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異世界転生者、カミサマと出会う


――もしもーし…




暗闇の中で、誰かの声が聞こえる。

男の人――だろうか?


聞き覚えのないその声だが、何処か安心感があるのは何故だろう。

もっと聞いていたい、そう思わせる程心地よい…


そんな誰かの声だ。




――もしもーし。ねぇ、聞こえてる?




聞こえてる…




――あれ、もしかして精神まで死んじゃった? おかしいなぁ…




と言っても、その意思は伝わらないようだ。


しかも『死んじゃった』って――…え?




声に誘われるように、意識が浮上していく。

薄っすらと眼を開けると、暗闇に一筋の光が差し込んだ。


ひやりと頬に感じる冷たさに、はっと目を覚ます。

真っ白な床の上で、私は倒れ込んでいたらしい。


顔を上げると、辺りは同じく真っ白な空間が広がっている。

それ以外に鼻にもなく、何処までも、何処までも『白』が続いていた。



何だ此処…?




「あぁ、良かった。目が覚めた!」

「貴方は…?」




暗闇の中。

揺蕩う意識の中で聞こえてきた声は、どうやら『彼』のものらしい。


初めに見えたのは、太陽――いや、金色の髪だった

太陽の様だと見えたのは、その髪が真白い空間の中で、キラキラ輝いていただけ。


そもそも、この空間に太陽なんてものはなかった。

空も何も、此処には本当に『白』しかない。




「初めまして。俺はカミサマ♪」

「…はい?」

「もっと面白い反応をしてくれてもいいのにー」




それは、私が余りにもリアクションが薄い…と言いたいのだろうか。

いきなり『カミサマ』だなんて言われて、それが名前なのか何なのかも解らない。


寧ろ怪しさが満点過ぎる。




「カミサマって…神様?」

「正解!」




パチパチパチ☆


笑顔で手を叩く自称『カミサマ』

正解したとて、嬉しくもなんともない。

寧ろ何故か神様?――と頭に疑問符さえ浮かべる。


この人は頭がおかしいのか。

そんな失礼な事まで思うくらいに、私の頭は現在進行形でパニックだ。




「失礼だなー。正常だよ」

「…口に出してました?」

「いいや? 僕はカミサマだから♪」




まだちょっと頭が追い付かない。


思った事を顔に出してしまうのが自分の癖だが、とにかくこの人の前では、余計な事は考えない方がいいらしい。



『カミサマ』と名乗ったその人は、終始ニコニコ顔で私を見ている。

私の考えている事が手に取るように解るのだろう、何かズルい。




「君は死んだ」

「え」




それは余りにも唐突過ぎる言葉だった。




「覚えてない? 車に轢かれてサヨナラーって」

「…例えそうであったとしても、人の死をそんなにニコニコと話す人が居ますかね?」

「悪いねー。これは生まれつきだから」




そう言って、カミサマとやらはまた笑った。

効果音をつけるとしたら、きっと『ニコー』や『にぱー』だろう。


生まれつきと言うのなら仕方がない…

間延びした物言いに、何処か此方が脱力気味なのは何とも言えないが。




「えぇと…死んだって事は、此処は地獄ですか?」

「カミサマが居る時点で天国って思わないの?」

「地獄にもカミサマは居るでしょう。それに私は、天国に行ける程、徳を積んだとは思ってないし」

「あっは。そう言う考えねー?」




私の発言が可笑しかったのか、くつくつとその人は笑い出す。

この人は、良くも悪くも笑顔を絶やさない人だ。




「間違いを正すと、此処は天国でも地獄でもないよ」

「じゃあ何処…」

「次元の狭間――とでも言えば解る? 要するにあの世とこの世の境目だ」




『次元の狭間』


それはこの真っ白な空間の事を言うのだろうか。

此処には私と、このカミサマの二人しか居ない。




「たまに居るんだよねー。此処にこうして迷い込む『彷徨える魂』が」

「それって、私の事?」

「だって君、死んだでしょ」

「…覚えてません」




嘘だ、本当は覚えている。

勿論死んだかどうか、最期の瞬間までは覚えてない。

私の記憶は車に跳ねられ、轢き逃げされ、絶望を感じていた。


…が、あの状況で何もない言うのもおかしな話だ。



最悪死んでいて、運良く生きたとしてもきっと病院送りに違いない。

その後の事は――血まみれの姿を考えただけで、背筋がゾッとする。




「とまあ…そう言う訳で!」




そんな私の思いとは裏腹に、このカミサマはぱちんと両手を合わせ、つとめて明るい声色で言った。




「これまでの人生を今まで頑張って来たご褒美だ。君に異世界転生のチャンスを与えよう」


「い、異世界転生?」




小説等でよくある――死んだ人間が異世界転生して、気ままにスローライフや旅をするって言う、アレ?


多少読み齧った程度の浅い知識であるものの、それがどんな事なのかは想像がつく。




「そう言う事。でも異世界転生させるだけだから、後は自分で何とかしてね」

「こ、こう言う時って、ボーナス特典とかチート能力だとか…」

「あははっ。そんな都合のいい話がある訳ないだろう?」




…期待したのに、思い切り笑い飛ばされた。


おかしいな。

大抵の物語は転生する時に、死んだ人間にとんでもないチート能力を与えたりして、強くてニューゲーム状態な筈なのに。




「異世界転生モノの読み過ぎじゃない?」

「だ、だからいちいち人の思考を読まなくてもっ!」

「読まなくても、その顔を見れば解るさ。まさに『絶望』だねっ」




自分が死んだだけでもまだ受け入れていないのに、此処に来て異世界に転生?

しかも何も持たない状態で?


そんなの、異世界転生どころかただの転生だ。

いや、異世界かどうかも甚だ怪しい所である。


この人、本当にカミサマ?

思いやりってもんがないんじゃない?




「い、今まで頑張ったご褒美だって言うなら…私は仕事を休日返上で頑張ってたし、少しはオマケしてくれても…っ」


「此処での事は飛ばされた先では覚えていないだろうし、今聞いても聞かなくても同じだよ?」

「何処に飛ばされるかも解らないのに!」

「それは行ってからのお楽しみだよ」

「…ぐすっ」

「あー、解った解った。しょうがないなぁ…」




強かな泣き落とし作戦は成功だ。

意地悪かったカミサマだったが、私が余りにも困惑しているのを見て、不憫に思ったのだろう。


顔の前にぴっと人差し指を立て、彼はこう言った。




「じゃあ特別に一つだけ教えてあげる。君は異世界で『テイマー』として生きるんだ」

「…テイマー?」




それは『異世界転生』モノであれば、魔物やモンスターを手懐けたり、飼い慣らしたりする人の事を指す。


どうしてそんな知識を持っているかと言えば、言わずもがな生きていた時の記憶である。


そして私の生きていた世界で『テイマー』と言う職業は、おそらく動物などを飼い慣らす『調教師』的な意味合いを指し示すと思う。

勿論、魔物やモンスターでさえも現実には存在しない。

せいぜい、人をそんな風に揶揄するくらいにしか使われない言葉だ。




「優しい優しいカミサマが教えてあげられるのはそれだけ。じゃあ、行ってらっしゃい」

「…行ってらっしゃい?」




その言葉の終わりに、カミサマは右手の親指と中指を重ね合わせ、ぱちんと音を打ち鳴らす。

同時に私の足元からは、黄金に輝く六芒星がくるくると回転し、その光が私の身体を包み込んだ。




「えっ!?」




突然の事に私は困惑して動けなかった。

いや、文字通り――その場から一歩たりとも『動けなかった』



これはもしかして、今から異世界に行きますって言うパターンでは!?


そんな、いきなり過ぎる…!

心の準備だって出来てないのにっ!?




「ま、待って! もっと他にも聞きたい事が――!」

「これ以上はダーメ♪」




意識がぷっつりと途切れる前。


にっこりと笑って手を振る、憎たらしいカミサマの顔。



それは『私』の見た最後の景色だった――





「…行っておいで。今度こそ幸せに」




囁くように放たれたカミサマの言葉を



私は聞く事も出来なかった。








◇◆◇





――そして、今に至る。


カミサマのお陰で本当に私は何処かに飛ばされたらしい




再び目が覚めた時、鬱蒼とした森の中に私は倒れていた。

寝起きなのか、ぼーっとする頭で辺りを見渡した時、まだ自分は夢の中に居るものだと思っていたっけ。


でも、ギャアギャアとカラスが鳴くような声や、独特な草木の臭いを鼻腔に感じて、夢と思っていた景色が徐々に現実味が帯びて来た。



朧気だった記憶も、一つ一つを思い出して行けばより鮮明になっていく。

あのカミサマは『此処に来たら忘れている』とか言っていたけれど、私の記憶が良かったのか?

それとも本当は忘れないようにしてくれていたのか?

それを知る術はなかった。

何しろカミサマとはもう会えない。

あの真っ白な空間が何処だったのかさえ、解らないのだから。



そうして記憶を思い出して行った後で、漸く此処が何処なのかを考えて、とりあえず歩く事にした。

本当に異世界なのかもまだ疑わしいし、ただ森の中に放って置かれている状況なのかも知れない。


私にドッキリをしかけるにしても、テレビに出るようなタレントでも芸能人でもお笑い芸人でもないから、それはあり得ないだろうけど…

例え友人達の手の込んだドッキリだとしても、日々忙しい毎日を過ごす彼女達には、そもそもそんな時間はないだろう。


第一、私の為に大層すぎるドッキリ過ぎて逆に引く。




「暗いし。何か怖いな…」




それにいつまでもこんな森の中に居ては、何が出て来るかも解らない。

小動物ならいざ知らず、野生の熊とか、もしかしたら出て来るかも知れない。

虫は…最悪叫ぶのを我慢する範疇だ。

出来るなら出会わない方がいい。



街の中のように電灯はなく、灯りも殆どない真っ暗闇。

自分が何処に居るかも解らない状態で、歩き出すのは非常に危険だった。


けれど、このまま待っていても夜はなかなか明けない。

せめて見知った場所にでも出てくれれば、少しはほっと出来ると歩き出す事に決めた。



そんな風に周囲に目を配らせながら歩く事、飴二つ分。

未だに森は抜けず、景色は最初と殆ど変わらない。


空を見上げても、木々で覆い隠れるくらいに鬱蒼としていて、空が余り見えない。

夜だと思っていたのに、カミサマとの邂逅で時間が経っていたのだろうか。


そして此処は一体何処なのか。



少なくとも、私が住んでいた地元や地域には、こんなに続く森林はない。

都会も都会、公園なんてこじんまりとしているくらいだ。

昔は大きかった公園も、都市開発だのなんだので取り壊されたり、森林を伐採してマンションやビルにしたりと、十年、二十年で大分様変わりしている。

何年か前、久しく帰っていない地元に帰った時、見知らぬ場所に来たのかと戸惑うくらいだった。


昔は、小学校近くに『野鳥の森』と言う場所があって、授業の一環で散策なんかしたりした。

虫嫌いな私が、一番嫌いな授業だ。




「あのカミサマに担がれてたりして…」




意識を失う前に見た、あの憎たらしい笑顔。

一方的に話すだけ話して、後は適当にだなんて勝手が過ぎるんじゃないか。


やっぱり異世界転生なんて嘘では?

自分の名前は思い出せるし、記憶だって段々とはっきりして来た。



でも『転生』と言うからには、私は一度死んでいると言う事で――




轢かれた痛みと、辛さ、衝撃は、やはり覚えていない。

迫る恐怖だって、本当に気付いたら…だった。


しかし今、身体に異常はなく普通に動けている。

現実ではあり得ない出来事と言うのは、間違ってなさそうだ.



森の中は全てが平坦な道と言う訳でなく、上りがあれば下りもある.

道路なんて舗装されたものはなく、ほぼ獣道。

時に川を飛び越え横断し、渓谷の断崖絶壁を見下ろして恐怖もした。


現代社会において、私は事務職として働いている。

つまりデスクワーク。デスクワークなんだよ!


営業職の様に外回りはしないし、体力だって通勤や満員電車ぐらいにしか使わない。

要するに体力のない貧弱人間。


そんな私がこんなにも長い事歩き続けているのは、本当に気合でしかない。

しかもハイヒールのお陰で足は酷く疲れてもうパンパンだ。

身体は汗でベタベタ、ブラウスが肌に纏わりつき、ストッキングはいつの間にか伝線して破れている。




「もう駄目だ、疲れたっ!」



ついにはスーツが土で汚れるのも構わず、仰向けに身を投げ出していた。

空は相変わらず暗い。気分まで落ち込んでしまう。




「あー…もう無理。本当に此処は一体何処なんですかね?」




そして現在、私は迷子である。

そもそも何処に行っていいのか解らないから、最初から迷子だった。




「誰か助けてくれないかなー」





お読み頂きありがとうございました。

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