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F級テイマー、お勉強する

先日『旅立ちの泉』の光景を見てから、レンはもっといろんな景色が見てみたいと思うようになった。

その為には、もっと戦闘を重ねて戦えるようにならないと、いつまでも逃げ回っててはどうしようもない。


それからは気持ちを新たに、スライムと共にクエストに挑んでいた。

いつもスライムに戦いを任せている自分も、時にはダガーを抜いて魔物に攻撃する――と言う小さくも大きな努力をするようになった。



勿論、最初は息が合わなかった。


レン自身が戦闘に不慣れ過ぎる事もあり、思うように戦えなかった。

しかし、戦闘に関する知識を高め、更にはダガーの使い方を武器屋の店主に学んだりと、自分なりに出来る事を模索していった。


お陰で最近は、お互いの動きが自然と噛み合うようになって来たと思う。




「行くよスライム! 準備して!」




声を掛けると、スライムはぴょんと跳ねて前へ進み、周囲の魔物に向けて小さな体を少しだけ膨らませる。

敵が油断して近付くと、スライムは体を飛ばして弾き返し、その隙にレンがダガーを振る。

スキルを使わずとも、立ち回りへの知識と経験さえ積み重なれば、戦い方は無限大だ。




「ナイス、スライム!」

『やったー!』




此方の声に応え、嬉しそうに小さく跳ねた。

スライムが前衛で魔物を引き付け、レンが背後から一撃を繰り出すと言う流れは、少しずつだが形になって来た。


かつては護り、護られるだけだった互いの存在が、今やお互いをフォローし合う

そんな信頼関係を少しずつ築き、立派に戦う姿を見せる。



しかし、自分よりも体の大きなすっぴんボアや、かつて仲間だったかもしれないスライムを前にすると、今でも一瞬、スライムは怯んだ様子を見せた、

戦闘が恐いのは、レンも勿論同じだ。





「今日は、何にしようかな」




冒険者ギルドのクエストボードの前で、暫くの間悩み続けていた。


ステータスではパラメーターが着実に上がっている。

レンもスライムも、冒険者として強くなっている事が見て取れた。


小石拾いや討伐クエストを経験していたが、もっといろんな事を経験したい。

その為には、他にもクエストを探す必要がある。





「今のランクで、私のレベルでも受けられるのはと…」

「クエストを探してるのか?」

「え?」




気付くと傍には、大きな剣を持つ大剣使いーーウォルターが居た。




「ウォルター。そうなの、何かないかと思ってね」

「最近頑張ってるみたいじゃないか」

「そ、そうかな…まだまだ戦闘は不慣れだけどね」

「しかし、あの時よりも動きは随分いい。さっきもちゃんと魔物を倒していた」

「み、見てたの?」

「クエスト帰りで、お前を見かけたのでな」




彼とは『小石拾い』で一緒になったきりだが、それ以降は海月亭で、そしてこの冒険者ギルドでよく顔を合わせている。


言葉を交わし、時に一緒に食事をする事もあった。



成長している――そう言われて悪い気はしない。




「そっかー…ふふっ」




彼の眼からも、私はそう見えているのか。

それが何だか嬉しくて顔が綻んでいた。


そんなレンを見て、ウォルターは一つ、咳払いをした。




「…あー。お前が良ければこの後、飯でもどうだ?」

「ごめんね。この後はクエストに行くの」

「そ、そうか。また小石拾いか? 良ければまた手伝うが…」

「ううん。ダンジョン! パーティを組んで行くんだ!」





レンは初めて他の冒険者達と、パーティを組む事になった


入ったのは、E級の冒険者が集うパーティだった。

自分にとって、ウォルター以外の人と初めて組むパーティである。




「君がレンさん? 募集主です、初めまして!」

「よ、よろしくお願いしますっ」





爽やかに挨拶をするリーダーと、他にも二人。

彼の仲間だと紹介された冒険者が居た。どちらも男性だ。


それぞれに『よろしく』と挨拶と握手を交わして、『冒険者証』を提示し合う。


ウォルターの時もそうだったが、この『冒険者証』は互いの身分を証明するものらしい、

こうしてパーティを組んだ際は、ランクや職業、経歴なんかに虚偽が発覚しないよう、提示すると言うのが『暗黙のルール』


それに倣い、レンも自分の冒険者証を彼らに提示した。

F級だが『テイマー』と言う職業に、彼らは互いに顔を見合わせた。




「俺達のパーティにテイマーが入ってくれるなんて、こんな嬉しい事はないよ!」

「あと一人、後衛で戦える冒険者が欲しかったところなんだよなっ」

「テイマーなら…心強い…」




そうか、テイマーは後衛なのか。

確かに前線に立って、身体を張るような立ち位置ではなかった。

ダガーを持ってはいるが、基本的にはスライムの力を借りて魔物を倒している。


近接系と言うよりも、遠隔系と言った方が正しいかもしれない。

スライムも『おくちてっぽう』を使うし。




「じゃあ早速だけど、クエストについて確認するね」

「はい」




クエスト内容は『森の中に在るダンジョンに入りお宝を入手する』――と言うシンプルな内容。

ランクは『F級』のクエストだった。


これなら私でも出来そうだし、何より他の三人のランクは『E』

頼りになる人たちと組めるのは、とても有り難い話だ。


爽やかな彼は片手剣の剣士。

屈託のない笑顔が印象的なあの人は斧使い。

物静かそうな彼はガンナーと言った、それぞれ特色を持つ職業で構成されている。


ただ一つ。

気になる事があるとすれば、ロール的にもバランスが取れているものの、ヒーラーたる回復役が居ない事だ。




「――とまあ、こんな感じなんだけど。何か気になる事はある?」

「そうですね…パーティにヒーラーは居ないんですか?」


「このダンジョンは比較的楽な敵が多いからね。俺らはレベルも装備も強いから、早々やられる事はない。君の事は僕らがしっかり守るから大丈夫だよ」

「おぉっ、安心して下がってろ!」




胸を張って豪語する斧使い。

彼が先頭に立ち、タンクとして攻撃の手を一手に引き受けてくれるらしい。

その所為か、身体や身体のあちこちには擦り傷や切り傷がいっぱいだ。


剣士の彼も、握手をした際には掌に剣だこが出来ているのを見た。

きっと、色んな戦闘を経験しているんだろう。

それに比べ、自分の手は綺麗なものだ。




「敵は撃ち殺すから安心して…」

「た、頼りにしてますっ」




このガンナーは影が薄い――と言うか、気配を消すのが上手かった。

声を発する事で、漸くその存在を認知出来るくらい。

彼に慣れるまでは、ちょっとだけ時間が掛かりそう。




「よし。じゃあ行こうぜ」

「そうだね…」


『がんばろー! ねっ、レン!』


「うん! 頑張ろうね」

「ははっ。魔物と会話出来るなんて、テイマーって凄いね」









――…今でも私は、思う。


彼らの瞳に潜む冷たい光に。


どうして、気付く事が出来なかったんだろう…






◇◆◇






魔物の群れは敵意剥き出しに、冒険者達の肉体に噛み付かんと襲い掛かって来る。




「おりゃあああっっ!!l」




全身を使って大斧をブン回し、魔物の動きを牽制する斧使い。

ビュンビュンと激しく風切り音が空気を裂き、後衛に立つ自分の元にまで聞こえた。




「空中の敵は任せてくれ…」

「頼んだよっ」




空を飛ぶ魔物の身体を、ガンナーの銃が火を吹いて貫いた。

牽制され、狼狽する魔物たちを背後から、素早い動きで剣士の片手剣が首をハネる。

同じ冒険者でも、職業や戦い方でこうも違うのか。




「す、凄い…!」




見事な連係プレーにただ感心し、本当にレンは立ち尽くしているだけである。

彼らの動きには無駄がなく、目を見張るものがあった。


これならそう強い敵に遭遇しない限りヒーラーの心配もない。

例え傷を負っても、ポーションなどの回復を準備しているので抜かりはなかった。




「やったな!」

「当然!」




コンビネーションが決まれば、ハイタッチで互いの健闘を讃える。

その姿に、三人の絆は強く、それでいて付き合いが長いのだと解った。




「怪我はないかい?」

「あ、はい。すみません、殆ど私は何もしてなくて…」

「気にしないで。僕達が好きでやってるだけだから」




にこやかに笑う剣士は、物腰が柔らかく、とても優しい人だった。




『レンー。金平糖が食べたーい』

「金平糖は、後でね』

『あーとーでー!』




スライムは、キラキラした目で楽しそうに跳ねながら、後ろをついて回った。

金平糖を貰えると言う期待を、今か今かと待ち望んでいる。




「金平糖? 何だそりゃぁ」

「この子、金平糖が大好きで…」

「へぇ…スライムなんかにも、好みがあるんだ」

「スライムなんか、ですか…」




スライムなんか――


そう言ったガンナーの言葉に、レンは小さな棘の様なものを感じた。

魔物が人間と一緒に居るのは、冒険者にとっては本当に珍しい事らしい


街で知らない人とすれ違えば、必ず取っていい程振り返られた。

広場で井戸端会議をする、おばさま方の話題の一つにもなった。


人と魔物が一緒に居ると言うのは、この世界は本当に奇妙な光景らしい。




「あぁ、気を悪くしたなら謝るよ…スライムが―――魔物が人間と旅をしているなんて、余り見た事がないから」

「確かに」

「テイマーは今も昔も希少だしな」

「皆さんは、他のテイマーを知っているんですか?」

「僕らも殆ど噂でしか聞いた事なくてね」

「世界のどっかには居るじゃねぇの」




そんな事を話しながら、レン達は舗装された石畳を進んで行く。

目的地までは、剣士の道案内で行動していた。

斧使い曰く『俺は地図が読めねぇ!』だそうだ。




「此処からがダンジョンだ。皆、準備はいい?」

「おうっ!」

「うん」

「頑張ります!」


『がんばるぞー!』




ぽっかりと大きく口を開いた、大岩に囲まれた洞窟。

ダンジョンは、その洞窟の中へと続いていた。

中は暗く、灯りがないととてもじゃないが進めそうにない。




「此処では松明は必須だよ。君も持っているといい」

「あ、ありがとうございます」




手渡されたのは、太い木の棒。

その先端には、油を染みこませた布が巻かれており、着火するだけで炎がパチパチと音を立てた。


四人分の松明の明かりが洞窟内をしっかりと照らし、それだけで心がほっとするのを感じる。

洞窟を進む時は『松明』が必要だと言う事を、レンはまた一つ学んだ。




「洞窟なんて初めてです」

「へぇ。そうなんだ? てっきり、あちこちを潜ってるのかと思ってたよ」

「いえ全然。まだ戦闘もからっきしですし…」

「けど、クエストをよくこなしてるって聞くぜ? それなら報酬もたんまりじゃないのか?」

「それは、ただの小石拾いとかで貯めてて…あれ、良く知ってますね?」

「君の活躍、割と冒険者ギルドで耳にするからね。何せテイマーだし」




テイマーと言うだけで、その行動も情報として耳に入ってくるほど、冒険者ギルドは情報の宝庫だった。

自分がいつ何処で何をしているかなんて、見られてるとも知られてるとも思わなかった。

そう言えば、ウォルターも知っていたな…


これからは、もうちょっと行動に気を付けた方がよさそうだ。




洞窟内はを歩く度、声が反響して返って来る。

余程深い穴なのか、外の空気とは違って、何だかジメッとしている。

早くも身体は、新鮮な空気を求めていた。


足取りは段々と重い。

正直余り進みたくないとも思ったが、戦闘を進む斧使いと剣士。

そして背後を護ってくれるガンナーに挟まれて、レンは止まる事が出来なかった。










――ザシュッ



剣士の一閃が、魔物を切り裂いては沈黙させる。




「凄い! また倒した!」

「うん」




見事な連係で敵を倒す姿に、レンはまたも感心していた

だが、その反応もいつしか素気ない物になりつつある。


道中での会話も途切れがちになり、彼らの眼には、冷たい光が宿っていた…ように見える。

そんなパーティの様子が、徐々に変わっていくのを気付かないほど、私も馬鹿ではない。



もしかしたら、自分が余りにも鈍くさくて何もしないから、呆れられてしまっているのかも知れない。

何もしなくていいだなんて、言葉そのままに受け取ってしまうなんて、ただの姫ポジじゃないか。


次に魔物が現れたら、私もスライムと一緒に戦おう。

流石に何かしら働くべきだと、今更ながらに思った。




「そろそろ――かな」




そんな折、洞窟内を進む剣士がぽつりと呟いて、此方を振り返った。




「此処で少し休もうか」




てっきり呆れている。

そんな風に思っていたが、剣士の表情は笑顔だった。


怒っている様子ではない。

そっと他の二人の顔を盗み見たが、何ら変わりなかった。


単に自分の気の所為――なのか?




「…は、はい」

「どうしたんだい?」

「いえ…すみません、ロクに戦いもせず」

「気にしないで。それにクエストはこれからなんだ」




そうだ。

今まで私達は、ただ道中を進んで来ただけ。

本来の目的は、この洞窟でクエストを完了させる事に在る。


此処から、挽回すればいいんだ。




「はいっ」




意気込んだレンに、剣士はそっと微笑んだ。



休息の為、持っていた松明を重ねると、即席の焚火が出来上がった。







「そろそろ頃合いか?」

「…あぁ、そうだね」

「オーケー」




その時、剣士と斧使いが顔を見合わせて頷いた。

何が頃合いなんだろう?


――そう思っていると、二人の視線が私に集中した。




「え――…」




戸惑い、思わず一歩後ずさる。


先程まで見せていた笑顔は其処にはない。

ただ無表情で、冷たい視線だけが真っすぐにレンを見ている。




「え?」




すると、背中に何か固い感触を感じた。

振り返ると、仲間だった筈のガンナーが、無表情で銃を突き付けているではないか。




「な、何を…」




問い掛ける間もなく、突然の剣を抜く音。



――剣士だった。




彼が抜いた剣の刃が輝きを見せた瞬間、全身には重い衝撃が走っていた。




「うっ!?」




レンはその場に倒れ込み、地面に手をついた。


斬られたーー?



そう頭で理解したのは、右腕から滴る血を眼にした後だった。

着ていた旅人の服の袖がざっくりと裂けているが、斬られた箇所はまだ浅い。


わざとそうしたのか、それともたまたまなのか…

しかしどちらにしても、レンの身体を恐怖に陥れるには十分だった。



突如として変わった空気。

そして彼らの様子に息を呑む。


その冷たい瞳には。確かに悪意が宿っていた。


そうでなければ、いきなりこんな事をする理由がない。




「…はっ…はぁっ…!」




痛みがじわじわと広がる。

をするのを忘れていた身体は、漸く呼吸をしようと震える吐息を漏らす。

息をするのも苦しいと、全身が震えた。




「な、何、で…?」




つい少し前までは、共に笑い合っていたじゃないか。

いくら私が戦闘に不参加だったからって、その腹いせにこれはやり過ぎだろう。




「初心者を狩るのに、お前みたいな青二才を騙して金品を奪うのが、僕達の『クエスト』だよ」

「おい、金品を全部出せ。抵抗するなよ? 新入りってのは、こうやって『勉強』するもんだ」




ガンナーが。


剣士が。



剣士でさえもが、命を脅かしてくる。




背筋が凍った。



人に刃物を向けられたのは人生で一度だってない。


初めてのパーティで、こんな裏切りに遭うなんて想像もしなかった。




「そうそう、その顔。君みたいに冒険者になりたての奴が絶望する顔、一難そそるんだ」




『初心者狩り』――


仲間だと思っていたのは自分だけだった。

彼らは優しい冒険者を装い、自分の様な『初心者』を騙しては、金品を奪う愚行を繰り返していたのだ。




「女で、しかもテイマーだなんて、君はいいカモだと思ったよ。金品を奪ってちょっと遊んだ後に、売り払えばいいだけだ」




その言葉を耳にした時、ふとウォルターの顔が頭に浮かんでいた。

小石拾いに同行して貰った際、彼はレンが女であり、そしてテイマーである事を懸念しているように見えた。

今になって思うと、それはどちらも狙う理由として、十分過ぎる獲物だったからじゃないのか?


それを彼は、心配してくれていたんだろう。


恐怖で身体が硬直し、何も出来ないまま彼らは近付いて来る。




「スライム…逃げて…」




必至に声を絞り出し、せめてあの子だけでも――と、逃げるように指示を出そうとした。

だが、スライムは傍を離れようとはしなかった。




『ぷぅぅぅっ!!』




泣きそうな顔をしながらも、息を吸い込んでせ小さなその体を膨らませ、必死に自分を護ろうとしていた。




「どけ」


『ぐぴゃっ!!』


「スライム!?」

「ははっ。テイマーって言うから、どんだけ強い魔物を連れてるかと思えば…ただのスライムかよ」




斧使いが、まるで足元に転がっていた小石をどけるように、スライムを蹴り飛ばした。

勢いよく跳ねた体は岩壁に激突し、『うぅ…』と、切なげに声を上げる。


なんて酷い事を…!

恐怖の中に、怒りは確かに其処に在った。


けれど、武器を突き付けられたせいで、身動きが取れない。



何処か興奮したような息遣いをする男達を前に、背筋がぞくっとするのが解った。







――その時だった


突然空気が一変し、冷たい風が辺りを吹き抜けた。

松明の炎は大きく揺れ動き、四つの影が辺りを見渡した。




「まって…誰か、居る――」

「あん?」

「え?」




ふと、ガンナーが何かに気付いたように言った。

二人の仲間を、正確にはその背後に居る『誰か』に向けて、指を指している。




「楽しそうだなっ。今日は何をしてるんだ?」




――魔王様、と私の唇が小さく動く。


何処からともなく現れた魔王。

その場に似つかわしくないくらいに明るく、子供の様に無邪気な様子で彼はそう言った。


この状況の、何処が楽しそうだと言うのか。


いや、魔王にとって人間――


中でも『テイマー』たる自分は、単なる『興味の対象』だ。

特に理由もなければ助けを差し伸べる必要もない。




「急に、襲われて…っ」

「そう言う遊びか!」

「ち、違うっ…痛っ!」

「――…こいつらがやったのか?」




痛みに耐えつつ、頷く。

其処で漸く、彼はその場の『異変』に気付いた様だった。




「…そうか」

「だ、誰だお前っ!」

「何処から現れたっ!?」




男達が叫び、警戒する様に武器を向ける。

だが、魔王様は一切の返答をしなかった。


彼は、無表情で男達を見下ろしていた。

まるでこの出来事が、退屈な日常の一部で絵あるかのように。




「消えろ」




そう呟くや否や、魔王様が軽く手を振る。


すると、すぐ傍に居たガンナーの身体が一瞬で闇に包まれ、次の瞬間、その姿は闇に飲み込まれた。

言葉を発する暇も与えず、何の痕跡も残さない。


まるで彼が、最初から『存在しなかった』かのように。




「なっ…!?」

「お、おいっ、何処行ったんだよあいつ…!? 何で急に――…」




そして、その言葉を最後に、斧使いの男もまた『居なくなった』


一人、また一人と消えて行く仲間。

何が起こったのか解らない、しかし元凶は目の前の男――魔王に在るのだと剣士は喰ってかかる。

その顔には焦りの色しかなかった。




「…くそっ、一体どうなってんだ! あんた何かしたのかっ!」

「何かしたのは、お前だ」

「何…っ!?」

「斬ったのは、お前だろう?」




まだ乾いてない血を滴らせた剣を指差し、彼は言う。

剣士の手は震えていた。

だが逃げられないと悟ったのか、ぐっと剣を持つ手に力を籠める。




「く、くそっ。…誰だか知らないが――死ねっ!」




勢いよく飛びかかり、剣士が大きく剣を振り上げる。

魔王がゆっくりと男に向かって手を翳すと、周囲に無数の黒い剣のようなものが、何処からともなく現れた。


全身を黒く染め上げた無数の刃が、男に向けられる。

次の瞬間、目にも留まらぬ速さで刃が次々と剣士の身体に深く、深く突き刺さっていた。




「がっ…!?」




おびただしい量の血を吐き出して、剣士の身体は為す術もなく、その場に崩れ落ちた。

ガシャン、と手から滑り落ちた県が激しい音を立てる。


男は、それ以上の言葉を何も発する事はなかったーー…




…死んだ?


目の前の出来事が信じられないかった。

裏切られた時以上の絶望と恐怖を、私は感じていた。


人が死ぬところですら、目の前で見るのは初めてだった。




「な、何も、殺さなくても…っ」

「殺されそうになった奴が言う台詞か?」

「それは…そうだけど…っ」

「あいつは剣を向けた。だから殺した」




その圧倒的な力を目の当たりにし、言葉を失った。

私を助けてくれたこの男は、何者なのかーーその答えは明らかだった。


…忘れていた、彼が『魔王』なのだ。




「その内、此処に棲む奴らの餌にでもなるだろう」




悪逆非道を繰り返す、残虐で、残忍で、絶大な魔力を持つ、魔族の王。


強大な力を持つ悪魔や魔物を率いて、人間に害を与えては数多くの冒険者達を葬った――




「…人間は弱いなっ!」




にぱっと笑うその顔は、相変わらず無邪気である。

しかしそんな彼の姿も、レンの眼には完全に『恐怖の対象』として見ていた。


その事を、全身の鳥肌が立つほど理解していた。




「あ…っ」




声が、震えた。



その場から立つ事も、動く事も出来なかった。



ぴゃっ、とスライムが鳴いた。


それが本当に鳴いたのか、それとも泣いているのかどうか、解らない。

ぷるぷる、ぷるぷると震えている姿が、視界の端に見えている。


手汗がじっとりとしており、指先が震えている事に気付いた。

泣いているのなら、その涙を拭ってやりたい。



でも、出来ない。



無理矢理力を籠めようとしても、その手はまるで自分の物ではないかのように動かない。


全身が恐怖を訴えていた。




「…う、ぁ…っ」




喉がひりつき、言葉を出そうとしても声は震える。

まともに発音する事さえ出来なかった。

それは、身体が反応しないのではなく、恐怖が勝っているのだと理解していた。



視界が僅かに揺れる。

正直、その場から『逃げ出したい』と言う衝動に駆られていた。


足はガタガタと震えている。

息が苦しくなるほどの重い空気がレンをを包む。




息が、出来ない。



身体が、動かない…





――あの日、あの時、あの場所で


私を救ってくれて、ありがとう


あの時の事は、決して忘れはしない


でも、怖がってごめんなさい…


貴方が『魔王』だと言う瞬間を、本当の意味で悟った瞬間だったから…




お読み頂きありがとうございました。

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