入院テイマー、強制退院する
ディーネが病室を出てから程なくして、白衣を着た知らない男の人が現れた。
彼は『癒師』と呼ばれる、元の世界で言うと医師のような存在で、目を覚ました私に驚いた顔を見せた。
それから私の状態を一つ一つ確認し、時に不思議そうな顔をしている。
その間、レンはどうして自分がこんな所に居るのかをずっと考えていた。
「本当に身体に異常は感じないんだね?」
「はい」
「まあ、運ばれて来た冒険者達の中では、君が一番被害が少なかったようだからな…」
そんな事を呟いた彼は、ふっと安心したように笑った。
被害――そう聞いて思い出す。
そうだ、『私達』は、ダンジョンを攻略していたんだ。
しかし、レンの身体は健康そのもの。
斬られた傷もなければ、骨が折れた感覚も、もう苦しさもない。
起きた時にあった節々の痛みは、癒師による『ヒール』で先程治してもらった所だ。
カミサマの所に居た時は精神のみの状態だったが、今は現実である。
死にかけの状態だったのに、こうして生きて生きているのは何故?
「私、酷い怪我を負っていたと思うんですが…?」
「運ばれてきた時は確かに血塗れだったね。不思議な事に外傷は一つもなかった。でもあの血は、君の物である事は間違いない…普通なら死んでる出血量だよ」
「…でも、生きてるんですね」
「運がよかったと思えばいい。命を拾った事にね」
話を聞く限り、私への治療はほぼ『点滴』のみだったそうだ。
外傷がなくただ眠っているだけなら、一日程度で目が覚めるだろうと思っていたが、そうではなかった。
話を聞いている内に、私は『あの日』から数日が経過している事を知った。
直接、回復の処置を行ったこの癒師も、何が原因で眠っているのかまでは解らなかったらしい。
その間にディーネとウォルターは治療を終えて、今はまた冒険者として活動していると言う。
ディーネはこの数日間ずっと、欠かさず私のお見舞いに来てくれていたらしい。
「そのスライムもこの子も、とても心配そうにして君から離れる事はなかったよ」
そしてスライムもまた、私を心配してずっと傍に寄り添ってくれていたらしい。
本来なら、魔物が病室に居る事自体が許された事ではない。
しかし私がテイマーである事を考慮し、癒師の許可の下、ずっと此処で寝泊まりをしていたそうだ。
――この小さな子どもと一緒に。
「自分の事を魔王だと名乗ってるんだがね?」
「えっ…」
私は一瞬、言葉を失った。
その癒師の言葉が、信じられなかったからだ。
まさかこんな子供が。あの強大な魔王様だと言うのか?
困惑しながら、ただその子を見つめた。
「ま、魔王…!?」
「そうだぞっ! オレは魔王だ!」
「―-とまあ、こんな風に彼は自分を『魔王』だと言っているんだ。きっとそう言う『遊び』なんだろうね」
癒師はそう言って、温かい目で彼の『遊び』を見守る。
彼の言葉を本気に捉えてはいないようだ。
彼同様に、私も最初はそう思おうとした。
だが、その心の中には違和感が強く残り続けた。
どう見てもこの子は、ただの遊びをしているようには見えない。
彼が言う『魔王』と言う言葉は、遊びの範疇を超えた何かがあった。
レンはゆっくりと、その子の眼を見つめ返した。
子どもの瞳の奥には、確かに魔王様の面影が感じられた。
彼の瞳の中に在る力強さと、何処か寂しさを帯びた輝きが、私に何かを訴えているようだった。
「貴方。本当に――…」
ぐぅ…
其処まで言いかけた私のお腹は、盛大に音が鳴った。
そして音を聞いた子どもは、にぱっと笑顔を見せた。
「腹が減ったな!」
「そ、そうだね…」
何とも恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
顔から火が出そうである。
直ぐ傍で、癒師がふふっと笑う声がした。
「何も食べていないからね。とりあえず、胃に優しい物を用意して貰うとしよう」
「ありがとうございます…」
「食事を終えて、それでも身体に何も異常がなければ、いつでも帰っていいよ」
「はい。…あの、ディーネは?」
「彼女なら先程すれ違ったよ。走らないように止めたんだが、余程慌てていたんだろうね。また何処かへ走り去ってしまった」
ディーネの慌てた様子が眼に浮かび、すみません…と私は代わりに頭を下げた。
「治癒院のご飯って、病院食と変わらないんだな…」
『味付けが薄い』とボヤきながら、ごくりと飲み込む。
ただ喉を通るだけの食事は本当に味気なく、お茶碗一杯分のお粥の様な流動食だった。
おかずの一品すらないなんて、寂し過ぎやしないか。
多分、いきなり何か食べて、胃が吃驚しないようにと言う配慮なんだろうと思うけど…
この一杯で、ここ数日間の栄養を取り戻せるほどの効果はないが、食べないよりはマシだった。
お陰で私のお腹は割と膨れ上がっている。
『おいしい?』
「まあまあ。今なら葉っぱの方が美味しく感じられると思うよ」
『ホントぉ? じゃあボク、今すぐ採って来るっ』
「あー。本気にしなくていいからね? 行かないでね」
スライムの事だ。
きっと私の為に、何処かで葉っぱをたくさん撮って来るに違いない。
『葉っぱ…』
「気持ちは受け取っておくね」
直ぐにでも部屋を出て行こうとする彼を呼び止めると、少しだけしゅんとしたように『彼』の膝の上へ戻って来た。
私が食事を始めると、すぐにまた眼を閉じて眠った彼は、こっくり、こっくりと頭が小さな船を漕いでいる。
見れば見るほど、その小さな子どもが魔王様である。
「…ん?」
ふとドアの方を見ると、誰かがバタバタと駆けて来る音がした。
何処か焦った様な足取り。
そして少しだけ息を弾ませた二つの人の気配が、徐々に近づいて来るのが解る。
またしても、耳が良くなったと感じる不可解な現象に、レンは顔を顰めた。
その時、部屋のドアが勢いよく開いた。
大きな音に多少驚きを見せると、其処には戻ってきたディーネ。
そしてウォルターの姿があった。
「レンさんっ!」
「レン!」
「ディーネ、ウォルター?」
駆けつけて来た二人が、ベッドの傍に駆け寄った。
「レン! よかった。目が覚めたんだな!」
ウォルターは安どの表情で、強く私の方に手を当てた。
その力強さにびっくりしたが、その隣では『本当に良かったです…』とディーネがまたしても涙ぐむ。
「ずっと心配してましたよ、レンさん!」
「二人共…ありがとう。あとごめん」
私が目を覚まさなかった事が、どれだけ彼らに心配をかけていたのか。
それは二人の必死な様子からも、私にははっきりと窺えた。
「あっ! ウォルター、傷は大丈夫なのっ!?」
「いきなり此方の心配をして貰えるとはな」
ウォルターは、少しだけ驚いたような顔をする。
彼は、私を護るスキルを使って、センジュの攻撃を受けていた筈だ。
私があんなにも出血していたのだから、ウォルターにだって何らかの被害を被ったに違いないと思っていた。
だが、ウォルターの様子に変わった所はない。
流石に鎧の下までは解らないが、見たところ顔や手には傷一つなかった。
「あぁ。癒師に回復して貰ったからな」
「そうなんだ。よかった…」
ほっと安堵する。
癒師を名乗る資格を持つ人たちは、全員がB級以上の冒険者である。
ヒーラーとしての力を持っており。そのスキルを利用し、彼らは患者たちをケアしていた。
その腕が確かだと言うのは、ウォルターの姿を見ても明らかである。
「凄いんだね、癒師って。あの傷を治しちゃうんだ」
「そ、そうですね」
ディーネは、何処か言い淀むように口にする。
私は、その事を不思議そうに思った。
「傷と言えば――私、どうして生きてるの? あの時、私は絶対に死んだと思ったのに…」
呟くように言うと、ウォルターの表情が曇ったように見えた。
「レン…? もしかしてお前は、ダンジョンで何が起きたのか覚えてないのか?」
「ダンジョン? 皆で塔に入って、其処で千手観音みたいな敵に遭ったんだよね?」
「そ、そうですっ。いきなりD級の魔物が現れて!」
E級ダンジョンにD級の敵がいるなんて、普通じゃない。
そうウォルターも言っていた。
「自分が酷い怪我をしたのもちゃんと覚えてる。だから『どうして?』って思ったの。ウォルター、あの時は護ってくれてありがとう」
「あ、あぁ。しかし、最後まで護り通す事が出来なかった…すまない」
「ううん! そんな事ないよっ」
きっと彼のスキルがなければ、私の身体は見るも無残な物だっただろう。
もしかすると、細かな肉片だけを残してこの世を去ってしまったかも知れない。
そう思うと、途端に背筋がゾッとした。
生きていて、本当に運が良かったと思う。
「癒師が言うには、此処に運ばれた時にはもう、怪我が治ってたって言うんだけど…もしかしてディーネ?」
「わ、わたしにそんな力、ないです…っ」
大きく髪を振り乱し、ディーネは首を横に振った。
そんなに強く否定しなくても、いいと思うんだけど…?
私は自分の傷が無くなっていた事に、疑問を抱いていた。
そして、ウォルターがディーネが互いに顔を見合わせると彼は言った。
「レン。センジュは誰が倒したか覚えてるか?」
「えっ、センジュ? 誰がって…」
思わずちらりと、小さな子どもを見た。
『彼』はスライムを抱き締めたまま、すやすやと眠っている。
彼の存在を口にしていいのかどうか、レンは迷った。
しかし、ウォルターは私の抱える葛藤に気付いていた。
「解っているなら、別に言わなくていい」
「あ、うん…覚えてる」
全員が同じ夢を見たのでなければ、センジュを相手に戦ったのは『魔王』だった。
「…魔王がセンジュを倒したと言うのは、本当の様だな」
部屋の隅で、落ち着いた声がしたのに気付く。
ウォルターやディーネの他に、見知らぬ女性の姿があった。
彼女の足音は二人が来た後、ドアの傍で立ち止まるのが『聞こえて』いた。
しかし、彼らと違って非常に速さが遅い。
カツカツと言うヒールを踏む音に、此処までをゆっくりと歩いて来たのだろうと推察される。
「この方は?」
「あぁ、紹介が遅れたな。彼女はフィオナ。俺の所属する『クロス・クラウン』のギルドマスターだ」
その女性―-フィオナは、冷静な表情で煙管を咥え、煙をそっと吐き出した。
「おい。『それ』はやめろ。此処は病室だぞ」
「あぁ、そうだった…余りにも元気そうな姿であったから、ついな」
やがて、彼女が私に近付いて来た。
「初めまして、レン。君の事はウォルターから聞いている」
「フィオナさん…?」
フィオナは、落ち着いた声でそう挨拶をした。
初めて彼女を見た時、私は彼女はただの冒険者ではないと直感した。
フィオナの姿勢は一分の隙も無く、まるで常に緊張感を保っているようだった。
此方を見つめる眼は鋭く、相手の本質を見抜こうとしているかの様な、そんな気がしてならない。
彼女が何も言わずとも、その冷静で危機的なオーラが周囲を漂い、私は無意識に姿勢を正した。
まだ入りたてだった部署に、彼女の様なバリバリのキャリアウーマン気質な女性が一人居たな…
ふと、新入社員の頃を思い出した。
「彼が言った通り、アタシはギルドマスターをしている。数多くあるギルドの内の一つに過ぎないが…この街の安全を守っている者だ」
フィオナが身に付ける服装もまた、彼女の厳格そうな雰囲気と強さを象徴していた。
短めのタイトスカートは動きやすさと機能性を重視しているが、細部まで計算されたデザインが、彼女の洗練された印象を際立たせる。
聞こえていたヒールの音は、やはり彼女の足元からのブーツから聞こえていた。
更に、眼鏡を掛けた彼女は知的な印象を与え、其処には確固たる『正義感』が溢れて出ていた。
「そのフィオナさんが、どうして此処に?」
「君が目覚めたと聞いたものでね。噂のテイマーがどんな人物なのか、興味があっただけさ」
「はぁ…噂ですか」
一体どんな噂が流れているのか、皆目見当がつかない。
『テイマー』と言うだけで自分を珍しく思う人は居るが、噂の的になるような大した話はない。
良く知れば、それが新米冒険者だと言う事が解るし、この世界についての一般常識すら知らない事もある。
所詮は噂。
どんな想像をしたのか知らないが、実物を見ては期待するだけ無駄だった、なんてがっかりされた事もある。
人の顔を見てあの言い方は解せぬ…!
「―-あの子がそうなのね?」
するとフィオナが。ウォルターに対して呟くように言う。
その視線の先には、あの小さな子どもが居た。
「あぁ…」
静かに頷くウォルター。
フィオナは『そう』と小さく呟くなり、再び私に向き直った。
「其処に居る『小さな魔王』について、話を聞きたいのだけど?」
「…は?」
「おいっ!? いきなり核心を突く奴があるか…っ!」
ウォルターは慌てたように彼女を制止していたが、発せられたその言葉は、私の耳にはっきりと届いていた。
「子どもって…この子の事?」
「他に誰が居ると言うの」
「どうして彼が魔王様なの…?」
「…?」
反応がおかしい――
そんな疑問を抱き、フィオナはウォルターに視線を向ける。
「…彼女は知っているんじゃないのか」
「子どもの姿になったのは、レンが気を失ってからだ」
「それを早く言えっ」
「うぐっ!?」
彼女の足が、ガンッと彼の太腿辺りに蹴りを喰らわす。
痛みよりも衝撃に呻き声を上げ、ウォルターは小さく溜息を吐いた。
彼女は、子どもが『魔王様』だと言う事を、何故か知っている。
その理由は、フィオナの隣に居るウォルターの表情から、感嘆に読み解く事が出来た。
「ウォルター?」
「…すまない。異変の際は、報告の義務がギルドにはあるんだ」
「報告?」
申し訳なさそうに告げるウォルター。
彼には、ダンジョンで起きた出来事を彼女に伝える役割があった。
「我がギルド『クロス・クラウン』は、この街や人々の安全を護る、言わば自警団の様なもの。同時にダンジョンで起きた異変の調査や事態の収拾をつける役割を担っている。そしてE級ダンジョンに出る筈のない、D級の魔物が出現した…それはギルドマスターとして、決して見過ごす事の出来ない事案だ」
「どうして、あのダンジョンでそんな事が起きたんですか?」
「それは現在調査中だ。それで、アタシの質問には答えて貰えないのだろうか?」
「そんな事言われても…」
ただ姿が似ていると言うだけで、それを決めつけていものか。
本当に『彼』が魔王様なのかどうかも、明らかになっていない。
「彼が本当に『魔王』である事が真実ならば、問題はさらに複雑になるわね」
「…っ」
…もし彼が、本当に魔王様だったら?。
それを聞くのが、私にはとても出来なかった。
その時、眠っていた魔王様の眼がぱちりと開いた。
眼を開けた彼の姿に、一時の緊張感が辺りを包んだ。
フィオナは腕を静かに腰へと伸ばし、レイピアの柄にそっと手を掛ける。
ウォルターもまた、己が背負う大剣の柄に手を掛け、瞬時に引き抜かんとする体制を見せている。
子供は、椅子に座ったまま足をぷらぷらと揺らし始めた。
リラックスをしているとも取れるその行動に、しかしこの状況で…?
フィオナはますます警戒の色を見せる。
「飯は食ったか?」
しかし彼は、そんな緊張感を物ともしないように、にぱっと笑顔を見せている。
その無邪気な顔は、紛れもなくあの『魔王』だ。
「う、うん」
「じゃあオレ、ハンバーグが食べたい! 食べたらもう帰っていいんだろ?」
スライムを抱き抱えたまま、ぴょんっと椅子から降り立った彼の小さな手が、私の指を握り締めている。
一瞬、そのひやりとした温度に驚いた。
「――え」
その瞬間、目に映る景色がぐにゃりと歪みだす。
まるで空間が捻じれたような不思議な感覚に襲われ、無意識に眼を閉じた。
「き、消えた…!?」
突然、彼女とスライム、そしてあの子どもの姿が消えてしまった。
まるで瞬間移動でもしたかのように、その姿は忽然と病室から消え、辺りを見渡しても何処にも居ない。
そんな状況に、三人は驚きに目を見張った。
「えっ、えっ!_」
「なっ…何処へ行ったんだ!?」
「転移移動だと…? 装置もなしに、早々出来る事じゃないわ」
フィオナは直ぐにウォルターへと向き直る。
その顔には、多少なりとも焦りの色があった。
「探すわよ、ウォルター! あの子どもとテイマーを捕らえるのっ!」
「待て。レンもだと?」
「当たり前でしょう。あの子どもには何かある。それを吐かせるのよっ」
「何処に行ったかも解らないだろう?」
「だから探すのよっ! 手の空いている冒険者を招集させてっ!」
ウォルターには、彼女が焦っているように見えた。
それは『ギルドマスター』と言う役職と、『クロス・クラウン』の掲げる旗が、彼女を駆り立てていると、ウォルターには感じてられた。
直ぐにでも病室を出ようとするフィオナを、ディーネが慌てたように止めた。
「ま、待って下さいっ! レンさんはあれが魔王だなんて、何も知らないんですっ」
「だから何? 知らないから放っていいとでも? そんな事をして何かが起きたら、貴女はその責任は取れるの?」
「そ、それは…」
俯くディーネ。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、フィオナは冷たく言い放つ。
「『責任』の一つも負えないお嬢さんが、感情だけで物を言ってはいけないわ」
「…っ!?」
「おいっ。その言い方はないだろうっ」
ウォルターは憤慨する。
しかし『それが何か?』とでも言うように、彼女は病人の居なくなった病室で、再び煙管を口にした。
「魔王は危険なのよ。奴がどれだけ人々を苦しめ、世界を混乱させてきたか知らない訳じゃないでしょう?」
「魔王が危険だと言う事は、俺にだって解っている。だが、彼女を助けた理由だって明らかになってないだが、レンだって今は混乱している筈だ」
「…無理よ」
「フィオナっ」
「随分とあの少女の肩を持つのね。ウォルター」
フィオナはゆっくりと細く、その視線を吐き出した。
暫し、何処か遠くを見つめ、彼女は思案する。
その姿を、ディーネは祈るようにして見守っていた。
「お、お願いしますっ。フィオナさん…!」
「…いいわ。直ぐに彼女を捕らえるのは一先ず置いといてあげる」
「ほ、本当ですか…っ!?」
「でも、この件については放置しておく事も出来ない。だからウォルター。貴方が責任もってあの二人を監視するのよ」
「…あぁ、解った」
ウォルターはぐっと顔を歪ませた。
しかし、それで猶予が出来ると言うのであれば、その条件を呑むしかなかった。
「報告は必ずしなさい。アタシはギルドに戻るわ」
カツカツとブーツの音を踏み鳴らし、フィオナは病室を出て行く。
その表情からは、激しい怒りが感じられた。
「ウォルターさん」
ディーネが、おずおずと声を掛けてくる。
「…あいつはああ言う奴でな。相手が女だろうが子供だろうが、ストレートに物を言う」
しかし、そんな彼女もまた、そうせざるを得ない理由がある。
大多数の冒険者を率いる、ギルドマスターとしての顔。
この街や人々を護ると言う信念。
そして、彼女の『辛い過去』がそうさせていた。
だからこそ、あいつは誤解されやすいんだ――
フィオナを昔から知っている自分だから、それは解る事だと、ウォルターは心の中で吐露した。
「すまないディーネ。あいつの非礼を代わりに詫びよう」
「いえ…フィオナさんが言った事は、正しいので…っ」
か細い声を出し、彼女は首を振る。
その顔は、精一杯の笑顔を振りまこうとしていた。
まだ年端も行かない14歳の少女に、こんな気を遣わせるなんて――…
「それで、レンさん達は一体、何処に消えたんでしょう?」
こんな時、せめて連絡先でも交換しておけばよかった…と、ウォルターは顔を顰める。
『通信機』で連絡をすれば、直ぐにレンの居場所が解ると言うのに…
いや、今はそんな事を嘆いていても仕方がない。
「確か、ハンバーグがどうとか言っていたな」
「ハンバーグ、ですか?」
レンがよく食事をする場所と言えば、宿屋に隣接するお食事処だ。
『魔王』が『人間』の食べ物を好むなんて聞いた事がないが――心当たりは其処しか考えられなかった。
「恐らく『海月亭』だろう。一緒に来るか?」
「は、はいっ」
ウォルターの誘いに、ディーネは大きく頷いた。
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