カミサマとの再会
車に跳ねられて、異世界でも死んで。
目が覚めたら、今頃教会に居るのかな…
「もしもーし」
聞こえてくる声に、何処か既視感を覚える。
前にもこんな事があった気がする。
そんな風に思うと、ふっと目が開いた。
―ー…何で開いた?
「あ、起きた」
「ま、おう、さま…?」
「ううん、カミサマっ!」
…何だか、このやり取りに既視感を感じるな。
にぱっと笑うその男は、『魔王様』と同じような笑顔で軽く手を挙げた。
いや、魔王様ではない――この男は『カミサマ』だ。
そして、私を異世界に送った張本人でもある。
同じように見えたのは、カミサマが彼と同じ『金色の髪』を持っていたからに違いない。
笑った顔が腹の立つくらいに似ているが、魔王様の方がまだ『可愛げ』がある。
「久しぶりっ♪ あ、違った――おぉ! 死んでしまうとは情けない!」
「喧嘩売ってんの?」
「てへっ」
茶目っ気たっぷりに言ったつもりだろうが、冗談だとしてもやはり旗が立つ…!
「ちょっとしたジョークだよ? 君が僕を『可愛げない』なんて言うからさ」
「…また、声に出してました?」
「いいや? 心で聞こえただけ」
異世界に飛ばされた時と同様、私は『また』真っ白な空間に倒れていた。
どうして此処に居るのか、解らなかった。
だけど、彼の――カミサマのニコニコと笑う顔を見ている内に、それが『魔王様』の姿と重なって…
いや、そんな筈がない。
「…私、また死んだの? でも…傷がない…」
不思議な事に、私の身体には傷一つなかった。
それどころか、身体に感じる痛みや苦しみが消えている。
夢…?
あの時、センジュの攻撃は、確かに私の身体を襲った。
斬られた感覚も、叩きつけられた衝撃も、苦しくて呼吸がままならなかった事も…血のニオイだって。
何もかもが覚えている事だ。
私は、確かに『記憶』している。
「残念ながら生きてるよ」
「…残念の使い方が、おかしい気がする」
まるで死にたかったのに死ねなかった、みたいに言わないで欲しい。
「君の肉体は、『此処』にはないからねぇ」
そう言うと、カミサマは何故かくすくすと笑った。
「でも、君が此処に来てくれてよかった」
「どうして?」
「それはもう、此処に居ると退屈でね。話し相手が欲しかったからさ!」
この真っ白な空間には、私とカミサマしか居ない。
人も動物も、魔物も、何もかもがない、酷く真っ白な空間が、何処までも続いているようだった。
此処に果てはあるのかと、そんな事を思ったりもした。
「話し相手って…それだけの理由で?」
「それだけって酷いなぁ。君ぐらいだよ、僕に会いに来てくれるのは」
別に望んで会いに来たわけではないが、何となくそれを口にするのは憚られた。
此処に、カミサマは一人で居る――
この真っ白な空間の中で。
私以外の誰とも会わず。
一人で、孤独に…
「でも、ごめんね。半分は僕の所為かな」
「え?」
「『チート能力』は与えられないけど、君が強くなるようにお膳立てをしたつもりなんだ。今回はちょっとやり過ぎちゃったけどね」
「お膳立て…今回…?」
一体何の事だ、とカミサマを見れば、説明が足りなかった事に気付いたのだろう。
ぴっと人差し指を立て。彼は笑顔で宣った。
「名付けて『強引にレベルアップさせよう大作戦!』」
「は…?」
「魔物のレベルを強引に上げて、君と無理やリ戦わせてみせたんだっ」
魔物のレベルを強引に…?
すると、異常なまでに早くレベルアップした『すっぴんボア』がそうだって事?
「わ、私が『初心者狩り』に遭ったのも、変なアイテムを買わされて店の人バトッたのも、カミサマの所為!?」
「それは単に、君の運が悪かっただけ~」
「えぇ…」
少なくとも、普通じゃあり得ない事が起きた際は、カミサマが手を加えていたと言う事になる。
であれば―ー
「…もしかして、センジュも?」
「あぁ! 流石に『センジュ』はやり過ぎかなーって思ったけど…『彼』が居てよかったね?」
ーー彼。
それが魔王様を指しているのだと私には解ったが、何故カミサマがそれを知ってるんだろう。
まさか、その様子を此処から見ていたのか…?
「まあ、ニンゲンなんて、死んでしまったら何もかもがおしまいだからねっ」
「…え」
「――記憶も、想い出も、居なくなった人の事なんて誰も覚えてない。時が流れれば、いつかは忘れて行くんだから」
そう口にしたカミサマは、笑ってるようで…何処か悲しい顔をしているように見えた
「だから、君は頑張って『生きて』ね」
「…もし、異世界でも死んだら?」
「今度こそ死ぬねぇ。二度目の転生なんてものはないよっ」
それを教えて貰えて、本当に良かった…!
絶対に、死にそうになるような怪我だけは気を付けようと、私は心に深く刻んだ。
「今回は僕が『お話』をしたかっただけ」
「今度は危なくない形で会いたいもんです」
「あははっ。僕はもう君に会いたくないなぁ」
本人の前で普通、そんな事言う?
レンは思わず深い溜息を吐いた。
上を見上げても其処に在るのは『空』ではなく、ただただ『白』が広がり続ける世界。
カミサマなら、その辺をチョイチョイと素敵な景色に変えたりとか、出来ないのかな。
異世界に飛ばせる力があるのなら、それくらい出来ても不思議じゃないと思う…
「あ…聞いてもいいですか?」
思い出したように、レンはカミサマへ視線を戻す。
ついでだから最後に一つ、聞いておきたい事がある。
カミサマの言う通り、こんな所に来ない限り、彼に会う事もなかっただろうから。
「何かな?」
「此処に『偶然』迷い込んだにしても、どうして私を異世界に行かせてくれたんです?」
「それはね―ー…」
翠に輝くその瞳が細められ、カミサマの口元には笑みが浮かぶ。
「ただの気まぐれさ」
「気まぐれ…あっ…」
そう口にしたその瞬間、突如として足元に黄金に光り輝く魔法陣が現れた。
自身の身体を包み込んだ輝きは、足をぴったりと地に固定し、もう身動きすら取れない状態にあった。
二度目の光景だった。
きっと私は、またあの世界に行くんだろう。
私が居なくなれば、カミサマはまたこの場所に一人で――…
「行ってらっしゃい♪」
ヒラヒラと手を振る姿に、レンは慌てたように言った。
「ま…、またねっ。カミサマっ!」
「…っ」
そう言った時、一瞬だがカミサマは、少し驚いたような顔をした。
どうしてそんな顔をしたのか解らない。
それを聞く前に、私の身体はふっと消えてしまったから。
それが、私の見た最後の景色だった。
「またね――…か。困ったなぁ」
そう言われたら、また会いたくなるじゃないか。
その表情は寂しく、また独りになった事への心の表れだった――
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