異世界転生者、スライムと出会う
――ガサガサ
「…ん?」
歩いて居る間は虫は見かけても、動物の一匹も見かけなかった。
意外と、野生の動物が棲みついていない森なのかも知れない。
そんな中ふと耳についた、何処かで草木が揺れて擦れる音。
もしかして風で揺れているだけ?
そう思ったが、未だに揺れ動くそれは、自然に起こる現象ではなさそうだ。
「えっ、何…?」
一瞬にして生まれる緊張感に、レンは足を止めた。
聞こえて来る音は、明らかに『何かが居る』と言う事を暗に示している。
走る体力が残っているかもあやしいが、じっとして『また』死を待つのはだけ嫌だった。
熊だったら尚更である
速攻逃げる、絶対逃げる。
背を向けてでも逃げてやる。
――ガサガサ
揺れ動く草木は、また音を立てる。
しかし、一向に姿を現さない、
其処に居る『何か』もまた、此方を警戒しているだろうか?
それともまだ気づいていないのか
とりあえず、何が其処に居るかだけでも把握はしておきたかった。
だから、恐かったけれど勇気を出して、一歩を踏み出す事にした。
息を殺し、そっと草木の陰から覗き込んで見る。
其処には、ぷるんとした水色のーー何あれ、おっきいグミ?
サッカーボールくらいの大きさ『何か』が、ぷるぷると小刻みに揺れ動いている。
風で揺れているにしては…やはり何処か不自然だ。
『んまっ…んまっ…』
耳を澄ますと、そのおっきなグミの様なものが何かを喋っている――ように聞こえる。
背中(?)を向けているのか、此方には気付かない。
そもそも、あれは『何』で、生き物なのか?
喋っている時点でそうなのかも知れないが…
とりあえず、虫じゃない事には安堵したけど、本当に何だあれ。
虫じゃなくても怖いんだが?
その変な存在を確認したら、少しは気が楽になった。
熊ではない…が、よく解らないモノには関わらない方が身の為だ。
このまま後ずさって、気付かれない内に離れよう
――パキッ
…そう思っていたのに。
「最悪…」
私の足元にはぽっきりと折れた小枝があった。
『…んむ?』
お約束満載なその音に反応して、ぷるんっとそれは此方を振り返るように回転した。
二つの小さい黒い点が、私を見ている…気がする。
それにもしゃもしゃとはみ出て見えるのは…葉っぱ?
この周囲に沢山生えている葉っぱか?
食べているのか?
そう思っている間にも、もしゃもしゃと言う租借音が聞こえてくる。
そして絶えず動かしては、水色のぷるぷるの中に消えて行く葉っぱの数々。
であれば、二つの小さな眼?
じゃああれは大きな…おくち?
それが『何か』の顔なのかと気付いたのは、お互いに眼と眼が合った瞬間だった。
恋なんて始まらない。
私にあるのは得体の知れないモノに対する恐怖だけだ。
…もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ
ごっくん
一生懸命に頬張る姿が、ちょっと可愛いなんて思ってしまった。
『警告』
【■テイムしている魔物がいません。テイマーによるスライムとの戦闘を開始します。▼】
「…は?」
突然、目の前にクリアブルーのカラーウィンドウが現れる。
テイムって何。
テイマーって何。
え、スライムって、これ?
…戦闘!?
って言うかこれ、邪魔なんだけど!?
そんな意味の解らないウィンドウが邪魔で、その向こうにいるスライムの行動に注意が向かなかった。
先程まではお互いに距離を保っていた状態だったのが、気が付くと足元で見上げる水色のぷるんとした物体。
「これが、スライム?」
じっとよく見ていると、またしてもウィンドウが視界を邪魔して来た。
【■スライム(F)Lv.1 ▼】
…とりあえず、これは『スライム』らしい。
なるほど、確かにぷるんとしている。
しかし、戦闘状態にあると言うのにそのスライムは、私をただ見上げるだけ。
先んじて攻撃をしてくる様子もなかった。
そもそも、敵意を感じない…と言うのが正しいかも知れない。
「戦闘って事は戦った方がいい? でも理由もないのに叩けないし…」
このスライムは終始きょとんとしているし、戦闘開始と言われてもどうしたらいいのか。
「えっと…」
暫く膠着状態が続いていた。
此処は逃げた方がいい?
いきなりよく解らないまま、スライムに遭遇してもどうしようもない。
見た目は弱そうだけど、実はぱくりと私を飲み込んでしまうかも知れないし。
でもさっき葉っぱを食べてたから、実は草食系とか!?
「よし、逃げようっ」
【■テイマーは逃げ出した! しかし、転んでしまった!▼】
「ぷぎゃっ!?」
…え、そんな逃走不可能な事ってある?
物の見事に滑って転んでしまったのは、片足のハイヒールが折れたのが原因らしい。
何て事だ。
長年大事に履き続けて来たのに、仇で返したか!
此処で壊れるとはツイてなかった。
転んだ拍子にジャケットは手から離れるし、顔面強打するし、踏んだり蹴ったりである。
――ぽよん、ぽよん
可愛らしい音を立てて跳ねるスライムが、私の眼前まで回り込んだ。
あぁ、食べられてしまうのか。
ぱっくりと、もっちゃりと、あの葉っぱの様に――
『ニンゲン…?』
じーっと見つめる小さな眼。
「ニンゲンって…人間だけど」
自分手や足は確かに人間のモノだ。
顔は美人ではないけれど、一般的な女性の部類に入る筈。
少なくとも、君の様なスライムではない。
『えっ!?』
「えっ!?」
突然吃驚しだすから、此方も同様に吃驚してしまった
心臓に悪い、何なのこのスライム?
『もしかして、テイマー?』
「テイマー? それ?」
『うわぁ…うわぁ…!』
ぷるぷる、ぷるぷると小刻みに震える度、その物体は揺れ動く。
やがてスライムは、私に向かって笑顔で言った
『うわぁ、凄いやー。テイマーに出会えるなんてっ!』
全身で喜びを露わにすると、こんなにも飛び跳ねるのか
とりあえず、土埃が顔にかかるので落ち着こう?
『…テイマー?』
「テイマーって何」
『やっぱりテイマーだ!』
「だから知らないってば」
『じゃあなんで、ボクの言葉が解るのー?』
「それは君が喋ってるからで…え?」
特に何の疑問も持たずに会話をしていた。
ここ数時間、誰とも会話をしていなかった所為もあるのかも知れない。
違和感よりも嬉しさの方が勝っていた。
そう言う意味では、私もこのスライムと同じ気持ちである。
しかし、人ではなくスライムと会話するなんて、よくよく考えたら不可思議な事だ。
何で言葉が解るんだ?
『テイマーだから、ボクの言葉が解るんでしょー?』
「…言葉は、解るけど」
『ふーん。変なのー』
ぴょんぴょんと跳ねるスライムに『変なの』扱いされてしまった。
変なのはそっちの方だ。
何でスライムが居るの。
本当に此処は異世界なの?
…全く以て意味が解らない。
此方が混乱している間に、その小さなスライムはニコニコと笑いかけて来る
『ボクね、テイマーに会いたかったんだ! ニンゲンを恐いって言う子も居るけど、ボクはそう思わないよー』
聞いても居ないのにお喋りだ。
このスライムはどうにも人懐っこいらしい。
ニンゲンとは、人間の事だろうか
「どうして?」
『テイマーと旅をしたって言う『伝説のスライム』の様に、ボクもなりたいんだー!』
「伝説のスライム…?」
それが何なのかは解らないが、小さいなりに目標を持っているらしい。
立派な志と言ってもいいくらいだ。
此方が眩しいと思うくらいに純粋で、直向きな―ー
『――し、新入社員のっ、天神 レンですっ!』
…入社当時は、私の眼もこんな風に光り輝いていたんだろうか。
お読み頂きありがとうございました。