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F級スライム、星に願う



一匹のスライムが、街を彷徨い歩いている。

人間に見つからないよう小さな体を更に縮め、息を潜めて物陰に身を隠していた。





「どうしよう…」





ぽつりと呟いたスライムの言葉。

だがそれも、人通りの多い足音と喧騒にあっという間に掻き消される。


大通りは活気に満ち溢れていた。

行き交う人々の放し声や、店の呼び込みの声が響き渡り、街は色とりどりの光と音に包まれている。




「こんな道、通ったかな…」




小さな体を震わせながら、必死に辺りを見渡していた。


『彼女』とはぐれてから、どれくらいが経っただろう。



大好きな『こんぺいとー』を買って貰えて、ボクはご機嫌だったんだ。

お部屋に戻ったら、ご飯を食べる前にこっそり食べようって思ってた。


普段は『彼女』が管理してくれている小瓶を、今日は自分で持たせて貰ってた。


頭に乗せて運んで、それが何かに躓いたのか、コロコロ、コロコロと転がって行く。



『彼女』は丁度、大きな剣を背負った人間に会って、お喋りをしていた。



だから、直ぐに拾って戻ればいいと思っていたんだけど――…




「何処…? 何処に居るの、レン…?」




スライムの声は、震えていた。

レンの姿を探し続けていたが、大勢の人々の足に阻まれて。ますます視界が狭くなっていく。

おまけに暗くなれば暗くなるほど、人の姿はますます増えているように思えた。




「うっ…此処も知らない場所だよ…こわいよぅ…」




弱々しい声を上げながら、スライムはその場でじっとしていられなくなった。

不安と恐怖に押し潰されそうになりながら、必死に体を震わせた。




大きな人々が次々に通り過ぎて行く。

誰もスライムの存在には気付いてくれない。



普段なら、ボクを見ただけで人間は驚いたりする

喜んだり、笑顔を見せてくれる人間だっている

そう言う時はいつも、ボクに葉っぱをくれる優しい心を持った誰かーーだと言う事は、知っていた。


顔がそっくりな人間のおねーちゃん達は、いつもボクに優しかった

言葉は通じないけれど、ボクが笑うとおねーちゃん達も笑った


たまに二人が揃っていると、どっちがどっちだか見分けがつかなくて。

思わず困った顔をしたら、思いきり抱き締めてくれるのが、宿屋のおねーちゃんだって解って安心した。



人間は好きだけど…怖い


そう思ったのは、前にレンが知らない冒険者達とパーティを組んだ時だった。

冷たい眼をしていた人間達が、レンを傷つけた。


ボクは震えて、護ろうとしたけれど何も出来なかったのを、魔王様が助けてくれた。



仲間が人間を『こわい』って言うのも、その時初めて解った気がした。




「レン。何処に居るの…? 助けて…」




時々、誰かの足にぶつかりそうになりながら、なんとかその場をよけようとする。

でもボクの体は、まるで石みたいで、動けなくなっていた。



泣き虫なスライムの眼から、ボロボロと涙が溢れ出す。

街中の騒音の中で、自分の声は誰にも届かない。


スライムは魔物だから、ただの人間には聞こえないのだ。




「レン、レン…」




とうとうスライムは、その場で泣き崩れた。



弱虫で泣き虫なスライム。

人間には優しい人も居れば、怖い人も居る。

この大勢の中で、誰も自分を見てくれない事が、何よりも恐怖だった。



スライムは、さらに小さくなりながら、震え、泣き叫んだ。




このまま見つけて貰えないんじゃないか。

まるで、世界中で自分だけが置き去りにされたかのようだった。





「此処に居たのか」




その時――


冷ややかながらも、力強い声がスライムの頭に響いた。




その瞬間、スライムははっと息を止める。

声の主が誰か、すぐに解ったからだ。




「まおー様…!」




『彼女』ではない。


しかし、今の自分には『彼女』と同じくらいに信頼出来る人だった。



声が聞こえる。

ただそれだけの事なのに、とっても嬉しかった。


スライムの眼からは、別の意味でまた、涙が止まらない。




『あのね…レンがね、迷子になってて…』

「迷子はお前だ。あいつならお前が居なくなった事も忘れて、人間とバトッてたぞ?」


『えっ…!?』




スライムはぴたりと泣くのを止め、彼を見上げた。

目の前には、堂々たる姿の魔王が立っていた


彼はスライムの小さな姿に視線を向け、その表情は微かに柔らかくなっていた。




「お前が迷子になるなんて珍しいなっ!」




魔王の声は何処か茶化すような調子だが、スライムにとっては、その声だけで安心出来た。

まるで、何もかもが解決したかのように。

自分の心の中の不安が、一瞬で消え去って行く。




『まおー様…ボク、レンの所に帰りたい」




スライムの視界は涙で滲み、微かに声を震わせら。

レンと居る時よりも、彼の傍に居る時の方が、何倍も強い安心感があった。


何故なら、魔王は圧倒的な力を持ち、同じ魔族である自分を、決して見捨てないと知っていたからだ。



魔王はふっと笑い、スライムの目線くぉ合わせた。

その瞳の中には、嘲るような冷たさはなく、優しさが隠されていた。




「帰るぞ」


『うんっ』




スライムは微笑みを浮かべながら、彼の足元に身体を寄せた。

魔王様は無言で手を伸ばし、スライムをそっと拾い上げる。




人間が恐いって言うように、魔王様を怖がる仲間も居る。


でもね、そんな事ないよ。

だって魔王様の手に包まれて、今のボクの体は、ポカポカと温かい気持ちになるんだ。








「もっと! もっと安くなりませんかね、これ! ほらっ、ここんところ傷がついてる!」

「そりゃあおめぇ、嬢ちゃんが今さっき、傷をつけたんだろうがっ。責任もって定価で買い取って貰うぜっ!?」

「えええ…こんなガラクタ要らないよぅ」

「てめっ。ガラクタとは何て言い草だ!」




…魔王様の言う通り、レンはニンゲンとバトッていた。


ボクが居なくなった事に、全く気付いていないみたい。

何だか物凄く寂しくて、別の意味で涙がまた溢れそうだ。


そんな彼女の背中にダイブするように、ボクは魔王様の手からピョンっと飛び跳ねた。




『レンー!』


「わぁっ。えっ、何、どうしたの…あっ、折れた!? もうこれ定価で買います!!」

「言ったなっ!? 毎度あり! おととい来やがれってんだ!」

「あぁ…余計な出費だ」




ぐすん、と泣く泣く変なアイテムを買わされたレン。

値切り交渉は買い物の基本!だなんて言うけれど。あれは何に使うんだろう…


人間にすら解らないものを、ボクが解る筈が無かった。




『レン、お腹空いたー』


「あぁ、そうだね。ご飯にしようか…」

「オレっ、ハンバーグ!」

「はいはい」







◇◆◇






「何を見てるの?」


『こんぺいとー! いっぱい!』




スライムは、窓の縁にちょこんと座り込んで、夜空を見上げていた。

同じようにして空を見上げると、星々がキラキラと輝いている。


そうか、スライムにはあれが『金平糖』に見えるのか…




「あれはお星様だよ」


『キラキラしてるのに?』




確かにキラキラしているが、お星様だ。

甘いかどうかは知らないけど。




「まあいいか…綺麗だね」


『ビュンビュン―。シュンシュンー!」




星を見てそう表現しているのだろうか。

どっちかって言うと、やっぱり『キラキラ』の方が正しいんじゃないか?


そう思っていると、一つの星がキラッと流れて行く。




「流れ星だっ!! えぇと…今日買った変な置物が高値で売れますようにっっ!!!!」


『消えたー』


「まだ一回しか言えてないのにな…」




三回願い事を言わないといけないのに!




『こんぺいとーはすき。レンもすき!』


「オレはー?」


『まおー様もすきー!』


「オレも好きだぞっ!」






こんぺいとーが好き。



レンが好き。



まおー様も好き。



一緒にご飯を食べてくれる。



遊んでくれる。





だからみんな、みんな大好き!





このままずっと…



ずっと一緒がいいな!






お読み頂きありがとうございました。

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