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E級テイマー、家を見学する



宿屋『海月亭』に宿泊したとある日の朝。

レンがふとスライム達をみると、ソファに座って何やら顔を寄せ合っている。

魔王――いや、マオの小さな手には、冊子が握られていた。

それは昨日、レンが受付嬢から貰って来たパンフレットだった。


そう言えば、まだちゃんと中を見てなかったな――



『家の購入を検討してみては?』



そんな受付嬢の笑顔が思い起こされる。


買う・買わないにしても物件情報には心動かされるものがあった。

間取り情報を見て、どんな部屋なのか、どんなインテリアにしようかなど、未だ見ぬ夢のマイホームに想いを馳せた事もあった。


独身で一人暮らしの自分には手が届く筈もなく、結局1LDKのマンションに住んでむう何年になるだろう。




「…家賃や光熱費、水道代は引き落としだし、スマホ代やネット代もか。郵便受けに手紙なんかが溜まるくらいかなぁ」




レンは自分が居なくなった事で、そのままにしてある部屋がどうなっているのか、ふと心配になった。


自分が『死んだ』事は、友人達が知っている。

両親は早くに他界しており、特に交際している人も居ない為、家の鍵を持っているのは自分だけ。


マンションの管理人が、専門業者を呼んでやって遺品整理なんかをしてくれれば、部屋の空け渡しに心配する事はなさそうだが、どうなったかまではレンにも解らなかった。

特に見られて困る物はない――と言えば嘘になるが、この際もう過去の黒歴史を処分してくれれば本当に有り難い。




「レン、家を買うのかっ?」

「え、家?」




その時。パンフレットを楽しそうに眺めていたマオの顔が上がり、レンを見た。

スライムも顔を上げ、何処か嬉しそうなキラキラした目をしている。




「買わないよ?」


「えーっ!?」


『えーっ!?』




見るからにがっかりしたマオとスライムが、しょんぼりと肩を落とす。

そのパンフレットには、数多くの部屋が紹介されており、そのどれもが素敵なインテリアで整えられていた。

モデルルームを観に行けば、こんな内装の家具が並んでいたりするが、現実はそんな素敵空間は生まれないと思っている。


理想と現実はかけ離れたもので、レンの部屋は常にぐちゃぐちゃだ。

仕事が忙しい事もあって、ろくに掃除や洗濯も出来ないまま異世界へ来てしまった。




「宿屋に泊まってるんだし、要らないでしょ」

「こんなのが置いてあるから、てっきり買うのかと」

「それはただ、貰って来ただけだよ」




そうは言うものの、レンは家を購入するかどうか迷っていた。

宿屋での生活は悪くないものの、いずれは拠点を据えたいと言う想いが心の片隅にあった。

此処が異世界だろうが『帰る家』があるのは悪くない。


宿屋に滞在し続けるのもいいが、其処にはメリットがあればデメリットもある。



まず、宿屋のメリットは明確だった。

宿泊費さえ払えば、毎日の食事がお食事処で食べられ、部屋の掃除も宿屋側が行ってくれる。

特にレンがやる事は殆どなかった。


冒険に出て長期間留守にする事があっても、家の管理を心配する事がないのは大きな利点である。




「まあ、宿泊費が掛かるからずっと住むのは…とは思うけどね。賑やか過ぎるのも困るし」




一方で、宿屋にはデメリットもある。

まず、プライバシーの欠如だ。

宿屋は公共の場所であるため、他の冒険者や宿泊客が多く、静かな場所を確保する事は難しい。

レンはスライムやマオと過ごす事が多くなり、時には彼らとの時間をもっと落ち着いて楽しみたいと感じる事も増えていた。


ただでさえ『聴覚』が鋭くなっているのだ。

深夜でも階下から聞こえて来る酔っ払い達の騒ぐ声に、ふとした瞬間吃驚して起きる事もある。

マオ曰く『その内慣れる』との事だが、せめて聞こえる音量や範囲を自分で調節出来ないものかと、レンはしばしば頭を悩ませていた。




「じゃあ、家を買おう! これなんかどうだ?」




彼が見せるパンフレットに示されていたのは、豪華なインテリアに囲まれた空間の写真。

目が痛い程キラキラしており、目玉が飛び出るくらいの金額だ。




「1,10,100…200万G!? んなお金ないってば」

「家があればきっと楽しいぞ?」

「それは、そうだろうけど…」




持ち家のメリットは、まず自由さだ。

自分の家ならば部屋をどう使うか、どんな家具を置くか、全て自分の好きなように決める事が出来る。


スライムが何処で寝転んでいても踏むような心配はないし、マオがベッドから何度落ちようとも、階下に人が居なければ音を立てても問題はない。


長期的に見れば、家を購入すればその後の維持費は比較的少なくて済み、日々の宿泊費を心配する必要もない。

それに、いつでも帰って来れる『自分の場所』があるのは、心のよりどころとしても重要だ。



しかし、それにはデメリットもいくつかある。

部屋のタイプによって初期費用は違うだろうし、その管理やメンテナンスが必要になる。

掃除や修繕など、宿屋に任せていた事も、全て自分でやらなければならない。

特に掃除に関しては、レン自身が得意ではなかった。


冒険に出かける度に、家の管理をどうするかにも問題が付きまとう。

不在中に家が荒れてしまったり、誰かに荒らされたりと言った心配も出て来るだろう。


この世界にホームセキュリティなんてものはあるんだろうか?。




『小石拾いで集めようー!』


「一日一回300Gだよ? こんな凄いお家を買うなら、6666日…16年は続けなきゃね」




気の遠くなるような話だ。

ローンを組むのもありかも知れないが、決して安定した収入源とは言えないクエストである。

あと、月払いだとしても圧倒的にお金は足りなかった。




「金があればいいのか?」

「あるに越した事はないけどね。でもうちにはそんなお金ありません~」




レンの言い方は、まるで母親の様だ。

小さな魔王と一緒に居ると、どうしても母親目線になってしまいがちである。


『お金がないから』と言う理由で諦めさせるには、子どもには難しい話かもしれないが、マオは身体が小さくなっただけの大人だ。




「見に行こうっ」

「え?」

「此処に行けば、見学が出来るみたいだぞ」




パンフレットには『モデルルーム 随時見学者歓迎!』と大きく書かれていた。




「モデルルームかぁ」

『なにそれー?』

「家の購入を検討する人が、実際にどんなお家なのかを見学しに行く所だよ」

『そうなのっ? ボク見たーいー!』

「…まあ、見るだけならいいか」




買う・買わないは抜きにして、せめて見学だけしてもいいとレンは思った。

見るだけならタダである。



そう言う事であれば、善は急げだ。

見学の際は受付嬢、もしくはその妹である看板娘に一言告げる様にと言われている。


早速階段を降りてカウンターへ向かうと、いつものほんわかとした雰囲気で看板娘は笑った。





「レンさん! お出掛けですか?」


「はい。今日はモデルルームの見学に行こうと思って。それでお伝えしに来たんです」


「あぁっ! お姉ちゃんから聞いてます。早速見に行かれるですね!」




そう言って、彼女は嬉しそうに両手を合わせた。

彼女の顔は姉である受付嬢と瓜二つであり、三つ子。

三人目の姉妹にはまだあった事がないのだが、いずれ会う事もあるかも知れないとレンは思った。




「母にはもう、レンさんの事を話してますのでっ」

「あ、そうなんですね」




昨日の今日だが、もう既に話は通っているらしい。

話が早くてとても助かった。




「街の東側に『シーサイドハウス』があります。其処で母が働いていますよ」

「解りました。ありがとうございます」

「いい物件が見つかるといいですねっ」








看板娘に道を教わって到着した場所は、彼女達の母親が勤務している『シーサイドハウス』と呼ばれる施設。

街の東側に位置するその建物は、古びているが何処か洗練された佇まいを見せている。


重厚な木製の扉を押し開けると、中は外観とは異なり、最新の家具や調度品、独創的なデザインで整えられていた。

上品なカウンターと調度品が目に飛び込み、壁には大きな絵が飾られている。




「此処か…」




レンは呟きながら、室内の様子を観察した。

入った瞬間に漂う落ち着いた香りと、ピカピカに磨き上げられた床が、この場所の信憑性を示している様だ。

建物自体もとても大きく、物件を見に来たお客さんだろうか、あちこちに人の姿が見える。

其処がこじんまりとした不動産ではない事は、一目で解った。




「お帰りなさいませ! あら、貴女達…」




カウンターの奥では、にこやかな笑顔を浮かべる女性の姿があった。

彼女はレン達に気付くと、不思議そうに首を傾げる。




「もしかして、貴女がレンさん?」

「あ、はい」

「娘たちから紹介を受けていますよ。ようこそ『シーサイドハウス』へ!」




深々と丁寧なお辞儀をして見せたその女性は、彼女達の母親だった。

優しい声で挨拶を交わすと、彼女はとても嬉しそうな表情を見せる。


笑顔が、娘達とそっくりだった。

三つ子姉妹である娘たちが似ているのはよくある話だが、その母親もまた負けず劣らずの美人である。

母親だと知らなければ、彼女こそが三人目の姉妹だと思っても差支えがない程、母親はの見た目はとても若い気がした。




「看板娘さんのお姉さんかと思いました…」


「うふふ。嬉しい事を言ってくれますね。私の事は、どうぞ『コンシェルジュ』とお呼び下さいませ。本日はモデルルームの見学と窺いましたが…?」


「はい、そうです」




レンは少し戸惑いながらも、家を買うかはまだ検討中で、一先ず見学だけしたいと言う旨を告げた。

レン自身、まだ決断は出来ていなかったが、興味は十分にあった。




「勿論ですっ。本日は幾つかお薦めの物件をご紹介させて頂きますね」


「お願いします」

「それでは此方へどうぞ!」




コンシェルジュに続いて歩き出すと、マオが突然『あ』と声を発した。

どうしたのかと振り返ると、立ち止まったまま彼は動かない。




「どうしたのマオちゃん?」

「マモンに電話する」

「え。マモンさんに?」




そう言って、マオはジャージのポケットからスマホーーいやこの世界においては『通信機』を取り出した。


マモンと言えば『強欲を司る悪魔』であり、魔王の忠実な配下である。

彼は敬愛する魔王に『通信機』を持たせていた。


魔王に対し、何かあればすぐに連絡して下さいねっ!』と微笑み、嫌悪感丸出しのマモンがレンを睨みつけていたのは記憶に新しい。

そんなに心配しなくても、魔王に危害を加える気なんてないのにね…


それでもマモンからしてみれば、大事な『魔王様』が人間と一緒に居る事は、非常に耐えがたい事だった。




「何でまた?」

「あいつなら、家を買うにはうってつけだからなっ」




まだ『買う』と決めた訳ではないし、何なら家を見た訳でもない。

しかし、物件選びに於いては、この世界の知識を知ってる人の意見もあった方がいいとは思う。


でも悪魔なんだよね、彼。

物件とか見ても解るのかな。



マオは小さくも慣れた手つきで画面をタップし始めた。

子どもの姿である彼に合わせて大きさを選んだようだが、どう見てもそれは『子どもケータイ』にしか見えない。

しかし、一生懸命に操作するその姿は、可愛いとしか言いようがなかった。


…それが解っていてマモンは持たせたんだろうか。




「マモン。今すぐ来て」




まるで日常会話の様に淡々と告げる魔王。

相手が返答をしたのか、特にそれ以上の理由を説明することなく通話が切られるや否や、数秒後には扉が開閉する音がした。


其処にはマモンが立っていた。




「お呼びですか魔王様。何か問題でも? もしや、其処の弱小テイマーに愛想を尽かしましたか?」




やって来て早々、棘のある事を言ってくれるものだ。

しかし怒りよりも、息一つ乱さずに現れたマモンに、レンは目を見開いて驚いた。




「えっ。こんなには早く来るものなの? 何処に居たのっ!?」


「魔王様が俺を呼べば、何処に居ても直ぐに駆け付けます」




マモンは涼しい顔でそう言った。

驚くレンの直ぐ傍で、『ただの空間移動だぞ?』とさも当たり前の様に答える。

どうやら、魔王城から瞬時に現れたらしい、それでも凄いと思うが。




「マモン、家を買いたい」

「俺と魔王様の愛の巣ですかっ!?」

「言ってねぇよ?」




速攻で切り捨てられた言葉に、しかしマモンはめげる事はなかった。




「では、何の為に?」

「レンが家を買うんだ!」

「家?」


「えぇと…マオちゃんに家を見学したいと言ったら、マモンさんを呼んでくれたんです」




マモンの眼がレンを一瞥するも、その眼は直ぐにまた魔王へと戻された。


その顔には満面の笑顔が輝いている。

私を見る眼とは大違いだ。




「それはよい考えです! 魔王様にはとびきりのお家をご用意しなければ。宿屋なんかではなく!」


「宿屋もいい所だぞ? 飯は旨いし!」

「俺ならば毎日三食。魔王様の為に精魂込めてお作り致しましょう! それで? どのようなお家になさいますか?」


「それはこれからだ」

「では行きましょう!」




張り切った様子のマモンは、マオの前ではとても嬉しそうだった。

その調子で私を見る眼も少しは改善して欲しい



「あいたっ」



あと、マオちゃんの間を割って入るのは良しとしても、足を踏むのはマジ止めて?

どんだけこの人、私を嫌ってんのさ。




「とりあえず、マモンが居たら物件選びは間違いないんだ」

「そ、そうなのね」







コンシェルジュは、主にシーサイドハウスを出入りする住人や見学希望者に、笑顔で対応する仕事をしている。

そして彼女は、物件の詳細やリクエストに柔軟に応じ、部屋の紹介からカスタマイズの提案までこなす、熟練のプロフェッショナルだった。




「シーサイドハウスの住まいには、『ベーシック』『スタンダード』『スイート』『ロイヤル』と、クラスが存在します。それぞれ部屋や家の種類によって、外観や庭の有無、カスタマイズの自由度が異なります。まずは『ベーシック・ハウス』から見学しましょうか」


「はい」




シーサイドハウスのロビー内には、コンシェルジュが24時間常勤するカウンターの他に、それぞれの住宅クラスに対応する『専用ゲート』が設置されていた。


レン達が今から見学をするワンルームのゲートは、シンプルで機能的なデザインで、更に右へと視線を動かして行けば、また別のクラスのゲートが存在した。

それに伴い、デザインや装飾がどんどん豪華になっているのが見て取れる。


『ロイヤル・ハウス』と呼ばれるゲートに至っては、豪華絢爛な意匠が施されている。

チカチカして、非常に眼が痛かった。


恐らく、クラスの雰囲気に合わせているのだろう。

早くも私には縁のないゲートであると『ベーシック・ハウス』へ向き直った。




「ゲートは、此方の『カードキー』を使います」




各ゲートの傍には、専用の端末が設置されており、住人や訪問者はその端末にカードキーを翳す事で、ゲートを通る事が出来る。

今回は見学の為、コンシェルジュに続いて入れば問題はなかった。




「えっ…!?」




ゲートに足を踏み入れたレンは、突然目の前の景色が変わった事に驚きを見せた。

まるで一瞬の内に別の場所へと移動したかのような、あの『空間移動』と同じ感覚がしたのだ。

レンが余りにも驚いた声を出したので、コンシェルジュは『おや?』と此方を振り向いた。




「驚かれましたか? ゲートを通りますと、このように居住者宅へと移動致します。ゲートとカードキーが合わなければ認証しませんので、ご注意下さい。また、不正に侵入を試みた場合、直ぐにゲートは感知し、警告音を発します」


「はー、凄い」




セキュリティに関しては、もうこの時点でバッチリである。

そして、ゲートを通った先には、マンションの玄関の様な場所だった。




「『ベーシック』は、所謂、集合住宅の様なシンプルな外観で、お庭がありません。ゲートを潜ればすぐにお部屋に入る形になりますね」


「集合住宅? でも外観なんてないみたいですが…」


「そのような外観である…と言うだけでしょうね。ベーシックと言えば、本当に必要最低限の部屋ですから」




マモンが辺りを見渡しながら解説をする。


設定みたいなものだろうか。

入ってすぐに部屋に入るのなら、外観も何もあったもんじゃない。


玄関からは直ぐにキッチンが見え、トイレとお風呂は別。

更に真っ直ぐに廊下を進むと、洋間が一室あると言う本当に『必要最低限』の間取りだった。

どうやら此処はワンルームらしい。


其処には家具や家電が、実際の生活雰囲気を模して置かれていた。

外にはベランダがあり、何故か森林が広がっている。


だがおかしい。

シーサイドハウスの周辺には、こんな広い森林はなかった筈だ。




「あれ。此処って街中ですよね? 何で急に森が?」

「はい。お部屋から見える景色は『緑豊かな森林』のみとなっております」


『わー! 葉っぱがいっぱーい!』




スライムが嬉しそうな顔で、ピョンピョンと室内を跳ね回っていた。

対してレンは、急に広がる森林の景色に驚いたままである。




「どのお部屋でも見える景色に変わりはありません。空間を切り取った様な構造なので、他の家からの干渉も一切ありませんし、騒音を気にしないと言う点ではどのお部屋も同じです」


「きゅ、究極プライバシー空間…!」


「えぇ。ちなみに、実際のお天気と此処はリンクしてますよ。今日はずっと快晴の様ですね」




コンシェルジュの説明を聞き、早くも凄い物件だとレンは感嘆の息を漏らす。


ワンルームでシンプルな部屋。

レンやスライム、マオが住むには広さは十分である。

スライムは嬉々として部屋の中を跳ね回ったが、彼は辺りをきょろきょろと見渡しては、不思議そうに首を傾げた。




「狭くて退屈だな?」

「えっ。そう? このくらいの広さなら十分だと思うけど」

「魔王様にワンルーム? 人間のくせにふざけてるんですか? 刺しますよ?」




ニコニコと笑いながら短剣を握る

マモンが言う言葉はとても物騒である。


刺すって何、

その手に持ってる短剣で刺す気??




「こんな所に魔王様は置けませんね」




コンシェルジュの前でその発言はないと思ったが、彼女もまたニコニコと営業スマイルを浮かべている。

きっといろんなお客様を対応して来たんだろう。

眉一つ動かさず、本当に完璧なスマイルである。




「しかもシングルベッド一つ? 魔王様にはキングサイズでしょう」

「そんなの置いたら、部屋が確実に狭くなるよ…」


「…しかし、引っ付いて寝られると言う点ではそれもあり、ですね―ーし、仕方がないですね。それでもいいでしょうっ」


「何言ってんの?」




すると、レンたちの様子を眺めていたコンシェルジュが、今度は笑顔で首を傾げていた。




「魔王様とは???」

「オレが魔王だぞっ」

「あっ、えーっと…この子、そう言う遊びが好きでっ!」

「まぁ、可愛らしいですね」




くすくすと笑う彼女は『魔王』だと言う事を一つも信じていないようだった。









次に見学する『スタンダード』ゲートは、ベージュ色で纏められ、ベーシックに比べて少し洗練された雰囲気を醸し出していた。




「お次は『スタンダード』ですね。此方のクラスから『外観が庭付き一戸建て』に代わり、各家ごとに異なる雰囲気の外観が楽しめます」




カードキーを認証させてゲートを潜ると、またしても景色が一変して空間転移する。

ゲートの先は山々の景色に彩られ、一戸建ての家が見える。

庭も増設され、家の周囲を囲うようにして木の柵が並んでいた。




「お庭では、行動出来る範囲がこの囲いの中までとなっています。その先は見えない壁ですので、先へ進む事は出来ません」


「あ、本当だ」




眼に見える光景は、遠くまで山々が広がっている。

だが、試しに木作を超えて手を伸ばそうとすれば、ぺたりと何か障害物がある様な感触がした。

それでも庭全体は芝生が広がり、早くもスライムが、ヒラヒラと飛ぶ蝶々を追いかけて、走り回っている姿が見える。


家の中に入ると玄関があり、リビングとダイニング、キッチン。

そして部屋が二つと一般的によく見る間取りだった。


キッチンは二口コンロでシンクが広く、食材を斬ったりする作業スペースもある。

料理はお食事処で食べるのが日常的だった。

しかし野営以外でなく、たまには自宅で作ってみるのもありだと思った


そう言う面では、このキッチンは使い勝手がよさそうである。




「ワンルームよりは広いけど、掃除が面倒そう…」

「面倒くさがりなんですね、貴女」

「出来るなら掃除はしたくないんですけど、そうもいかないですよね」

「汚いお部屋に、魔王様を置いて欲しくはないですねぇ」




リビングとダイニングは寝室と離れている為、家の中でもプライバシーは確保されるだろう。

マオはスライムと一緒にリビングのソファに座り、少しだけ満足そうな顔を見せた。




「此処はさっきより広いな。でもソファが硬いぞっ」

「硬い? こんなもんじゃない?」

「魔王様のソファは、最高級仕様でしたからね」

「ふっかふかのな!」




それがどんなソファなのかは想像もつかないが、少なくともピョンピョン飛び跳ねて遊ぶものではないとは言っておきたい。

しかし、この『スタンダード』であれば、ちょっとだけ快適な生活が送れそうだ。




「小さな魔王様は、どんなお家にお住まいだったのかしらね?」




コンシェルジュが『ごっこ遊び』に乗っかり、話を振っている。




「城だぞ」

「お城? 凄いですね~」


「大きなベッドに、空間移動が出来る悪魔の鏡と、蝙蝠なんかが同居してた! 時々ミイラが遊びに来るぞっ」




ホラーハウスだろうか。




「外の景色は『聳え立つ山』です。時々野鳥なんかが飛んできたりしますね」


「本物ですか?」


「いえ、偽物ですがまるで本物の様に見えますよ。触れようとすれば直ぐに飛んで行きますが」




山が好きな人は、この景色を楽しむ為に選ぶ事が多いそうだ。

実際に『其処に山があるから』登りたいなんて事になっても、眺める事しか出来ないのだが。




「部屋が二つしかないのですね。一つは寝室に使うとしても、この広さでは魔王様のお召し物を置くスペースが取れません」


「マオちゃんの服って一体何着あるの…」

「ウォークインクローゼットが3部屋分ですね」

「枚数を聞いたつもりだったんだけど?」






三つ目に見学する『スイート』クラス。


そのゲートは、『スタンダード』から高級感が増し、より豪華でエレガントなデザインが特徴的だった。

この時点でもう、自分には領域が違うんじゃないかって言うくらいに思える。

正直、先程のスタンダードクラスでもう十分、見学会を堪能した気分だ。





「お次は『スイート・ハウス』へご案内させて頂きます」




ゲートを潜って移動するのも、三度目ともなればもう慣れたものだ。


スイートハウスの景観は周囲を海と砂浜で、地平線の彼方には一隻の帆船が見える。

風に乗って感じる磯の香りと小波の音が、何とも心地よい。

スタンダードよりも庭の面積が広いのが特徴的だった。




「此方のお庭は芝生の他に石畳へと変更が可能です。近くにはビーチがあり、海に潜る事は出来ませんが、触れるくらいの雰囲気は楽しめますよ」


「プライベートビーチですか。いいですね」




マモンが嬉しそうに言った。

確かに此処であれば、いつでも海を堪能出来そうだ。




『あちちっ…!』




スライムは暑さにちょっとだけ苦手なようで、砂浜の上を弾かれるように跳ねては涙ぐんでいる。

逃げる様に胸に飛び込んで来たので撫でてあげたら、体中が熱を持っていた。

此処に住むとなると、スライムにとってはちょっと苦痛かも知れない。



家の中に入ると、早速玄関が広く感じられた。

更に二階へ上がる階段が追加され、部屋数もまた増えている。


リビングルームに在る大きな窓からは、太陽にキラキラと照らされる海の景色が臨めた。




「家は二階建て。リビング・ダイニング・キッチンがあり、お部屋の数が三つになります」


「対面式のアイランドキッチン…! これは腕が鳴りますね」

「さっきも言ってたけど、マモンさんって料理するんだ?」

「魔王様の為に、お食事やおやつを作ってましたから。フルコースくらい軽く振る舞えますよ」

「はー、凄い…」




『貴女は料理、しなさそうですね?』なんてにっこりと言われた。

間違っていないので、ぐうの音も出ない。


しかし、マモンの言う通りこんなにいいキッチンであれば、料理のやりがいがあるというもの。


リビングには壁掛けの薄型テレビや薪ストーブがあり、お洒落な空間を演出している。

ダイニングには大きなテーブルがあり、天井からはデザインの凝った照明機器がぶら下がっている。

空のお皿やワイングラスなんかがたちどころに並び、豪華な食事風景が眼に浮かぶようだ。


こんなの、ホームパーティーするような家庭が持つもんじゃないのかと、高級感漂う内装だった




「おっ。このソファはふかふかだなっ」


『こっちはおっきなつぼ―! 見てみてレン! 入れるよー!』


「ちょっとちょっと…っ」




マオは先程と同様にソファの座り心地を堪能し、スライムに至っては展示用の華佗壺の周りを飛び跳ね、終いには中に入り込んで遊ぶと言う暴挙に出た。


お願いだからスライム、あんまりと跳ねないで…!

その壺、割れたら誰が弁償するの??




「この家なら魔王様に相応しいでしょうが…まだ上があるのですよね?」

「えぇ。最後にロイヤル・ハウスがございます」




そうだ。

このスイートの豪華さだけでも圧巻だったが、更にその上のランクがまだあるんだ。




「ロイヤル・ハウス…見せて頂きましょう。魔王様に本当に相応しい居住を!」


「何か盛り上がってんな、マモンっ」

「も、もういいんじゃないかな? 見ても意味がないと言うか…」


「意味がない…? それは貴女が決める事ではないですね」

「マモンが決める事でもないぞ?」

「俺は常に魔王様第一で決断してますからっ」




結局のところ、ロイヤル・ハウスの見学もすることになった。

スイートだけでも胸いっぱいなのに、これ以上どうしろって言うんだ?









「此方が『ロイヤル・ハウス』――当シーサイドハウスが誇る、最高級の居住空間となっております」





改めて見る『ロイヤル・ハウス』のゲートは、シーサイドハウス内で最も豪華、且つ壮麗な造りになっていた。

ゲートは白銀をベースにした装飾が施されており、細部には職人の技が感じられる、緻密な彫刻が彫り込まれている。

フレームには神聖な光を思わせる、白く輝くオーブが組み込まれており、ゲート全体が柔らかい光で包まれていた。


もう見た目から解る。

これ絶対凄い奴…!





コンシェルジュを先頭に、最後のゲートを潜り抜ける。

その瞬間、薔薇に似た優しい香りが、ふわりと鼻先を掠めた気がした。


目の前に広がるのは、美しい宮殿の様な庭園風景。

其処には確かに、何本もの赤い薔薇が咲き誇っている。

手入れされた庭のように、常に美しい景観が保たれていた。


小さな噴水があり、傍にはガーデンテーブルとチェアが備え付けられている。


通ってきたゲートから、ぐるっと敷地内を囲うようにして。石造りの高い塀が連なっている。

先の見えないその光景に、一体何処まで続いているのか…と驚いた。




「庭園は季節によって花の種類を変えます。中には希少な花々が咲いたりしますよ。此処で洒落たお茶会なんてしてみるのは如何でしょうね?」


「い、いいと思いますっ」


「他にもロイヤル・ハウス専用に四季折々の風景が楽しめますし、山や海、草原、街並みなど、お好みに応じて景色を変える事も可能です。夜になれば満天の星空も見られますよ」


『お星様っ!?』




途端に、スライムの眼がキラキラと輝いた。

現代社会に於いて、星が見たい時と言えば建物の少ない土地を選ぶか、プラネタリウムくらいだ。

しかし此処ならば、天気が良ければ綺麗な星空を見る事が出来る。


遠くに見える景色も、ホログラムではあるが今まで見て来た各ハウスと同じものを選べ、ロイヤル・ハウス専用の特別な景色を楽しめる。


まさに『非現実』を楽しみ『最高級』と呼ぶに相応しい響きだった。




「しかし――景色だけではロイヤルとは言えませんよ?」

「えぇ、勿論です。驚くのはまだ早いですのよ」




ふふ、とコンシェルジュは意味深な笑いを見せ、更に庭園を抜ける様に歩き出した。

石畳の上を歩いて行くと、木々に囲まれた中に大きな屋敷が見えてくる。


少しの距離を歩いたが、まさかゲートから今までが『庭』だと言うのだろうか。




「此処がロイヤル・ハウスのお家です」

「お、大きい…」




遠目から見ても十分大きいとは思ったが、いざ目の前まで来てみるとその存在感は更に増す。

その名に相応しい威厳と豪華さを誇る邸宅で、見る者の目を奪うほど。

外観のデザインは、まるで王宮や貴族の館を思わせる風格を持っていた。


ハウスの屋根は、濃いブルーとゴールドのタイルで覆われ、尖塔が幾つも連なっている。

特に中央の塔は最も高く、屋敷を見渡せるぐらいだ。


二階部分には広々としたバルコニーが幾つも配置されており、その奥ではカーテンがふわり、ふわりと風を受けて揺れている。

ロイヤル・ハウスは荘厳で、まるで絵画のように美しかった。


こんなの実際に在るんだ――と、レンは未だこれが現実とは思えなかった。




「さあどうぞ。お入り下さい」

「おぉ…これは…!」




ハウスの中に進むと、途端にマモンが声を上げた。


中は玄関口が広々としており、所謂『エントランスホール』となっている。


大理石の床で、天井は高くシャンデリアが輝いている。

両側には大きな窓や扉があり、柔らかな自然光が差し込む。

ホールには来客用のソファセットとガラス張りのテーブルが設置されており、軽く挨拶や雑談を交わすのに適していた。

壁には絵画や装飾品が飾られていて、訪れた人々を出迎えるには相応しい豪華さを感じさせる。




「本当に、凄いな…」




マモンが驚くくらいだ。

レンに至っては、ただ『凄い』の感想しか出て来ない。




「此方がリビングルーム。さらにダイニングとキッチンに続いております」




広々としたリビングルームは、床にやわらかい毛足の長いカーペットが敷かれ、家具葉もk製の高級品揃っている。

大きいな暖炉が壁の中央に在り、寒い夜には温かい炎が家全体を包み込むらしい。


ダイニングルームはリビングルームに隣接していて、壁には温かみのある木材が使われている。

ダイニングルームの奥にあるキッチンは、広々としてどんな家電を置いたとしても、スペースが有り余ってしまうほどだ。


更にエントランスから階段を上がると、幾つもの扉があった。

主寝室や書斎、子ども部屋に衣裳部屋等、様々な用途に使用されている。




『お部屋がいっぱいだねー! いっぱい遊べるねー?』


「そ、そうだね」




こんなにあると、本当に掃除が大変そうだ。

こう言うのってハウスキーパーさんみたいなの、雇えないんだろうか…

こんなの絶対に一人で掃除出来る訳がない。




「ふむ…なるほど…」




今はこうしてモデルルーム用に家具や家電が置かれているが、この空間をどう使うかをマモンはぶつぶつと考えている。




「ロイヤル・ハウスに住む人間は、どのような方なのです? どれくらい居るのですか?」


「資産家や名のある冒険家など様々ですが、住まわれる数はそう多くはありません。金額がお高いと言う事もありますの」


「ちなみにおいくらでしょう?」

「1億Gは下らないですね」

「い、1億…!?」




余りの金額にレンの声は上擦っていた。

1億Gなんて大金があるなら、寧ろそのお金で宿屋に宿泊すればいい話だ。

いや、プライバシー云々を語るのであれば、ベーシック、もしくはスタンダードぐらいでもいいかも知れない。

大金を払ってまで住みたいと言うのであればそうするだろうが、レンにそんな気はないし何ならお金すらない。




「魔王様っ。此処にしましょう! いえ、此処にすべきですっ!!」

「あぁ。俺も気に入ったぞ!」


『そうしよーっ!』




しかしマオとマモン、そしてスライムは乗り気だった。




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