E級僧侶、浄化の一矢を放つ
「見えてきました。あれが『水の神殿』です」
水の神殿。
其処は石造りの神殿で、周囲はその名に相応しく水が流れ出ている。
神秘的で幻想的なその空間は、あの泉で見た綺麗だった時の光景と酷似している。
しかし、その水が何処か淀んで見えるのは、レンの気の所為ではない。
泉に流れる神殿の水は淀み、周囲にはますます異様な瘴気が漂っており、神殿の美しさそのものが失われている。
水に囲まれた神殿へと続く道は石の橋となっている。
その橋の上を歩けば、自然と瘴気もまた濃くなっているとレンは感じた。
「…何か、気持ち悪い」
「えっ!? 大丈夫ですかっ?」
「ディーネ…本当に何ともないの…?」
「は、はい…何か感じるんですか?」
やはり、ディーネには何も感じられないようだ。
皆の中では、レンだけがその空気感に堪えられない様子だった。
「長く留まるのは危険だな…」
ぽつり、マオが呟く。
「バリアを張ってレンを護ってくれ」
「わ、解りました。気付かなくてすみません…っ」
ディーネは頷くと、ロッドをレンに向けた。
其処からぽうっと淡い青色の光が灯ると、レンは自分の身体に起きていた気持ち悪さが少し、和らいだように思えた。
「『水の加護』を張ったんです。防御力を上げるバリアなのですが、瘴気などから身を守る役割もあります…どうでしょう?」
「うん、大丈夫みたい。ありがとうディーネ」
「よかった…!」
彼女のスキルがなければ、レンは今頃中に入る事すら出来なかっただろう。
ディーネの手伝いで此処に来たと言うのに、自分が足を引っ張っていては情けない。
「念の為、スライムさんとマオさんにもかけておきますね」
『わーい! ありがとー!』
神殿の内部は薄暗く、石壁に灯される明かりが何とも弱々しい炎を揺らしていた。
それだけで恐ろしい雰囲気を醸し出している。
足元に注意をしながら、レン達はゆっくりと神殿の中を歩いて行った。
歩く度、足元では水音がピチャピチャと聞こえて来る。
石畳の地面は濡れており、水溜りがそこかしこに出来ていた。
神殿内の水が天井から洩れて来ているのだろうか。
上を見ると、まさに雫が垂れ落ちた瞬間を眼にした。
水が流れる音が、石壁に反射してとてもよく聞こえて来る。
まるで滝の様な大きな音だ。
「こんなに水が溢れているなんて…やっぱり、此処で何か遭ったのかも知れないです…」
緊張の色を隠せないまま、ディーネがそう言った。
やがて、神殿の奥に進むと開けた場所に出た。
壁にはひび割れが走り、美しかったであろう大理石の床も、何処か黒ずんで見える。
どうやら此処が神殿の最奥らしく、他に先へ行く扉や道は確認出来ない。
其処にも同じように泉があったが、水はやはり黒く淀んでいた。
そして、その泉の傍には白く美しい石像があった。
慈愛に満ちた表情の女性を象った彫刻は、この神殿を護っているような――まるで『女神』のような美しさだった。
「これが水の精霊様です。この神殿を護り、そしてわたし達の住む街をお守り下さっています」
「水の精霊…」
「精霊様は『ウンディーネ』と呼ばれています」
「…何だかディーネに似てるね?」
「似ているのは名前だけ…ですね。母が精霊様の名から頂いたと、おばあちゃんが言ってました」
『水の精霊』とは似ても似つきませんね―ーなんて、彼女は苦笑する。
しかし、慈愛に満ちたような顔と優しさは、彼女の名にぴったりだとレンは思った。
『――人の子よ…』
その時、水の精霊の石像から誰かの声が聞こえた気がした。
レンとディーネが顔を見合わせる。
自分ではないと、ディーネが首を横に振っていた。
『――…人の子よ…貴女は僧侶ですね…』
「は、はいっ」
それは優しい声色で、直接レン達の頭の中に語り掛ける様にして響いていた。
『――貴女からは神聖な気を感じます…何故、こんな場所に居るのですか…』
「わ、わたしはっ、司祭様の命令で此処にやって参りましたっ!」
『――そう、あの司祭に…彼に、私の声が届いていたのですね…』
何処かほっとした様子で、水の精霊は言う。
「あのっ、此処で何が起こったのですか? どうしてこんなにも水が淀んでいるのでしょう…?」
『――ある夜、星が流れ落ち、この神殿全体の水を汚染したのです」
「星…?」
『――…星は清らかだった泉を汚し、この地の結界を緩めました。その為神殿から水が溢れ、流れ出た…』
水の精霊は、悔しい…と小さく呟いた。
異変が起こった時対処できていればよかったのだが、精霊は突然、為す術もなく力を封印されてしまったと言う。
「精霊様のお力を封じるなんて、そんな事が…?」
『――あの星には、何か異常のようなものを感じました。私には何も出来ません…今はただ、こうして貴女方に語り掛ける力しかない』
嘆くような悲しみに、ディーネの心はぐっと締め付けられる。
レンもまた、その苦しみに表情を歪ませた。
何とかして精霊を救ってあげたい
「どうすれば、その封印を解く事が出来ますかっ!?」
『――…封印を解くには、元凶となる魔物を倒さなくてはなりません」
「魔物…? その魔物は、何処に居るの?」
『――魔物は…貴女方のすぐ傍に』
「え?」
その時だった。
突然、レン達の周囲を黒い靄が取り囲んだ。
黒い霧は、水の精霊の像全体を侵食し、白く美しかった色合いがたちまち黒く染め上げられていく。
『―-どうか…どうか、終わらせて下さい…」
「…終わらせる? それってどう言う―ー」
「レンさん、あれ…っ!」
「な、泣いてる…?」
水の精霊像の瞳からは、涙の様なものが流れ出ているのを二人はしっかりと見た。
まるで、これから起こる出来事を嘆き、悲しんでいるような――…
「何か来るぞ」
精霊像を見上げるマオの眼が、すっと細められる。
黒く浸食した精霊像の前に、何かが現れた。
清らかな水とは真逆に、瘴気に汚染されたような黒い水。
その黒い水流は人の姿を成し、それはまるで女性の姿をしていた。
魔物は『水の守護者』とステータス上に表記され、レベルもランクもない。
「水の守護者…!?」
『あわわ…っ。た、戦うのっ!?』
慌てふためきつつ、スライムはレンの指示を待つ。
もしもこの『守護者』が、神殿を汚す元凶なのだとしたら、私達はそれを倒さなくてはならない。
「ディーネ、これは…!?」
「な、何て強い気…! レンさん、敵ですっ…」
『――…オ…オォォ…』
守護者から発される低い呻き声。
その眼は、先程の精霊像と同じく涙を流している。
何故、あれが泣いているのかは解らない。
だが、何かに苦しんでいるような気がする…
魔物から感じる『何か』を捉えたレンは、苦悶の表情で腰のダガーを引き抜いた。
「戦おうっ。水の精霊を助けなきゃっ!」
「は、はいっ!」
守護者の身体から黒い液体が滴り、大理石の床を侵食した。
「皆、離れようっ」
ゆっくりと近付いて来るそれに、レン達は一度距離を開けてその場を離れる。
あの黒い水には触れてはいけない――そうレンは直感した。
「あの液体は瘴気の塊だな。触れたらただじゃすまないぞ」
「そ、それなら浄化しなきゃ…っ。でも、わたしの力なんかで、そんな事…」
困惑するディーネ。
守護者はぐるりと視線を動かし、レン達を怒りに怒りに満ちた目で見つめていた。
「私が前に出るから、ディーネは後ろからサポートして」
「レ、レンさんっ? 一人で行くつもりですかっ!?」
「スライム一緒に戦うから大丈夫!」
「こいつは手強いぞ。中途半端な攻撃じゃ、太刀打ち出来ない」
『まおー様が居れば、百人力だよっ』
スライムはそう言うが、今の魔王の力はその殆どが封印されている。
身体も小さいし、満足に動けないだろう。
そんな彼を頼るなんて事、レンには出来なかった。
「マオちゃんはディーネの傍に居て。彼女の傍なら安全だからっ」
「…解った」
「み、『水の加護』を詠唱しますっ。どうか気を付けて…!」
レンとスライムは前衛に立つ
ディーネは後衛に回り、パーティのサポートに回った
彼女のスキルは『回復』と『補助』
補助は今、こうしてレン達の身を守るバリアしか使えない。
攻撃用のスキルがない彼女が、自ら守護者に立ち向かう事は限りなく不可能だった。
「行くよ、スライム!」
『うんっ!』
スライムと共に守護者に向かって走り出す。
守護者は向かって来る二人を視認すると、スッと手を翳した。
その手から黒い渦の様なものが巻き起こると、途端に渦巻く水流がレン達に襲い掛かった。
『うわわっ!』
済んでの所、スライムがぴょんっと飛び跳ねてそれを避ける。
ドス黒い色をした水は大理石の床を目掛けて着弾し、シューシューと小さな音を立てた。
瘴気? それとも熱湯?
よく解らないが、アレに触れるのはやはり危険である。
『■スキル:おくちてっぽうに『小石』が付与されました。▼』
「おくちてっぽう!」
『ぷぷぷぷぷっ!!』
スライムの口から小石が飛び出す。
放たれた小石は、しかし守護者の眼前でその勢いを弱めてしまった。
黒い水流が、まるで壁の様に守護者を護っていたのだ。
その光景に、レンは思わず目を見開いた。
「は…?」
「水相手に小石が効く訳がない」
「そうなのっ!?」
「お、恐らく水の流れで、小石の勢いを防いでいるのかと…っ」
水に小石は効かない。
それを知ると、途端にスライムの表情は曇った。
『ボク…これしか出来ない…』
小石が駄目なら水がある。
しかし、この神殿を流れる水の殆どが瘴気に汚染されていた。
スライムがそれを口にしたとして、体にどんな影響があるかも解りはしなかった。
「…っ、スライム!」
戸惑うスライムに、再び黒い水流が襲い掛かる。
レンはダガーを強く握り締めて、水の流れを断ち切るように横へと一閃した。
しかし其処に手応えはない。
一度断ち切られたかに見えた水流は、再びレン達に襲い掛かって来ていた。
斬っても斬っても、それは留まる事を知らない。
斬り続けても襲い掛かる水流に、レンは早くも息を切らしていた。
「こんなの、どうしたらいいの…?」
センジュの時と似た絶望感を、レンはまたしても味わった。
そもそも、レベルやランクが足りていないかも知れない。
だが、それより以前に、レンには圧倒的に戦闘経験がない。
こんな時、どうしたらいいかが解らなかった。
◇◆◇
ディーネは後衛に回り、レン達のサポートをしていた。
だが、自分が出来るのは『回復』と『バリア』だけだ。
「わたしに出来るのは、護る事だけ…でも、それじゃ足りない!」
焦った様なディーネの声。
守護者の攻撃は激しさを増し、幾つもの水流が数を成して襲い掛かっていた。
レンが前衛でそれを一閃するのが見える。
しかし、水を相手にその行動は、全くと言っても無意味だった。
彼女が躱し切れなかった攻撃がその身に襲い掛かろうとしたが、済んでの所でディーネの『水の加護』がそれを食い止める。
守護者の攻撃が強いのか、はたまたディーネ自身の力が弱いのか。
バリアは一度攻撃を受けただけで、パリンと割れてしまった。
その度に彼女はまたスキルを使う、それの繰り返しだった。
「防戦一方だな」
必至に護るディーネのすぐ隣で、マオがぽつりと呟く。
視線を彼に向ける余裕さえ、彼女にはなかった。
それくらいに必死だった。
「ど、どうしたら…っ」
「…」
戸惑った声に、マオはただ沈黙を守る。
今、魔王の身体は小さく、その能力も大幅にダウンしている。
出来る事と言えば『空間転移』と『攻撃魔法』のみー―
戦いに参戦出来なくもない…が、今の力ではどう足掻いても守護者を倒す事は出来ないだろう。
そう考えたマオは、小さく息を吐いた。
「ディーネ」
「は、はいっ!?」
魔王に名を呼ばれ、彼女はびくっと肩を震わせる。
彼が自分の名を呼ぶ事は初めてだった。
その驚きに、ディーネの瞳は大きく見開かれていた。
「『浄化』だ。お前があいつを倒せ」
「えっ…?」
『浄化』
始まりの泉で行ったように、水や空気などを神聖なものに変える、ヒーラーとしての基本的なスキルだ。
そのスキルはあくまで『清める』ものであり、攻撃に使うスキルではない。
「あ、あの…『浄化』は攻撃スキルじゃないんです。ただ清めるだけで、倒すなんてとても…」
例え守護者が瘴気に溢れた水の権化だったとしても、彼女は自分の力では『浄化』する事が出来ないと思っていた。
しかし魔王は、そんな言葉に耳を貸す事なく口を開く。
「このままでは全員がやられる」
「で、でも…っ」
「お前はこのまま、何も出来ないままでいいのか」
「何も、出来ない…?」
僧侶として、ヒーラーとして、彼女は回復やバリアを張って戦った。
しかしそれは本当に、戦っていると言えるのだろうか。
援護なら、ヒーラーじゃなくても誰だって出来る。
共に戦い、攻撃に加わるのが、戦うと言う事…
「…そんな事、解ってます…っ」
ディーネの心には、強い想いがあった。
かつて祖母は『聖女』と呼ばれていた。
祖母は清らかな心の持ち主であり、その力は凄まじく、パーティの危機を何度も救った。
そんな祖母の孫として生まれた自分も、同じように素晴らしいヒーラーになるだろう。
ディーネが僧侶になった頃から、周りは期待の眼で彼女を見ていた。
しかし、実際は…
「ドジで、間抜けで、回復とバリアしか出来ない…パーティに入ってもオドオドして、ロクに動けなくて…」
その度に罵倒され、その度に泣いた。
「わたしだって、出来るのなら戦いたい…!」
ディーネは想いを口にし、ロッドを握る手に力を籠める。
僧侶として、ヒーラーとして、サポート役として。
自分は自分に出来る事がある筈…!
その時、黒い水流の流れがまっすぐ、ディーネ達の方へ向かって来た。
目の前に襲い掛かる水の流れに、彼女は恐怖で一歩たりとも動く事が出来ず、詠唱の手元待っている。
「…あ、…あ…!」
「ディーネっ!」
慌てたようにレンが叫ぶ。
レンがディーネを護るには、距離が離れていた。
間に合わない…っ!!
「…仕方ない」
ディーネに襲い掛かるその瞬間、魔王が溜息と共に空中に手を翳した。
その瞬間、彼女の前に見えない障壁が現れ、水流が音を立てて弾け飛ぶ。
「バ、バリア…!?」
自分の物ではないと、彼女は直ぐに感じ取った。
張り巡らされたバリアは、幾重にも重なった防護壁であり、何処か禍々しさを感じさせる。
それが一種の『バリア』だと言う事を、ディーネは驚いた顔をしてみていた。
「護ってやる」
「マ、マオさん…? きゃあっ…!!」
ディーネには、その魔法の正体が彼によるものだと解った。
守護者の攻撃は幾度なく襲い、障壁を破ろうとするもののビクともしない。
「だから集中しろ」
「で、でも…っ」
このままでは、全滅するのも時間の問題。
それに、自分の我儘で『また』レンさんに迷惑を掛けてしまっている。
こんな所に連れて来なければよかった。
今回も、それは同じ…
「オレではあいつを倒せない。レンやスライムだってそうだ。これはお前にしか出来ないんだ」
「私にしか、出来ない――…?」
「お前なら出来る。自分を信じろ」
その言葉に、迷っていたディーネの心が揺れ動かされる。
「わ…解りました。やってみます…っ」
ディーネは勇気を振り絞り、ロッドを高く掲げるのが見えた。
彼女が何をしようとしているのか解らないが、魔王がそのサポートについている――それだけは理解出来た。
レンは、慌ただしく敵の攻撃を避け続けるスライムを見下ろす。
「スライム!」
『な、なにっ?』
「ディーネを援護しようっ。出来るだけ敵の眼を引きつけるのっ」
『う、うん。解った!』
スライムが頷くと、すぅっと大きく息を吸い込んだ。
口からは再び小石が飛び出し、守護者の注意を引くように叩き込む。
レンはそのスライムを二匹、四匹とどんどん分裂させ、更なる攻撃の手を続けた。
小石拾いで集め続けた分を、一斉に叩き込んで行く。
「わたしに出来るのは、回復とバリアだけじゃない…わたしは皆を護りながら、戦う事だって出来る筈…!」
自分の不甲斐なさに、ヒーラーすら辞めたいと思った時もあった。
でも、おばあちゃんは――
『ディーネは優しい子だから。きっと大丈夫よ』
そう言って、泣いて帰るわたしをいつも励ましてくれた。
おばあちゃんの様になりたい――
「わたしだって、護られてばかりじゃない…!」
その瞬間。
彼女の胸に新たな感覚が沸き上がる。
いつも使っていたっ回復やバリアのスキルとは違う。
もっと鋭く力強い魔力が、彼女の中で目覚めようとしていた。
「ただの『浄化』だけじゃ足りない…! もっと、もっと…強く…!」
願いに呼応するように、ロッドへ集まる青白い光はますます力強さを見せた。
それは浄化の力と彼女の潜在能力が融合し、攻撃的なエネルギーへと変化していく。
「自分を信じろ。お前にも、もっと大きな力が眠っている筈だ」
「はいっ!」
ディーネは集中し、その新たな力を守護者へと向けた。
光はますます大きくなり、守護者がその異変に気付いた。
何かが来ると予感したのだろう――まるで水流が壁の様に沸き上がり、防御を試みている。
「これがわたしの…精一杯の力っ!!」
彼女のロッドから放たれた青白い光が、矢のように鋭く伸び、守護者の身体を射抜く。
それは、水の障壁ですらあっさりと貫通するほど、凄まじい威力だった。
穿たれた矢は守護者の瘴気を吸い取っていく。
それはまさに『浄化の矢』そのものだった。
「――グ…ガァアアっ!?」
守護者を包んでいた黒いオーラが、やがて消えて行く。
その体の中からは、邪悪な力が取り除かれて行くようだった。
「やった…わたし、出来たんだ…!」
「ディーネっ!」
「レンさんっ!」
『ディーネちゃん!』
レンとスライムが駆け寄った。
魔王も危機が去った事にほっと息を吐くと、展開していたバリアを収める。
「ディーネ、凄い! まさか攻撃魔法まで使えるなんて!」
『凄い凄い! ディーネちゃん、強かったー!』
「あれは、おばあちゃんが昔見せてくれた魔法と、何処か似ていた気がします…」
彼女は無意識の内に、祖母が使っていたと言われる『攻撃魔法』を再現していた。
浄化の力を矢のように放ち、闇を打ち抜く魔法だった。
「凄い…! 見様見真似で出来ちゃうなんて!」
「そ、そんな、見様見真似だなんて…ただ本当に必死だっただけで…」
その時、ふと思い出したようにディーネは魔王を見た。
「…そう言えば『お前にも』って言うのは、何でしょう? マオさんは、あれがおばあちゃんの魔法だって知っているんですか?」
「え…」
マオはどうして自分が『それ』を知っているのか、直ぐには答えられなかった。
『ディーネなら出来る』
ただ、そんな気がしただけだったから――…
「…何でだろうな?」
首を傾げる魔王
本当に解らないと言った様子だった。
◇◆◇
守護者の黒いオーラが完全に浄化され、神殿の中は再び静けさを取り戻した。
水は勢いを失い、そして守護者は戦意を失った。
やがてふらりとその身体が床へと倒れ込む――
黒いオーラを失ったその姿は、まさしくあの水の精霊像そのものの女性の姿だった。
「み、水の精霊様…!?」
慌てたようにディーネが駆け寄るが、その姿はさらさらと流れる水に溶けて行く。
まるで、水の精霊そのものが、水と同化する様に。
「――…ありがとう…これで、私は…自由に…」
「…え?」
そんな声が聞こえて来たかと思うと、突然目の前がぱぁっと眩い光に包まれた。
光が収まった後、其処にはもう水の精霊の姿は何処にもなかった。
そしてレン達が見たのは、美しい水が流れ、辺りに清らかな空気が漂う元の水の神殿の姿だった。
黒く浸食されていた精霊像は再び純白の色を取り戻し、その眼には涙すら流れていない。
「水の精霊様は…何処に行かれたのでしょう…気配が感じられません…」
「えっ…?」
辺りを見渡し、ディーネが不安そうな声を上げる。
レンもスライムも同様に見渡したが、何処にもその姿はない。
「水の精霊が倒されたんだ。力が戻るには時間が掛かるだろうな」
「マオちゃん? 倒したのは守護者じゃ…」
「あれは水の精霊だ。瘴気に当てられた所為で水が濁り、神殿全体を瘴気に染めたんだろう」
「どうしてそんな事に…」
「さあな…しかし、堕ちても『水の精霊』だ。意識の何処かには自我が残されて、泉や街までの被害を結界で食い止めていたんだろう。自分が起こした騒動を自分で護っていただけだ」
それを聞いて、レンは何とも言えない気持ちになった。
街を護っていた水の精霊自身が、街の人を苦しめていたなんて…
「水の精霊様…どうぞ、ゆっくり身体をお休め下さい…」
ディーネは胸の前で十字を切り、静かに祈りを捧げた。
心なしか、その精霊像の顔が微笑んでいる――そんな風にレンは思った。
「泉に戻ってみましょう! もしかしたら、同じように浄化されているかも知れませんっ」
ディーネはそう言うと、足℃軽く神殿を後にする。
「『浄化』も凄いけど、ディーネも凄いよね。瘴気にも全然動じなかったし」
きっと、ディーネが持つ清らかな心と力がなのだろう。
前を歩く彼女を見てそう思う。
僧侶と言うのは、本当にパーティになくてはならない存在だ。
すると、その言葉を拾い上げたマオが、ふとレンを見上げた。
「ディーネは、無意識に瘴気を払っていただけだぞ?」
「え、どういう事?」
「本人も気付いていないようだが。瘴気を感じる前に『浄化』が打ち消していた」
「は…何それ凄い。天才?」
「ディーネは自分を駄目だと言っていたがな」
「レンさーん? 置いて行きますよー?」
ディーネが振り返り、レンの名呼ぶ。
そんな彼女を追いかけるように、二人と一匹は走り出した。
「おばあちゃん、わたしはもっと頑張って強くなるよ…!」
彼女の眼は光り輝き、心にはほんの少しだけ、自信と勇気が湧いているようだった。
彼女にとって、素晴らしい成長を遂げたクエストになった事だろう――
〇月×日 晴れ
ディーネがすんごい魔法をぶっ放した!
すんごい威力だった!
あれは
あの魔法は
何処かで見たような気がする――
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けますと励みになります。




