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F級テイマー、大剣使いの嘆きを聞く


それぞれがテントを張り終えると、その夜は皆で持ち寄った食材でカレーを作った。

やはりキャンプ――いや、野営地えばカレーだ!

嫌な事思いをさせてしまったお詫びに、レンは自ら料理を振る舞ってあげようと決めた。


今回はちゃんと道具屋で着火剤を購入しているから、準備に抜かりはない。

肉や野菜なんかをゴロゴロ入れて、ルーを溶かし入れれば…はいっ、もう完成!




「…な、何だか見た目が凄いな?」

「料理は芸術。芸術は爆発なんで」

「そ、そうか。…頂こう」





私の料理に品性を求めてはならない。




「あっ。でも味は凄く良いですよ、レンさん! 食べられます、美味しいですっ」

「味は」




ディーネが頑張って褒めてくれた。

何で彼女はこんなに優しいんだろう…思わず涙ぐんでしまうよ。

でも、カレーなのに『食べられる』って何…




「…味は旨いな。見た目に目を瞑ればだが」

「せめて眼は開けて?」

「はは。いやしかし、本当に旨いぞ?」

「それはどうも」




目的のダンジョンには、明日の昼には到達出来そうだとウォルターは離していた。

何度かギルドメンバーと一緒に同行した場所でもあるので、道案内は彼に任せきり。

『ウィンドウ』の『マップ』で現在位置を把握すれば、まだ距離は少しある事が解った。


一つ、山を越えるくらいの距離はありそうだった。



パチパチと焚火の爆ぜる音がする。

夜は夜行性の魔物が活動をしやすく、冒険者達が交代で火の番をする事も珍しくはない。

パーティを組めば自ずとそう言った役割を担う事だってあるだろう、とウォルターはカレーを食べながら話してくれた。



レンも、そしてディーネも、外で夜を明かす事には不慣れだった。

だから先程、ウォルターが買って出たように、彼は見張りと火の番を夜通ししてくれるとの事だった。


ウォルターは言葉だけでなく、何処までも優しい人だった。

テントを私達から少し離れた位置に立てたのも、年頃の若い女の子を気遣っての行動だったのかも知れない。



…あ、私も『年頃の女の子』に見られているのか。





「おやすみなさい、レンさん」

「おやすみ、ディーネ」





それぞれが自分のテントの中に入る。

中ではすでにスライムが眠っており、すやすやと楽しそうな夢を見ているようだった。




『こんぺいと…むにゃむにゃ…』




夢の中でも金平糖を食べているのだろうか?

微笑ましい光景に目を細め、私も身体を休めようと準備をする。


しかし、まだ時刻は21時と私にとって、眠るには比較的『早い』時間だった。

この時間なら、眠気覚ましの栄養ドリンクを片手にパソコンに齧りついて、部下の分まで引き受けてしまったデータ処理の残業に勤しんでいる頃である。


毎日終電ギリギリで帰宅する日々を送って来ていた自分にとって、速い時間に横になるのは本当に久し振りだった。

この世界に来ていろんな事を経験しているけれど、割と規則正しい生活が送れている事に、自分でも驚いている。

三食のまともなご飯を食べているのが、その理由の一つでもある。


それでも朝に寝坊すれば、『遅刻だ!』と部屋中を駆け回り、慌てて支度しようとするのを、スライムが不思議そうな顔をして見ていた――なんて事もザラにある。



此処に来て、もう一か月は経とうとしている頃だろうか…




しかし、仕事がなくスマホもなければ、暇を潰せるような物もない。

夜は本当に眠るだけになってしまった。


まだ眠くなる様子もなかったので、ステータス画面を眺めたり、マニュアルを読んだりもしていた。

流石に、小一時間もしない内にまた暇を持て余し出してしまった。




「ウォルターに、コーヒーでも持ってあげる?」




見張りをしてくれている彼は、一体何をして時間を潰しているんだろうか。

せめて、話し相手ぐらいにはなってもいいんじゃないだろうか?




「…うん、様子を見に行ってみようかな」




ディーネはもう眠りについているだろう。

なるべく物音を立てないようにテントを出る。



夜の森は、静けさの中に微かな風のざわめきや、時折聞こえる動物の鳴き声が響き、まるで世界が根売りに着く準備をしているみたいだった。


ウォルターは、焚火の前に腰を下ろし、パチパチと爆ぜる炎をじっと見つめている。

何か、考え事をしているようにも見えた。




「ウォルター」

「レン? どうした?」




私の姿を見た彼は、少しだけ驚いたように顔を上げた。




「私はまだ眠くないから、見張りを交代でやろうか?」




レンはそう提案するが、彼は静かに首を振った。





「いや、此処は任せてくれ。昼間の戦闘で疲れているだろう? 見張りと火の番は俺がやるよ」




ウォルターの声は落ち着いていた。


焚火の明かりがあるとはいえ、一寸先は闇。

レンには木々の向こうに、何が居るかも解らないくらいだと言うのに、まるでこの闇の中でも辺り周辺がちゃんと見えているみたいだ。




「解った。でも、コーヒーぐらいは淹れさせてもらってもいい?」

「コーヒー?」

「少しは休憩して貰おうと思って。それにずっと一人で居るのは退屈でしょう?」

「話し相手になってくれるのか? 有り難いが…」




しかし、何かと渋る様子の彼をだった。

私はそんな彼の為に焚火でお湯を沸かし、コーヒーを淹れてあげる事にした。


この世界でも、カフェインの利いた飲み物がある事に、痛く感動したおは言うまでもない。

徹夜のお供として、自分には栄養ドリンクの次にお世話になったから。



「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」

「あぁ、ありがとう」




ウォルターは感謝の言葉を呟きながら、コーヒーを受け取った。

コーヒーカップやマグカップなんて代物ではないが、木の温もりの感じられる木製の容器にただ注いだだけの一杯である。


紙コップなんかがあればいいと思ったが、まだこの世界ではお目にかかった事はなかった。







焚火の炎をぼんやりと眺めているだけで、気分が落ち着くような気がする――

静寂中で聞こえるパチパチと言う音と、炎の温もりが、そうさせるのかも知れない。


同じようにして、焚火の炎をじっと見つめるウォルターの横顔。

それが何処か遠くを見つめているような影が差している事に気付いたレンは、ふと彼に問い掛けた。




「ウォルター。どうして冒険者になったの?」

「何だ急に?」

「いや、そう言えば聞いた事なかったなって」




彼とは何度かクエストを共にし、食事をする仲だ。

お互いに深く踏み入る事はなかった為、何処まで聞いていいのか距離感が測れずにいる。




「どうして…か」




ウォルターは、コーヒーをもう一口啜った後、ゆっくりと口を開いた。




「親父を殺した冒険者を探している」

「お父さん…殺されたの? しかも冒険者って――」


「俺が子供の頃に旅へ出た。仲間と一緒に」




静かに語る彼の横顔を、レンは黙ってじっと見つめる。




「俺と同じように、父もタンクとしてパーティの前線で剣を構えていた。いや…違うな。父に憧れて俺もタンクを選んだんだ。この剣は――その父の形見だ」




大剣使いだったウォルターの父。

それを追うようにして、彼もまた冒険者となり、大剣使いとなったのだ。




「幼いながらも、ずっと父の大きな背中を見続けて来た。あんな風に、誰かを護れるような存在に俺はなりたいと強く願ったんだ。強くて、誰よりも正義感があって、皆から信頼されていると――そう思ってた。」



「…思っていた?」




ウォルターの眼は遠くを見つめて、まるで彼の父が目の前に立っているかのように、語り続けた。




「ある時、家に冒険者が訪ねて来た。父と共に旅立った仲間達だ。俺は父が帰って来たのかと喜んだが、姿は何処にも居なかった――そして気付いたんだ。彼らが持って来たのは、父の亡骸だったんだ」


「…っ」


「『彼は自分が殺した』と、一人の冒険者は言った。俺は耳を疑ったよ。泣き崩れる母の前で、冒険者達は誰一人として口を開こうとはしなかった。謝罪の言葉すらなかったんだ」




思わず、胸をぐっと抑える。

まるで、自分が当事者になったかのような、胸が締め付けられる思いだった。




「まだ子供だった俺は、ただ泣き叫んだ。『出て行け」と物を投げて追い払う事しか出来なかったよ」




そして、彼の胸の中で渦巻いている、深い悲しみや激しい怒りを感じた。


大切な家族を失う事が、幼かった彼には、どれほど辛い事だっただろうか。




「やがて俺は冒険者となった。冒険者になれば、いつか父を殺した冒険者に出会えるかもしれないと、そう思ったんだ。今でも顔ははっきり覚えているが、それ以外、何処の誰だったのかなんてのは解っていない――と言う訳だ」


「…今も、探してるのね」

「そうだ。父を殺した冒険者を、俺は許さないと誓った。いつか探し出し、何処までも追いかけて、そして…」




其処まで言いかけたところで、はっと気付いた様に此方を見る。




「…気分が悪い話に着き合わせたな」

「ううん、大丈夫…そうだったんだね。気軽に聞いたりしてごめんなさい」


「いや、いい。俺もつい喋りすぎてしまった」


「そうだったんだ…」




レンは静かに呟き、彼の肩にそっと手に掛けてみた。




「辛かったでしょう…って、こんなの慰めにならないよね」




やがて、ウォルターは少し驚いた表情を浮かべ、そして微笑んだ。




「ありがとう。そう言って貰えると、少し心が軽くなるよ」




彼は感謝の言葉を口にしながら、再び焚火に目を向けた。





その後、焚火の前で二人は、静かに談笑する時間を過ごした。

だがそれも、時間が経つにつれて、ぽつり、ぽつりと会話が途切れがちになった。



…どうやら、私の眠気が先に来てしまったらしい。




「そろそろ寝たらどうだ?」

「ううん、平気」

「無理をせず、もう休んでいい」

「じゃあ…そうする」

「付き合ってくれてありがとう。…実は、一人で居るとあの時の事を思い出してな」




そう言ったウォルターは、少し困った様な笑いを見せる。


それだけ、父を失った出来事は彼の心を深く傷つけたんだろうと、そう思った。




「今度、機会があれば君の話を聞かせて欲しい。こんな暗い話ではない事をな」

「そうね。何か楽しくなるような話を用意しておくわ」




暗い夜空の下。


自分の心には父親を殺した冒険者を探すと言う重い使命があった。


だが今は少しだけ、レンとの新たな絆が自分の心を支えていた――そう思った



お読み頂きありがとうございました。

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