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E級テイマー、始動する



街の中心に位置する冒険者ギルドには、昼夜問わずに冒険者の姿で賑わっている。

冒険者は討伐や採取等、様々なクエストを行い、その報酬として金品を受け取る仕事を生業としいる。

日々更新されて行くクエストボードには、今日も多くの冒険者達の姿があった。


そんな冒険者達に混じるように、レンは受付嬢と会話をしている。

丁度先日のクエストーーE級への挑戦クエストの報告を終えた所だった。




「この度はダンジョンクリア、おめでとうございます!」


「えぇと…色々あって倒したのは倒したんだけど、それでもクリア扱いになるの?」


「はいっ。実はD級の魔物を倒せると言う強さが認められましたので、一気にD級まで上がる事が出来ますよ」




D級に上がる事が出来る。

そう言われても、素直に喜べない自分がいた。


あの場には、ウォルターやディーネも居た。

何ならセンジュを倒したのは、秘匿ではあるが魔王である。


しかし経緯はどうあれ、センジュを倒したのは事実だと、冒険者ギルドの受付嬢は頷いた。




「このままF級からD級へと昇級致しますが、よろしいですか?」

「あー…いや、E級いいです」

「えっ!?」




E級になりたい旨を伝えると、受付嬢は驚いた顔をして見せた。




「ほ、本当によろしいんですか? E級になってしまうと、せっかくのD級クリアが無くなり、また昇級クエストを請けなければなりませんが…」


「いいんです。順番にランクアップしたいので」




実力が伴っていないのに、D級に上がったところで何の意味もない。


センジュに勝ったのも、自分があの日生き残れたのも、全部仲間達のお陰だ。

ウォルターのスキルがなければ私は死んでいた。

ディーネの回復がなければ死んでいた。

魔王様の血分けがなければ、私は今、こうしてこの場に立つ事すら出来ていなかった筈だ。


私自身が何をした、と言う訳でもない。




「ちなみに、どうしてD級の魔物が現れたのかなんてのは解ってたり…?」


「いえ…此方でも調査は進めておりますが、何一つ分かった事がなくて。後は有志の方々による情報を頼りにしている、といった具合ですね」




有志と言うのは、ギルド『クロス・クラウン』の事だ。

フィオナを筆頭に独自で調査を行っているらしく、最近では街でもランクが異なる魔物が現れる――なんて噂がまことしやかに囁かれている。




「それでは本日より、レンさんを『E級』冒険者と認定させて頂きます」




更新された冒険者証が交付されると、FだったランクがEへと変更されていた。

そのちょっとした変化だけでも、何だか嬉しいと口元が緩むのが解った。




「それと、E級に昇格したので此方もご説明させて頂きますね」




そう言って、受付嬢が背後にある棚から取り出したのは、小型の機械だった。

それを見た瞬間、レンは見覚えのある機械だと気付いた。




「これ…スマホですか?」

「すまほ? これは『通信機』と呼ばれる媒体です。固定電話が持ち運べるようになったとお考え頂ければ。よろしいかと思います」




その説明は、十分過ぎるほど理解している内容だった。

カウンターの上に置かれた薄い縦長の機械は、元の世界で言うところの『スマホ』にとても酷似していた。

受付嬢が液晶画面に軽く手を翳すと、画面がパッと明るくなる。

其処には『welcome』と記されていた。




「此方は通常、冒険者ギルドに登録された方にお渡ししています」

「あれ? でも私は貰ってないですよね…?」


「申し訳ありません。レンさんが冒険者になった日、丁度最後の一つをお渡ししてしてしまった後でしたので、今回お渡しさせていただく運びとなりました」


「あぁ、そうなんですね」




道理で他の冒険者達は持っているのに、自分が持っていないと思った。

ウォルターだけでなく、ディーネも同じ物を見た事がある。

持っていないと告げた時、驚かれたのはそう言う背景があったのか。


何にしても、私もこれでスマホ…じゃなくて『通信機』を持つ事が出来るのだ。




「通信機は、電話だけでなくメッセージを送受信する事が出来ます。更に必要に応じて『アプリ』をインストールして頂くと、より一層便利なものになりますよ」


「完全にスマホだ…」

「はい?」


「いえっ! ありがとうございます。使わせて頂きますっ」




初めて手にする『通信機』は、殆どスマホと仕様が変わらないように思えた。

宿屋に戻ったら、早速どんなアプリがあるかを試してみよう。

何か有益な情報が見つかるかも知れない。





「それから『E級』になりましたので、自宅の購入が可能となります」

「自宅?」


「えぇ。自宅があると何かと便利な点もありますし、何より一番はプライベートが護られると言う利点でしょうか、勿論購入には費用は掛かりますが、お家のタイプによってお値段も異なります。モデルルームもありますので、一度見学に行かれるのもいいですね!」


「なるほど…」




宿屋での生活は気軽だが、長期的に考えると経済的負担や、プライバシーの問題がある。

家を持つ事で自分だけの空間が手に入るし、暮らしも快適になるだろう。


しかし、家を購入する為の資金や、維持費、修繕などの費用が頭を過ぎる。

ただでさえ雀の涙ほどの大した金額しか手持ちにないのに、何処にそんなお金があると言うんだろうか。

せめて真っ当な職について、安定した賃金で働きたい。

その為には、ひたすらクエストを行うしかないのかも知れない。


メリットとデメリットを天秤に掛けながら、レンはうんうんと唸っていた。

そんな様子を心配そうな顔で受付嬢は見つめている。


一先ずは検討からーーと言う事で、モデルルームを紹介してくれる施設の紹介と、そのパンフレットをくれた。

此処に行けば、見学が出来るそうだ。




「母が働いていますので、もし見学に行く事があれば、私か妹にご連絡下さい。此方でレンさんの事を母にお伝えしておきますので」




家族ぐるみでお世話になるかも知れない事態に、私はもう驚きはしなかった。

よりあえず、物件を見るのはまた後日にしよう。


受付嬢にお礼を言うと、スライムがぴょんっと肩に乗った。




『お話、終わったー?』


「終わったよ。まおー―じゃなくて、あの子は?」




レンは『魔王様』と口に出すのを躊躇った。

此処は冒険者ギルドであり、多くの冒険者達の姿ある。

そんな中で『魔王様』だなんて口に出したら、どんな目で見られるか解らない。


ただでさえスライムを連れている自分だ。

その上、先日の一件で私の事が、それなりに冒険者達には知れ渡っている。


テイマーが魔王をテイムしただなんてバレるのは、一番避けたい事だった。




『ギルドの中を見て回って来るってー』

「えっ。一人で動いてるの!?」

『うんー。でも外には出ないからって、ボクと約束してくれたよー?』




なるべく揃って行動しようとしたのだが、どう言う訳か現在、魔王の姿が何処にもない。


冒険者ギルドの中は、活気に満ちた空間だ。

床には無数の足音が鳴り響き、冒険者達の会話や笑い声が渦巻いている。


大きなクエストボードには、新しいクエストが次々と貼られ、興味を示す物達が集まり、次の冒険の計画を立てている。

その中に、あの金色の髪を持つ幼い子供の姿は見当たらない。



それならと、レンは今一度受付の方へと眼を向けた。

長いカウンターの向こう側では、忙しそうに動く受付嬢が、冒険者達の対応をしていた。


其処にも、彼の姿はないように思えた。



ギルドの入り口に立ち、辺りを見渡しても何処にも居ない。

外には出ていないとスライムは言うが、もしかしたら彼の眼を盗んでこっそり出たのかも知れない。

そんな一抹の不安を抱えながら、レンは困惑した表情を見せた。




「何処に行ったのかな…」




レンの視線は必死に、小さな魔王を探していたが、なかなかその姿を見つける事が出来ない。

冒険者達の背後やテーブルの影をちらちらと見て回るも、彼の特徴的な姿は見当たらなかった。


スライムもレンの肩に乗り、その高さを活かして、きょろきょろと辺りを探すお手伝いをしている。




「魔王様…」




ぽつり、呟く。

心の中で焦りが募った。



此処でもし何か問題でも起こしたら、それこそ『魔王』の身が危ない。


フィオナの言う通り、小さな子どもであろうとも危険因子である事は否めなかった、と言う判断になるだろう。


そうなれば、彼は――どんな処遇を受けてしまうのだろうか。

そこまでは、ウォルターも詳しくは話してはくれなかった。


いや、もしかすると話せなかったのかも知れない。



もしも彼が騒ぎを起こしたらどうしよう?

それとも、誰かに迷惑を掛けてしまっているのかも?


そんな不安が頭を過ぎる。



名を呼べば、彼は応えてくれるだろうか?

しかし、この人混みの中で彼の名を呼ぶ訳にはいかなかった。


もし魔王の存在が知れ渡れば、街中にパニックが広がるかも知れない。

それに、あの無邪気で幼い姿では、どうみても恐怖の存在には見えない。


それでも、レンにとっては『魔王様』だった。





レンは再び見回しながら、どう彼を呼ぶかを考えていた。

そして、ふとした瞬間―-にぱっと笑ういつもの顔が思い浮かぶ。



少し恥ずかしさを感じながらも、周りに気を遣いつつ、思い切って声を上げる。




「…マオちゃんっ」







◇◆◇






魔王は、人混みから逃れる為、テーブルの下に隠れていただけだった。


冒険者ギルドは騒々しい。

内部には酒場が隣接しており、冒険者達は其処で出会いと別れを待っている。

今日はこんなクエストをしに行く、あんな大きな敵を倒しただの、待ちぼうけを喰らうような暇な時間でも、冒険者達はそれぞれ飲み仲間を作るなりして時を過ごす。




「魔王討伐パーティがまた旅立ったんだってな。」

「勇者パーティがまた現れたか。早いとこ誰か何とかしてほしいよな」

「魔王なんて、速くいなくなってくれればいいのに――」




そんな会話を耳にして、膝を抱える腕に力がこもる




「…マオちゃん!」




その時、レンが誰かを呼ぶような声が聞こえた。

スライムを探している訳ではない――


聞き覚えのない名前を彼女は呼び、辺りを見回している。




「マオちゃん、何処っ?」




それが誰なのか、直ぐには解らなかった。

レンが『誰か』の名前を呼ぶ度、なんだ、どうしたと人間達の眼が注目する。


そんな中で、彼女の眼がオレを見つけた。





――心の中で、何かが動いた気がした。






「マオちゃん…?」




レンの言葉を反芻するかのように呟きながら、彼女をちらりと見やる。

オレの姿を見て、レンはほっとしたように笑った。




「何処かに消えちゃったかと思ったよ。ちょっと吃驚したけど無事でよかった」




彼女の声には、安心感がにじみ出ていた。

『魔王様』と呼ばれていた自分が、突然『マオちゃん』と親しげに呼ばれた事に、不思議な気持ちになった。

自分は『魔王』だと意識していた筈なのに、彼女の口からはその柔らかな名前が出て来るのは、何だか悪くないように思えてしまう。




「…別に消えた訳じゃない。ちょっと…落ち着かなかっただけだ」

「落ち着かない? …此処は人が多いからね。酔っちゃったのかもね」




照れ隠しの様にそっぽ向きながらも、心の中で親しみを込めて『マオちゃん』と呼んでくれた事が、少しだけ特別に感じたのだ。




「E級に上がれたよ。帰ろう、マオちゃん」




レンは優しく言いながら、手を差し出した。

オレは一瞬考えた後、その小さな手を彼女の手に重ねた。




「…終わるのが遅いんだ。待ちくたびれたぞ」




そういって、彼女の手を握ってテーブルの下から出た。

自分よりも大きな手が暖かく包み込んでいた。




「あっ。マオちゃんだなんて馴れ馴れしかったよね。でもこんな所で呼べないし、今だけ許してね」

「…そう呼んでくれても構わないぞっ」

「そう? よかった!」




嬉しそうにそう言って、レンは微笑む。

声に出さないようにしつつ、オレは心の中で静かにその名前を噛み締めた。




「マオちゃん…」




何だか暖かくて、安心感のある響きが心地よかった。





…冒険者ギルドに来た時も、同じように何だか心が温かくなる不思議感覚があった。


初めて見る筈なのに、何処か懐かしさを感じさせる場所。

だが、オレにはその理由が解らない




何かを待ち望み、何かに歓喜するような、わくわくした感情と胸の高鳴り。




そして、未だ見ぬ世界へと旅立ちの一歩を踏み出す。



一人ではなく、他の誰かと一緒に。




こんなの、オレは知らない――…



お読み頂きありがとうございました。

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