もある。
そう考えていたのは自分だ。
彼女はまるで、自分の考えている事が手に取るように解ったかのような口ぶりだった。
運命を覗いた時と、同じように――
「影は常にあなたの傍に在る。貴女が試練を乗り越えた時、新たな道が開けるでしょう」
「結局のところ、自分で考えて頑張りなさいって事ですね…」
レンが水晶玉から静かに手を引くと、青白い輝きが弱まって行くのを眺めた。
占い師はレンの率直な感想に、ただくすくすと笑い続けていた。
「ありがとうございました」
お礼を言い、テントを後にするレン。
当たるも八卦。
当たらぬも八卦。
信じる信じないは自分次第。
占いとはそういうもの。
だが、占い師の言葉はレンの心に、確かに刻み込まれていた。
試練とは何か。
運命とは何か。
それを知る日は、そう遠くないのかも知れない。
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