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退院テイマー、事態を把握する



レンが拠点とする『ラ・マーレ』の街。

静かで美しい森と広大な草原が周囲に広がる、自然に恵まれた場所だ。

街道沿いは山や荒野、霧深い湿地帯など、様々な景色が遠目に臨め、更には隣街へと向かう馬車が通るなど、交通の面で非常に有用されるルートだった。


この街道を行き交うのは馬車だけでなく、冒険者や旅人、行商人もよく通っており、道端には時折珍しい華や草が咲き乱れると、一部の収集家からはクエストが出される程。


街は冒険者の活動拠点としても栄えており、武器屋や防具屋をはじめとする商業施設が軒を連ねている。

店の窓からは精巧な剣や輝く鎧が眼をを引き、その店の最新の装備や道具を揃える為、店内には何処も人々の賑わいを見せていた。



中でもこの宿屋―ー『海月亭』は、ラ・マーレに於ける数ある宿泊施設の内の一つに過ぎない宿屋。

特に冒険者達にの間では親しみがあり、よく足を運ぶ場所だった。


宿屋の内部は、自然を感じさせる緑を揃えたデザインが特徴的だ。

壁には蔦が絡むデザインが施され、木製の家具が温もりを感じさせる。

大きな窓からは森の風景が一望出来、外の空気を感じながらも落ち着きのある快適な空間だった。


宿泊客は、自然と一体になるようなリラックスしたひと時を楽しむ事が出来、この街での滞在を更に特別なものにしている。




「あ、すみません。お客様がいらしているのに気付かずで…!」




海月亭には、20代の若い看板娘が働いていた。

彼女の笑顔と明るい対応が、疲れた冒険者達を元気づけている。

看板娘はその宿屋の名前の通り、クラゲを思わせるようなふんわりとした白い服をまとっており、その存在が和やかな雰囲気をもたらしていた。




「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか、それともお食事――…って、レンさん!?」


「こ、こんにちは」




驚いた声を上げて、看板娘は口をパクパクさせている。

まるで鯉の様だと、レンは失礼ながらも思ってしまった。




「退院されたんですね!」

「えぇ、まぁ…入院の事、知ってるんですか?」


「それはもう! レンさんのパーティ全員を『クロス・クラウン』の方達が運んでいる所を、街の人が見ましたから!」


「そ、そうなんですね」




ともすれば、ちょっとした事件みたいに見えただろう。

街中の人から見られていたなんて、顔から火が出る程恥ずかしいと思う。




「何が遭ったかまでは解りませんでしたが、緊急を要する事だけは街の人も理解していたと思います。あの件で、スライムを連れたレンさんもいろんな人に目撃されてますから、ちょっとした有名人になってますよっ」


「それは…素直に喜べないなぁ」




そう言って、レンは苦笑いを浮かべた。

またしても変な噂が流れそうで、早くも前途多難である。




「退院して、そのまま此処に来られたんですか?」

「えぇ。とりあえず食事でもと思って」

「もう食べられるほど元気になったんですね! 父にたくさん用意して貰うように言いますっ!」

「いや、大丈夫です、ホント…」




さっきまでお粥を食べていた自分としてはまだお腹に余裕があったものの、病み上がりと言う事もある。

とりあえず、『この子』やスライムに何か食べさせてあげないと…さっきからぐぅぐぅとお腹の虫が聞こえているんだ。




「それと、またお部屋をお願いしたいんですが空いてますか?」

「勿論ですっ。以前と同じお部屋をご用意しておきますね!」




ニコニコと愛想の良い顔で、看板娘からキーを受け取る。


すると其処へ、先程病室で会ったばかりのウォルターとディーネがやって来た。




「レンさん!」

「やはり此処だったか」

「ウォルター、ディーネ」




二人の姿を目にし、その後ではっと辺りを見渡す。

彼ら以外の姿―-フィオナは何処にも居ない。




「…フィオナさんは?」

「安心していい。あいつなら置いて来た」

「置いて来た?」

「あいつが居ると、飯が不味くなるからな」




そんな軽口を叩いて、ウォルターは苦笑する。

きっと私が困惑した表情を心配しての事なのだろう。


レンは、彼女が居ない事にほっと一安心していた。






隣接するお食事処もまた、冒険者に愛される人気の理由の一つである。

お食事処のシェフは、看板娘の父親であり、この宿屋のオーナーも兼任している。

『その日の機嫌によって、料理の味が変わる』と言ったギャンブル要素満載の風変わりな性格だが、それを抜きにしても確かな腕を持っていた。

シェフ曰く、それは無意識に使う『パッシブ:気まぐれ料理』が原因らしいが、まさに彼の料理は気まぐれである。


そのギャンブル感覚を味わう為、毎日通う冒険者も中には居るんだとか。

何か中毒性が入っているんじゃないかって思うくらいだ。




「おう、譲ちゃん! 退院したんだってな! おめでとうさん。うちの娘が喜んでたぜっ」

「おかげさまで…ありがとうございますっ」

「それで、何か頼むのか?」




注文口のカウンターに手をかけて、ひょこっと顔を覗かせた金髪の子ども。

その頭には、スライムが乗っている。




「ハンバーグ!」


『ボク、さらだー!』


「じゃあハンバーグ定食とサラダ。それとコーヒーも下さい。あ、ドレッシングは要らないです」




シェフは『あいよっ』と元気よく頷いた。






テーブル席にはレン、ウォルター、ディーネが座って会話をしていた。

目の前では小さな子どもが、夢中でハンバーグを頬張っている。

ナイフとフォークを器用に扱い、しかし口の周りはソースでベタベタにしていた。


『うまっ! うまっ!』と何度も声を上げているのを、レンは甲斐甲斐しくも、何度かナプキンでその口を拭ってあげた。




『んまっ! んまっ!』


「スライム、何だかいつもよりよく食べるね…?」




その横では、スライムがサラダをこれまた嬉しそうに頬張り、満足そうに食事を楽しんでいる。

あっという間になくなったサラダは、つい先ほどおかわりを注文したところだった。

そんなスライムの食欲旺盛っぷりに、レンは目を見張る。




「スライムさん、レンさんの目が覚めるまでずっと、ご飯も食べてなかったですからね…」


[えっ。そうなんだ…」




自分が眠っている数日もの間、彼女は頻繁に病室を訪れてはスライムに葉っぱを持って来ていた。

だが、彼はぷいっと頑として、一切それを口にする事はなかった。


おくちに合わないものを持って来たのかなと、ディーネは肩を落としたのだが、スライムの言葉が解らない以上、彼が何を考えているのか、それを推し量るのは非常に難しい。


ただ、一つだけ言えるとすれば…

スライムが、レンの目覚めを待ち続けていると言う事だった。


そう思うと、何だか胸が苦しくなる。




「心配かけてごめんね、スライム」


『むぐ?』




さっきまで大泣きだったスライムも、今となってはきょとんとした顔で此方を見上げている。

そんな彼を優しく撫でてやると、とても嬉しそう顔が綻んだのが解った。


そしてこのぷるぷるした感触を味わうのも、実に数日ぶりである。




店の中は喧騒に包まれており、何処もかしこも冒険者達の賑やかな声が飛び交っていた。

何処からか笑い声や乾杯の音が響き、時折グラスを合わせる音が混ざり合う。

レン達のテーブルもまた、例に漏れずその喧騒の中に溶け込んでいた。


以前、シェフがこの場の騒ぎに激怒した事があったが、そう言った『騒ぎ』さえ起こさなければ、この賑やかさは通常通りそのものだった。




「…ねぇ。本当にこの子が魔王様なの? あのセンジュを倒した…?」




レンは、ウォルターとディーネに向かって小さな声で切り出した。

ウォルターは眉を顰め、腕を組んで頷いた。




「俺も信じられないものを見た気分だが…確かにこの子どもは魔王だ」

「わ、わたしも確かに見ました。急にパーって光って、ぐぐっと小さくなって…!」

「えぇ…? 何で小さくなってるの…」




どう言う訳か、この子どもは本当にあの魔王様だった。

その事に衝撃を受けるものの、当の本人は素知らぬ顔でハンバーグをまた頬張っている。




「しかしだな…お前は本当に魔王なのか?」

「本当に魔王だぞ?」

「俺は魔王の顔を知らない。そうだと言われても、直ぐには信じられんのだが…」

「見た事ないの?」




ウォルターは『あぁ』と頷いた。




「勇者パーティの様な所に入っている訳じゃないからな。『魔王と遭遇した』なんて報告を受けるくらいだ」


「クロス・クラウンにも勇者パーティが居るんですか?」


「S級冒険者は割といるぞ。魔王討伐の旅に出ているパーティは少なくない」

「あー。そんな名前の連中が来た事もあったっけ」




だが彼は覚えていないようで、少し考えただけで『まあいいか』とハンバーグを口にする。

そんなどうでもいい様に終わらせるものだから、ウォルターは何とも言えぬ渋い顔をしていた。




「お前が魔王だと言う事は信じるしかない。俺とディーネが、彼の小さくなる瞬間を目の当たりにしているからな」


「そうですね」

「突然小さくなったの? 何か原因でもあるのかな」




何の理由もなしに、身体が小さくなる事はないんじゃないか。

例えばセンジュを倒した所為で、仕返しに何か呪いをかけられたとか、そういう事だってあり得る。


すると、突然ディーネがオロオロと慌てふためいた様子を見せ始めた。




「ディーネ、どうしたの?」

「あ、あのっ、えっと…」




彼女はモゴモゴと口を噤んでいる。

まるで言おうか言うまいかを悩んでいる――そう言った感じだった。

挙動不審なディーネに、レンは首を傾げる。

そしてウォルターを見れば、彼もまた目線を逸らした。


一体何なんだ…?



そんな話を聞いていた魔王が、最後の一口を食べ終えたところで、突然口を開いた。




「それは、レンに『血分け』をしたからだぞ」

「…血分け?」




聞き慣れない言葉に首を傾げる。

そんな時、ディーネが突然、顔を真っ赤にしてテーブルに両手を突き。身を乗り出した。




「も、も、もしかして…っ、あの時の、キ、キキキキ、キス、ですかっ!?」


「そうだぞ?」

「そんなあっさりとっ!! ふ、ふ、不埒ですっ」

「不埒って、ディーネ…」




この世界の14歳には、刺激が強い話なんだろうか。

リンゴの様に顔を真っ赤にさせた彼女は、あわあわとした様子で、見ているだけで心配になる。


多分、彼女は純粋過ぎるのかも知れないな。




「人間だってするだろ。配下もウザいくらいにしてくるぞ?」




事も無げに言う魔王様は、頭に疑問符を浮かべていた。




「コホンっ。あー…そのだな。どうして『血分け』が原因でそうなるんだ?」




咳ばらいを一つしたところで、ウォルターが質問を投げかける。




「さあ。解んねぇ」

「何?」

「でも一つだけ言えることがあるぞ。オレは人間にーーレンにテイムされたんだな」




一瞬、レンはコーヒーカップを取り落としそうになり、ウォルターとディーネは目を見開いた。




「テ、テイム?」




魔王様は、静かにフォークを皿の上に置いた。




「…オレの血がレンの中に流れた時、身体に表れたのは傷の回復だけじゃない。魔王としての魔力が、何らかの影響を及ぼしたんだろう」




淡々と語る魔王にいつものおどけた調子はなく、まるでセンジュと対峙した時の様な真剣さが窺えた。

三人がはっと息を呑むほどの存在感を、彼は放っていた。




「ちょ、ちょっと待てっ。魔王がテイムされるなんて話、聞いた事がないぞ!」


「普通はそうだな。お前の言う通り『F級』テイマーが『SSS級』をテイム出来る筈が無い。しかし例外が起きた」


「例外?」


「オレの血が流れた事で、恐らくだが…瞬間的にテイム出来るようになってしまったんだろう。それも通常の『テイム』ではない為に、オレの姿はこんな風になってしまった――…ってところだなっ!」




おかわりいいか?


そう問いかける魔王は、屈託のない笑みを浮かべた。

レンは驚きつつも頷いたが、腰が重いのかなかなか席を立つ事が出来ない。




「しかしよく食べるな」

「腹が減ってたからなっ」




無邪気にそう答える彼は、本当に幼い子どもと何ら変わらないように見えた。




「この身体は燃費が悪いんだ」

「元に戻れないの?」

「それが出来たらとっくにやってる。何をどうやっても上手く行かないんだ。おまけに魔王としての魔力、その殆どが使えなくなってる」


「使えない?」


「出来る事と言ったら、さっきの『空間移動』やちょっとした魔法だな。『魔王』を無理矢理テイムしたんだ。その影響かもなー」




彼自身、色んな事を試してみたんだろう。

姿が変わってしまっただけでなく、その力までもが失われてしまったなんて…



私が彼をテイムした所為で?

F級がSSS級の魔王をテイム出来ない事は、私がよく知っている。


しかし、通常ではあり得ない事起きた。



それが『血分け』の所為であるならば――




「ど、どうして血分けなんてしたの? そんな事をしなければ、貴方がこんな姿になる事なんてなかったのに…」


「…? お前が言ったんだろ。『死にたくない』って」


「え」


「オレはその願いを聞き届けたまでだ。その後に起こった事は、オレにだって予想つかなかった。なるべくしてなっただけだ」




レンは何も言う事が出来なかった。

自分を救う為に、魔王様が血を分け与えた。


そのお陰で私はこうして生きているが、代わりに彼の身に変化が起きてしまった。


それは、魔王が人間への施しをしたが故の『代償』なのではないか…そうレンは考えていた。




「…あの、今更ですけど、こんな所で話してて大丈夫なんですかね…?」




暫しの沈黙の後、心配そうにあたりを見渡すディーネ。


周りには多くの冒険者達の姿が居る為、話を聞かれるのではないかと思ったからだ。

ウォルターも賛同して肩を竦める。




「確かにな…」


「こんなに騒がしいんだ。どうせ誰も聞いちゃいねぇよ」




木を隠すなら森の中。

話しをするなら人混みの中―-とでも言うんだろうか。


周囲は先程よりもますますな賑わいを見せていて、丁度お昼時なのか、人の姿もまた多く感じられた。




「見ろ。昼間から酒をかっ喰らう奴らだぞ?」




にぱっと笑い、魔王様が再びフォークを手にした。

…が、彼は其処にハンバーグがない事を思い出して、がっかりした顔をレンに見せた。




「レン、おかわりまだか…?」

「あ、うん」

「やった!」




話の途中ではあるが、魔王様がご所望である。


漸く席を立ったレンがハンバーグのおかわりを注文しに行くと、シェフがまた吃驚した顔をしていた。




「まだ食うのか? 随分変わったな!」




私が食べるって思われても仕方がないけれど、食べるのは魔王様なんだよねぇ。

パパっと手際よい提供のお陰で再び皆の元に戻ると、ウォルターが頭を抱えしていた。




「…信じられん…こんなの、何をどうすればいいんだ」




ウォルターは、とても悩んでいるように見えた。

いきなり魔王と言う存在が現れ、しかも危ない所を助けてくれた。

それで終わればまだいい話が『F級テイマーにテイムされて身体が小さくなった』なんて話、与太話にもほどがある。


そんな事、誰に言っても信じて貰えないのは、火を見るよりも明らかだ。




「魔王様の事、フィオナさんに報告するの?」

「いや…報告はしない」

「えっ?」

「今は、あくまでお前の友人として話を聞いているだけだ」




友人―-


この世界で、そう思ってくれる人に出会えるとは思いもしなかった。




お読み頂きありがとうございました。

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