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E級テイマーは、黄昏の夢を見るのか?




現実とは異なる不思議な感覚に包まれている。

しかし、その夢の途中でレンが眼にする風景は何処か馴染みがあった。

其処は今、自分が拠点としている街―-ラ・マーレだった。




目の前には、活気に満ちたラ・マーレの街の広場が広がっている。

現在の街とほぼ同じ場所だが、建物の造りや装飾、細かな雰囲気が、今よりも何処か古びて見える。

人々が行き交い、武器屋や防具屋からは、賑やかな声が聞こえて来る。

まるで時間が遡ったかのような感覚だ。


そして誰も、レンの存在を認識していない。

それどころか、身体がぶつかるどころか、簡単にすり抜けてしまう。


その瞬間、自分は今『夢』を見ているのだと悟った。



ふと、目の前を小さな光が通り過ぎた。

光は、まるで小さな妖精のように辺りをふわふわと移動している。




ーーついて来て



誰かのそんな声が聞こえたような気がしたが、辺りは行き交う人の姿だけ。

誰もレンの姿をみえていないはずなのに、その光だけは自分の存在を理解してくれていると、何となくだがそう思った。


ふわり、ふわりと光の玉が揺れ動き、何処かへ移動しようとする。

それがレンには、何かの意思によって導かれているような気がしてならなかった。




夕暮れの空が薄紅に染まる街の門前で、一人の青年が立っていた。


その身を鎧に纏い、背中にはロングソードの様に長い刀剣を鞘に収め、背負っている。

その彼の隣には、三人の仲間が集まっていた。



まず、大きな剣を持った男が居た。

彼は青年よりも少し年上で、頼りがいのある、落ち着いた雰囲気を感じさせる。

表情には優しさと決意が滲み出ており、口調は穏やかで冷静だった。




『さあ、準備は整ったな』




そう彼は力強く語りかける。

彼が背負う大剣は、ウォルターが持つ武器ととてもよく似ていた。

ただ、ウォルターの大剣は年季が入っており、この大剣使いの彼が持つ武器とは違って、真新しさを感じさせる。




『えぇ、でも無理はせずに行きましょう』




次に口を開いたのは、優しげな雰囲気を持つ女性。

彼女は慈愛に満ちた瞳で、青年を見つめている。


微笑む姿は何処かディーネに似ている――と、同じように微笑む彼女を彷彿させた。

しかしディーネとは違い、その女性の声は、はっきりと自信に満ち溢れていた。


レンは、ふと彼女に何か神秘的な印象を感じた。

それは彼女は身に付ける首飾りから発せられているような気がした。


首からはチェーンのついた首飾りをしており、それはディーネが祖母から譲り受けた物と酷似している。

それは数ある装備やアクセの中の一つとして捉えても十分なのだが、何故かそれを見た瞬間『同じ』だと思った。

彼女の手には光り輝く杖が握られており、その光が周囲を柔らかく照らしている。




『行こう。私達で魔王を倒そう』




そして、最後に語るのは、一人の少女。

まだ若いその少女は、青年と同じくらいの年齢で、その瞳には強い決意が宿っている。


彼女の姿を見た瞬間、突然レンの胸が、ぽぅっと微かな温もりを感じた。

何かの感情が自分の中に生まれそうな気がしたが、これは何なのか、レンには解らなかった。


その少女は、確固たる決意を持っているようだった。




『おー!』




彼女の足元には、スライムの姿がある。


勇敢な顔つきをしたそのスライムは、自分の知る泣き虫な彼とは違い、とても凛々しい印象だ。

スライムも、彼らの仲間の一人として、その場で堂々とした姿を見せている。


彼女は大きな声で呼応するスライムに対して、大きく頷いた。

その少女は、レンと同じ『テイマー』であった。


彼女にテイムされたスライムは――どのスライムも似たようなものかも知れないが――自分の知るスライムと似ている。

その二人の姿を見つめる度、レンは自分と境遇を重ね合わせずにはいられなかった。




『あぁ、そうだな』




そして青年もまた、大きく頷く。



彼らは固い決意を胸に刻み、『魔王を倒す』と言う大きな目標を掲げていた。

青年が背中の件を引き抜くと、仲間達はそれぞれの武器を手に取る。

天高く掲げられた武器は、夕暮れ時の中に影を落として誓いを立てている。




『俺達の手で魔王を倒そう。そして、皆で無事に帰って来よう』




ガキィンと金属音が強く打ち鳴らされ、青年は仲間達に賛同する様にその意気込みを語った。


その言葉に仲間達も頷く。



これから始まる冒険に期待と緊張が入り混じる中、レンはその様子を、まるで自分がそこに居るかのように感じ取っていた。




出発する時を間近に控え、彼ら―ー冒険者達は最後に振り返り、慣れ親しんだ街並みを眺める。


どれほどの困難が待ち受けているのか解らない旅路だが、彼らの間には強い信頼と絆、そして友情がある様に思えた。





そうして、彼らの旅の出発の瞬間。




――夢は途切れた。





「…夢?」




レンが目を覚ますと、仲間達の声がまだ頭の中に残っていた。

今、見ていた夢は、まさに『旅の始まり』を描いている。


だが、レンにはその青年が『誰』なのか、その顔を知る事は出来なかった。


青年の顔にだけ、黒く靄がかかったかのようなモノが邪魔をして、最後までそれが消える事はなかった。




雨の音が静かに降り続く夜。

宿屋の窓に当たる雨音がリズムを刻む中、レンはベッドに横たわり、ぼんやりと見ていた夢を思い出す。




「あれは…誰だったのかな」




その『夢』が、ただの『夢』で終わらせる事は出来ない――そんな気がした。









ー―ゴンッ!!




その時、突然大きな音が聞こえて来た。




「な、何っ、今の音?」




その音に驚いて、レンははっとした。

同じベッドでは、すやすやとスライムが寝ている。

そしてマオちゃん――子供の姿になった魔王は、隣のベッドで眠っていた…筈だった。


しかし彼は何故か、ベッドから転がり落ちているではないか。




「何だ、マオちゃんが落ちたのね…吃驚した」




レンは呆気に取られたが、直ぐに慌ててベッドから降り彼を抱き上げる。

驚いた事に、彼は凄い音がしたにもかかわらず、深い眠りに落ちていた。

起きる気配すら感じられない。




「寝相、悪いのかな?」




レンは呟き、再び彼をベッドに寝かせた。

すやすやと眠る魔王の顔は、本当にただの子どものようだ。


ふとレンは、眠りに就く前に彼と交わした会話を思い出す。




『別に一つのベッドでも構わないぞ?』

『いや、流石にそれは…ね?』




本気か冗談化はさておき、子供とは言え、中身が大人である事を知っている。

自分としては、同じベッドで眠るのは、流石に抵抗があった。

別に彼を嫌う感情はないが、何と言うか、世間的に(?)駄目な気がした。


だからこうして、お互いそれぞれのベッドで眠る事にしたのだが――



レンがベッドに戻り、また眠りに就こうとすると、再びゴンッと言う音が響く。

今度は少し、大きめな音だった。




「ま、また?」




驚きつつも身体を起こすと、再度ベッドから落ちた魔王が其処に居た。

間髪いれず、これで二度目である。


同じように彼を抱き起すと、むにゃむにゃと寝言を言いながら、全く気付いていない様子だった。

そんな様子に、レンは少しだけ苦笑いを浮かべた。


これは、どうすればいいんだろうかーー?



また彼をベッドに寝かせたレンだったが、何か策を講じないと、このままでは眠れない。

早くもゴロゴロと小さな身体が向きを変え、彼の寝相の悪さが窺える。


落ちる。


落ちてしまう。




そう思った瞬間、彼は瞬く間にベッドの下へと落下した。

レンは助けるどころか、つい見守ってしまっていた。




「三度目、かぁ…」




流石に驚きを通り越して、呆れる。

レンは魔王を抱き抱え、もういっその事自分のベッドに寝かせてしまおうと思った。


そうすれば、彼がまたゴロンと寝転ぶ心配は、少なくとも回避されると思った。

こうして抱き締めておけば、もう安泰である。


小さな子どもの体温は大人よりも暖かく、抱き締めているだけでポカポカする。

まるで即席の湯たんぽの様だと思った。




「ふあ…」




その温もりに目を閉じると、次第に眠気が襲って来た。




「おやすみなさい、マオちゃん…」




静かに囁くように告げると、次第に自分の意識が遠のいて行くのが解った。






―ーこんな風に抱き締めて、一緒に居るのも悪くないかもね…




レンは心の中でそう呟いた。


それから、マオちゃんと一緒に眠ると言うのが、習慣になっていた。

いきなり一緒に寝ると言い出したレンに、魔王は驚きはしたものの、それを拒否する事はなかった。




〇月×日 雨


夢の中で、あったかい何かに包まれる感覚。

オレはあの日から、夢を見るのが少しだけ…

ほんの少しだけ、怖くなくなった気がする。




お読み頂きありがとうございました。

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