異世界転生者、スライムをテイムする
一個上の先輩で、気さくで面倒見がいい人だった。
仕事をなかなか覚えられない自分を、根気強く教えてくれる頼りがいのある人だった。
同じ新入社員の女子達の中では、ダントツで人気のある社員。
そして彼を狙っている子も多く、私は初め『頼りになる人』と言う印象だった。
彼とは仕事を通じて接する事が多く、仕事終わりには飲みに誘ってくれたり、失敗した仕事の改善点や悩みを聞いてくれたりと、とても優しい。
もっと仲良くなると、実はお酒に弱かったなんて、ちょっとしたエピソードを知る事が出来た。
他の人の様に、好きになるのは時間の問題だった。
そうしていつしか、彼の方から告白される事になる
公私混同はしたくない性格だったので、こっそりと付き合う形でそれを受け入れた。
でも付き合う内に、彼が生粋のギャンブラーだって解った。
競馬に競艇、パチンコ、賭け麻雀、下手すると変なカジノにまで手を出しそうなレベルだった。
『ギャンブルを辞めないなら別れる』
そう言ったにも関わらず、彼は決断を渋っていたので即別れを切り出した。
付き合って、一か月も経たない破局だった。
『仕事と私、どっちが大事?』ならまだいい。
『ギャンブルと私、どっちが大事?』で選ばれなかったのが私です。
私がもっと寛容であれば、許してやり直す期間を設けたんだろうけど、それでも辞めない人は本当に辞めないし繰り返す。
その度に許していては、結局のところ何の解決にもならない。
失う時間もお金も返っては来ないのだ。
寧ろ、将来を云々とかほざくくらいなら、そのギャンブルを辞めて結婚資金にして欲しいくらいだ。
まあ、当時は自分も若かった事もあり、結婚なんてまだまだ考えられなかったけど。
同時にやっている仕事の楽しさに気付き始め、仕事に打ち込んで頑張った。
よりを戻したいと迫る姿もあったが、全部無視していたら、いつの間にか他の女の子に手を出していた。
乗り換えも切り替えも早すぎんだろ…!?
どうやら私だけでなく、実は他の子もキープしていたらしい。
はい、浮気確定! あ、どうでもいいんだけども。
そうして過去の恋愛を捨て去るように仕事を頑張ったら、社内での評価がいつの間にか上がっていた。
仕事に没頭し、気付いた頃には、元彼はいつの間にか出社せずに姿を見かけなくなった。
他の女の子にも声を掛けて、お金を受け取っていたのがバレたんだって。
ダセェな。悪い事は出来ないもんだ。
そんな輝かしい瞳も今やドス黒く、段々と見えて来たブラックな一面に、いつしか光を失っている――
『ねー、聞いてるー?』
「わっ!?」
ぷよんっと顔面に押し付けられる圧迫感に驚く。
何だ何だっ!?
【■テイマーは スライムから 1ダメージ!▼】
あ、しっかりダメージ扱いなんだ。
しかもまだ戦闘中だったとは…
『目を開けて寝てたのー? ニンゲンって凄いねー!』
「あぁ、ごめん。ちょっと現実逃避で」
スライムのキラキラした瞳を見て、自分が新入社員だった頃を思い出していた。
しっかりと現実逃避した中に、元彼の姿を見つけて、まだ覚えてたんだ―なんて思った。
『?』
「えっと…何だっけ?」
『だからー。ボクをテイムしてよっ』
「…は? テイム?」
まるで聞いた事のない事だに、レンは首を傾げた。
『うんー! テイマーは、魔物をテイムして仲間にするんだ。そうして一緒に戦うんだよ』
「そうなんだ」
とは言え、テイマーなんて言われてもレンには解らない。
自分はただのOLで、何の因果かこうして異世界転生をしてしまった。
役職があれば、せいぜい『村人』に過ぎないだろう。
戦えないし、運動苦手だし。
『見た所テイムしている魔物は居ないみたいだね。ニオイもないし…』
辺りを見渡しながら、スライムはそう言った。
ニオイって…スライムの何処にお鼻があるんですかね。
『でも、ニンゲンが一人で森の中を散歩してるなんて、危ないよー』
そんな事を言われても、こちとら気付いたら森の中だ。
此処が危険なんて解らないし、まさかこうして魔物に出会うとは思いもしなかった。
此処までが運よく魔物に出会わなかっただけマシなのだろうか。
それとも、最初に出会った魔物がスライムだからよかったのだろうか。
『ニンゲンは弱いもんねー』
「スライムに言われたくないな…」
かと言って、戦って勝つ自信もないのだけど。
可愛いおくちでも、噛まれたら痛そうだ。
『ねー。ボクをテイムしてよー。テイマーと旅がしたいよー』
正直、テイムもテイマーも何なのか解らない。
しかも旅ときたもんだ。
旅や旅行なんてしている場合じゃない
私は今すぐにでも家に、いや元の世界に帰りたい。
早く会社に行かないと、仕事が山積みだから!
…って、そもそもどうやって帰るの、私?
『お願いだよー』
「…お願い」
『お願い』をされてしまっては、それを無下に断れない。
次々と舞い込む仕事も、こういうお人好しな性格が災いしてるんだろうな。
「…解ったよ」
『やったー!』
喜びを全身で表すのは、スライムの感情表現なのだろう。
ぴょんぴょんと飛び跳ねる姿は、何だか愛らしくも見えてきている。
これはもう、犬や猫と言ったペット感覚に近いものを感じていた。
「でも『テイム』ってどうやればいいの?」
『うーん。わかんないっ』
「さいですか…ん?」
【■スライム(F)が仲間になりたそうに此方を見ている。仲間にしますか?▼】
【はい いいえ】
『テイマー専用スキル:テイムを使う事が出来ます』
『テイム…魔物を仲間にする事が出来る。制限:Fランクのみ』
…これまた何処かで見た事のあるログウィンドウである。
先程のと言い、今と言い、見間違いではない様だ。
何だこれは?
親切過ぎて逆に引く。
『どうしたのー?』
「何か変なウィンドウが見える…」
『どこ―?』
「え。此処に在るでしょ?」
『わかんなーい』
どうやら『コレ』はスライムには見えていないらしい。
とりあえず、ログウィンドウが出た以上、『選択』が出来るのだろう。
巻か間になりたそうなスライムを目に留めながら、レンは口を開いた。
「【はい】」
――ブォン
その選択肢を選んだ瞬間、スライムの居る地面に魔法陣が輝いた。
レンがカミサマに転生される時の、あの魔法陣に輝きが似ていると思った。
そして、頭に流れて来る『言葉』を口にし、反芻する。
「――私は あなたを テイムする」
その言葉に呼応するように、魔法陣の光がスライムの姿を一瞬だが掻き消した。
そして光が漸く収まると、魔法陣も忽然と消えてしまっている。
これで『テイム』とやらが出来たのだろうか…?
【■スライムをテイムしました。▼】
どうやら成功らしい。
その証明に、ログウィンドウには完了表示があった。
『ありがとー!』
「わっ!」
嬉々として喜びを表現したスライムが、真っ向から胸に飛び込んで来る。
大した痛みはなく、変な戦闘ログもいつの間にか出ていない。
痛みがなかったのは、スライプ特有の『ぷるぷる感』なのだろう。
恐る恐る撫でると、温かい・冷たい、どちらにも属さないスライムの体温を感じた
「…ぷにぷにしてる。何か気持ちいい」
『えへへっ』
自分が『テイム』したからなのか、よく見ると何だか愛嬌があって可愛らしい。
とにかくプルプルしてて、不思議な物体だ、スライムは。
小学生の時、理科の実験で作った『スライムもどき』とは、段違いに触り心地が良かった。
あれは固まりすぎてもよくないし、何ならスーパーボール化するととんでもなく跳ねる。
下校時に友達のふざけて地面に叩きつけていたら、何処か行っちゃったんだっけ。
『ボク、何だか強くなった気がするよっ』
「それは…大袈裟じゃない?」
【■テイムした事により、スライムの基礎ステータスが微量上昇!▼】
「あ、本当みたい」
こうしてレンは、初めてスライムを仲間にする事が出来た。
【■スライムを仲間にした!▼】
『スライム (F) Lv.1 固有スキル:異空間収納・分裂』
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